発表会終わった(*^oo^*)

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終わりましたーっ!!!発表会ーーーっ!やたーやたー!
とにかく、終わってうれしいのだ。

そして、演奏の内容も、なんとか、落ち着いてできたかなというレベルかな。
もちろん家でだともっと弾けてたのにーとか、あんなに念入りに練習したラストの部分でいっぱい変な和音弾いてもたよーとか、そういうことはいろいろあるけど、でも、自分の中では、今までの発表会とくらべて、一番落ち着いて弾けたかも。そして、だんだん育ってきた自分の指、音楽、そんなことが生きてきたかもなーと感じられたのでうれしい。

私のピアノのレッスンの歴史って、いくつかに分断されていて、子供のとき、小学校入りたてぐらいで二年ぐらいかなー、ほんの数年、バイエルの途中まで習ってて、二回ぐらい発表会に出た思い出。とにかく練習が嫌い。先生は家に来てくれるんだけど、その先生が来るほんの五分前とかにパパパっと弾くだけ。そんなんでうまくなるはずないんだけど、要領はよかったみたいで、それでなんとかなってたというか、先生はあきれてたやろなー。

やめた後、次の音楽体験は中学あたりでエレクトーンを数年。これも、あまりまじめでなく。足のペダルに苦労しつつ、中途半端なままやめた。

次は、高校三年。進路を決める段になり、幼稚園の先生になりたいと、その筋の短大を受験するためにピアノのレッスン再開。バイエル60番からといわれ、指は全然動かない。こんな年齢になってからでは、育つわけもないと、見捨てられたように先生に宣言されたのを今でもトラウマのように覚えてる。子供のときにちゃんとやってなかったら、ピアノって一生うまくなれないのね、手遅れなのねって。

短大時代は、授業のいっかんでピアノレッスンがあったけど、90分の授業に10人の学生が割り当てられていて、つまり一人9分のレッスン。そんな丁寧に見てもらえるわけもなく。レベルとしては、ブルグミュラーからソナチネ程度かな。練習嫌いは相変わらず。ただ、高校時代もこの短大時代も伴奏が好きで合唱部には入っていたから、合唱の伴奏は家でちまちまと時々練習して、一人で喜んでた。ぜんぜん突き詰めるような探究心はなし。

短大を中退して、音楽系の大学を目指すことに。短大行きながら1年間レッスンにも週に一度通う。この時代はけっこう練習してたかなー。でも、先生との相性はあまりよくなくて、うまく先生の期待には応えられていなかつた気がする。先生の思うような音も出ないし、指も動かないし、伴奏は好きだけど、指は動かないから速い曲は一生無理やな・・・とコンプレックス。テンポが速い指がたくさん動く曲も苦手だけど、気持ちを入れるショパンみたいな歌い上げる曲も、どううたっていいのかわからず、やはり苦手。とにかく不器用だった・・・というのは、今も変わらないのかも。

無事音楽系の大学に受かったものの、またまた1年と半年ぐらいで中退するこになる。家の経済的な理由や母の意向もあったのだけど、今から振り返ると、そんな人のせいにするんじゃなくて、やっぱり自分にも原因はあったと思う。歌の先生もピアノの先生もちゃんと指導してくださっていたけど、私がうまく対応できなかったし、学校もおもしろくなかったし、テストもぜんぜんできなくて成績もダメだったし、歌もダメ、ピアノもダメで、なんか劣等生。落第するほどの劣等生じゃなかったけど、どこかで居心地悪いのを感じてたのかな。いや、やっぱりへたれやな。ほんまに本気では努力してなかった気がする。遊びにもせいを出していたし。それで、もひとつ楽しめなくても当たり前やな、今から考えると。

大学をやめて、就職して、ピアノから完全に遠ざかる。
その後、社会人の合唱団に入り、全然たいして弾けない私に、伴奏してくれという依頼が来るという奇跡が。ある大学の夜間部の合唱団で、のちに私と結婚することになるたこぶくんが指揮していた団。練習が(夜)の9時半から始まるし、ギャラもそんなに出せないし、弱小の団というのもあり、なかなか伴奏のなり手がなかったということもある。指が動かない私が、難しい合唱曲の伴奏をそこから10年近く、毎年1年間、必死で練習してなんとか本番をこなしていた。今から考えると恐ろしいぐらい下手くそだったと思うし、そのわりに不相応なプライドがあって、自分がへたくそだということに気が付いてなかった(^oo^;)アホやな。でも、その時代に、歌と合わせることの楽しさ、指揮を見ることの楽しさ、アンサンブルしながら自分も音楽を作ることの楽しさを教えてもらった。ねばり強くひっぱってくれた旦那様にも感謝(*^oo^*)☆ミ

