カテゴリ:ぶたこぶのコレ書いて( 21 )

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えらい長いこと書いてなかったから、その存在も忘れられていたことでしょー(^oo^;)
夫婦してお題を出し合って、出されてお題で何か書くという往復エッセイ。
前回たこぶから出されたお題は「雲」でした。

雲といえば水分で、いっぱいかたまったら雨になるんやったなーとか考えてたら、この雲の前に私が出したお題が「雨」やった(^oo^;)戻ってはいけないのだ。

この写真は、2008年にNYに住んでたときにある日一人でセントラルパークをお散歩したときのもの。

雲って時々すごくないですか?
なんていうか、人間業じやないような形ができる。
動物みたいだったり、人間みたいだったり、字を書いてるみたいだったり。
心が疲れたとき、こんな草っぱらに寝転がって、ずーっと雲が流れるのを見てると、なんとなく穏やかな気分になるもんですよね。空は広いなー、雲っておもしろいなーって。

昔、のんちゃん雲にのって・・っていう本があったと思うけど、どんな話やったかなぁ。たこぶが前に読んでいたような。子どもの頃、雲ののれるって信じてなかったですか? 

そういえばこないだ老人ホームに訪問演奏に行ったときに歌った中に、翼をくださいというのがあったけど、自分が空を飛べたらどこに行きたいだろうって考えてみたこともあったなぁ。雲に乗るっていうのは、飛べるという感じと近いかも。乗り物じゃないけど、空の上にあって、で、流れている。・・・ん?あれって本当に流れてるのかな。地球が回ってるから流れてるように見えるだけで、実は雲はじっとしてるとか? 科学系がまったく苦手な私は、全然そういう論理が分かってません(^oo^;)たはははは。科学系だけでなく、歴史や地理もぜんぜんあかんねんけど。たこぶと付き合い始めた頃は、四国の四つの県がどう並んでるかとか、中国地方の県で日本海側はどれかとか、チリは南米かアフリカかとか、何も知らん私にあきれられたもんです(^oo^;)

あらあら、また話が飛んでしまったけど(文字通り(^oo^;))、雲にのって空を飛べたとして、どこにでもいけるって言われたら、どこに行きたいだろう。

宇宙には・・・・いけないよね(^oo^;)
なんか地球の中だけだと、どこに行きたいってないかもなーって、思ってしまって。地球の中なら飛行機とか使ってどこでもいけるやんって急に現実的になってしまいました。あ、でももし、雲に目があって、「こんな人のところに行きたい」って望めるのなら、たとえば、今友だちがいなくて、すごく寂しくて、誰でもいいから話し相手が欲しい人のところに行きたい・・・と思っていけるとしたら、それもいいかなぁ。逆に、すごーく静かで、すごーく平和で、どんな心の波立ちもおさまるようなところ・・・こんなリクエストができるなら、そんなところにも行って見たいかも。そんな風に色々想像すると楽しいね(^oo^)


雲といえば、飛行機に最初乗ったときに感動したのは、飛行機が雲の上を飛ぶと知ったこと。
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これって、すごいと思いません? 人間が雲の上にいるなんて。
飛行機に乗るまでは、雲はいつも空のかなたにあるもので、手を伸ばしても届くものではなかったのに、飛行機に乗ったら、届くどころか、突然その上にいるんだもん。雲と空は一組のオブジェクトだと思っていたのに、雲と空の間に飛行機がいるような感じでしょ? うん?ちがう? 空の中に雲も飛行機もいるのん?

まっ、とにかく。
上から眺める雲というのは、下から見るのとは違って、どこか海っぽい。水平線があるみたいに、線ができて。そっか、雲って水やったなと思い出すわけですな。


飛行機から降りて、雲の上を歩くことはできへんけど、思わず歩けるんちゃうかって思ってしまうほど、「面」があって、すごく不思議な感覚になります。

自然ってほんとに不思議。
不思議でおもしろい。

この夏は、ほんまに暑かったけど、これも誰にも予測できなかったことで、人は予測したり分析したりすることに必死になるけど、いつもそれを裏切って舌を出したり、ときには牙をむく自然がいるんですね。絶対勝てない、絶対理解しきれない、こういう大きなものがあるから、人間は最悪に傲慢にはなれないのかもしれへんなぁ。そういう存在って必要なんかも。ここ最近、政治関係のきたない、計算ずくのやり取りを見るにつけ、なんかそんなことを思ったりしたのでした。


またまた全然まとまってないけど、「雲」はこれで置いておこう。
次のお題は何にしようかなー。

ずっと前、確か「ラジオ」というお題は出したけど、これはまだやったな。最近のわが家の懸案事項。

「テレビ」これでいきましょう。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2010-09-20 21:49 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

寒いですねー。もう春なのに。造幣局の通り抜けさえ昨日から始まったというのに。
ってことで、寒い中サンディで買い物して、国産高いからNZから来たカボチャを買ってきて、ラジオ聴きながらコトコト煮込んでます。

旦那さんのたこぶとの往復エッセィ、最近すっかり頻度が減ってきていますが。
やめるのももったいない。楽しいから。
前回、ぞうさんというお題から、しっかり自分の好物のバナナに持っていき、バンコクでの旅の思い出を語ってくれたのはなかなか面白かった。その楽しい思い出が詰まったバンコクが今、えらいことになってますね。政治的な対立は昔からあったことで、いざとなったら王様が出てきて、仲介してくれて・・・というのがパターンだったと思うんだけど、最近、王様はすっかり年をとられて、体調も思わしくないみたい。これで、もし王様が亡くなったりしたら、この国はどうなるんだろうって、自分の国じゃないけど心配。微笑みの国といわれるぐらい平和のイメージが強いけど、貧富の差は激しくて、くすぶった怒りみたいなものが貧しい地域の人たちにはずっとあったのかもしれないね。デモや集会があっても、あんなに多くの人が亡くなるような騒動は、今までならなかったし、なるような気がしなかったのに。本当に平和って大切やなぁ。

さて、たこぶから先月もらったお題は「波」です。

波、かぁ。

波という文字を見て、最初に浮かんだのは、なぜかサザエさんのお父さん、波平だったりします(^oo^;)
最近見てないなぁ、サザエさん。
私は家族が少なかったので、ああいう賑やかな家庭にあこがれてました。いつも誰かがイタズラしたり、もめごとを起こしたり、失敗したり、ケンカしたり・・・と、大変そうでもあるんだけど、そういう大変さを味わってみたいなって幼い頃は思ってました。でも、大人になった今は、たこぶと二人のわりと静かめの生活が気に入ってます。時々は賑やかでもいいけど、自分以外に一人しかいないと、相手の言うことも聞きたいと思うし、自分の言うことも聞いてもらえる。向かい合った関係もいいのかなって。子どものときは、大家族にいつかなりたいなぁって思ってたけど、予定は未定。人生ってどうなるか分からないですな。

まっ、波平さんの話はええとして(^oo^;)

正攻法でいきますとぉ、波は水でおきますな。海やら、川やらで、さざ波が起きます。それが小波になり、大波になり、うねりになり、ときどき津波になり人間に襲い掛かることもある。

こうやって書いてみて、「感性」という言葉が浮かんできました。
小さな変化や起こっていることに敏感でありたいと思います。
大波や津波になってからだと、誰にでも分かるけど、その前の状態。ほんの小さなサインしか出ていないときにも、感じらる人でありたいなと。人の哀しみであったり、助けを求めるサインであったり。喜びや幸せを分かち合いたいと思ってる人の表情だったり。それから、世の中の情報。表に出ていることが氷山の一角であっても、そこに隠れる根っこの部分や、可能性の部分まで読み取れたり、理解できる人でありたいなと思います。

