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ぶたこな日々(^oo^)にようこそ。音楽で言葉で心で、今年もいろんな人と対話したいなぁ。

by butako

ぶたこぶのコレ書いて~授業

たこぶの「ラジオ」話、前半のメカニックなこと、ほとんど分からんかった(^oo^;) 普段は男も女も関係ないやんとかいうけど、ああいう話になると「男の子話だ」と感じてしまうなぁ。なんやろ。自分の中に、これは女の子、これは男の子みたいな分別があるんかもしれんなぁ。

聴いてたラジオ番組というと、
「ぬかるみの世界」→ティーチ・インにも行ったし、新世界ツアーにも参加したよ
「ヤンリク」→キダ・タローさんのミキサー完備スタジオ貸しますに友達三人とカルテットコーラスで出演したよ。
「ヤンタン」→ちんぺいの女性立ち入り禁止コーナーとかに電話してオンエアになったことあるな。一回だけ。
「サタデー・バチョン」→浜村淳さんの「思い出は映画とともに」のコーナーが好きやった。
「オールナイト日本」、「走れ歌謡曲」このあたりは、朝まで起きてテスト勉強のときに聴いてた。勉強はせずに(^oo^;)

・・・と私がラジオを語る番ではなかったのであった。
お題は「授業」ですな。

授業かぁ。
私の学校時代というと。
小学校のときは、まじめな生徒やった。前半は寝屋川市の小学校、後半は転校して大阪市南区小学校。いじめられたりはしたけど、基本的に勉強がきらいじゃなかったな。体育はいつも苦手やった。

中学になって、授業が面白くないと思い始める。生徒が団体で先生をいじめるなんていう、最低なこともはやってたな。今から思い出すと、やさしくていい先生やったのに「ださい」「めんどくさい」「うっとうしい」とかいうて、国語の先生が教室に入ってきたら、全員机と椅子を後ろに向けて、先生が話すのも無視したり。一度、先生が泣いてしゃべってはったこともあった。あー、悪かったなぁ。あのとき。あの頃、校内暴力とかもはやってて、生徒同士で恐喝みたいなこともあったりして、「不良」って言葉を覚えたのもこの頃。私は、不良にもなれないけど、まじめな子たちにも入らず、適度に悪かった。寄り道で喫茶店に行ったり、放課後ディスコ行ったり、十分ふまじめやねんけど、「不良」といわれる子たちの域には達しないところで、とどまってた感じ。地域的に都会の真ん中やったし、みんな、親が商売してたりして、野放しなってた子も多くて、寂しかったり、家庭の事情が複雑やったりしたんかもなぁ。

そうそう、中学・高校あたりは、交換日記というのもはやってて、授業中、ノートに何か書いては、グループ同士で机の下からまわしては、読んだりしてた。

高校。いよいよ授業がおもしろくなくなって、しょっちゅうサボってました。今でも覚えてるけど、あと一回さぼったら留年ってところまでさぼってた。あかんやん(^oo^;) こんだけサボってるわりには、先生とは仲がよくて、放課後、教科準備室に遊びにいって、話し相手になってもらったり、ご飯を食べに連れいってもらったりと、先生たちには可愛がられた生徒やった覚えがあります。もしかしたら、あぶなっかしくて、ほっておけなかったんかもなぁ。

そんな私も短大に入れて、クラブにうつつぬかして、これまたあんまり授業はまじめじゃなかった。途中で声楽を勉強しようということになって、四年生大学のを受験するねんけど、結局は私は大学を一つも卒業しなかった。これは今でも少し後悔してるし、私ってあかんやんなーって思うことの一つ。


授業というと、私の中では大人になってからの方が印象が強いかも。記憶が新しいこともあるけど、大人になって、自分でお金出して、自分がやりたいことを学ぶということが、すごく素晴らしいことだって気がついたから。日本で通ったサイマル・アカデミーの授業、一生懸命受けて、一度は奨学生として学費を割引してもらえたし、最初の短期海外留学のカナダの英語学校でも、最後には優秀生徒賞みたいなんをもらった。大人になってから受けた授業、一番最近のNYでの指揮法の授業も含めて、ほとんど休んだ覚えがない。先生の言うことをひとことを、一つも逃さずに聴くぞ、自分のものにするぞ、復習するぞ、予習するぞって、やたら気合が入ってるねんな。

この違いって何なんでしょね。この気合が、子どものときからあったら、私はまったく違う人生歩んでたんやろな(^oo^;)(^oo^;) もっと早く気づけよって思うけど、まっ、気づかないまま人生終えてたよりは、よかったやんって思うことにしてます。

自分の経験を通して思うのは、学ぶには「動機」があるといいのかなってことかな。あと、深く深く学びたいって域まで達するには、やっぱ自分の意志で選んだ道で、自分で貯めたお金で学校に通うってことも大切なのかもしれん。親に出してもらったお金を、私はいっぱいムダにして、申し訳なかったと思うけど、あの頃に戻っても、やっぱりそんなに勉強しない気もする。なんでやろなぁ。

そう、もう一つ思うのは、学ぶためには、気持ちが安定しているってことも、けっこう大切なのかもしれん。子どもの頃の私は、「こんな悩みがあって、人生いつまで続くか分からんし、別に勉強したからってやりたいことがあるわけでもないし、とにかく他に考えることいっぱいあるのに、勉強どころちゃうわ」とか、その時々で勝手な理由つけて、さぼってた。悩むのが趣味やったかも(^oo^;) 心が安定していると、目の前の目標がすんなり見えてくるというのはあるかもしれんなぁ。

私には子どもがいないけど、世の中の親御さんたちが、子どもが勉強せえへん、勉強する子どもにするためにはどうしたらええんやろって悩む気持ちはわかるし、勉強に集中できない子どもの気持ちも、自分がそうやったからどっか分かるなぁ。

で、これまた自分の経験を通して思うけど、学ぶってこと、いつになっても遅くないから、それでもええんかなって。学校時代勉強がキライで、大人になってから目覚めて大好きになって、人生の後半でやりたいこと見つけて、それから研究者になったり、職業が変わったり、自分の一生をかけたプロジェクトができたり。そんな人生の途中で目覚めた学びも、いつだって「間に合う」、学んだ人がいつでも受け入れられる、そんな世の中であって欲しいなぁって思う。

社会人を何年かやって、あるいは主婦を何年かやって、一念発起して、学校行って学んで、資格とって、それから仕事探しても、見つからない・・・・今ってそんな世の中のように見えるけど、そんな途中からがんばってる人が、年齢と関係なく、新しく働ける場所、学んだことを生かせる場所が、与えられる、受け入れられる、そんな世の中になってほしい。今、仕事を探して苦労している友人がすぐそばにいるから、余計にそう思うなぁ。


あれ・・・・授業の話から、仕事の話になっとる(^oo^;)
まっいいか。これもまた自然なり~。

んじゃ、次のお題はコレにしよう、「仕事」。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
by butakotanaka | 2009-06-24 15:30 | ぶたこぶのコレ書いて