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ギアチェンジ

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写真は中之島バラ園に昨日行ったときのものです。
肥後橋で歌のレッスンの帰り、テクテクと堂島川沿いをお散歩してたどりつきました。
丁寧に手入れされたバラたちは、美しい花をこぞって咲かせていました。
お天気も最高によくて、暑いぐらい。
一人でのんびり歩き、楽しませていただきました。

この日の歌のレッスンは「ギアチェンジ」の日でした。
二年前にアメリカに行き、ワークショップに参加したのだけど、その時の目的の一つは、その前の年から友人のエリオットと約束していた、シューマンのリーダークライスという作品を伴奏させてもらうというプロジェクト。一年かけて一生懸命歌とピアノを勉強して、約束どおり何度かセッションさせてもらった。その時に、次は同じシューマンの曲集「詩人の恋」をお互いに練習しよう、ということに。この話と別に、その時の訪問でアメリカの友人たち何人もに再会したのだけど、私が一年滞在した2008年の春から翌年まで以来の訪問だったので、そこから4年ぐらいたってたのかな。4年は長いぞ、次は何年後に戻ってくるんだとみんなが言ってくれて、そうやなー1年では短すぎるし、いろんな意味で、自分も成長して、進歩した姿を友人たちに見てもらいたいから、2年ぐらいかな・・・と自分の中でなんとなく思っていた。

今年は、その2年後。年明けぐらいからなんとかなく、今年の夏行くのかなー・・・とも思ってたんだけど、シューマンの勉強も続けていたんだけど、春になって、そろそろ飛行機のチケットとかとらないと・・・という時期になっても、なんとなく前に進めない感じ。2年前の自分より、ほんの少しは進歩しているとは思うんだけど、なんか、今年は、日本を離れる気持ちになれない・・・と、なんとなくそう思ってしまう。

こないだのももくり音楽会があって、生徒さんたちにコンスタントにレッスンしていきたいなーというのもある。今年の合唱団の曲がほんまにかなりの挑戦もので、別に私がどうということはないんだけど、練習で伴奏のお手伝いやパート練習のお手伝いをするようになっていて、なんとなくそっちの方もしっかり気持ちを傾けて協力したいなと、勝手に思っていることもある。事前の練習もしっかりしないととも思う。

たこぶのお父さんが亡くなったのも、その2年前、私がアメリカに行っているときだった。
思い出すなー・・・・。行く直前まで通ったホームでの時間。お父さんにピアニカ吹いて、一緒に歌ったなー。
この6月にはお父さんの三回忌。早いなー。時間がたつのって。
アメリカの友人の中にも、年配の人がたくさんいて、その中でもものすごく親しい人たちはまだ元気だけど、仲間に入れてもらっていた金曜コーラスからは、この2年の間にコアなメンバーが一人亡くなった。ワークショップ仲間で、何度か一緒に歌った人も一人亡くなった。すごく親しくしてくれていたリタ・リチャード夫妻の、リチャードは元気にはなったけど重い症状で一時入院していた。そんなことを考えると、みんなに会いたい・・・という気持ちも強くなるんだけど、それと同時に、2年前アメリカで自分が体調を崩したときのこともよみがえる。たこぶくんが一部分一緒にいてくれるといっても、大部分は一人でたとえば1か月近く、しっかり自己管理しなくてはいけない。私って、ついつい限界を超えてがんばりすぎて、勝手にやりすぎて、しんどくなってしまうところがあって、これがダメダメなのだ。そうなったときに、結局は周りに迷惑かけるのに。

今年、いろんな意味で、どうしても行きたいのか、自分に強さはあるのか、体力的にも気持ち的にも充実しているのか、色々考えて、発表会が終わったこの時期を区切りに、よし、今年はやめよう、と決めた。でも、できたら来年は行きたいな。行くぞって思って、少しずつ準備しようかなって。

私は厚かましい人なので(^oo^;)、行くとなったら、いつも友人の家に滞在させてもらっていて、でも、いつも同じ人だと申し訳ないなってこともあり、今回も、行くとしたら誰に声をかけようかな、みんな忙しいだろうな、旅行とかの予定もあるんじゃないかなって、気を使ってしまい、そのお伺いメールを書くのも、なんか気がひけるのですね。だいたいの場合、思い切って出してしまうと、向こうは、大歓迎ですー!と返事くれたりするんだけどね。ほんまにありがたいことに。こういう気を使うことがしんどいからと、ホテルとかに泊まることにすると、行ってから、なんでそんなもったいないことするのよー、うちに来ればいいのにーとか、誰かのところに泊まっていても、なんでうちに来てくれなかったのーとか、そんなうれしい言葉も。だから、やはり思い切って友達の誰かに、泊めてくれる?とお伺いする方がいいのだ。そんなことも、かなり「よいしょっ」と思わないと、できないのね。

うん、とにかく、今年は行かないのだ。そう決めたのだ。

だから、歌のレッスンもギアチェンジ。この1年、シューマンの詩人の恋、16曲もあるこのドイツ語の曲集をひたすら勉強してきた。ちょっとお休みしてみようかなと。ドイツリートもすごく素敵だけど、私は他の音楽も好きだし。だから、今回のうたのレッスンは、先生にその気持ちを伝えて、違う音楽をしばらく勉強したいと話してみた。先生はちゃんとわかってくれて、この日は、木下牧子の曲と、パーセルの曲。パーセルのIf music be the food of loveは、2種類あって、短い方は前に歌ったことあるんだけど、長い方の曲はちょっと難しくて、いつか歌ってみたいなと思ってた。英語の歌詞も懐かしいー。英語だとドイツ語と違って、歌いながら意味を感じられるし。先生も、英語になると、私に対して発音の注意とかもなく、そのままでどうぞーって感じ。でも、音楽に関しては、まだまだで、たくさんやるべきことがある。ドイツリートと違って、バロックだと、好きな分、余分な感情が入って、発声が乱れたりもする。