その10年近くの間に、何年かピアノのレッスンに通っていた時期もあって、何回か発表会にも出てたけど、なんか、暴力的にピアノを弾いてたし、こわばった音ばかり出してたなー。でも、この時代に学んだことは多い。ショパンも弾いてたけど、表現はよくわからなくて、先生から言われる通りに遅くしたり速くしたりしてたような感じ。自分の音楽ではなかったなー。

今の先生とは結婚後、習いに行ったんだったかなー。
30歳過ぎてから。やったかな。数年間。で、神戸の地震があって、そのあたりでいったん中断。その頃、私たち、二人して音楽に疲れていて、いろんな合唱団からも離れた時期と重なる。音楽を一回全部リセットして、お散歩や図書館や、そんなことをして過ごしてみようと、人生をギアチェンジした時期。いろんなことがしんどかった。自分で勝手に人と比べたり、何かを一生懸命に考えすぎて、人と衝突したり、まっ自意識が過剰やったんやろな。そういう年代でもあるし、それも今から考えると必要な体験やったんかも。

そこからピアノレッスン、15年以上空白があって、その期間が無駄やったかというと、そうでもなくて、その間に、いっぱい本を読んだり、旅したり、英語を特に一生懸命勉強した数年があって、海外に滞在した経験もあって、そこから、もう一回音楽に戻る方向に変わってきた。外国で、自分にとって音楽が大切であると気づかせてもらったことや、外国でできた友人たちから教わったことがたくさん。先生にも何人もであったし、私を認めてくれた教会の人たちや仲間たちにもであった。その経験から、日本でもまたやってみようかなーと、長い間の疲労感から、時間をかけて回復して、ここ過去5年ぐらいで、いろんな音楽を再開してる。歌のレッスン、ピアノのレッスン、わりとちゃんとした混声合唱団に夫婦して入ることなど。そのすべてが長い間やってなかったこと、それを全部気が付いたら再開していて、そのうえに、おととしからはチェンバロのレッスンも始めてしまって・・・・。中断する前はやってなかった指揮者ということも、これはここ10年ぐらいでやるようになってきていて・・・。

人間の人生ってほんまに面白いですねー。やめたらずっとやめてる場合もあるけど、私の場合、なんか、ほんまに、自分ではコントロールできない大きな意思がどこかにあって、導かれているような、そんな気が時々します。というか、そう思って、受け入れようって思えるようになったかも。だって、ふつうは、フルタイムで仕事して、そんなに音楽にかける時間なんてとれないし、とれたとしても、家族の理解がなかったりもするのに、私は、もちろん自分で選んだときもあるかもしれないけど、今になって気が付いてみると、私をしたって通ってきてくれる生徒さんに恵まれて、こんな未熟な私なのに音楽を指導することが生活のメインになっていて(収入のメインぢゃないけど(^oo^;)時間を使うメインね(^oo^;))、それと並行して指導するために自分自身が学ぶことも同じぐらいメインで、そこからはうれしいことながら逃げられないぐらいの割合になっていて、そして何よりも、音楽好きの音楽ができる理解ある旦那様(^◎^)に恵まれて、毎日いっぱい練習しなくちゃいけない時期、家事ができなくても、食事の準備がちゃんとできなくても、文句も言わず協力してくれて、私が上達することをいつも一緒に楽しんで喜んでくれている。これって、最高の人生じゃないのか?と、改めて思うのでした。こういうことって、日々当たり前のように受容しているけど、長く続くようでいつまで続くかわからない。人生って、何が起こるかわからないもの。自分だったり家族だったりが病気になることもあるし、自分自身のやる気がなくなることもある。いつまでも続かないかもしれないから、本当にこの環境に感謝して、続けられる日まで続けたいなーと、発表会を終えた今、改めて感じています。

発表会の日は、朝、1時間ぐらい電子ピアノでウォームアップして、10時からリハーサルでいったん会場に。5分ぐらいだけ弾かせてもらったけど、前回、2年前に一度このホールのスタインウェイを弾いたときより、弾きやすくなっていて、自分の指が育ったのかなーと思った。私の先生はまだ来ておられなくて、お嫁さん先生がおられて、数か所ペダルのことや、強調すべきことのアドバイスをくださる。ありがたい。

で、いったん帰宅して、2時間半ほどあるので、2時間の練習。本番のテンポで通すのはいっさいやらなくて、リズム変えして、ひたすらゆっくり音質やアクションの確認。ねばり強く、誠実に、最後まで。

そうそう、前日やった練習ですごく気持ちが楽になるのがありました!
雑念ってなんやろう・・と考え始めて、なんで本番になると雑念が浮かぶんやろうって。この後何食べようかなとか、誰々が来てるかなーとか、しょうもないこと。ウェブをいろいろ検索して、雑念が浮かばない方法は・・・とか調べたけど、緊張したら雑念がわくというのは、仕方がないもよう。