こう書いてきて、結局、そういう人であるためには、経験と学びが必要なんでしょうね。持って生まれた感性だけではダメで、それを育てないといけない。私は育てられているのかな。

自分の中に起きている小さな波をいい意味で大きく育てられているのかな。
小さな疑問をほおっておかないで、解決すべく何かアクションを起こしているのかな。
小さな夢をほおっておかないで、かなえるべく何とか前に進んでいるのかな。
小さな不安をほおっておかないで、確かめるべく動いているのかな。
そして、小さな疲れの波が生まれているとき、それを癒すべく時にはスイッチを少しの間オフにする勇気があるのかな。

波、という言葉は、私にとっては、無、から生まれる水のかすかな動き、そこからどんどん育って、大きなうねりになっていく、そんな変化を現す響きを持っているようです。


波といえば、電波もありますね。
この春でずっと聴いていた番組が終わるとき、残念だったので思わずメールしたら、昨日、その番組からハガキが届いていました。ホストの二人の写真とメツセージが添えられていて、なんか、心が通じ合ったみたいで、そんな小さなことが嬉しかったな。

ってことで、大好きなラジオ・・・をお題にしようと思ったら、前にもうやってたな(^oo^;)


何にしよう。
寒い雨が降ってるし・・・。
よし、素直に水つながりで「雨」にしよう!
次のお題は「雨」でお願いします。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2010-04-15 17:17 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

去年から始めたぶたこぶの往復エッセイ。たこぶから前回もらった御題は「ろうそく」でした。


ろうそく
ともしび
ほのお
ゆらゆら
ゆれる
こころ
うちがわ
ひめる
きもち
こめる
おもい
にもつ
わける
いたみ
やわらぐ
いやし
おんがく
うた
ことば
つたえる
あいて
じぶん
こどく
ひとり
みんな
あつまる
ぱーてぃ
たんじょうび
ろうそく


ってことで、連想ゲームでいってみました(^oo^)
エッセイになってないって?
いや、これでもなかなか時間かかりましてん。
いってもどってくるまでに。
お後がよろしいようで~。

次のお題は何にしようかなー。
さっき、詩人のまどみちおさんを特集したドキュメントを見て、二人して感動してしまいました。
そんなわけでリクエストは「ぞうさん」にします。たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
今年もよろしくねー(^oo^)/~~~
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by butakotanaka | 2010-01-03 23:11 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

帰国してすぐは、毎日やることないなー、妙にヒマやなー、どうしよーとか言ってた私ですが、最近、なんとなくほぼ毎日予定が詰まってくるようになりました。フルタイムで仕事しているわけじゃないのに、なんだか気持ち的にバタバタしとります。

で、またまたしばらく寝かせていました、たこぶとの交換エッセイ。今回、たこぶが投げてくれたお題は「予感」です。予感ですか。予感ねー。霊感でもない。ヤマ感でもない。第六感とはまた違うよね。

予感。たこぶ的にいうと、私は予感が当たりやすいタイプみたい。特に、野球見てるとき、私が「次、ホームランっ」とかいって、本当にホームランが出たときがあったり、たこぶが「次は打つで(^◎^)」といったときに、私が「いや、三振!」となんか感じる。それが当たっていたりすることも多い。これ、「多い」ってだけで、何も確率的に証明されていないし、はずれてることも同じように「多い」って気がするけど、たこぶはなぜか私の予感が「当たる」と信じているみたい。

たぶん、その一番大きな原因は、新庄やろなぁ。
阪神からメジャーにいって、日本ハムで現役生活を終えた、あの新庄選手のことです。
まだ阪神にいた頃やったか、ある試合で、新庄が敬遠ボールをヒットしたことがあったんです。そのとき、私たちテレビの前でライブで見てました。で、新庄の打席が来て、敬遠。キャッチャーが立ち上がって、横にずれた。

なんか、私は、腹が立ってた。勝負してーやーって。で、「新庄、打てぇぇぇぇ!!」と叫びましてん(^oo^;) そしたらたこぶが、完全にわたくしをバカにしたように「ナニいうてんの? 敬遠やのに、打つわけないやん(^◎^)」とせせら笑いまして。私は、「そんなことないで、打てるかもしれん。新庄、まけるなー、敬遠なんかくそくらえやー、打ってまえーーー」と叫び続けてまして。

次の瞬間です。たこぶの目がテンになりました。
新庄が、バットを思い切りのばして、フォームも何もあったもんちゃう、野球の基本も関係ないっとばかりに、バットを思い切り振り回しましてん。そしたら、そのバットがボールに当たった! で、しかも、ヒットぉぉぉ!!

これに、たこぶは、ものすごく驚いたようで(^oo^;) 私は勝ち誇ったように、「ほれほれほれ、見てみぃなー、私のいうたとおりになったやろ? 新庄うったやろ? でへへへへへーー」というわけです。

それからでしょうな。たこぶが、「ぶたこの予感、恐るべし」と思い始めたのは。

何か印象的なこと、大きな予感が一つ当たると、「こいつの予感は当たるのだ」と、思い込ませることができる、ええ例なのかもしれないです。


私自身、自分の予感が当たるかというと、ようわかりません。
っていうか、予感とは違うけど、目の前にいる人が、何が欲しいのか、何を考えているのかを「感じる」ことには、もしかしたら敏感な方かもしれんなーとは、思ったことがあります。もちろんはずれることもあるし、鈍感になることもあるけど。

学生時代アルバイトしていた飲食店で、お客さんがタバコを吸いたいなーって思ったその瞬間に灰皿を出していたり、何かこぼした瞬間におしぼりを出していたり、メニューが見たいなと、目をやった瞬間に、ハイっとメニューを差し出したり。このアルバイトで培われたものかとも思っていたけど、考えてみたら、もっと昔から来ているのかも。

子供の頃から、自分の両親や兄弟と暮らすことがほとんどなくて、誰か他の家族の中に入れてもらって暮らしてきた私。いってみれば、他人の中で育ってきたともいえるわけです。とても大切にしてくれたけど。なんというか、異文化の中で暮らしてたともいえるのかな。というか、自分自身の文化がなかった。自分の直接の両親や兄弟だけと、大きくなるまで暮らし続けると、自分たちだけのルールや習慣ってのができて、それがその家を出るまで続くけど、私は数年ごとにその「文化」が変化してまして。高知に住んでたとき、兵庫、大阪、そして自分の母親と。自分の母親と暮らしはじめたときでさえ、その前に暮らしていたのは一歳の頃で、それ以来になるわけだから、はじめて一緒に暮らすのとほとんど同じ。新しい「文化」がそこにありました。

暮らす家族が変わるたびに、新しい環境になじまなくてはいけなくて、空気を感じなくてはいけなくて、うまくやっていきたいと子供心に思うんでしょうね。きっと。それから、家族以外の友人や先生たちとの関係も、その一時的な家族と同じように大切だった。それで、周りで起きていることや、周りの人たちが思っていることを、感じよう、わかろうと必死でしていたのかもしれないです。

たこぶと結婚してから、自分の家族が初めてできたような気持ちがしています。結婚して18年。ずーっと同じ人と、しかも二人だけで暮らしてきているから、二人だけのルールや習慣ができて、それが何も言わなくても続いていく。これが快適だったりするんですね。だから、なにごとも敏感にかんじる必要はなくなって、楽になりました。っていうか、楽になって初めて、あー楽やなーって分かったという感じかな。

子供の頃の私は、一生懸命感じようとしていたんだなって、今になって分かるわけです。
だから、この人はこれからこんなことするんじゃないかな、こんなことが起きるんじゃないかな、こんなことを思ってるんじゃないかなって、それを感じようとするから、それが「予感」につながることも、時々あるのかもしれないですね。