とにかく、ピアノじゃないけど、誠実に、いろんな方面から学んで、いろんな方面から新たな気持ちで進歩すべしやな・・・と、ちょっと新鮮なレッスンになったのでした。先生は、どんな曲を持って行っても、楽しんでレッスンしてくださるし、最近は、声もだいぶ安定してきたと、そのことを一緒に喜んでくださるし、何かうまくいかないことがあっても、私の中ではこうなっています・・・と私が説明するのを辛抱強く聴いてくれて、そこから、じゃ、もうちょっとこう考えてみたら?という風に進めてくれるので、なんというか、もう10年とかもっと長いお付き合いで、先生と生徒としても交流がうまく回っていて、師弟としても、友人としても、大切な人なんだなーと、感じるようになりました。ありがたいことです、先生に恵まれるというのは。

次のピアノレッスンは来週。新しい曲の譜読み絶賛がんばり中~。エチュードやら、ベートーベンやら、ブラームスやら。ベートーベンだけは、ワルトシュタインの終楽章、途中でおいていたので、ちゃんと仕上げてみることに。発表会前と同じ曲を弾くと変化がわかって面白い。あんなに苦労していた音が鳴るようになっている・・とか、動きにくかったところで、少し自由度が増えているとか、この数か月、本番に向けて弾いていくうちに、自分の中で起きた変化が実感できるから。50代になっても、人間変わるもんですねー。素敵。

アメリカ行くのやめたーと決めたし、発表会も終わって、毎日何時間とかいう練習がmustではなくなったので、少しぐらいは息抜きしてもええんちゃうか?ということで、来月後半に、久しぶりに横浜の友人のところに遊びに行くことにしました。去年、NYのケイラが孫娘のジュリエットと日本に来たときに案内で行った関東旅行で訪れたジブリ美術館、たこぶと一緒に行きたいとずーーっと思ってたので、これを実行することに(*^oo^*)横浜の友人も一緒に行くことになり、今回のメインはこれかな。東京って、今、何がホットなのかな? どこに行きたいかなー。6月だけどお天気が悪くないといいなー。仲良しの友人家族、友人夫妻だけでなくて、娘ちゃんとも生まれたとき、いや生まれる前から知っていて、もう親戚のおばちゃん状態。彼女の成長ぶりを見るのも楽しみだなー。時間と予算の節約のため、行きは久しぶりに深夜バス、帰りはちょっと楽して新幹線にすることに。ジブリのチケットも買ったし、深夜バスの予約もしたよ。準備着々ーーーっ。

いっぱい楽しんで、リフレッシュしたら、また気持ち新たに練習しよう。

そして、いろんなことが整って、来年の夏には、また行けるといいな。
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by butakotanaka | 2015-05-14 23:10 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

発表会終わった(*^oo^*)

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終わりましたーっ!!!発表会ーーーっ!やたーやたー!
とにかく、終わってうれしいのだ。

そして、演奏の内容も、なんとか、落ち着いてできたかなというレベルかな。
もちろん家でだともっと弾けてたのにーとか、あんなに念入りに練習したラストの部分でいっぱい変な和音弾いてもたよーとか、そういうことはいろいろあるけど、でも、自分の中では、今までの発表会とくらべて、一番落ち着いて弾けたかも。そして、だんだん育ってきた自分の指、音楽、そんなことが生きてきたかもなーと感じられたのでうれしい。

私のピアノのレッスンの歴史って、いくつかに分断されていて、子供のとき、小学校入りたてぐらいで二年ぐらいかなー、ほんの数年、バイエルの途中まで習ってて、二回ぐらい発表会に出た思い出。とにかく練習が嫌い。先生は家に来てくれるんだけど、その先生が来るほんの五分前とかにパパパっと弾くだけ。そんなんでうまくなるはずないんだけど、要領はよかったみたいで、それでなんとかなってたというか、先生はあきれてたやろなー。

やめた後、次の音楽体験は中学あたりでエレクトーンを数年。これも、あまりまじめでなく。足のペダルに苦労しつつ、中途半端なままやめた。

次は、高校三年。進路を決める段になり、幼稚園の先生になりたいと、その筋の短大を受験するためにピアノのレッスン再開。バイエル60番からといわれ、指は全然動かない。こんな年齢になってからでは、育つわけもないと、見捨てられたように先生に宣言されたのを今でもトラウマのように覚えてる。子供のときにちゃんとやってなかったら、ピアノって一生うまくなれないのね、手遅れなのねって。

短大時代は、授業のいっかんでピアノレッスンがあったけど、90分の授業に10人の学生が割り当てられていて、つまり一人9分のレッスン。そんな丁寧に見てもらえるわけもなく。レベルとしては、ブルグミュラーからソナチネ程度かな。練習嫌いは相変わらず。ただ、高校時代もこの短大時代も伴奏が好きで合唱部には入っていたから、合唱の伴奏は家でちまちまと時々練習して、一人で喜んでた。ぜんぜん突き詰めるような探究心はなし。

