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ぶたこな日々(^oo^)にようこそ。音楽で言葉で心で、今年もいろんな人と対話したいなぁ。


by butako
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四月ですねー

真央ちゃんが引退というニュース。
私がみたいプログラムは今のところまだ一度も流れていない。
もちろん過去の話題になったオリンピックでのプログラムも大好きだけど、私は今シーズンのエキシビションプログラム、バッハの無伴奏チェロ組曲に合わせて、ゴシック調の素敵な衣装でコンパルソリー競技を思い起こすような基本の動きを組み合わせた振付。美しい円を描いたり、簡単そうに優雅に、本当に美しくこなしていて、それが音楽にもぴったり合っていて、なんて格調高いプログラムなんだー!って感動してた。彼女のこれまで日々何時間も何時間も練習してきたことの集大成。派手じゃないけど、浅田真央の真髄ここにあり!って思った。何度もみたいと思ってたけど、エキシビは成績がよかった選手しかしないものだから、まだ一度しか見ていないと思う。残念だなー。アイスショーとかでまたやってほしいなー。

またまた自分がやってる音楽にあてはめてしまうけど、ああいう基本のすべり、ちょっとした動きが本当に美しいというのは、難しいジャンプが跳べるのと同じくらい、いやもっとすごいことだと思うのです。

ピアノでいうと、普通の音階、ドレミって並びの音かもしれないし、ドミソって和音かもしれない、ドーって一つの音かもしれない、なにげない、簡単そうなそんな音を世にも美しく、人の心に届く響きで弾けるようになりたいなー。

歌でいうと、とても高い音でもとても低い音でもない、誰でも出せるように音域の決して難しくない音かもしれない。易しそうに思える歌でも、それを一生懸命磨いて極めたとき、どんな風に聴いている人に伝わるのか、そんなことを追い求めていきたいなー。

もちろん難しいことをさらって簡単にやりのけるのもすごいことで、そんなんもできるようになりたいけど。

このどれもが、すぐにはできなくて、一夜漬けではできないことで、日々の積み重ねしかないはず。天才って言われるけど、そう言われる人はたいていが練習を続ける才能を持っている。小さな違いに気づいて、そこを極める才能を持っている。私もそんな風になりたい。だんだん年を重ねて体力は衰えていくけど、自分なりにあきらめず小さな違いに気が付いて、何か新しい磨きを日々重ねられるようになりたいなー。

三月のシルバーコーラスの本番、今年も素敵な舞台だった。
家族の介護があったり、自分の体調が悪い人がいたり、いろんな人生の段階を迎える中で、コーラスの練習を楽しみに集って、ただ楽しむだけでなく、ちゃんと本番に向けて努力を重ねてきた人たちの笑顔は美しい。歌声は素晴らしい。お客様からの拍手も本当に大きくて、スタッフの人たちからもよかったよって声をかけてもらえて。

ぶたこ教室の生徒さんたちの小さなおさらい会、毎年この時期恒例になって今年で四回目。もう10日後に迫ってきた。このおさらい会には、生徒さんたちだけでなく、私自身が育てられてきた気がする。指導はしていても、自分自身が人前で演奏すること、特に一人で演奏することが超苦手だった私が、大切な生徒さんたちに聴いてもらうためにこの会でずっとピアノを弾いてきた。しかも余裕で弾ける曲ではなく、いつも自分の実力よりかなり難しい曲にあえて挑戦してきた。生徒さんたちと一緒に苦しみ悩みながら練習を重ね、当日は生徒さんたち以上に自分が緊張していたり。

今年、私は初めて歌をうたうことに。今から緊張!歌うのはシューベルトの冬の旅から6曲。当日までに風邪をひかないかな、喉の調子はどうかなって、体調を整えるということだけでも、なんか緊張するのが歌の本番前のピアノと違うところ。アレルギーで毎日鼻づまりとかくしゃみがある私にとって、調子ばっちり!なんて日はなくて、歌ってみる気になれないこともしょっちゅう。でも本番の日は近づいてくるわけで。

そんな中、調子が悪くても歌詞は音読するとか、喉が疲れていたら、CDを聞きながら意味を書いたノートをひたすら眺めるとか、小さなノートに書いた歌詞を持って出かけるとか、ピアノ部屋以外でやる練習をとにかく日々積み重ねることを少しずつできるようになってきた。これは今までなかったことかな。今までは、こんなにたくさんの曲を一度に歌うことはなかったし、こんな難しいことに挑戦すること、歌ではなかったから、気が向いたときだけ、ピアノ部屋で歌ってみる練習しかしなくて、だから、時々しかしなくて、だからあんまり進歩もしなくて、いつも、なんかもひとつやなーって出来で、私は歌はへたくそなんだ、才能ないんだって、逃げてた気がする。

ここ最近の積み重ねで、歌もやっぱり、積み重なるんやって少しだけど思えてきた。意味を理解して、発音がつながるようになって、伴奏ピアノの音楽が体に沁み込んで、歌い始めるタイミングや音をのばす長さが自然なものになってきて、そうしているうちに体の流れやリズムが音楽に寄り添ってくるというか。。。。。
でもって日々とにかく少しでもその曲たちにふれていると、必ずといっていいほど新しい気づきが、とても小さなものであっても必ずあって、そのことでほんの少し、本当に少しだけど進歩している。あー、なんで今までこんな風に地道に練習してこなかったのかなー。なんで今まで気分だけで練習時々しかしなかったのかなー。人生もったいなかったなーって、時々後悔の気持ちも出てくるけど、過ぎ去ったことを思っても仕方ないよね。今、ある時間、与えられた時間で、少しでも進歩し始めたことに感謝して、せっかく発見したんだから、少しずつ頑張るしかないのであーる(゚oo゚)

