積み重ねるということ~英語学習~

タイトルを英語学習としたけど、私にとって、英語学習を積み重ねるということと、外国にいる友人たちとの友情を積み重ねるということが、ほぼ同義だなーと思う。
そういう点で、英語学習の目的だったりきっかけだったりが、世の中の多くの人と違っていたりもするのかな。

仕事で必要だったわけでもなくて、テストでいい成績を得たいわけでもない。
元々旅行に行ってその先でその土地の人たちと交流することが大好きだったけど、ふとしたきっかけで、しかもけっこうネガティブなきっかけで英語学習まぢめにやりだして、一度きりだと思ったその出来事が今まで続いてるわけやもんなー。

今でも覚えてるけっこう悲惨でアホらしいともいえる理由(^oo^;)
2001年のこと、旦那様のお仕事先の景気が悪くなり、次の春から、それでなくても多くはなかったお給料がひと月につき10万円減るということが決定。私はそのずいぶん前からフルタイムの仕事は辞めていて、そのころはレッスンで教えるということもなかったし、音楽の仕事はほぼやってなくて、というか音楽活動自体もお休みしていた時期。その後再開とも思ってなかった。なんというか、若いころかなり濃密にやっていた合唱だったり、合唱の伴奏だったり、ピアノを習うことだったりに、音楽そのものもだけど、人間関係とかいろんなことに疲れて夫婦して音楽から遠ざかっていた時期。

春から生活に困るのねって悲惨な気持になり、きっと私はまたフルタイムで必死に働くべきなんだわと覚悟、で、普通なら節約に走るところ、逆に行動にでる、ここが私のアホなところというか(^oo^;)
フルタイムで働く前に、まとめて時間がとれる最後のチャンスかもしれないから、そんなにお金がかからない範囲で、夢をかなえたい、その夢は、幼いころから大好きだったアメリカのテレビドラマ、大草原の小さな家みたいに、外国の家にホームステイして、英語を学んで、あこがれの暮らしを経験してみたいねんってもの。夢やってんってことで、色々調べて、飛行機代、英語学校代、ホームステイに食事代を含んで、4週間で33万円で行けるということが分かり、たこぶを説得して、4月になる直前の3月に4週間、カナダのバンクーバーに旅立ったのでありました。

その時は、ほんまたいして話せなくて、学校でのクラスも真ん中の下ぐらいで、それでもやっぱり「音」に興味があって、学校の授業以外に個人レッスンを申し込んで、発音の指導を特に受けていたんやったなー。あの頃は声楽のレッスンとかお休みしていたんだけど、外国語を話す人たちって、どんな風に口の中とかあごとかを使って話してるのかな、どうやったらあんな音が出るのかなって、そのことに特に興味があった。あの頃から、意味を調べるだけでなくて、発音記号を調べるためだけにも辞書をこまめにひいてたなー。

ホームステイ先でも、特に子供が話す英語はお手あげぐらいわからなくて、苦労しまくり。失敗談もありありで、それでも、4週間が終わったとき、学校からは特によくがんばりましたというオナラブルメンションという特別なお褒めの言葉つきの修了書をもらって、涙流して喜んだんやったなー。自分は優秀からはかけ離れているといつも落ち込んでたから。優秀だったわけではないけど、よくがんばりましたと認めてもらっただけでも力になった。帰国するまでにカナダの本屋で、先生推薦の文法書、発音書を買い込んで、それっきりで終わるはずだった夢の学びの旅だったのに、あきらめきれず、もっと学びたい、もう一度行きたい、次に行くときは、もっと進歩してから行きたい、と、そこから毎日、1日に1ページずつ買ってきたテキストを自主学習し続けて一年やり遂げたのであった。

で、フルタイムの仕事はどうしてん?というところが間抜けな話で(^oo^;)
結局、贅沢しなくて、少し節約して暮らせば、たこぶの収入でもやっていけることが分かり、私はフルタイムではなく、昔の職場に呼ばれて、パートタイムで働いたりして、それで生活はなんとかなったのでした。

限りなく理解があり、こんなアホな私の生き方を面白いなー(^◎^)と楽しんでくれる素晴らしい旦那様のおかげで、その後もできる範囲で、お金を貯めては、英語を学び続ける日々。カナダの1年後には、きっちりニュージーランドに3か月。なぜニュージーランドか。なぜかというとそのころのニュージーランドドルは、50円以下で、何をするにもアメリカの半額ぐらいだったのだ。3か月間、飛行機代と学校代とホームステイ代、1日二食も込みで、48万円やったのを今でも覚えてる。前の年にバイトしたお金で間に合った。今から考えたら、安かったなー。いや、大金ですよ、もちろん。でもあんな遠いところまで飛行機乗って、学校行って、寝泊りして、と思ったら、旅行に行くのと比べるとかなり安いと言えます。

で、私の場合、その外国に行かない日本にいる間、そのころは国内の英語学校には通ってなかった。それにかけるお金がもったいないと思ったから。

そのあとは、3年おいて2005年にNYに3か月。これもホームステイと英語学校。このときに行先をNYに決めたのは、前にも書いたけど、ここから流れるラジオ番組との縁。ファンになって、日本で聴くようになってメールを送って、交流が始まって、日本から放送に電話で出て、その中で次の勉強する先を探してると話したら、ホストから、NYはどない?とふと言われ、ほんまや、このラジオが流れてる、いつもタクシーの運転手とかいろんな人が電話かけていて生き生きと自分の思いを話してるのを聴いてた、この街に行ってみたい!って思ったんやったなー。