短大を中退して、音楽系の大学を目指すことに。短大行きながら1年間レッスンにも週に一度通う。この時代はけっこう練習してたかなー。でも、先生との相性はあまりよくなくて、うまく先生の期待には応えられていなかつた気がする。先生の思うような音も出ないし、指も動かないし、伴奏は好きだけど、指は動かないから速い曲は一生無理やな・・・とコンプレックス。テンポが速い指がたくさん動く曲も苦手だけど、気持ちを入れるショパンみたいな歌い上げる曲も、どううたっていいのかわからず、やはり苦手。とにかく不器用だった・・・というのは、今も変わらないのかも。

無事音楽系の大学に受かったものの、またまた1年と半年ぐらいで中退するこになる。家の経済的な理由や母の意向もあったのだけど、今から振り返ると、そんな人のせいにするんじゃなくて、やっぱり自分にも原因はあったと思う。歌の先生もピアノの先生もちゃんと指導してくださっていたけど、私がうまく対応できなかったし、学校もおもしろくなかったし、テストもぜんぜんできなくて成績もダメだったし、歌もダメ、ピアノもダメで、なんか劣等生。落第するほどの劣等生じゃなかったけど、どこかで居心地悪いのを感じてたのかな。いや、やっぱりへたれやな。ほんまに本気では努力してなかった気がする。遊びにもせいを出していたし。それで、もひとつ楽しめなくても当たり前やな、今から考えると。

大学をやめて、就職して、ピアノから完全に遠ざかる。
その後、社会人の合唱団に入り、全然たいして弾けない私に、伴奏してくれという依頼が来るという奇跡が。ある大学の夜間部の合唱団で、のちに私と結婚することになるたこぶくんが指揮していた団。練習が(夜)の9時半から始まるし、ギャラもそんなに出せないし、弱小の団というのもあり、なかなか伴奏のなり手がなかったということもある。指が動かない私が、難しい合唱曲の伴奏をそこから10年近く、毎年1年間、必死で練習してなんとか本番をこなしていた。今から考えると恐ろしいぐらい下手くそだったと思うし、そのわりに不相応なプライドがあって、自分がへたくそだということに気が付いてなかった(^oo^;)アホやな。でも、その時代に、歌と合わせることの楽しさ、指揮を見ることの楽しさ、アンサンブルしながら自分も音楽を作ることの楽しさを教えてもらった。ねばり強くひっぱってくれた旦那様にも感謝(*^oo^*)☆ミ

その10年近くの間に、何年かピアノのレッスンに通っていた時期もあって、何回か発表会にも出てたけど、なんか、暴力的にピアノを弾いてたし、こわばった音ばかり出してたなー。でも、この時代に学んだことは多い。ショパンも弾いてたけど、表現はよくわからなくて、先生から言われる通りに遅くしたり速くしたりしてたような感じ。自分の音楽ではなかったなー。

今の先生とは結婚後、習いに行ったんだったかなー。
30歳過ぎてから。やったかな。数年間。で、神戸の地震があって、そのあたりでいったん中断。その頃、私たち、二人して音楽に疲れていて、いろんな合唱団からも離れた時期と重なる。音楽を一回全部リセットして、お散歩や図書館や、そんなことをして過ごしてみようと、人生をギアチェンジした時期。いろんなことがしんどかった。自分で勝手に人と比べたり、何かを一生懸命に考えすぎて、人と衝突したり、まっ自意識が過剰やったんやろな。そういう年代でもあるし、それも今から考えると必要な体験やったんかも。

そこからピアノレッスン、15年以上空白があって、その期間が無駄やったかというと、そうでもなくて、その間に、いっぱい本を読んだり、旅したり、英語を特に一生懸命勉強した数年があって、海外に滞在した経験もあって、そこから、もう一回音楽に戻る方向に変わってきた。外国で、自分にとって音楽が大切であると気づかせてもらったことや、外国でできた友人たちから教わったことがたくさん。先生にも何人もであったし、私を認めてくれた教会の人たちや仲間たちにもであった。その経験から、日本でもまたやってみようかなーと、長い間の疲労感から、時間をかけて回復して、ここ過去5年ぐらいで、いろんな音楽を再開してる。歌のレッスン、ピアノのレッスン、わりとちゃんとした混声合唱団に夫婦して入ることなど。そのすべてが長い間やってなかったこと、それを全部気が付いたら再開していて、そのうえに、おととしからはチェンバロのレッスンも始めてしまって・・・・。中断する前はやってなかった指揮者ということも、これはここ10年ぐらいでやるようになってきていて・・・。