こうやって、自分で整理して考えると、ほんと、人間って面白いですね。元々持ってる性格もあるけど、環境によって作られるものも大きいのだなぁと。

で、自分の子供時代を「かわいそうに・・・」と思うかというと、そうでもないです。
この「感じよう」とすることは、語学をやっていても、あるいは音楽をやっていても、おおいに役立っていると思うから。語学でも、自分が知っている言葉や表現は限られているし、知っている言葉でもいろんな意味合いが多方面にある。そういう足りない部分を補うのは、相手が何を考えているのか「感じる」ことなのかもしれないです。それによって、コミュニケーションがスムーズに行くような気がするんですね。相手の気持ちに共感することができれば、そんなに流暢に離せなくても、通じることってありますもんね。音楽でも同じで、隣で歌ってる人がどうしているのか感じてあげると、ハーモニーもうまくいったりするし、前で引っぱっている指揮者がどう思っているのかを感じることで、音楽が流れていく。


こう書いていくと「予感」というのは、ある意味、周りで起きていることにアンテナを張って、「感じた」ことのデータをもとに打ち出す計算結果に近いのかもしれないなーって思ってきました。どうかな?>たこぶ。

もしかしたら、まったく何の根拠もなしに、ふと感じる「予感」みたいなものもあるのかもしれないけど。そういうのがあったら、思い出したら、また書いてみたいと思います。


ってことで、予感の話はおしまい。
次のたこぶに書いてもらうお題、何にしようかなー。

うーんと・・・・。基本的な言葉にしよう。たこぶがどう思うか興味ある。
「喜び」 これにします。いろんな「喜び」があると思うし。

んじゃ、たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-10-15 11:51 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

さて、モバイル環境も整ったし、めでたくぶたの顔辞書もお引越ししたところで、えらいあいてしまいましたが・・・・(・oo・;)ぶたこぶの往復エッセイシリーズです。忘れてる人もいるやろな(^oo^;)

たこぶが前回「おばちゃん」について書いてくれたのが8月24日。確かその翌日だかにギックリ腰になったんやったな(^oo^;)そっからずーっとまとまって何かを考えて書く・・・という状態に脳みそも身体もならなくて、今日に至ってしまいました。その間に世の中は、総選挙があり、新しい政権が誕生して、新しい総理大臣が指名され、新しい内閣ができて、新しい政策方針が次々と示され、そして野党になった自民党は総裁選挙の候補者が昨日そろって・・・と、どんどん変化していってます。っていうか、この一ヶ月は日本の歴史の中でも、後々教科書に載るぐらいすごい変化した一ヶ月やったかもしれないですね。

今日、たかじんさんの番組で若い女の子タレントが三人出ていて、投票には行きましたか?と聞かれ、投票ってどうすればいけるんですか?投票するための紙はどこに届くのでしょーとか答えていた人がいて、あれだけ話題になった今回の総選挙でも若い女の子にとってのインパクトは、これぐらいなものなのかと、改めて実感したのでした。

たこぶからもらったお題は「女子高生」。
確かに女子高生というのは、いつの時代でもスゴイ。何がスゴイかわからんけど、とにかくスゴイ。なんていったって、男子高生が話題になることはないけど、女子高生は常に話題になる。だいたい、IMEのこの辞書も「じょしこうせい」と入れると一発変換したけど、「だんしこうせい」と入れても、「男子高声」としかでぇへん(^oo^; 認知されてないってことですな。言葉としても。

今の女子高生のことは、正直あんまり詳しくないおばちゃんになってしまった私です。確かに宇宙人のようにも見える。テレビや報道を通してみるとそう見えるときも多い。電車の中での会話もぜんぜんわからんときも多い。

でも、私の中で、どんな年代の人も、あんまり変わらない。赤ちゃんでも、小学生でも中学生でも高校生も大学生も若い女の子も中年になっても初老でもいわゆる年配といわれる年齢になっても・・・・。どの人も、「その人」であって、年いってる人を可愛いと思こともあるし、若い子を頼りになる、しっかりしてるって思うことも多い。でもって、表面上、たとえばガングロだったり、マスカラばっちりメイクだったりするような子でも、心の中はみんな同じ。みんな、それぞれの苦しみや悩みがあって、喜びや悲しみがあって、幸せや不幸せ感がある。それが表面上、どんな風に出てくるのか、出てこないのかに個人差があるって感じがする。

世の中に対する反抗心、親に対するもの、学校に対するもの、いろんなイライラ、疲労感、飽き飽き感、憎悪、愛情、それがメイクや服装や言葉遣いや態度に出てくる人もいる。乱暴になったり、文句ばっかり言ってたり、お化粧が濃かったり、服装が派手だったり、真っ黒だったり・・・・。

逆に押し込めてしまって、まったく平静を保っているようにしか見えない人もいる。心の中には、さっき書いたすべての正と負の感情が同じように渦巻いているというのに、それを出さない、出せない、出すすべを知らない・・・・。成績がよかったり、優等生だったり、親にも反抗しなかったり、学校も休まなかったり、誰とでも仲良しで、にこにこ笑顔で、で・・・・、ときどき、突然、表面にそれが現れたりする。そういうときには、往々にして重症になってしまっていたりする。


うーん・・・(^oo^;)女子高生がお題やんな。私、何を書いてるんやろう。

自分が高校生のときは、どんなんやったか。このお題を見たときに、それを考えた。
私ってどんな高校生やったんかな。私ってどんな女子高生やったんかなって。
そしたら、私は上に書いた両方の面を持ってた子やったかなって思った。

正の部分でいうと、たとえば、学級や生徒会の役員した経験がある。ホームルームに熱心やった。先生たちと仲良しやった。友達もまあまあ多かったかな。髪を派手に染めたりはしてなかったし、スカートを長くしたり短くしたりも、それほど細工しなかった。クラブ活動もまあまあやってた。

なのに。同じ人かって思うけど。負の部分もあった。
そうしていながら、私はよく授業をサボってた。役員とかしてる人間がそんなんしたらあかんやろって思うけど、特に高校の後半、欠課して、喫茶店にいって、今だから時効だと思うけどモクモクとかもしてた・・・。夜遅くまで繁華街もウロウロしてたなぁ。

心理的にもすごく渦巻いていた時期やった。家に帰るのがイヤやった。だから、夜遅くまでウロウロしてたんかもしれんなぁ。親とうまくいってなかった。中学からずっとだったけど。

一度、「家出します。探さないでください」とか書置きしたことがあって、そう書いておいて、学校に来ていた。学校の帰りにどっかにいこうかなぁ・・・ってぼうって考えてたような気がする。でも、そんなに大それた気持ちではなくて、なぜか軽い気持ちで。あかんやろって思うけど、多分、そのころは毎日、今の生活から逃げたい逃げたいって思ってたような気がする。

そしたら母親があわてて学校に連絡した。私は授業の途中で呼び出された。「こんな書置きしたんか」と先生に聞かれ、ハイと答えて、しばらく話して、ちゃんと家に帰るということで落ち着いたような覚えがある。なんて人騒がせなんや(^oo^;)あかんやろ・・・。はい(^oo^;)

人生がひっくりかえるような事実がわかって、いや、それほどのことではなかったんかもしれんけど、少なくとも当時の自分では抱えきれないようなことがあって、夜の街をウロウロして、電話ボックスに入って、親友に電話して「もう、あかん、わたし、もうあかんーーー」と号泣したこともあったなぁ。私の友だちをしてくれていた人たちには、ほんまに迷惑いっぱいかけた。すごく不安定で、泣いたり落ち込んだりしてばかりいたから。