6月にある通ってる教室のピアノ発表会では、人前では弾かなくても一度やっておきたいと去年の終わりからダメ元で楽譜を見始めたショパンのバラード4番に挑戦することを先生が許してくださって、こっちも日々がんばり中。なかなかテンポがあがらないことに、先生もそろそろ心配されてこられていて、最近レッスンが少し厳しくなってきた。歌の本番が目の前でピアノになかなか時間をたくさんさけないという事情は自分の勝手なわけで、日々、自分の時間の割り振りを考えて、こっちも暗譜するとかそろそろ本腰入れないとなー。

なんか指導しているんだけど、自分自身の学びも学生さんしてるみたいな気分。練習やめられない、だってもっといい音楽が奏でられるようになりたいから、その作品の奥にあること知りたい、見たい、感じたいから。こんな一生かかっても足りないくらいの大きな楽しみ、喜びを見つけて、続けられるなんてラッキーと思うべきやんな。時々しんどいって思うこともあるけど、でも、その喜びの方がやっぱり勝るのだ。

全然レベルは違うけど、真央ちゃんもこんな感じやったんかなー。
いや、全然違いますけどね、世界が(^oo^;)

真央ちゃんに比べたら自分なんて努力まだまだ。
そう思ったら、がんばれる気がするなー。
今日の記者会見録画しておいて、あとでしっかり見よう。
感謝の気持ちをもって。

真央ちゃんだけじゃなくて、大好きなフィギュアスケートの選手たちには、本当に刺激を受ける。今、けがで休んでいる宮原選手も次のシーズンには元気で復活してほしい。オリンピックシーズン、みんなの体調が整えられて、現役選手たち、全力で戦えますように。

さっ、今日も生徒さんたちのレッスンと練習。がんばるぞー、おー!
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# by butakotanaka | 2017-04-12 08:51 | 日常生活 | Comments(0)

練習日記的に。。。。

というわけで、二月も後半に入ってきましてー。

今週の金曜は、シルバーコーラスの本番前最後の練習です。
毎年、三月にある市の文化祭のステージで15分ほど歌うのが、私たちの年に一度の大きな舞台となっていて、この日の演奏のためにかれこれ半年ぐらい、ずっと同じ曲をあーでもない、こーでもないと練習を積み重ねてきました。夏過ぎに曲を決めて、伴奏つきの楽譜だと字が小さいので、ダーリン(^◎^)が歌だけの楽譜を作成してくれてそれでみんなで練習開始。

11月ごろになったら、各曲のパートごとと二部合唱のそれぞれを私とダーリンで録音して、それを希望に応じてCDまたはカセットテープで配布。まだカセットでないと無理って人、かなりおられますねん。みんなの数ダビングしたり、表紙のラベルを作って貼ったりするのも私たちの仕事。

で、大体1か月前になったら、音も確実に覚えてきていているので、本番用に歌詞カードというのをもっと大きな字で作ります。縦書きで。
これを見たら、音さえ覚えていれば、あまりにも大きな字なので、ちらっと見えるだけでわかるから、前を向いて指揮者を見て、ほぼ暗譜しているかのように歌えるのですー。大切な作業。歌詞カードは前回練習で作って渡したので、今週の最後の練習で配布してそれを見ながら歌ってみる予定。

今月初めになってやっと説明会があり、楽屋の使用時間など細かいことが決まったので、それを元に当日の集合時間や段取り、打ち上げのことなどスケジュールを役員さんと正式にこないだ決めたので、次回の練習で当日予定表に加えて、毎回見開きの反対側のページに私から団員の皆さんへのお手紙を書きます。これ、どんなこと書こうか、いつもギリギリまで悩みます。今回は、曲をこんな風に歌いたいってことやら、この1年のみんなの進歩を思いだしながら、ここで指導できることの幸せ、みんなと音楽の時間を共有できることの楽しさなどつらつらと書いて仕上げ、もうみんなの分もコピー済ませた。

後は、あさって、いい練習して、本番までの2週間、みんながいい準備時間をそれぞれ持ってくれて、お客さんをたくさん呼びたい、いいステージになるぞってそう思えるようにできるだけすること。がんばるっ。


自分の練習の方は。。。。

こないだ、ドイツ歌曲、初めてピアノを弾いてくれる友人と合わせた。
初めてだったから、二人ともドキドキしながら、不安も少し。めちゃ緊張。長年知る友人だけど、なんでも初めてのときは、緊張するね。
こんな下手くそでごめんねーっと思いつつ。でも精いっぱい準備はしたよってそこまでのベストを尽くして歌った。まだデコボコで、つぎはぎだらけのポンコツだけど、でも、ピアノが入ると歌いやすいー!でもってピアノの友人にも、歌が入ると弾きやすいー!って言ってもらえたよ!