人間の人生ってほんまに面白いですねー。やめたらずっとやめてる場合もあるけど、私の場合、なんか、ほんまに、自分ではコントロールできない大きな意思がどこかにあって、導かれているような、そんな気が時々します。というか、そう思って、受け入れようって思えるようになったかも。だって、ふつうは、フルタイムで仕事して、そんなに音楽にかける時間なんてとれないし、とれたとしても、家族の理解がなかったりもするのに、私は、もちろん自分で選んだときもあるかもしれないけど、今になって気が付いてみると、私をしたって通ってきてくれる生徒さんに恵まれて、こんな未熟な私なのに音楽を指導することが生活のメインになっていて(収入のメインぢゃないけど(^oo^;)時間を使うメインね(^oo^;))、それと並行して指導するために自分自身が学ぶことも同じぐらいメインで、そこからはうれしいことながら逃げられないぐらいの割合になっていて、そして何よりも、音楽好きの音楽ができる理解ある旦那様(^◎^)に恵まれて、毎日いっぱい練習しなくちゃいけない時期、家事ができなくても、食事の準備がちゃんとできなくても、文句も言わず協力してくれて、私が上達することをいつも一緒に楽しんで喜んでくれている。これって、最高の人生じゃないのか?と、改めて思うのでした。こういうことって、日々当たり前のように受容しているけど、長く続くようでいつまで続くかわからない。人生って、何が起こるかわからないもの。自分だったり家族だったりが病気になることもあるし、自分自身のやる気がなくなることもある。いつまでも続かないかもしれないから、本当にこの環境に感謝して、続けられる日まで続けたいなーと、発表会を終えた今、改めて感じています。

発表会の日は、朝、1時間ぐらい電子ピアノでウォームアップして、10時からリハーサルでいったん会場に。5分ぐらいだけ弾かせてもらったけど、前回、2年前に一度このホールのスタインウェイを弾いたときより、弾きやすくなっていて、自分の指が育ったのかなーと思った。私の先生はまだ来ておられなくて、お嫁さん先生がおられて、数か所ペダルのことや、強調すべきことのアドバイスをくださる。ありがたい。

で、いったん帰宅して、2時間半ほどあるので、2時間の練習。本番のテンポで通すのはいっさいやらなくて、リズム変えして、ひたすらゆっくり音質やアクションの確認。ねばり強く、誠実に、最後まで。

そうそう、前日やった練習ですごく気持ちが楽になるのがありました!
雑念ってなんやろう・・と考え始めて、なんで本番になると雑念が浮かぶんやろうって。この後何食べようかなとか、誰々が来てるかなーとか、しょうもないこと。ウェブをいろいろ検索して、雑念が浮かばない方法は・・・とか調べたけど、緊張したら雑念がわくというのは、仕方がないもよう。

そうか、そしたら、雑念と仲良くなるとええんか?と思う。
よし、雑念わざと浮かべながら練習したれ・・・と思い直す。
ちょうど前夜はナイターゲーム。テレビを見るのはあきらめて、ラジオの中継をつけた状態で、ピアノの練習。ざわざわした音、試合の経過も気になるから聴いてしまう、聴きながらやる。
で、そのうえに、色々言いながらやってみたのだ。「あいうえおーかきくけこー」とか「カレーライス、ハンバーグ、エビフライー」とか、何かしょうもないことをいろいろ口に出しながらショパンのノクターンを弾くのです。で、驚くことに、それが案外大丈夫なのだ。弾けるのです。気が付いたのは、雑念って、リラックスしてるから出てくるのか?ってこと。アルファ波が出てるかもなーって。ってことは、ウェルカムなんちゃうんって。リラックスしてる証拠やから、よしよしって思えばええんかなって。もちろん、雑念が出ても、へらへらーって弾けるところまで練習を積んでいるということは必要になるけど、そのうえで、雑念が出たとき、うわっ、やばい雑念や、集中でけへんやん、間違うやんって恐怖感にさいなまれることの方がやばいんかなと思った。雑念が来たとき、よしよし、よう来たなって思えたら、本番でも大丈夫かもねと思ったのでした。

この前夜の経験は、かなり大きかったかも。本番ってそういうもんかーって。震えるのも当たり前、雑念もウェルカム、あとはそれを受け入れたうえで、ベストを尽くすことやなって。

話は当日に戻りますが、リハのあと家でさいごに2時間さらった後、いよいよ本番に向けて出発。そうそう、旦那様もちゃんとリハにも本番にもついてきてくれて、落ち着かない私に、電車の時間調べてくれて、「ここで7分の待ち合わせでございますー(^◎^)」とかマネージャーのように世話焼いてくれました。感謝やわーっ。リハのときも、客席から聴いたらこんな感じやったでと感想くれるし、ほんまに信頼できるパートナーです。

4時ぐらいが終演予定で、私は最後から2番目。3時半より早くなることはなく、んじゃ3時に行けばいいと、ちょうど3時ごろにホールに到着。ロビーでは出番を終えた子供たちが、ドレス姿で走り回ってる。そのうち二人の女の子が、私と同じタイミングで楽屋に入ってきて、着替える私を見て、「きれいなドレスですね」と話しかけてきた。船場で安かってんでー、なんと8000円やで!と自慢したら、高い!と感想(^oo^;)子供には値段の感覚違うねんなと実感。その子たちのドレスはおばあちゃんの手作りやったり、ネットで安くかったりするねんて。「ピアノ弾くんですか?」と聴かれて、はいっと答えた。何を弾くんですか?ということで、ショパンのノクターンというと、有名なやつ?ときたので、あれとは違うやつと。で、緊張してるから、客席から応援してくれる?とお願いすると、ウンっと元気に返事してくれた。心強いのだ。

本番は思ったより進行がスムーズで、出番が早くきた。
どんどん迫ってくる出番。他の人たちの演奏はすべて素晴らしく思えて、自分のことが不安になるけど、ここまできたら、やってきたこと以上のことは出ないわけだし、あとは気合いなのだ。気持ちを込めて、一生懸命自分の音楽を届けるそれしかない。笑顔の先生に送り出されてステージへ。手術を乗り越えて、無事退院された先生。その先生が元気になられて、この舞台袖で送り出してくださることが、どのぐらい幸せなことか、神様にも感謝しなくちゃ・・・とそんなことも思った。