友達だけではなくて、先生にもよく話しにいった。なんか、大人の人とそのころ話したかった。普通の大人の人と。多分、親ではない、外にいる大人の人と話したかったというのがあるのかもしれない。親が悪かったとかそういうのではなくて、なんていうか、息が詰まってくる毎日の中で、ついつい考えすぎて、突き詰めてしまうあの世代の感情を落ち着かせるのに、先生たちの存在は大きかった。放課後、しょっちゅう先生たちの準備室にいりびたって、人生相談してた。考えてみたら授業の準備するのにすっかり邪魔してたことになるなぁ・・・・。

若いころは悩むのが仕事っていう人もいるけど、その点でいうと、私はその仕事にほんま集中してました(^oo^;)こんな悩みがあるねんから、授業なんか受けてられへん、こんな気持ちで学校なんて・・・と、何かにつけて、勉強を「しない」理由にしてましたね。将来のことなんて考えず。将来なんて、「ない」方がいいいぐらいに思ってたわけだから、将来のために努力するとか、そんなんムダなわけです。そのころの私の論理としては。ほんま、どうしようもないなー。


そういう毎日でも、楽しいこともいっぱいあって、そう、こうやって思い返してみたら、いい友達もいて、いい先生に恵まれて、いい学校に行けて、ガハハハ笑った日々もあって、人とのふれあいの暖かさに涙したこともあって・・・・。

とにかく揺れ動いていたのです。女子高生のぶたこは。
そして、ぜんぜん優秀じゃなかった。
この子、これから先の人生どうなるの?って心配したくなるような子だったと思う。
そして、本当に心配してくれた人たちがたくさんいて、そんな人たちのおかげで、かまってくれた人たちがいたから、私の今があるんだなぁってこうやって書いていて改めて思う。

そんな高校時代をすごした私だから、どこかさっき書いた二つのタイプをミックスしたみたいな私だったから、若い人たち、いわゆる女子高生を宇宙人とは思わないのです。派手なカッコをして、繁華街(これも死後やな(^oo^;))をさまよっていたにしても、一生懸命、必死で優等生をしていたにしても、その中に悩みや苦しみやモガキを抱えている子がいて、それが、それぞれの形で出てきているのが若い時代なのかなーって。家庭に悩みがなくても、なぜ学ぶのか、なぜ生きるのか、なぜ息してるの?・・・とか、そんな考えてどうしようもないことを真剣に考えて、意味を見つめて、心のそこから苦しんだりできるのが、若さの特権なのかもなーって。

若いっていいです。
そして、そんな時代の自分からもう何十年もたって、すっかり「おばちゃん」といわれる年代に達してしまった私だけど、どこかであの高校生のときのモガキ、クルシミを、忘れたくないなぁ・・・と思っている自分もいます。そして、逆に、あー、あんな時代はもうたくさん、もっと気楽に生きたいよーって思ってる自分も。単純に生きたいと思ってみたり、いや、それでええんかって思ってみたり。大人になると考えることがいっばいあるのよっていうけど、大人になると、確かに生活の上で実際の出来事で考えなあかんことがいっぱいあるから、どこかで、基本的なこと、根本的なことを考えることを忘れたり、放棄したりしている気がするねんな。

あの、宇宙人のように見える女子高生たちも、たぶん、「なんで毎日こうやって学校いかなあかんの?」って疑問を持つことがあって、そんな「しょうもないこと」のように見える悩みが、けっこう人間として肝心な部分なのかもしれんなーって。

あーあ、また何を書いてるのか、わからんようになってきました(^oo^;)
これが私らしいといえばそうなのでしょー。

次のお題、久しぶりのリクエストです。今回しみぢみと感じました「健康」、これいきましょう。
たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-09-19 23:55 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

さて、たこぶとの往復エッセイです。
今回のお題は「三味線」。

最近の私はどっちかっていうと洋風の音楽に関わりが深い生活なのですが、子供の頃は、けっこう和風な習い事をたくさんしていました。10歳まで離れて暮らしていた母が、一緒に住み始めてからも商売で家にいないことが多く、夕方早くから夜中まで帰ってこなかったので、一人でいる寂しさをうめるためにも、外の世界との関わりを持つためにも、習い事をしなさいとすすめてくれました。今から考えると、そんな費用も捻出してくれていたんだなと感謝ですね。

小学校高学年の頃は、なぜか、お茶、お花、三味線・小唄を習っていたのです。これって、小学生にしたら珍しいですよね。お茶とお花は、二軒お隣の運送屋さんの奥さんが先生をしていて、運送屋さんの二階に教室がありました。すぐ近くということもあって、ここに数年通っていた覚えがあります。といっても、そんなに真剣な習い事って感じではなく、毎回出てくるお饅頭が楽しみで、お抹茶も大好きで、そのお茶の合間にお花も生ける・・・みたいな感じかなぁ。たぶん、週に一度通ってたと思います。

三味線と小唄は、母親と一緒に通ってた覚えがあるけど、これはあんまり長続きしなかったような。家に三味線もありましたねー。母は仕事に必要というか、習っておきたいと思っていたらしく、あんたも一緒に習ったらどう?と連れていってくれました。1年は続かなかったんじゃないかなー。その後小学校の終わりから中学にかけての二年ぐらいは日本舞踊も習っていたので、ほんと、この頃は和風に傾いてました。今から思うと、もっとちゃんと続けていれば、今ごろ、使い物になったのになーって。っていうか、英語を学び出して、海外に友人もできると、逆にこういう和風の趣味がちゃんとあるといいなってあこがれるのです。外国の友人に教えてあげたい、見せてあげたいって。これから先の人生で、いつかまた習う機会があるといいのになぁ。自分で習うとなると、他にやりたいことに優先して費用をかける・・・・というのが、なかなか難しいんですね、これが。どうしても必要なことではないし。でも、いつも、何か新しい習い事を・・・と思うたびに、日本舞踊はまたやってみたいなぁ・・と思うことの一つです。

こういう習い事がまったく役に立たなかったかというと、そうでもなくて、前にも書いたけど、今でも時々日本舞踊の会のアナウンスの仕事を頼まれるのは、アナウンスができて、その上で、ああいう日本の音楽や踊りを少しは知っているということが理由なのかもしれないと思います。わかってくれている人がやってほしい・・・と主催者側は思われるようで。少しかじっただけでも、まったく知らないよりマシですもんね。人生、どんな小さな経験でも、邪魔にはならない、後で役に立つこともあるってことですね。


さて、話は戻って三味線。
多分、今、目の前に出されても、全然弾けません(^oo^;) 自慢ぢゃないけどっ。
覚えてるのは、調子に、本調子、二上がり、三下がりっていう種類があったなぁ・・・とか。楽譜は、数字譜やったなぁ・・・とか。三本ある弦がそのまま三線紙になっていて、おさえる弦のところに数字が書いてある。でも、音符の長さは分からん。長さは、お師匠さんから口伝えで教わって、それを覚えるんですね。バチの使い方も難しかったなー。あと、口三味線の言い方。「チリ」というと、左手の弦を押さえる指で、「り」のときに弾くとか。「シャン」となると、複数の弦を一度に弾きおろす音やったかなーとか。そのカナによって、奏法が現れていたって記憶です。流派は、里園流だった気がする。お師匠さん、お元気かなぁ。あの頃もう「おばあちゃん」って感じやったけど(^oo^;)

お琴や三味線や篠笛や尺八・・・。自分が日本人であるわけだから、こういう和風の楽器を一つぐらいできるといいですよね。楽器を買わなくても習えるところがあったら、これもまた、いつかやってみたい楽器かなぁ。