一度だけ一通り歌ってみて、ここが難しいね、ここはええ感じやね、ここは合いにくいねと確認した後は、歌詞の内容をドイツ語の意味と共に少し説明して過ごした。意味が分かって、そしたらそこここのピアノの運びや、歌との関係、場面転換なんかが見えてきて、二人で一緒に解釈、分析を考えて、これから時間をかけて作っていきたい、と前向きになれた日。

歌って、ほんとに難しい。
うまく言えないけど、安定した坂道でよくなるわけじゃないというか。
ピアノの場合、急にはうまくならないんだけど、ある程度確実にほんの少しずつの坂道がある感じがするんだけど、歌は、おーーーちょっとわかったぞ!ってグググって進んだ気がする日があると思うと、翌日になると、昨日のあれはなんだったのー?って何もかも消えてるような気になることがあって、そうなると、息ってどうするんだっけ?声ってどうやったら出るんだっけ?口はどう開けるの?って何もかも分からないような気さえしてしまう。うまくいったぞと思って、そのまま欲張って練習し続けると、喉を傷めて結局は枯れてしまって台無しになったり(^oo^;)なんか悲しくて空しくて、全然よくならないーって思う日も多く。

でも、今日気がついた一つの幸せ(^oo^)
合唱団の練習に行く道、冬の旅のCDの音源を楽譜も歌詞も見ないで聴いていたら、最初の数曲だけだけど、言葉が全部聞こえてきた!英語のディクテーションといって聞き取って、書き取りできるみたいに、綴りも意味も文章の内容も、聞こえてきた。こんな感触は初めて!
最初このCD聴いたときは、何を言うてんのかほとんどわからんかったのに!少しずつ単語の意味や発音調べて、何度も読んで、歌ってみて、いつの間にか理解が深まってるんだーって実感できた。

まだ数曲だけだから、他の曲もそうなれるようにがんばろうって思えた。でもって、聞こえる、わかる、となっても、歌える、語れるという自分からの行動につなげるには、技術も精神もまだまだ足りないわけで、そこはこれまた練習あるのみやな。

でも、ちょっとでも先に進めてるって思えた今日は、ちょっと幸せな日なのでした(^oo^)

今年もう55歳になるけど、それでも進歩したい、成長したい。
ぼちぼちと。おーーーー(^oo^)/~~~
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# by butakotanaka | 2017-02-16 00:22 | 日常生活 | Comments(0)
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去年の秋にピアノの発表会が終わってから、更新してないやんか(^oo^;)
すっかりごぶさたしておりますー。数少ない愛読者の皆様。

こんな頻度ですが、今年も何か思いがふっと湧いてきたら書いていきたいと思います。何も書くことがなかったわけではなく、それなりに充実した日々を過ごしておりました。

昨年の12月は、毎年恒例の教会でのクリスマス礼拝の聖歌隊での賛美、本当に多くの方々が参加してくださって、しかも今回はトーンチャイムという素敵な音色の楽器とも共演することができました。聖歌隊のメンバー方々との練習だけでなく、チャイムのメンバーとも何度か練習させていただき、礼拝では指揮もさせていただいて、どの音が誰が担当とか、振るために勉強したりして、新しい経験でした。この礼拝がきっかけで、教会に常時のグループとしてチャイム隊ができるかも、という動きもありそうで、実現すると素晴らしいなーと思います。今回は、ライゼコールから3名の方々がお手伝いで加わってくださり、ハーモニーがとても豊かになりました。感謝です!

で、そのあとですー!
アメリカから友人一家が来日して、5日間京都に滞在されましてー、12月27日からなんと大晦日の31日まででしてん。来られるということは秋ぐらいにお知らせがあったのだけど、事前に少し相談にのるだけなのかなと思われた時期があったり、1日ぐらいはご案内するのかなという雰囲気の時があったり、ご飯ぐらいは一緒にするのかなと思われた時期があったり。。。。ででででで、直前になって、だんだん濃いお世話をするムードにどんどんなってきて、結局は、ほぼ張り付き状態でご一緒させていただきました。

来られたのは、子供のコーラスの指揮者である友人とそのご主人の大学教授のご夫婦、そして助産婦さんを目指して勉強中の20代後半の娘さんとその数歳下でIT関係のお仕事されてる息子さん。オトナばかり4人です。

初日に空港まで迎えに行き、そのまま京都の東山の小さなホテルまで。スタッフが夜にはいなくなるという小規模なゲストハウスのようなところだったので、早い時間にたこぶが先に入ってくれていて、夜遅くついた私たちを迎えて鍵を開けていろいろ説明もしてくれました。その日は私たちも部屋をとってお泊り。

2日目は、午前中が東山界隈の清水寺→八坂神社→ランチ→伏見稲荷というコース。夕食前に私たちはお暇して、東大阪の自宅へ。

3日目は、朝、ホテルまでお迎えに行き、バスで金閣寺と竜安寺の北山あたり。回るクラ寿司でランチして大興奮の後、午後の遅い時間から大阪に出て、ミナミでお買い物してラーメンで夕食。淀屋橋まで送り届けて私たちは東大阪に帰宅。