本番はあっという間。
途中で何度か崩れそうになったものの、なんとか切り抜けたけど、最近、あまり間違うことがなくなっていたラストの難しい和音の連続で、たくさん違う音を混ぜてしまい、自分にがっかり(^oo^;)でも、それ以外のところで、ももくりのときにできていなかったこともたくさんできたし、まっ本番はこんなもの。とにかくベストは尽くしたのだ。それでもう自分をほめてあげようと思えた。お客様からの拍手もとても温かかった。

私の後の方は、音大の大学院かな、の学生さんで、あちこちのコンクールや新人演奏会に出ているほぼプロの方で、さすがに素晴らしい演奏。もうぼーっとしてる間に、発表会の終演を迎えた。みんなで写真撮影するのに、客席で聴いてくれていたお嫁さん先生が来られて、「ぶたこさんー、よかったよー感動したわー」と声をかけてくださり、うれしかった。終演後お礼に伺ったときも、曲が私にあっていること、とてもがんばって練習したことが伝わってきたことを言ってくださり、リハーサルでのアドバイスもちゃんと反映されていたと。よかった。今回、縁があってみてもらった二人の先生。二人ともにみてあげてよかったと思っていただけたらいいなーと、そういうダブルの感謝もあったので、この先生に喜んでいただけたのもうれしかった。もちろん私に気を使ってうれしいコメントをくださったのもあると思うけど。

私の先生も、緊張はしてたわねーというコメントだったけど、がんばって弾いてたわよって。
体調を回復された先生に聴いていただけて本当によかった!

写真撮影が終わって、客席に降りて、聴きにきてくれていた生徒さんと旦那様に会い、記念に写真を撮ったりして、その後楽屋に戻って着替え。そこには、さっきであった二人の子供たちが。お母さんたちと一緒で、お母さんに「あっ、あのね、この人!さっき応援してって頼まれたの」って報告してる。私が「あ、応援ありがとう!おかげでとても心強かったよ!」ってお礼をいった。こういうふれあいってうれしいね。この子達にも楽しい思い出として残ってくれてたらいいなー。大人が緊張してがんばって弾いてるんだよって。

今回のドレスは、船場で8000円で買った掘り出しものなんだけど、何人もの人にほめてもらって、そのたびに値段をいうので、私はやはり関西の人間やなと実感(^oo^;)でも、ほんま安かったし、色合いもよくて、ええ買い物やったなー。

で、帰りしな、もうホールを後にしようというとき、先生方の楽屋の前を通りかかったら、先生とお嫁さん先生が二人で後片付けされていた。改めて、本当にありがとうございました!と言ったら、お嫁さん先生が最高の言葉をくださった。お母さん先生に話しかける形で、「あのね、ぶたこさんは、体のどこにも力が入ってないから、本当にきれいな音なのよ!とても誠実な音で、誠実な音楽で、人柄がそのまま表れてたわー」って。この「からだのどこにも力がはいってない音」というのは、ずっとずっと目指してきたことで、誠実な音楽という言葉も含めて、こんなにうれしいコメントはないってぐらいうれしかった。今回の曲は音の幅が広いオクターブ以上離れてる和音が満載で、ほんまに指がこわばっていい響きがなかなか出なかったから、この曲でそう言ってもらえたこと、そして、大学時代特にショパンを熱心に勉強された、いつも私の先生がほめているお嫁さん先生にそんな言葉をもらえたことが、心から嬉しかった。二人の先生に感謝。

ホールを出て、来てくれた生徒さんと旦那様と3人でミスドでまったり。
生徒さんからも、「先生の音が本当に美しくて、音楽もよくて、ももくりの時よりもずっと磨かれていて、先生の生徒でよかったと心から思いました」とこれまた最高のコメントをいただいた。うー・・・幸せだ('oo') この生徒さんはご自身が講師をされている方で、指導の苦労もよくわかっている人。生徒さんに自分のピアノを聴かれる、さらけ出すというのは、本当に怖いことで、教えてる自分が情けない演奏ではあかんなーという、いい意味でのプレッシャーもあったおかげで、私は練習に励めていたとも思う。信頼してくれる生徒さんがいることで、先生もがんばれる。やっぱり人間は一人では生きていけないし、一人だけだと喜びは何倍にもならないし、悲しみも分けられないんだなーと思う。にんげん、ばんざいっ。

ピアノを一人で弾くことは、いつも書いているけど苦手。でも、音楽を届けること、長い時間をかけて本番のために仕上げことの喜びをここ数年わかってきて、仕上げた音楽を聴いてもらうことの大切さもわかってきた。本番は緊張するけど、ここから逃げていては成長はないし、これからも1年に一度ぐらいかもしれないけど、そういう機会を大切にして、今回ほめていただいた言葉のように、誠実に音楽に向き合って、誠実に練習を積み上げていって、誠実な指導を心がけたいなーと改めておもう。

何か月も学ばせてもらったショパンとはしばしのお別れ。
またレッスンでは新しい曲と出会っていく。
ブラームスのラプソディを弾いたことがないので、弾いてみようかなと考えているところ。
休んでいたエチュードも再開しなくては。
というか、うたのレッスンが来週あるし、しばらく手抜きだったチェンバロもちゃんとやらないと。