この機会にと、Wikipediaで三味線を調べてみました。
三味線の皮は、ネコからできているとどこかで聞いたことがあったけど、私は、実は信じてませんでした。あるいは、「上等なのだけはそうかもしれんけど、お稽古用とか、普通の人が使うのは、何か人工のに違いない」と思い込んでました。でも、今、これを読むと、えーーー「一般に」ネコを使用していたのー? ネコの腹だって(;oo;)怖いよー(;oo;)(;oo;) でもって、最近は材料不足のおりから、犬の皮が使われているとか。もっと怖いかも・・・・。知らんかったー。今や、ネコを愛する私たち、ネコの家族がいる我が家なので、それを考えると、前言撤回、やっぱり三味線は習いたくないよーって思ってしまいました(;oo;)

楽器って、バイオリンの弓とかも馬の毛だったり、動物を使っていることが多いんですよね。それって、複雑だなー。でもまだ「毛」ならいい。だって死ななくても毛ならもらえそうな気がするから。ネコの腹の皮・・と聞いたら、ものすご怖いよーと思ってしまいます。

あー、ここからどこにも話が進められなくなってしまった(^oo^;)

ネコが出てきたところで、わが家のもう一つの心配ごと。
この春の終わり、我が家のネコ、ぶーこが天国にいったのですが、実は、残った二匹のうち、ガラくんも最近元気がないのです。夏バテかなぁとも思ってたけど、どうやら違うみたい。食べなくなり、水もあまり飲まなくなり、げっそりやせてきて、じゃれてこなくなり、寝ていることが多くなり、ゴロゴロしたり、ニャアニャアと可愛い泣き声もあげなくなり・・・・。獣医さんに相談して、部屋を涼しくしたり、新鮮な水をと色々してみたけど、あまり変わらない。この週末、先生のところに連れて行ってみてもらおうと思っています。ぶーこが逝ってしまってまだ日が浅いというのに、ガラも・・・というのはつらすぎるし、がんばってこの夏を乗り切って、また涼しくなったら元気になってくれないかなーというのが、私たちの願いです。


三味線からこんなところにいってしまったわ(^oo^;)


さて、次のお題のリクエスト、何にしようかなー。
そうそう、昨日ね、テレビ東京で10時からやってた番組、見た方おられます? 三林京子さんと元かしまし娘の庄司照江さんが主役で、実在する大阪のおばちゃんを演じてはりました。大阪市の財政のムダを徹底的に指摘するおばちゃんオンブズマンの話。これが、ものすご痛快でしてん。しかも、その再現ドラマ、脇役に至るまで全ての人が、カンペキな関西弁をしゃべってた。こういうパターンのドラマって、関西弁が不自然で、内容よりもそれが気になってしまうものなんだけど、昨日のは、ほんまその点でも気持ちよかった。主役の演じっぷりも見事で、シリーズ化して、二時間ドラマになれへんかなって思ったぐらい。あの家政婦シリーズみたいに。で、これは実際にあった話なので、ホンモノのその二人のおばちゃんも出演してはったけど、そのお二人のキャラがまた素晴らしい! 大阪のおばちゃん万歳!って思いました。再放送とかないかなぁ。


ってことで、次のお題ね、「おばちゃん」にします。
たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-08-22 00:01 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

こっちもほったらかしになってました。たこぶとの往復エッセイです。
たこぶから投げられた今回のお題は「豆腐」。豆腐かぁ。

豆腐といえば、「味がない」、「だから嫌い」というのが、子供の頃の私でした。
子供の頃、こういう微妙な味がまったく理解できず、コンニャク、豆腐、水炊きが嫌いでした。はっきりとした味、鍋物なら、すき焼きが大好きでした(って、しょっちゅう食べられるわけでもなかったのですが、とにかく甘辛ければ、豚肉でも鶏肉でもスキヤキと思っていた)

今思い出しても気持ち悪いのですが、昔、水炊きが夕食のメニューのとき、みんなはポン酢をつけて食べているのに、私だけなんと生卵をつけて食べていたのです(^oo^;) スキヤキのつもりになって、おいしいと思い込もうとしていたらしいけど、水炊きってそれでなくても味がないのに、それと生卵なんて、余計気持ち悪いやんっ。何でそんなことを思ったんでしょうね、私(^oo^;) コンニャクも嫌いやったなぁ。味ないもんって。ガンモドキとか、ああいう系統だめでした。

いつから好きになったんやろう、豆腐。大人になってからって思うけど、何歳ごろからか覚えてない。でも、今は、私もたこぶも豆腐は大好き。もちろん上等のおいしい豆腐も好きだけど(京都で食べる湯豆腐なんて最高だー)、別に安もんでもいいんです。いわゆる、充填豆腐ってんですか? ああいうのでも気軽に買ってきます。スーパーに行って、その日に売り出しになってるのをあんまり細かいこと気にせずに買います。時々、なんとか次郎とかいう、上等の豆腐が売り出しになってたら、思い切って買ってきたりして、「おー、やっぱり上等の豆腐は味が違うなー(^oo^)(^◎^)」と、ものすご幸せを感じつついただきます。これも、普段安もんの豆腐を食ってるからこそ、上等の素晴らしさが分かるのだ、だから普段の庶民な生活は意味があるのだと、自分たちに言い聞かせている部分もあります(^oo^;)

豆腐って、便利ですよね。生でも食べられるし、炒めて麻婆豆腐にもなるし、味噌汁に入れてもいいし、グラタンにもできるし、チクワやニンジンと一緒に炒り豆腐にして副菜にもなります。

アメリカでも豆腐はもう普通にスーパーで売ってました。ハウスが幅きかせてたなぁ。日本食スーパーにいかなくても、ブルックリンでもマンハッタンでも、シータウンや、アソシエートとかいう、日本でいうところのサティとかヨーカ堂やサンディみたいなスーパーでばりばり売ってました。一緒に住んでいたリサも豆腐大好き。特にNYでは、ベジタリアンの人が多くて、そんな人たちには豆腐は肉代わりにたんぱく質がとれるということもあって、欠かせないものみたいです。野菜と一緒に炒めるという食べ方が、リサんちではポピュラーでした。っていうか他の食べ方、あんまりしてなかったかも。私がカレースープを作って豆腐入れたら、おいしいおいしいと言って食べてくれたなぁ、あー懐かしい(●^oo^●)

日本食でいうと、豆腐や寿司は、NYの人たちは、日本人以上に頻繁に食べてるんじゃないのってぐらいでした。彼らにしてみたら、本場は日本なんだから、日本人はもっともっと頻繁に寿司を食べているんだろうと思っているらしいけど、寿司なんて特別なとき以外は食べないし、大体家で作らないもんっていうと、驚く人も多かったです。食べないよね(^oo^;)寿司。運動会とかひな祭りのときに、お母さんがチラシ寿司を作るとか、イナリ寿司を作るとかはあるか。それから最近だと家族で手巻き寿司とかあるのかな。我が家はそういうのなかったです。二人暮らしだったし。っていうか、母と二人で暮らしていた10歳から大人になる頃までも、食事はほとんど別々だったから、要するにいつも一人で食べていたし。それで手巻き寿司ってのもおかしいもんな。たこぶと暮らしてからも、二人で手巻き寿司ってのはやったことないです。何回か、チラシ寿司をインスタントのん買ってきて、作ったことあるぐらい。イナリ寿司は、もしかして作ったことないかも。あー、ダメダメ主婦なのがばれてしまう(^oo^;)