4日目は、また朝にホテルに迎えに行き、嵐山へ。嵐電に乗って、嵐山公園を散歩したり、モンキーパークで猿たちとたわむれたり、竹林を歩いたり。

で、最終日は、関空でお見送り。少しトラブルがあってお茶を飲む時間があったはずが、ギリギリにゲートに入ることになり、あっという間のお別れでした。

来る前は、ここまでべたーっと一緒はしないかもなーと思っていたけど、彼らにとっても、思ったより英語が通じない、思ったより自分たちだけで行動するのにはわからないことが多いと不安になったようで、まっお役に立てたのかなという感じです。

森の樹木に寄生する虫を研究する自然を愛する旦那様と、今風の文化を愛する若者たち、お買い物が好きな奥様、とみんな多様な興味を持っているオトナ4人を案内することは簡単ではなかったけど、帰るときには、みんながいい旅だったと言ってくれて本当にうれしかったです。

そんなこんなで、年末はなかったのか?というぐらい一瞬で通り過ぎ、あっという間の年明けで、完璧な寝正月でした(^oo^;)

正月明けたころまではけっこう元気で、思ったより体力あるんかなと思ったりしていました。今年最初の週末には、滋賀県まで、友人たちが出演するブラームス交響曲全曲演奏会なるものを聴きにいき、感動しましたー。

しかしそのあとぐらいにやっと疲れが出てきたのか、私とたこぶと交代で風邪ひきー!この疲労が出てくる遅さ、時間差が、年をとったということでもあるのか?(^oo^;)

高熱は出なかったものの、私の咳と痰がいつまでも続いて、なんとかやらねばならない予定だけはこなしていたものの、自分のピアノや歌の練習がうまくできなくて、なんだかあっという間に2月になってしまいました。

恒例の東大阪市の文化祭でのシルバーコーラス出演は3月3日です。
今年はいつもより一つ多く、4曲歌うのですが、ええ曲ばっかりなんは分かってるねんけど、なかなかすべての曲を磨いていくのは難しいです。私がすぐに丁寧にやりすぎてしまうこともあって、メンバーの方々にはご苦労おかけしています。それでも、1月の最終練習では、皆さんの歌いっぷりが少しずつ確信に変わっていくのを感じ、2月に2回を残すのみとなった練習も、いけるかもーと思えてきました。

毎年のステージ、まったく同じメンバーで迎えることは、実はそれほど多くないんですよね。そして聴いて下さるお客様も違うわけで。一期一会だと思って、新しい気持ちで、大切に迎えたいと思います。

4月になると、ぶたこ門下の生徒さんたちの小さなおさらい会、ひとよんで「ももくり音楽会」が、また今年もあります。去年の4月が終わってから、それぞれの皆さんが少しずつ、悩みながら、苦しみながら、そして楽しみながら練習を積み重ねてこられていて、本番が楽しみです。思い切って難しい曲を選んだ人たちも多く、途中へこたれそうになり、この曲、大失敗ですー!と泣き言をいう人も何人か(^oo^;)
でも、そんな人たちも年が明けてから、どんどん光が見える演奏に変わってきて、スイッチ入ったら違うなーと感心。指導していて、生徒さんたちの成長が実感できるときほどうれしいものはないです。自分の成長以上に!本番ではそれぞれの生徒さんがベストを尽くせるよう、その日その時まで応援、サポートしまっせー。今回、私は、ももくりでは初めて歌をうたおうとしていて、その練習で、自分自身が実は苦しんでおりまするー(^oo^;)
歌、一人で歌うの苦手やねんっ。でも生徒さんも苦しみつつがんばってるねんから、私もあきらめんとがんばるっ。うん。

ドイツ語の曲ということもあり、言葉の意味を調べたり、ノート作ったり、発音の練習したり、参考にする解説本を読んだり、CD聴いたり、伴奏の譜面も読んだり、歌うっていう前にすることが山積み。どんだけやっても、うまくいかないーって思うことがたくさんあるけど、時々、ほんの時々少しの光が見えて、それを頼りにがんばってる感じ。

ほんま、勉強ってしんどい。時々楽しいけど。時々幸せやけど。
その幸せなときのことが忘れられへんから、またがんばるんやろなー。

最近はドイツ語の曲を歌うことが、レッスンでも合唱団でも多くて、ドイツ語のことを知りたい、話せるようになりたいという気持ちが強くなり、ドイツ語を習いに行くことも決意。今月からレッスンに通うのですー。長続きしたい。細くても長く続けて、自分の気持ちがドイツ語が表現できるようになりたいし、ドイツ語を話す人と交流してみたいなー。新しい夢だ。

年はどんどん重なっていくから、目も体も弱っていくばかりだけど、何かしら成長できるはずと信じて、今年もちょっとずつがんばりますー。

もうちょっとブログ、書かなあかんな。これも今年の目標やな。
読書ブログしっかり更新してる旦那様(^◎^)を見習おう!