今年誕生日が来たら53歳になる私。この年になって、まだ学生のように練習をさせてもらえる環境で、それを指導に生かすことができるこの人生に感謝して続けられるところまでは、この生活を楽しみながら、研鑽をつんでいきたい。そして、日々、少しずつでも進歩できるとうれしいな。

神様、これからもがんばります。見守っていてください(*^oo^*)
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by butakotanaka | 2015-05-10 23:01 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

これが終わったら、しばらくは大丈夫なはず(^oo^;)

またまたごぶさたしておりまする。いうてる間に、もう 五月ですがなっ。
いよいよ、自分中では、怒濤の本番続きの最後のイベント、自分の先生の門下生発表会がこの週末に迫りましたー。追いつめられていますーっ。

4/19(日)、ぶたこ門下のピアノの生徒さんを中心にした、こじんまりしたおさらい会、名付けて「第二回ももくり音楽会」は、無事終えることができました。その時の集合写真を、顔がわからないぐらい小さくしてご紹介(*^oo^*)

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昨年、初めて開催し、とても好評だったので、今年また第二回をやりました。
私は、発表会というのが苦手。
次から次へと品評会みたいに出てきて、いろんな知らない人が聴いていて、というか、お互いの演奏はほとんど聴きあえず、聴いているのは、他の人の家族やお友達。あの人間違えたとか、あの人うまいとか、もちろんそれぞれ感想を持つのは自由なんだけど、純粋に一生懸命練習してきた音楽を楽しむのとはちょっと違う雰囲気の発表会が多いなーと思う。子供さんばかりの教室だと、きれいなドレス来て、イベント気分で、あまり練習できてなくても、とにかく人前で華やかにピアノを弾くってことだけを楽しめるかもしれないけど、大人の人たちってそう単純なものではなく、緊張感もやっぱり子供よりもたくさんある気がする。

何なのかなー、大人になると、自分もそうだけど、やっぱり、恥ずかしいとか、プライドとか、うまくやりたいとか、間違ったらどうしようとか、生きてきた分、いろんな感情が出てくるのかなー。で、余計に緊張するのね。だから、そういう緊張がしんどいのなら、発表会はやらなくていいやって思ってたのだけど、弾く人同士が互いに見守りあうならいいんじゃないかなーと思ったのです。

今年二回目となった、ももくり音楽会、去年とほとんど同じメンバー。一人だけ歌の生徒さんが昨年の人が家庭の事情で準備が十分できなくて不参加となり、代わりにって感じで別の歌の生徒さんが初めて参加された。ピアノの生徒さんは、昨年唯一の子供の生徒さんだった男の子の妹ちゃんが、デビューで新顔。後は、全員昨年と同じメンバー。

そしてほとんど全員の方々が、ほぼ一年間同じ曲をずーーっとねばり強く練習してくださった。
本番は、もちろん完璧にいかないこともあったし、止まりそうになったりもあったけど、全員に目に見える進歩がたくさんあって、それは互いにはっきりわかるもので、そして、それは「互い」だからこそわかるものでもある。音楽が流れるようになり、音が磨かれ、だれかのために音楽を届けるという意識があがっている。レベルの差は、それぞれあるのだけど、この三つが共通していた。本番に対する心構えというか、準備も昨年より手厚くなっていると感じた。そのことが、本当に素晴らしい。

講師である私が、お尻を必死でたたいた人なんて一人もいない。それぞれ自分が自分のためにがんばった成果。それもまた素晴らしい。

昨年に引き続き曲の解説を引き受けてくれた旦那様(^◎^)も、みんなの進歩に驚いてくれ、そして、喜んでくれた。こうやって、一年一年の進歩を互いに見守りあい続けられるといいなーと心から思った。

私も、二曲演奏して、全然完璧ではなかったけど、それでも、去年の自分よりは自由度が高まった気がしたし、少しだけ落ち着いて弾けたような気もした。いやー、でもやっぱり、誰かに聴いてもらうって緊張するーーっ。これ、緊張しなくなる方法はないんか?と思うけど、やっぱりないのだと思うし、少しぐらい緊張する方がいいのかもしれないし、そのいい緊張感の中で、演奏を楽しめるようになりたい。

前日、譜めくりをしてもらう旦那様に聴いてもらったのだけど、よく知ってるはずなのに、いつもは横にいない人がいるだけで「うわっなんか知らないおぢさんが横にいるぢゃんっ」と、手がブルブル面白いぐらいに震えたのでした(^oo^;) でも、去年に比べての進歩は、自分で震えてること自体があまり気にならなくなったこと。震えてるなりに弾きつづられるというか。数年前なら、震えてるよーって思うだけで、また緊張したのに。これも、かすかな進歩なのかな。

ももくりの後は、今週末にある発表会に向けての本腰。ももくりの時は、バッハとショパンの二曲だったけど、今回の発表会はショパンだけなので、ここ数週間はショパンのノクターン、一曲だけをひたすら練習している。op.48のNo.1という作品。たった五分ほどの曲。これを何時間も何時間も、毎日毎日・・・・。フィギュアスケートとかとたぶん同じで、何時間も・・・といっても、曲を通してやることはほとんどなくて、一日の始まりは、ハノンだったり、音階やアルペジオや、基本の練習ばっかりを一時間も、時には二時間も。で、曲の練習に入っても、全部の音をスタカートで・・とか、左手だけの音を全部2連打で、とか、ものすごーくゆっくりで、とか、思い切ってめちゃ早くとか、両手で同じことを弾いてみるとか、とにかくあらゆる方法を使って、あらゆる方向から弾けるようになりたい一心で練習するのです。