そうか、そしたら、雑念と仲良くなるとええんか?と思う。
よし、雑念わざと浮かべながら練習したれ・・・と思い直す。
ちょうど前夜はナイターゲーム。テレビを見るのはあきらめて、ラジオの中継をつけた状態で、ピアノの練習。ざわざわした音、試合の経過も気になるから聴いてしまう、聴きながらやる。
で、そのうえに、色々言いながらやってみたのだ。「あいうえおーかきくけこー」とか「カレーライス、ハンバーグ、エビフライー」とか、何かしょうもないことをいろいろ口に出しながらショパンのノクターンを弾くのです。で、驚くことに、それが案外大丈夫なのだ。弾けるのです。気が付いたのは、雑念って、リラックスしてるから出てくるのか?ってこと。アルファ波が出てるかもなーって。ってことは、ウェルカムなんちゃうんって。リラックスしてる証拠やから、よしよしって思えばええんかなって。もちろん、雑念が出ても、へらへらーって弾けるところまで練習を積んでいるということは必要になるけど、そのうえで、雑念が出たとき、うわっ、やばい雑念や、集中でけへんやん、間違うやんって恐怖感にさいなまれることの方がやばいんかなと思った。雑念が来たとき、よしよし、よう来たなって思えたら、本番でも大丈夫かもねと思ったのでした。

この前夜の経験は、かなり大きかったかも。本番ってそういうもんかーって。震えるのも当たり前、雑念もウェルカム、あとはそれを受け入れたうえで、ベストを尽くすことやなって。

話は当日に戻りますが、リハのあと家でさいごに2時間さらった後、いよいよ本番に向けて出発。そうそう、旦那様もちゃんとリハにも本番にもついてきてくれて、落ち着かない私に、電車の時間調べてくれて、「ここで7分の待ち合わせでございますー(^◎^)」とかマネージャーのように世話焼いてくれました。感謝やわーっ。リハのときも、客席から聴いたらこんな感じやったでと感想くれるし、ほんまに信頼できるパートナーです。

4時ぐらいが終演予定で、私は最後から2番目。3時半より早くなることはなく、んじゃ3時に行けばいいと、ちょうど3時ごろにホールに到着。ロビーでは出番を終えた子供たちが、ドレス姿で走り回ってる。そのうち二人の女の子が、私と同じタイミングで楽屋に入ってきて、着替える私を見て、「きれいなドレスですね」と話しかけてきた。船場で安かってんでー、なんと8000円やで!と自慢したら、高い!と感想(^oo^;)子供には値段の感覚違うねんなと実感。その子たちのドレスはおばあちゃんの手作りやったり、ネットで安くかったりするねんて。「ピアノ弾くんですか?」と聴かれて、はいっと答えた。何を弾くんですか?ということで、ショパンのノクターンというと、有名なやつ?ときたので、あれとは違うやつと。で、緊張してるから、客席から応援してくれる?とお願いすると、ウンっと元気に返事してくれた。心強いのだ。

本番は思ったより進行がスムーズで、出番が早くきた。
どんどん迫ってくる出番。他の人たちの演奏はすべて素晴らしく思えて、自分のことが不安になるけど、ここまできたら、やってきたこと以上のことは出ないわけだし、あとは気合いなのだ。気持ちを込めて、一生懸命自分の音楽を届けるそれしかない。笑顔の先生に送り出されてステージへ。手術を乗り越えて、無事退院された先生。その先生が元気になられて、この舞台袖で送り出してくださることが、どのぐらい幸せなことか、神様にも感謝しなくちゃ・・・とそんなことも思った。

本番はあっという間。
途中で何度か崩れそうになったものの、なんとか切り抜けたけど、最近、あまり間違うことがなくなっていたラストの難しい和音の連続で、たくさん違う音を混ぜてしまい、自分にがっかり(^oo^;)でも、それ以外のところで、ももくりのときにできていなかったこともたくさんできたし、まっ本番はこんなもの。とにかくベストは尽くしたのだ。それでもう自分をほめてあげようと思えた。お客様からの拍手もとても温かかった。

私の後の方は、音大の大学院かな、の学生さんで、あちこちのコンクールや新人演奏会に出ているほぼプロの方で、さすがに素晴らしい演奏。もうぼーっとしてる間に、発表会の終演を迎えた。みんなで写真撮影するのに、客席で聴いてくれていたお嫁さん先生が来られて、「ぶたこさんー、よかったよー感動したわー」と声をかけてくださり、うれしかった。終演後お礼に伺ったときも、曲が私にあっていること、とてもがんばって練習したことが伝わってきたことを言ってくださり、リハーサルでのアドバイスもちゃんと反映されていたと。よかった。今回、縁があってみてもらった二人の先生。二人ともにみてあげてよかったと思っていただけたらいいなーと、そういうダブルの感謝もあったので、この先生に喜んでいただけたのもうれしかった。もちろん私に気を使ってうれしいコメントをくださったのもあると思うけど。

私の先生も、緊張はしてたわねーというコメントだったけど、がんばって弾いてたわよって。
体調を回復された先生に聴いていただけて本当によかった!