こんなとっちらかってる私ですが、皆さま、今年もよろしくお願いいたしまするーーーーっ(^oo^)/~~~
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# by butakotanaka | 2017-02-05 23:31 | 日常生活 | Comments(0)
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いやいやー、終わりました。とにかくっ、終わりましたさっ。
ピアノを弾く本番、しかも伴奏でなく、一人で弾くソロというのは、音楽の本番の中でも、一番緊張するんじゃないかなー。

私のピアノ歴ってのは、不安定というかええ加減というか。。。
っていうか音楽歴自身が不安定でええ加減なんだけど(^oo^;)

最初にピアノ習ったのは小学校の初めぐらいで、週に一度先生が家に来てくれるという贅沢なタイプ。そのころってまだヤマハの教室とかなかったんとちゃうかなー。母親と離れて暮らしていて、預けられていたときで、母が贅沢にもアップライトのピアノを買い与えてくれてほんの数年習ってた。発表会には2回とかぐらいしか出てないぐらいかな。で、練習しない子やった。先生が来るという5分とか10分前にするぐらいで、発表会前になっても、一生懸命やったという記憶はあまりない(^oo^;)だめだめな生徒でした。その後、育ててくれた老夫婦が相次いで亡くなり、母と一緒に住むようになって大阪市内に引っ越してきてから、確か一度は誰かに習おうとしたピアノだったけど相性が悪くて、先生から逃げ回ってばかりで、1回とかでダメになったんじゃないかな。

次にピアノのレッスンを受けたのは、もう18歳になろうかという高校3年のころで、幼児教育系の短大を受けるために、バイエルの忘れもしない60番からの再開で、忘れもしない先生の宣告「ピアノというのは小学校から中学ぐらいまでが一番筋肉が着くころで、そのころにやっていなかったらダメです。今からこの程度から始めるようでは、一生うまくなりません!」と確かこんなことを言われました。思いだしてみても、ひどい先生の言葉やなー。

まっそれがなんとか受験には受かって、その後、そこを中退して音楽系の大学にも行くことになるわけで、ソロはへたくそやったけど、音楽はたぶん好きやったから、覚えてるのは伴奏が好きだったってこと。高校の合唱部に入ったときも、自分は本番の伴奏できるほどピアノは全然弾けなかったけど家に帰って、その時歌ってた曲の伴奏を練習して遊んでたなー。音楽系の大学に行くようになってからは、声楽科にすべりこんだ(歌へたやったのに、入っってもた)けど、友達の前で歌うのは恥ずかしくて、友達の伴奏ばっかりしてた。おかげで、コンコーネとかの練習曲とかイタリア歌曲の伴奏はうまくなったもんです。

経済的な理由もあって大学を根性なく中退した後、音楽をまったくやめて、グレてた時期があったけど、最初の結婚が破たんして、たこぶが指揮してた合唱団に入った後、下手でもええからと伴奏を頼まれて、そこから伴奏人生が始まった。レベルでいうとソナチネ程度しか弾けてなかったと思うけど、指揮を見て合わせることができたのが私のたぶん唯一の取柄で、あと、そのころからちょっとだけ練習熱心な人になってたかも。大学の合唱団の伴奏になったことで、多いときは4つのステージを一人で伴奏していたから、いつもたくさんの楽譜を見なくてはいけなくて、大変やったなー。家ではあまり練習環境がよくなくて、騒音のこともあったから、大学夜間部の部室まで昼間通って練習したもんやったなー。

20代もピアノのレッスンを3-4年は受けていた記憶が。
で、今ついている先生には、20年ちょっと前だから、30代になって東大阪でたこぶと結婚して暮らしているころに隣の駅にある教室で指導されているのに出会って、やはり4-5年お世話になったのかな。で、根性なくまたまた中断。ピアノを中断した同じころに歌のレッスンも合唱活動もほぼやめたような記憶が。。。。神戸の地震の後ぐらいやったかなー。

で、またまた長い間のブランクがあって、今の先生にまたご指導いただくようになったのは、5年ほど前。アメリカでの滞在から帰って、自分がレッスン受けているわけでもないのに、歌もピアノも指導する生徒さんが増えてきて、こんなんやったら自分の栄養が枯れてしまうし、生徒さんにも申し訳ないやんってことで、勉強を再開。考えてみたら生徒さんのおかげかもしれんなー。

先生のところに戻って、この5年は、今までの人生の中で、たぶん一番練習してる。教えるということが自分のメインの時間の使い方になったこともあって、練習のために時間を作れるというのもあるし、なんというか、日々、何か新発見がしたい、進歩したいと、どこか前向きともいえるし、どこか後ろから追いかけられてるような感じもあって、学び続けている気がする。

この5年は一番練習してると書いたけど、何よりも練習の時間そのものの長さよりも、その内容、時間の使い方が変わった。とにかく、基礎の練習にかける時間の割合が増えたことが一番の変化。遠回りのように見えて、そこしか道がない気がして。たぶんそれは、NYでの1年を過ごして、歌に対する考え方が変わったことも大きいのかもしれない。呼吸や姿勢、発音や発声、音色、そういう基本的なこと、それから歌の場合は何よりも言葉に対する理解、そういうめんどくさくて、すぐには効果が表れないような気がする、やってる曲そのものの練習じゃないところの、遠くに思えるようなところの練習が実は大切なのだと思うようになったのだ。

で、ハノンやら、スケールやら、そして自分で思いつくいろんな音のパターンを調を変えて毎日さらい日々少しでも気が付いたことを必ずノートに書き込むようになり、そういう基礎に一時間、多いときはもっとたくさんの時間を使う。