この曲を練習し始めた頃は、本当に弾けるようになるんか?という難しい曲で、特に分厚い和音の連続や音域が広い分散和音の連続が、ぜんぜん指がはまらなくて、汚い音しかでなくて、自分ってへたくそだーと落ち込み続けた。

でも、ここ数年で学んだことだけど、同じ曲を、ねばり強く、とにかく、コツコツと日々練習を続けていると、いつの間にか、身についてくるというか、本番が近付く頃には、最初のころには想像つかなかったぐらいには、弾けるようになっているから不思議。いや、といっても、レベルは全然高くないんですよ、でも、自分の中ではそれなりにすごいのです。

ここ1か月で、実は予想もしていなかったハプニングもありました。
ピアノの先生が体調を崩され、入院・手術が急に決まったのです。で、3週間ぐらいはレッスンできない時期があり、私は普段2週間に一度なんだけど、一回のレッスンを代理で、先生のご長男の奥様、つまりお嫁さんにしていただいたのでした。まったくみていただいたことがない先生に、しかも本番かなり直前にみていただくのって、ほんまに緊張です。で、音楽的にもテクニック的にも、かなり未熟な私に、できると信じてくださり、たくさんのアドバイスを丁寧に、そのお嫁さん先生がくださいました。あれもこれも、まったくできていなかったんだと、指摘を受けたときは、かなり落ち込んで、こんなんで本番間に合うんかー?と思ったけど、いや、できるところまで、やるしかないし・・・と開き直り、前向きに無理やりもっていって、そこからまたお尻に新しい火をつけて、コツコツとがんばってます。

今週の火曜、退院された先生と久しぶりのレッスン。「いい音が出るようになったわねー」と笑顔で言ってくださり、そのコツコツ練習が報われました。「とにかく本番では、自分の音楽を表現しなさい。あなたは、どんな風にしても、おかしなことにはならないんだから、自信を持って、あわてないで、自分がやりたいように弾いていいのよ」と、そんな言葉もいただきました。歌をしているからか、音楽的な流れは先生もたくさんいつもほめてくださるのだけど、最近は、「音」のことをたくさんほめてもらえるようになってきた。音が変わるというのは、短い時間では無理だし、少し努力したぐらいでは成果が出ないので、本当にすごいことだと。先生って、ほめ上手だなーって改めて実感。で、そのほめ言葉にのせられて、楽しく弾ける自分は幸せだなーって。

最後のレッスンでは、いい音が出るようになったから、逆にいい音を出そうとして無理しすぎないように言われた。「抜く」ことを覚えるというか、休憩するところも必要だし、がんばりすぎないことも必要だと。前の私は、ずっとがんばっていないと、深い音、いい音がでなかったけど、ふわっとのせるだけ、もよもよって動かすだけでも、指が育ってきているので、それでいいところがたくさんあると。で、もっと流れが出るように、その末にはテンポもあがるといいって。

その刺激をもらってまた、昨日から本番までの数日の追い込みをかけているんだけど、うまく抜くこと、休憩する場所を作ること、流れをつくって、フレーズごとにアクションをまとめて、テンポをあげていくと、なんか別の曲みたいに感じられてきた。よくなった部分もあるけど、弾き抜かして、ぐちゃぐちゃにならないのかー?と心配になったり。で、また超ゆっくりに戻ったり、リズム変えしたり、で、また流れを持って・・・・この繰り返し。

確かに、本当に着実に、日々、自分の音楽が、音が変わっていると感じられるし、毎日新しい発見がある、このことがすごくうれしい。ここまで何か月も同じ曲を練習して、やっとここまで。だから、あと3日やそこらで、そんなに劇的に変わるとは思わないけど、とにかく、その日までにできたところまでをお客様に聴いていただくしかないのだ。

発表会だけど、音楽会だと思って、大好きなこの曲を、ずっと練習してきた曲を、大切なものを、そこにいる人の心に丁寧に届けるつもりで、落ち着いて弾けたらいいなー。

奈良の学園前にあるホールなんだけど、本番のピアノはスタインウェイ。家のヤマハとはタッチが違うはずで、それも不安のタネ。そして、私の場合、ここで前回弾いたのが2年前で、その時の自分と今の自分は、まったく違う指に、手になっている気がする。だから、これもまた不安のタネ。当日のリハは、行ったとして一人3分とか5分とかそのぐらいしかさわれないらしいし、来なくてもいいんじゃない?と先生はおっしゃったけど、短時間でもやっぱり行っておこうかなー・・・・。疲れちゃうかなー・・・。考え中。


あーーーーっ、タイトルに戻りますがっ。
これが終わったら、しばらくは緊張するしんどい本番はないのだ。のびのびするのだ。
練習は大好きな私だけど、本番はやっぱり、しんどいっ、緊張するっ。特にピアノの本番は、楽しいって思って弾けたことって、今までないかもなー。今回がその始まりになるといいなー。

木曜と金曜、2日練習して、土曜が本番。
それが終わったら、また新しい曲との出会いが待っている。
本番は、これまで何か月も学ばせてもらった曲との感謝を込めたお別れの日でもあるのだ。
誠実に丁寧に演奏して、いいお別れのときにしたい。