そうそう、お寿司といえば、たこぶ家を思い出します。お正月に家族が全員集まるとき、それとかたこぶの実家での法事のとき、出てくるのが決まって出前のにぎり寿司なのです。だから、にぎり寿司といえば、たこぶのご両親の味がするって感じ。今の私には。そんな私の人生の後半になって加わった新しい思い出、習慣、歴史ってのもええもんです。お盆には帰れないけど、今月末にお父さんとお母さんところに会いに行く予定。元気にしてはるかな。久しぶりに会えるの楽しみだ。


あら・・・・またまた豆腐から寿司まで、すっかりふらふらと横道にそれてしまったわん(^oo^;)いつものことか。

さて、次のお題は何にしようかなー。豆腐ときて、私が寿司に寄り道して、日本の味といえば、他に何があるやろう。「あんこ」これにしよう。魚のあんこうちゃいまっせ。小豆のあんこ、これです。

んじゃ、たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-08-11 23:40 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

冷凍冷蔵庫ですか。
わが家の冷蔵庫のこと、ここで何度か話題にしているので、覚えている人もいるかもしれませんが・・・・。ほとんどタダでゲットしたものなのですな。これが。

ビック・カメラという大型店で冷蔵庫を買いまして。10万円を少し超える値段だったと思うねんけど。支払いしようと思ったら、百人に一人、10万円までタダというキャンペーンに見事に当選! ほんの数千円とかしか払わなくてすんだ・・・という話だったように思います。もうだいぶ細かいこと忘れたなー(^oo^;) で、お金も出していないのに、買ったことになっている分のポイントを使って、ガスレンジをゲット。買ったとはいえないな。冷蔵庫もガスレンジも、わが家でガンガン活躍してくれています。

新しい冷蔵庫になってから変わったこと、なんだろう。一番の恩恵は、夏の氷かな。自動製氷機能。この話も、氷のときに前に書いたな。昔はいちいち製氷ケースに水をいれて作っていたのが、今は自動でバンバンできるので、すごく助かってます。氷がある暮らしってのは、ほんま、最高です。あと、デザートとかをいただいたときの保冷剤を冷やしておいて、タオルにつつんで首にまいたりします。これでだいぶ涼しい。冷房ナシで過ごす昼間もいいし、寝るときにもいいです。

それから、これは実感としてはないんだけど、たぶん電気代がだいぶ安くなってる・・・はず。大きくなってるのに、前のこれより小さい冷蔵庫よりも電気代が安い。技術の進歩ってのはすごいですね。ほんとはクーラーとか、テレビとか、いろんなモノが新しい方が安いんやろなぁ。デジタルテレビをまだ購入していないわが家、DVDレコーダーもないわが家。いつかは買うことになるんかもしれんけど、新しい方が電気代が安いんかもしれんけど、買うときの出費を考えると、まだそういう気持ちになれましぇん。

それから、なによりも、冷蔵庫が大きい。大きいってことは、すごい・・・・とは思います。
しかし・・・・。うちの冷蔵庫、満タンにになることがほとんどないんですな(^oo^;) よくテレビで、冷蔵庫拝見!とかいうコーナーがあって、どこのお宅の冷蔵庫も満タンだったりします。あんな風にはならない。

冷凍庫には何が入ってるか。

ご飯を炊く時三合か四合炊いて、あまった分をお茶碗一杯ずつぐらいの量に分けてタッパで冷凍してる。炊いた日にはこのタッパが四つとか五つとかできます。だんだんなくなっていって、全部なくなったらその日の晩、また三合か四合炊きますねん。

お肉。豚肉や牛肉なら一キロとかまとめて買ってきて(外国産でも気にしないので、百グラム100円以下のもん)、あるいは鶏モモやムネもまとめて四つとか買ってきて、冷凍します。買い物いったそのときには、これがいくつかあり、使ってどんどんなくなっていく。

あとは、アイスクリームかな。
それから、保冷剤。
あっ、それから食パン。安いときに(100円とか89円とかのとき)に二斤とか買って、一斤はすぐに使い、残りの一斤を冷凍します。

冷凍してるのはこれぐらい。おかずとか、ゆで野菜とか、昔は冷凍してたことあったけど、今はあんまりしない。たこぶにお弁当を作って頃が新婚の頃あったけど(^oo^;)、今は作ってないから、冷凍食品もほとんど買わない。


冷蔵庫の方。
普通に、卵、豆腐、ハムとか、買ってきたもん。
漬物とかは一種類か二種類までかな。なくなってから次を買う。
調味料はまあまああるかな。香港系調味料、タイ系調味料、マヨネーズ、ケチャップ、めんつゆとか。
あと、飲み物か。牛乳。朝ごはん用に。コーヒーに混ぜる。あと、夏場はジュース類(こだわりはナシ。安ければなんでもいいところあり)。特に風呂上りに必須。それから水。ミネラルウォーターを買うのでなく、鉄管ビールを楽しんでます。冷やすとうまいです。普通に。余ったペットボトルに何本もつめて、喉が渇いたら家でも飲むし、出かけるときには持っていく。ときどきは少し冷凍してから持っていく。それから、麦茶。あとは、野菜室に野菜。

でも、これだけ並べても、こんなにいっぱいと思うけど、冷蔵庫が大きいから、スキスキガラガラなのです。買い物に行って、豆腐やコンニャクやシュウマイや野菜とか、いーっぱい買ってくるとしても、それがほとんどなくなるまで、あんまり買い足さない。ズボラで有名なわたくし、買い物の日を一日延ばしにするのが得意(^oo^;) 今日行くぞって、チラシをチェックするも、あー雨だ、あー暑い、あー練習だ、あー翻訳が面白い・・・と、買い物が明日になり、あさってになるのですな。おかげで、冷蔵庫が空っぽ近くになっても、すごくがんばって色々考えるから、冷蔵庫はさらに空っぽに近くなるのです。

でも、こういう生活でええのかなーって思います。冷蔵庫って空いてる方が電気代も安いらしいしね。ときどき、もっと小さい冷蔵庫でいいんかもって思うけど、大きいけど電気代は高くないねんから、それが空いてて、いざっていうときのために大きくてもいいかって、そう思うことにしてます。


そうそう、こないだあるテレビ番組で実験してました。おもしろかった。
ある家庭の冷蔵庫。すごく満タン。中味を調べてもらったら、奥の方から、あることも忘れていた食材が、ざっくざく。賞味期限が切れているものだらけ。あら、こんなものも、あらま・・・の連続。ないと信じて買い足していたものが、同じものが、奥からバンバンでてきたり。

で、この家庭の冷蔵庫替えてみた。小さいのに。半分ぐらいの容量の冷蔵庫に。めちゃ小さい。買いだめができない。どうなったか。驚くことに、逆に買い物に行く回数が減ったんです。面白いね。あるものが全部見わたせて、あれを使ってこれを作ろうと計画しやすい。ムダが減る。使うお金も減るっていう結果。

子どもがいるいないもあるし、近所にスーパーがあるかどうかもあるし、共働きかどうかもあるし、家庭によって事情は違うけど、この結果は面白かったです。冷蔵庫が小さい方が、買い物に行く回数が減るなんて。

「道具」ってものに、現代人は中毒になってるんじゃないかなーって反省も含めて思うことがあります。こないだ面白かった新聞記事のなかに、旅に持っていく道具ベスト10というのをあげたけど、とにかく、何かをしようとするときに、徹底的に「武装する」というか、必要なモノを買い揃えるところからはじめるって傾向ありますよね。こないだの日食でも、カメラとか、キャンプ道具とか。準備から楽しむという点では確かに面白いねんけど、なんか、十分な道具を持っていなかったら、不安になるっていう面が自分にもあるような気がするなぁ。