で、その先にやっと曲の練習。
といっても、本番前出ない限りは、基礎の練習の後は、エチュードという、曲の中でも練習曲という位置づけの曲をゆっくりとかリズム変えたりとかでさらうから、ここにも時間がかかって、次にバロックものをやって、で、その次ぐらいがやっといわゆる曲って感じ。

発表会の前1週間ぐらいは、やっと。。。。というか、基礎の指運動の後、直接、本番で弾く曲をさらうというルーティンに変更する。レッスンでも、1か月ぐらい前からは、本番の曲だけを持っていく形に。

さいごの1週間、ほぼ毎日、午前、午後、夕食後にそれぞれ2時間かそれ以上の時間をピアノの前か楽譜の前で過ごしていたかも。生徒さんのレッスンや出かける用事がある中なんとか毎日確保できてたかな。もうこれ以上は無理、もうイヤーってなりそうなぐらいに本番が来るのがちょうどいいかもね。今回もそんな感じ。

これ以上は無理といっても、これ「もう弾けてる」というのとは違う。
これ以上は今の時点では弾けるようにならない、というのに近い。

ずっと基礎に時間をかけるようになってつくづく思うのは、曲の練習を百万回してもやっぱり思うように弾けるようにならないなーってこと。指の自由度があがらなければいけないし、自分の音楽性全体が育たなければならないし、理想の音色に対するレベルをあげるために他の人の演奏もたくさん聞かなくてはならないし、心の平安を保つために自分の気持ちを前向きにコントロールできるようにもならないといけない。心技体というけど、本当にそうで、いろんな要素がからまって、演奏って成長できるんだなと、この五年は実感し続けている。

最初のころは、どんな風に「弾けてないか」さえもわかってなかった。
だんだん弾けてない加減が分かってきて、その次に弾けてる加減がわかってきて、いや、わかってきたと思ったのは大きな間違いで(・oo・;)、次の本番が来たら、あー前回のはまだまだやったなと思うことの繰り返し。

でも、そうやって、前回よりも自分が成長していると感じられることは、本当に感謝で、努力していることが少しずつは生かされているということ。そして、何よりもうれしいのは、その成長が自分だけが感じるのではなく、先生や周りの友人、生徒さんたちにも伝わっているんじゃないかなと思えることが嬉しい。

今回の本番でも、ミスタッチはいくつもあったし、あれーーー!っと思える瞬間が何度もあったけど(^oo^;)、でも、基本的なこと、出せる音の質や、音楽の流れ、やりたいことを表現できる割合は、確実に少しずつだけど向上してきている気がする。自分の演奏の質が自分でわかってくると、できていないこともちゃんと意識できてしまうこともあり、情けないなと思うこともたくさんあるけど、やはりやはり、子供のころからやめずに何十年も継続して弾き続けてきている人たちと同等になんて、なれるはずもなく。私には私なりの進歩しかできないし、私なりの、歌や指揮やいろんな人生経験がミックスされての音楽があって、その表現しかできない。

誰かと比べるのではなく、自分なりの進歩を喜ぼうと思う。
でも、そうであっても、他の人たちのたゆまない努力、素敵な演奏を良い刺激としてもらって、自分もがんばろう!というエネルギーに変えたい。

ネガティブになりそうな自分の心に打ち勝って、音楽ができることは幸せだ、これまで指導してきてくれた先生たちに感謝だ、練習に時間をとれる日々の暮らしに感謝だ、協力してくれるダーリン(^◎^)に感謝だ、世界中に悲しいことや争いが絶えないけど、音楽は素晴らしい妙薬になりうるはずだ、そんなことを考えながらステージにのりました。小さな小さな発表会の小さな小さな音楽だけど、私にとってはまた忘れられない素晴らしい経験になりました。

シューマンはやっぱりすごい。
ええ音楽書きはったわー。
ええ曲やったわー。

詩人の恋の伴奏のからこの発表会まで、シューマンとの長いお付き合いは、少しこれで一段落かな。この後は、違う作曲家の曲に少し目を向けてみよう。

本番が近づくと、もうやめたい、もう逃げたい、と思うのが毎回だけど、終わってみたら、次は何を弾こうかな、と人前で弾くかどうかは別として、また新しい曲への旅が楽しみになる、だからやめられないんだなと思う。

今回できなかったこと、もっとこうしたいと思ったこと、これから先、少しずつ実現できていけますように。そしてその学びが、指導する生徒さんたちにも生かされますように。

ものすご疲れたので、しばらくは休憩したいかも(^oo^;)
で、またがんばろう。ね。
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# by butakotanaka | 2016-10-17 21:27 | 日常生活 | Comments(0)
合唱団のコンサート少し前に更新していらい、またまたさぼってしまっていました。

コンサートはとてもとても幸せな時間となりました。
お客様も予想よりもたくさん入ってくださって、ほぼ満員に見えたぐらいです。
お天気もなんとか守られたし。

大きな病気で療養中のメンバーも無事、すべてのステージに立つことができました。よかったです。

私の体調も一週間前まではフラフラ~だったことを考えると、素晴らしい回復ぶりで、万全とはいかないまでも、後悔しない演奏をするだけの体力が与えられました。感謝。本番には、点滴に通った医院の受付の方も来て下さり、めちゃ嬉しかったです。医院の方々、先生やナースやそのほかスタッフの方々全員の治療や励ましがなかったらこの日の体調には戻っていないと思うと感無量でした。