その3か月の間に、ラジオ番組のイベントでケイラという友人ができて、英語学校のクラス分け面接のときに担当した黒人の先生がクラシック音楽好きで話が合って、その先生がすすめてくれたのが、その後通うことになるブルックリンの教会で、そこで親友になったリサに出会ったんやったなー。リサは、その3か月の途中で、ホームステイ先でトラブルになって追い出されそうになったとき、救い出してくれて自分の家に私を住ませてくれて、その3年後に老人ホームでボランティアしたいねんっ、大決心の告白したときに、私にまかしとき、探したる!って請け負ってくれて、ほんまに私が後にボランティアすることになるホームを探してくれて、1年滞在のときは身元引受人になってくれて素敵な推薦状も書いてくれたんやった。

3か月の滞在の途中から通うようになった教会の礼拝で、ある日隣に座ってたのがジャッキーで、私の歌声聞いて、「教会の聖歌隊に入りなさい。紹介してあげるから」と聖歌隊のパムに紹介してくれて、そのほかにも「ルネサンスの音楽に興味があるんやったら、私のパートナーのマージが毎週金曜にやってるグループがあるからそこに行ってみたら?」と紹介してくれたんやった。そして、毎週通うようになった金曜コーラスに場所を提供していたリチャードとリタの夫婦が、その後、1年滞在したときに、ウェスタンウィンドのワークショップに参加すべきや、車で連れていったるから、費用はかかるけど、価値があるから参加しなさい!と促してくれたんやった。

英語学校に通うような滞在はもう卒業と自分で決めて、何かええことしたい、誰かの役に立ちたいし、アメリカのお年寄りの人たちの話をたくさん聞きたいと、とうとう一年のボランティアでの滞在が実現することになったわけやけど、3か月滞在したときに作った友人関係が、なくならずそのまま継続したばかりか、深まったり、またそのまた友人までつながったりして、ホームでの入居者の人たち、牧師をしていて教会のメンバーでもあるイェバ、その旦那さんで音楽家のトーグ、いろんな人たちと新しく友達になった。

2008年の1年の滞在の後は、3年前に1か月、そして今回1か月と長期ではないけど、訪ねることになって、音楽の学びはもちろんなんだけど、こうやって、継続したつながりがある友人がいる、次に行ったときにもっと本音で、もっと微妙な感情まで話したい、知りたい、分かりたい、表現したい、そんな思いがあるからこそ、日本でも毎日は英語はなさないけど、英語に興味を持ち続けるし、どうやったらもっとすんなり話せるのかな、どうやったら発音よくなるのかなって考え続けてるんやろなー。モチベーションを保つのが難しいって、何事にもよく言われることやけど、それはほんまやと思う。確かに難しい。でも、私はすごく恵まれていて、こうやって行く機会があるということ、行くことを許してくれる家族がいるということ、向こうでも受け入れてくれる、待っていてくれる友達がいるということ、お金をかけずに滞在できるように住ませてくれる人がいたり、協力してくれる人がいてくれて。

今回も何人かの人たちから、あなたはもうただの旅人ではないのね、いつも何かプロジェクトをもって、やるべきこと、知りたいことをもってやってくるのね、こんなに継続して、仕事や何か利益のためではなく、英語を学び続け、自分たちのことを知りたいと思い続けてくれて、そして理解しようとして、実際に理解してくれて、という日本人に会ったことがない、と言われました。珍しいと(^oo^;)
もうあなたはタダの日本人じゃないのよとも言われた(^oo^;)
2つの国に片足ずつを置いて、両方の国を理解しつつ、それでもしっかり自分自身は日本人ではある、という面白い人だと。なんというか、アメリカの友人たちから見て、外国人、とも言えないし、アメリカ人であるわけでもないと。でも理解してくれているという安心感があるから、誤解を恐れずに、色々な質問ができるし、色々な話もできると。

これまでの積み重ねがあるから、だからこそ得られた、友人たちからのこんなコメントだなと感じました。音楽にしても、英語にしても、人との縁にしても、積み重ねることの大切さ、今回の旅では改めて、本当に強く強く感じました。

そして、もうこれは、行きたいから行く、とかそういうレベルではなくて、切ってはいけない縁ができてしまったんだなってこと。親戚がいるようなもんで、何年か間は空いてしまったとしても、これからも行くべき場所、会うべき人たち、会っておきたい人たちがいる場所になったんだなってこと。お金がかかるからとか、しんどいからとか、そういう理由ではあきらめられない、あきらめてはいけない、大切な友情が育った場所なのだということ。それを実感しました。

こんな風に積み重ねられたこと、自分ひとりの思いでは成し得なかったことだから、どれか一つではなくて、可能にしてくれたたくさんのことに感謝の気持ちしかないし、これからも誠意をもってこの大切な関係を続けていくことが、その一つ一つのことへの恩返しになるのかなと信じて、コツコツまたがんばろっと。

いつものごとくまとまらないけど、今夜のとりとめない思いでしたー。
暑いですー。皆様も夏バテにはお気をつけて。
おやすみなさい(^oo^)/~~~
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Commented by Yuko H. at 2016-07-23 15:09 x
お帰りなさい。素晴らしい生き方ですね。英語を手段とし、自分が一番関心があって打ち込んでいる音楽を通して、自分を高め友情を育むことができて、充実した毎日を生きていらっしゃることに感動を覚えました。
Commented by butakotanaka at 2016-07-25 21:57
ゆうこさま(^oo^)
いつも読みに来てくださってありがとうございます。こうやって積み重ねてきたことを振り返ると、いろんな方々との出会いや支えで自分の学びが進められてきたんだなと改めて感謝の気持ちでいっぱいになります。これをこれから先の人生でいかしていかなければ、ですね。子供のころ、自分は不幸だ、なんて思ったこともある私が今こうして充実した日々を送っていること、なんだか不思議な思いです。
by butakotanaka | 2016-07-21 21:58 | 日常生活 | Comments(2)