今、広島への旅を計画しているけど、旅するとき、持っていくもの。色々あります。

まず考えるのが充電器。携帯があれば、携帯の充電器。でもたこぶと考えて「携帯が切れたときは、使わなければいいね。だから持っていくのやめ」と決定。デジカメはたこぶと私、二つ。電池の形態が違うから、二種類の充電器。でもこれも、「二人ともが持っていくわけだから、どっちかの電池がなくなっても、かたっぽのカメラで撮れればいいやん。だから、持っていくのやめよ」って決定。そうして、身軽にしていかないと、なんかそういう「武装関係」で、どんどん持ち物が増えてしまって、カバンがどんどん重くなって、身動きがとりにくくなる。って感じがします。

ガイドブックも、前にいったときに、ブックオフで100円で買ったものだけど、なんだか重いなー、実はたいしたこと書いてない。お店の羅列だったりする。ほならもう、中にはさまってる携帯用の地図、これだけにしようかな。これさえあれば、街は歩ける。おいしいお店とかは、歩いて見つければいいし、その辺歩いてる地元の人に、いきなし話しかけて聞いてみるのも面白いかもしれん。

この「武装」しないと不安っていう自分を乗り越えて、あまりモノを持たない状態でいることを鍛えるというか、そうしないと、実は周りの景色とか、人とのふれあいを、楽しめてない気がするねんなぁ。どうなんでしょね。これだけ思っても、心がけても、やっぱ便利なものは欲しいし、物欲はなくならない。あー、人間よーって感じ(^oo^;)


おっと、冷凍冷蔵庫やったな。
まっ、終わり方は冷蔵庫ぢゃなかったけど、こんなもんでしょ。わはははははは。


では、次のお題にいきまーす。えっと、何にしようかなー。
うちのベランダで元気に育っている「雑草」これにしよう。これでお願いします。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-07-27 12:28 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

漫才の平和で来たかー、まいったなぁ(^oo^;)(^oo^;)
重たく思いすぎずに、いいことなんだから、どんどん口にだしちゃおう、どんどん広めようってのは、私も賛成。昨日、合唱団の練習に行く前に、オバマ大統領の噂の名演説、六月のカイロでの原稿を印刷した。まだ最初のページしか読めてないけど。(原稿や動画などはホワイトハウスのウェブから見られます。ここをどうぞ。)

その中にこんな部分がありました。

I do so recognizing that change cannot happen overnight.  変化というのはひと晩で起こるものではない。
そこから、一回や二回ええスピーチしたからといって、何年もかけて積み上げられた不信感というものは取り去られないし、創り上げられたいろんな複雑な問題に、すぐにすべて答えられるものではないというような言葉が続き、その後

But I am convinced that in order to move forward, we must say openly the things we hold in our hearts. and that too often are said only behind closed doors.

とあります。そんな難しい状況から、少しでも前に進むには、状況を進展させるには、閉じられたドアの後ろでささやかれていたこと、心の中に持っていることを、私たちはもっと表に、口に出していうべきだと言っています。

「平和」という言葉もその一つなのかなーと、たこぶの書いた文章を読んだあとに、これを読んで結びついたのでした。この演説は、歴史に残る演説になりそうだし、時間を見つけて、ゆっくり読み込んでいけたらなぁと思います。それに、いいなって思うことは、少々照れくさくても口に出していきたい、誰かと分け合いたいというのも、賛成です。


一方て、うーん・・・・難しいなと感じたこともあります。
たこぶの「平和」についてのエントリを読み、それから、次の「ロボット」というお題をもらって、その両方を並べて私が、思ったこと。「理想の世界って何やろ。理想の暮らし、理想の社会って?」ってことです。

戦争のない世界。誰も争わない、みんながお互いを理解する、ケンカがない。そんな世界が本当に来るのかな。来たとしたら、人間の内面はどうなっていくんだろう。

ロボット。昔、子ども頃、ロボットがもっともっと開発されたら、人間の暮らしが楽になるって夢みてた。家事もやってくれる。テレビのチャンネルだってかえてくれるし、買い物にもいってくれて、力仕事もやってくれる。洗濯も掃除も、料理だって。あれ・・・・そしたら、人間はどうなるんだろう? 何もしなくてよくなったら、人間の足も手も退化してしまって、ただのアメーバみたいなかたまりになるんかなー。こわ~とか(^oo^;)

よくSFの世界であるのが、理想の社会。理想の星。そこには、花が咲き乱れ、一年中、春の陽気で、人々はいつも笑顔で助け合い、楽しく語り合い、決して争うことなく、譲り合い、愛しあい・・・・。犯罪もゼロ。争いもゼロ。生活はロボットが助けてくれて、住人はめんどうなことは何もしなくていい。住人たちはただ語らい、学び、やりたいことをして過ごす。

こういう社会が本当にできたしたら、どうなるんだろう。

人間のなかの、醜い感情や、ネガティブな感情って、持ってはいけないと思っても、持つのをやめられない。誰かを嫌いになることもあるし、誰かをねたむこともあるし、自分を嫌いになることもあって、もう生きているのがイヤになることだってある。それがよくないって分かっていても、やめられない。理想の社会ができて、誰も争わなくなったら、そういう気持ちはわかないの? それともそういう気持ちを押し殺してしまうの? どうなんやろなぁ。

結局、「理想の社会」って「バランスのとれた社会」ってことなのかな。ケンカはときどきあるもので、でもそれが殺しあうようなことにはならないように、しっかり面と向かって、お互いが話し合いできるようにするといいのかな。そして、結論として、お互いが違っていて、相手のやり方に納得できないときはどうするのか、だからといって恨んだり、嫌いになったりするんじゃなくて、どうするんだろう。職場で、どうしても気が合わない人がいたら、合うようにがんばってみても、やっぱり何もかもが合わないって分かったらどうするのかな。その職場をやめるのは、消極的なのかな。いや、一つの解決方法のような気がするなぁ。

うーん、何を書いているのか分からなくなってきましたが(^oo^;)

今、衆議院が解散して、国の政治が大きく変わるかもってときになって、各政党が、理想の社会の実現目指して、色々公約を出してきていて・・・・。いいことばっかり言われても、それが全部実現されたら、何か気持ち悪いよなぁって思ったり。どの程度、いたみをしっかり見すえた上で、みんなしてがんばれるかって、私たち一人一人の生活状態が違うから、気持ちを一つにするのは本当に難しい。生活の状況がまったく違う人の気持ちを理解するのも、たぶん難しいんだと思う。

プラスとマイナスは、いつもやっぱり存在するもので、心の中の善と悪というのも、ある程度存在するもので、そのバランスをとることがたぶん大切で、これはあかんでしょーっていう限界ラインというか、それをみんなで共通に持つことが多分大切で・・・・。だから、生活の面でも、最低これぐらいは保障されていいでしょうっていう恩恵を、すべての生活できていない人たちが受けられるとよくて、少し経済的に余裕のある人が、その人たちのためにガマンするといいのかな。うーん。あー、あかんわからんな(^oo^;)


ロボットに戻ろう(^oo^;)

ロボットが何でもやってくれる社会が来ると子どものとき信じてた私。
一番最初の記憶で馴染みのあるロボットというとやっぱアトムかな。見てたなぁ。あと、マグマ大使とか、あ、ドラえもんもそうか。

ここ数年で、ロボットの開発って、すごく進んでるみたいですよね。どっかの万博で受付嬢がロボットで、ちゃんと問いかけにアドリブで答えられて、顔もすごく人間に近くて。昨日は、ブライダルショーで、ウェディングドレス着たロボットのモデルが登場したとか。ペットロボットもはやりましたな。アイボとか。別に家事とかしてくれるわけじゃないんだけど、ペットを飼うという行為によって、人間がいかに癒されるのかってすごいなぁって思った。