私の体調はしっかり回復していたものの、メンバーの中には、当日の朝、突然まったく声が出なくなったというソプラノさんがいて、大人数の団ではない私たちにとっては、とても痛かったですが、その穴を他のメンバーが懸命に補ってがんばってくれました。私の指揮したステージではセカンドソプラノにそのまったく声が出なくなった方がおられたのだけど、補うべく並び方を工夫したり、そして、まったく声が出ないはずのその方が、子音だけでも飛ばします!とステージ上では、まるでフルボイスで歌ってるかのような頼りがいのある表情で「歌って」くださいました。きっとしんどかったと思うのに、そんなことまでしてくださって、この団で初めて指揮する私を応援してくださるその方の試みに、胸が熱くなりました。

観客席の中には、たこぶのお父さんが亡くなるまでお世話になったグループホームの施設長さんも来てくださっていました。姿勢を正して、最初から最後までじっと歌っている私たちを見守って下さっているのがこちらからも見えていました。今回の曲は、人生、死ぬこと、生きること、自然。。。人と神の関係、そんな曲たちだったのですが、お父さんが病気になって、亡くなるまでの日々を思い出しながらうたっている時間もありました。

結婚前に所属していた合唱団で一緒に歌っていた友人が来てくれたり、そのころ働いていた職場の同僚が来てくれたり、シルバーコーラスの方々、個人レッスンの生徒さん、色々な友人たちに聴いてもらって、そして何より、メンバーの方々が、まっすぐ指揮を見て、最初から最後まで心の本当にこもった演奏をしてくださり、私には最高に幸せな時間でした。一生懸命練習で伝えようとしてきたことを、心の中心でとらえてくださり、それを体中で表現しようとしてくださる方々と一緒に演奏することができて、指揮者冥利に尽きました。そしてその演奏を大切な友人たちに見守ってもらえてうれしかったです。

そんなコンサートの報告もせずにここをほったらかしにしていたのは、そのあと、ぐたーーーって疲れてしまったこともあるんだけど、このコンサートを優先して後回しにしていたことが次々にやってきて、すっかり時間に追われていたからでもありますー。

まずは、ぶたこ母の怒涛の用事攻撃ーー!(^oo^;)
いえね、娘ですから、母の役に立つのはそれはもう当たり前のことなのです。はい。夏のあいだ、お互い暑いねー、忙しいねー、夏が終わってからにしようとしていたことが一気に演奏会の翌週、お願いーとなりました。

その一(^oo^) 古くなってエラーばかり出るようになったでかいコピー機がもうダメだから、新しいのを買いたい。ビックカメラで新しいのを買って、届けてもらう。古くなったものは、コンビニとかにあるでかいタイプで高かったというイメージがあるからか、今のコピー機(ふつうの家ではパソコンの印刷に使うのと同じだけど、母はそれをコピーだけに使うのです)が安いのに驚く母は、三つか四つ買うとか、わけのわからんことを言い始めるので、説得して、なんとか小さいのと大き目の二つにしてもらう。自分で仕事しているので、時々大きなサイズも必要なるから、A3まで対応してるのを一つ購入。

しかし、うちの母の家はモノがとても多く、人間が部屋の中を移動するのが大変難しい状態の住まいなので、届けてもらうのも大変でした。もちろん私の立ち合いが必要です。

で、もっと問題は、古いコピー機、ビックカメラでは大型のは引き取ってくれないのです。ということで街の引き取り業者さんに次から次へと電話。そういう業者さんでも、コピー機は不可というところが案外多かった。何軒か連絡したのち、とても感じのいい業者さんに出会って、無事引き取ってもらいました。しかし、連絡して、まずは見積もりに来てもらって、で、引き取り日にまた行ってと、この購入と引き取りで、何度も母のところに通う必要がありました。

そのほかに、家庭用エレベーターの点検のことで色々問題があって、その会社にも連絡して点検をしてもらいました。もちろん私の立ち合い要で。ぶたこ母は、だいぶ耳が遠いこともあるし、高齢になってきたこともあって、一人で来客を迎えるのが不安のようで、その用心深さは大切なことだし、大きな買い物するときや、誰か業者さんを呼ぶときは、私に連絡してくるようになって、私もそれはいいことだと思っています。

しかし、今回は、その他にも、部屋の電灯がつかなくなっているのを入れ替えたいとかもあって、それはそれで別の業者が来る日に立ち会わなければならず、こういう用事それぞれに、電話連絡があって、時間決めて、日を決めてという作業を業者側と母側と私と三者で合わせなくてはならなくて、母は電話の会話が難しいから、すべてFAXで連絡していて、その返事が時々来ないこともあって、ほんと、正直こんだけたくさんの用事があると大変でした。

一週間強の間に何度も、何時間も母の家にいなくてはならず、その間も、生徒さんが来たり、自分の練習時間もとらなくてはいけなくて、たこぶくんにはだいぶ助けてもらって、この助けがなかったら、またばてていたかも(・oo・;)

でも、ぶたこ母にとったら、困ったときは、娘夫婦が来てくれるのよ、助けてくれるのよってことで、今回でしみぢみわかったらしく、大変ごきげんでした。まっしんどかったけど、信頼関係が深まったことはよかったよかったっと。