写真撮影が終わって、客席に降りて、聴きにきてくれていた生徒さんと旦那様に会い、記念に写真を撮ったりして、その後楽屋に戻って着替え。そこには、さっきであった二人の子供たちが。お母さんたちと一緒で、お母さんに「あっ、あのね、この人!さっき応援してって頼まれたの」って報告してる。私が「あ、応援ありがとう!おかげでとても心強かったよ!」ってお礼をいった。こういうふれあいってうれしいね。この子達にも楽しい思い出として残ってくれてたらいいなー。大人が緊張してがんばって弾いてるんだよって。

今回のドレスは、船場で8000円で買った掘り出しものなんだけど、何人もの人にほめてもらって、そのたびに値段をいうので、私はやはり関西の人間やなと実感(^oo^;)でも、ほんま安かったし、色合いもよくて、ええ買い物やったなー。

で、帰りしな、もうホールを後にしようというとき、先生方の楽屋の前を通りかかったら、先生とお嫁さん先生が二人で後片付けされていた。改めて、本当にありがとうございました!と言ったら、お嫁さん先生が最高の言葉をくださった。お母さん先生に話しかける形で、「あのね、ぶたこさんは、体のどこにも力が入ってないから、本当にきれいな音なのよ!とても誠実な音で、誠実な音楽で、人柄がそのまま表れてたわー」って。この「からだのどこにも力がはいってない音」というのは、ずっとずっと目指してきたことで、誠実な音楽という言葉も含めて、こんなにうれしいコメントはないってぐらいうれしかった。今回の曲は音の幅が広いオクターブ以上離れてる和音が満載で、ほんまに指がこわばっていい響きがなかなか出なかったから、この曲でそう言ってもらえたこと、そして、大学時代特にショパンを熱心に勉強された、いつも私の先生がほめているお嫁さん先生にそんな言葉をもらえたことが、心から嬉しかった。二人の先生に感謝。

ホールを出て、来てくれた生徒さんと旦那様と3人でミスドでまったり。
生徒さんからも、「先生の音が本当に美しくて、音楽もよくて、ももくりの時よりもずっと磨かれていて、先生の生徒でよかったと心から思いました」とこれまた最高のコメントをいただいた。うー・・・幸せだ('oo') この生徒さんはご自身が講師をされている方で、指導の苦労もよくわかっている人。生徒さんに自分のピアノを聴かれる、さらけ出すというのは、本当に怖いことで、教えてる自分が情けない演奏ではあかんなーという、いい意味でのプレッシャーもあったおかげで、私は練習に励めていたとも思う。信頼してくれる生徒さんがいることで、先生もがんばれる。やっぱり人間は一人では生きていけないし、一人だけだと喜びは何倍にもならないし、悲しみも分けられないんだなーと思う。にんげん、ばんざいっ。

ピアノを一人で弾くことは、いつも書いているけど苦手。でも、音楽を届けること、長い時間をかけて本番のために仕上げことの喜びをここ数年わかってきて、仕上げた音楽を聴いてもらうことの大切さもわかってきた。本番は緊張するけど、ここから逃げていては成長はないし、これからも1年に一度ぐらいかもしれないけど、そういう機会を大切にして、今回ほめていただいた言葉のように、誠実に音楽に向き合って、誠実に練習を積み上げていって、誠実な指導を心がけたいなーと改めておもう。

何か月も学ばせてもらったショパンとはしばしのお別れ。
またレッスンでは新しい曲と出会っていく。
ブラームスのラプソディを弾いたことがないので、弾いてみようかなと考えているところ。
休んでいたエチュードも再開しなくては。
というか、うたのレッスンが来週あるし、しばらく手抜きだったチェンバロもちゃんとやらないと。

今年誕生日が来たら53歳になる私。この年になって、まだ学生のように練習をさせてもらえる環境で、それを指導に生かすことができるこの人生に感謝して続けられるところまでは、この生活を楽しみながら、研鑽をつんでいきたい。そして、日々、少しずつでも進歩できるとうれしいな。

神様、これからもがんばります。見守っていてください(*^oo^*)
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by butakotanaka | 2015-05-10 23:01 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)