私が今、どんな種類のロボットでも一つあげましょうって言われたら、どんなロボット欲しいかなぁ。うーん・・・・。やっぱ一番はお掃除ロボットかな(^oo^;)それも、家の中の汚い部分を感知して、自分で判断してやってくれる。壁でも床でも家具でもガスレンジでも。拭く、掃く、磨く、洗うと、自由自在に・・・・・。で、家の中がいつもぴっかぴかで、ホコリなしの生活、あー夢だー。

でも、そうなると私たち夫婦は、ますますぶたの道一直線なのかも(^oo^;)(^oo^;)

人間、身体を動かさなくてはいけませーん。はい、分かりました(^oo^;)ってことで、家事ロボットは、身体が不自由な人、どうしても必要な人にゆずるべきですな(^oo^;)


いつものように脱線しまくりだったけど。ほんま、ちょうどええバランスの社会ってどんなんなんかなーって、ここ二日ぐらい、ぼーっと考えてしまった私なのでした。皆さんはどう思いますか? ほんま難しい質問ですね。


さて、次のお題。
こうやって、パソコンを打ってるすぐ横には窓があって、少し開けてます。それから部屋には扇風機。クーラーあるけどあまり入れない。気持ちのいい風が吹いてきます。今日はそれだけでガマンできる程度の暑さですな。いい感じ。

そう、次のお題これでいこう。「風」どうかな? いろんな風があるもんね。


たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-07-23 14:25 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

たこぶの眉毛は、濃い方です。でもって、伸び方が面白い。すんごく長く伸びるのがときどきある。で、目までかぶさってきたりするので、時々カットしてあげます。

私の眉毛は、それと反対にとても薄いです。これ、実は子どものときからのコンプレックス。大人になって化粧ができるようになって、一番嬉しいのが、何を隠そう眉毛を描けることかも。小学生のときぐらいから自分の眉毛が薄いのが嫌いでした。だって、表情がなんていうか、サエナイんですもん。お公家さんっていうか、剃った人っていうか(^oo^;)、ぼーっとした顔に見えてしまうんですね、顔の輪郭がないというか。目、そのものは小さい方ではないんだけど、まつ毛も眉毛と同じくとても薄くて、短くて量がない。あまりよくない例かもしれないけど、よく放射線治療とかした後の患者さんがカツラをかぶっているけど、眉毛とまつ毛が薄いっていう感じがあるけど、私は元々がそれに近いかも。

まつ毛が長いのとか、濃いのとかも、小さい頃からのあこがれ。眉毛とまつ毛が濃い人って、化粧しなくてもすごく可愛い気がしてた。修学旅行とか臨海学校、林間学校なんかの泊りがけの行事のとき、風呂上りになると、自分がマヌケ顔になる気がして、イヤやったなぁ(^oo^;)

で、大人になって、化粧できるようになって、目の化粧は得意になった。たぶん「得意になる必要があった」からかもしれん。アイラインをさりげなく描いて、眉毛を自然に書いて。こういうのって、ナチュラルに生きるってことと反対の方向な気がするけど、実際、眉毛とまつ毛を描かずに外に出ると、「どっか具合悪いの?」「病気?」って聞かれて、逆に心配かけてしまったりする(^oo^;) うーん(^oo^;)(^oo^;)

化粧って慣れの問題もあるから、しなくても慣れたらどってことないんやろなぁ。私の年齢でも、あまり化粧しない人もいるし。でも、私の周りだけの統計だけど、あまり化粧しないのーとか、化粧が下手なのーって言う人って、だいたいは眉毛やまつ毛が元々濃い人が多い気がする。だから、化粧してなくても、薄い人ほどは輪郭がぼやけないというか。

眉毛の刺青みたいなのもいっとき流行ったけど、あれはさすがに勇気なかったなぁ。眉毛にも一応流行ってあるではないですか。すごく濃い石原真理子風がはやったときに刺青してしまって、後々になってみんなが細眉ってなったときはどうするんだろうとか、そんなしょうもないこと考えてしまいました(^oo^;) まつ毛もエクステンションとかあるらしいけど、そこまでなぁって。

あ・・・ちなみに、まつ毛が濃いのは気にしてるんだけど、マスカラはほとんどしません。ときどき、ほんまに時々、音楽や司会の本番のときとかだけ、遠くから見て大きな目に見えた方がいいなぁって思って、マスカラするときあるかな。でも、アレルギーがあるのか、かゆくなるときがあるんですな。汗かいたりすると。だからあまりしない。でも、アイラインはマストです。これがなかったら、目がぼーっとしますねん(^oo^;)


この「薄い」現象は、いいこともあります。それは、いわゆる「スネ毛」が薄いこと。腕や足なんかにはえてる、いわゆる「ムダ毛」(ムダなんていわれて可哀想な毛やな(^oo^;))が、私はほとんどナイ(^oo^;) 女性でも濃い人は多くて、脱色したり、脱毛したりしているもいるけど、私はそういうのは一切不要。

顔以外のところでの化粧というか、そういう手入れという点でいうと、ネイルがありますね。爪。これも私はまったく何もしない。マニキュアは高校生とかの頃に遊びでぬったことがあるけど、それも一度とか二度とかぐらい。それ以降、たぶん一度もマニキュアはぬってないんじゃないかな。爪も伸ばさない。大きいのはピアノ弾くことが多かった暮らしのせいかな。指輪も結局は弾くときにはずすから、忘れるのイヤだし、しない。爪のばすと、弾くときにカツカツというので伸ばさない。お金かからなくていいけど。


ってことで、眉毛というモノには、私のコンプレックスやら、こだわりやら、あるんですな。実は。

ミスター眉毛というと、私の中では、村山元首相かな。あの人の眉毛はすごかったなぁ。あんなに長い眉毛の人がいるんだって思った。イギリスのコメディ役ミスター・ビーンの俳優さんも、たいがいな眉毛してますよね。アーチがすごい。あれで眉毛が薄かったら、全然違う顔になってると思うなぁ。うちの旦那もあれで眉毛が薄かったら、まったく違うインパクトあるやろな(^oo^;)

眉毛ってもしかして、人間の表情を印象づけるものすごく大きな要素なんかもしれませんね。

そういえば、最近、男の人でも眉毛を描いたり、剃って手入れしたりする人増えてますよね。
特に気になるのが、野球関係。高校野球でも、すごくフレッシュなプレーしていて、若いなー、元気やなー、自然のなかでがんばってるなぁ。。。と思ったら、すごく眉毛が細かったり、寸足らずに(私から見て)カットされていたり。いわゆるヤンキー眉みたいに(^oo^;) アンマッチやなーって思う。

プロ野球選手でも眉毛を剃ってる人って多いと思うんですね。阪神の選手では桜井が思い浮かぶかな。

男の人が眉毛をあそこまで剃ったり、描いたりするのって、好みではないかなー。自然が好きかなぁ。元々は芸能人が始めたことなのかな。それで広がったのかな。ジャニーズ系から始まったのかな。もういつからか覚えてないけど、男の人が自分の見かけ、特に顔あたりにすごく手入れをほどこすようになってますよね。これって、何なんだろう。これでいいんかな。女の知ったことではないんかな。女だけでなく、男も中味で勝負ではなく、見かけで勝負なんか。っていうか、元々女は、見かけで勝負やったんか・・・と思うとつらい部分もあるが(^oo^;)


うーん・・・・何を言ってるか分からんようになったところで、この辺にしとこ(^oo^;) 読んでて頭がこんがらがった人、すんまそん(^oo^;)


次のお題。もうすぐ広島に行く私はこれを聞いてみたい。「平和」これにします。最近、抽象的なのが多くてすまん(^oo^;)(^oo^;)

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-07-19 19:52 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(2)