九月の末近くになって、やっとアメリカから帰ってから一度も訪ねられてなかった、たこぶのお母さんのところにも行くことができました。みんなで千林商店街に出て、風月のお好み焼き。おいしくて、話もはずんで、何年か前に間違って入ってしまった、恐ろしくまずかったお好み焼きやさんが閉店しているのも確認して、みんなで思い出話に花が咲きました。たこぶのお母さんは、しんどいことや痛いところがまったくないわけではないけど、しっかり自立して、自分で暮らしておられて、ほんまにすごいなー。子供たちのこともいつも考えてくれて、少しでも心配かけないようにって。いろんなこと細かく気にしすぎってぐらいいい人で。こんな人と、たこぶと結婚したことで縁ができてほんまによかったなと改めて思います。

九月が終わる前に、シルバーコーラスの一年に一度の晴れ舞台、来年三月の市の文化祭で演奏する曲を決めました。毎年、この作業はほんまに大変で、家にある楽譜を片っ端から開いて歌ってみたり、それで足りなければ、楽譜やさんに足を運んで新しいええ楽譜が出ていないか探したり。今回も一冊新しい楽譜を購入して、そこから選んだのと、家にもともとあった中からと含めて、四曲選曲。たこぶくんが歌のパートだけをみんなに見やすいように楽譜をコンピュータで作ってくれて、先週、すべての曲の配布も終わりいよいよ、その本番に向けてこれからの半年近くは、その四曲に集中して練習していきます。

今月、出演が正式に決まったら申し込み用紙を提出したり、来月になると、みんなに自宅で練習してもらうために、練習音源をたこぶくんと二人で歌って録音します。

そんなこんなでコンサートの後バタバタしていたわけですが、なんといっても、一番時間をとって、コツコツ、コツコツ、コツコツ、コツコツ(百万回続く。。。)、練習を続けてきたピアノ、発表会がいよいよ今週末に迫っているのですーーーー(/oo;)(;oo;)涙、涙、また涙。なんで涙かって?いや、難しい曲ですねんっ。全然思うように弾けないのだーーーっ。自分で選んでおいて、泣き言いうのではない!と自分自身に言い聞かせつつ、最後まであきらめずに、今できるベストを尽くすのだとばかり、毎日練習に励んでおりまする。

シューマンのソナタ第二番という曲があって、その一楽章を数年前に発表会で弾いたのだけど、今年は、シューマンの歌曲も伴奏したことだし、いっそのことシューマンの年にしようということで、そのソナタの終楽章を弾くのです。テンポが速い部分が多くて、そういうのが苦手な私にとっては大きな挑戦なのはわかって選んだのだけど、やはりほんまに難物で、オクターブのトレモロの連続で、ええ音が出ない!楽譜を見たり、音源を聴いたりすると、ええ曲なのにぃ。

昨日は、本番前最後のレッスン。
先生からは、「この曲は感動的な曲、とてもいい曲なんだから、自信をもって!この数年でほんとにいい音になってきたわよ。人生の後半になってこんなに坂道をのぼるみたいに成長できなんてすごいこと!やさしい音というだけでなく、芯がある音になってきているし、普段の基礎練習の積み重ねが生きてるのよ。音がいいと聴いていても気持がいいものだし、そういうあなたらしさを出して演奏すればいいのよ!」と大きな励ましをいただきました。とてもとてもありがたかったです。

先生ご自身、昨年は大きな手術もされて、もしかして、もう指導していただけないのかも、と不安になったのを思い出すと、こうやってまた元気になられて、指導していただけているのが嬉しいし、幸せだし、そういう感謝の気持ちも込めて、精いっぱいの演奏にしたい、そんな思いで、最後の追い込みの四日間がんばっています。月曜も昨日のレッスンの日も今日も、朝、昼、晩って感じで、五時間とか六時間とか弾いてるかも。生徒さんが来たり、出かけたりしつつも、二時間を三回すれば六時間になるわけで、フルタイムで働かない私は、こうやって飛び飛びでもなんとか時間がとれて練習できるから、恵まれているし、こんだけ練習した分、きっと神様は応えてくださるはず、シューマンさまもきっと演奏のときには傍にいてくれるはずと信じて、がんばるのだーっ。

今日と明日、入っていた生徒さんが一人ずつキャンセルになり、そのおかげもあって、練習時間を増やすことができた。これもまた神様からの応援なのかな。間に合ってないから、余分に時間あげるよって。

色々演奏の機会に恵まれた今年。
この発表会を終えたら、あとはクリスマスの礼拝で聖歌隊の指揮をするのが残っているのみ。

いやー、でも、なんといっても、何よりもたくさん時間が必要なのがピアノで、やってもやってもできた気がしないのもピアノで一番緊張するのもピアノで、なんでやってるんだろう、なんでやめないんだろうって思うのもピアノだったりします(^oo^;)家で弾いてる分や、教えている分には楽しいんだけど、人前で演奏するの、怖いよーーーっっっっっ。逃げ出したいけど、逃げられない。

やるしかないのだ。
そうなのだ。

わけのわからん決意表明ですんまそん(ーooー;)
ここを読んでる、あなた!どうぞ応援してください、ヨロシクオネガイシマス!
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# by butakotanaka | 2016-10-12 23:48 | 日常生活 | Comments(0)