あと、2日がんばるっ(*^oo^*)
そして、本番も、がんばるっ(*^oo^*)
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by butakotanaka | 2015-05-06 23:45 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

イブの礼拝、聖歌隊での奉仕、幸せでした(^oo^)

昨日のクリスマスイブ、とても素敵な時間を過ごさせていただきました。

礼拝は七時半開始だけど、聖歌隊は五時半に集合。
その前に、教会のすぐ近くに住んでおられるシルバーコーラスの方が
「寄ってください!」とリクエスト。
クリスマスっぽい鉢植えをお土産にお宅に伺うと、玄関先に立って待っていてくださった。
食べてください、と草餅をいただいた。ビタミンたっぷりで美味しそう!
よいお年を!と互いに挨拶し、私は教会へ。

まずはピアノのお弟子さんでもありオルガニストさんと、お母様のことがあったので二人でお祈り。
命を助けてくださった感謝と、これからの回復、そして疲れの中でのぞまれる家族の賛美奉仕を守ってくださるように神様にお願いした。礼拝を前に手を握り合って、オルガニストさんと二人で心を落ち着けられたし、お祈りしてよかったー。

一時間だけの本番直前練習だったけど、これまでの積み重ねが生きてきていて、みんななんというか、目がキラキラしていて、エネルギーにみなぎっておられて、私も嬉しくなった。今年はじめての方も数人おられたし、最初は、私がいう発声や発音の話に、ちんぷんかんぷんだったと思う。それを懸命に理解しようとがんばってくださり、この日になる頃には、ふんふん、ほーっと声を出して納得したり実践したりできるように。心が通じ始めた人たちとの共演はいつも嬉しいものです。

アルトが一人減ったので、ソプラノで楽譜を読めてどちらでも歌える人に、アルトにまわってもらった。
で、ソプラノ前列に空きができたのだけど、前回の練習で、前列に行ってくださいますか?とお願いしたけど、腰の調子がよくないので無理ですと断られた方がおられて、その時も終わったあとに、「わがまま言ってすみません」と丁寧にあやまってくださったので、気にしないでください!と申し上げたのだけど、その後いろいろ考えられたのか、昨日、「先生、覚悟できました。前列行きます!」と言ってくださった。前列で歌うことって、人によっては、後ろから声が聴こえるし、歌いやすくていいよーってなんともないこともあるけど、シャイな人にとっては、とても恥ずかしくて抵抗がある場合もあるんですね。その方の勇気に感謝です。前に言ってもらってバランスもより良くなったし。

照明やオルガンとのバランスを整えたりして、一時間のリハーサルを終えて、本番まで小休憩。メンバーの皆さんとお茶を飲みながら雑談。ゴスペルをしたことあるけど、クラシックの合唱とは声の出し方が違いますねー、違ってて面白いですねーと新しく加わられたテナーさんと雑談。違うけど、面白いと受け止めてくださる器の広さが素晴らしい。大学四回生の学生さんは、色々忙しい中の参加。目が不自由な去年から入ってくれたソプラノさんは、なんと扁桃腺がひどく腫れていて、医者で処方された薬を飲んでの強行参加。みんないろんなことがある中集まってくれたんだなー。

で、本番前、オルガニストさんが、みんなを代表して、いつの間にか作ってくださっていた、メッセージカードを下さった。帰りの電車で読んだけど、大きな色紙二枚分の見開きで、20名ほどのメンバーが、一人一人心を込めたメッセージを送ってくださって、感激。私の拙い指導にこんな言葉を寄せてくれて、時間をかけてこんなものを作ってくださるなんて、ありがたいなー。

肝心の礼拝は・・・色々ありましたー(^oo^;)
私は立ち座りの合図を一回間違えたり、ろうそくの点火担当した若者たちが、タイミングを間違いかけたり、牧師先生が、きっかけのセリフを一回忘れて、私が小声で催促してしまったり(^oo^;)まっ、プロがやってるイベントじゃないわけだから、こんないろんなトラブルも含めて、いい思い出になるのです。

私は、指揮しつつソプラノを歌ったわけだけど、とにかく指導するとしゃべり声をたくさん使うので、それをしつつ、歌っているうちにだんだん声がなくなって枯れてきましたよー(^oo^;)あらーって感じの声な気がしたけど、まっ、ひどくフラットするというところまではいかなかったから、許してもらおう。神様、ごめんなさい!

礼拝後は、ロビーで帰られる方をお見送りしつつ、ロビーできよしこの夜。礼拝堂よりもロビーの方がよく響いてうまくなった気分♪ 合唱団の方も来て下さり、ご挨拶。そして、感動的だったのは、二年前のクリスマス、キャロリングでおじゃましたお宅の奥様が声をかけてきてくださったこと。二年前ご主人がかなり重い病気で手術や肺炎を繰り返していて、正直、命も危ないのでは・・・と思うほど弱っておられた。礼拝に出られないそのお宅に数人で伺って泣きながら讃美歌を歌ったのは、深い思い出。そのご主人がなんと順調に回復され、今は仕事にも復帰、礼拝にも来られているんだという報告!えーーーっと嬉しい驚き。クリスマスの奇跡だー。

そして、お見送りも終わった後、メンバーの方が次々と近づいてきてくださり「幸せでしたー」「楽しかったですー」と感想。もちろん来てくださった方々の感想も嬉しいけど、歌われたご本人たちが一番わかっておられると思うのです。自分たちの素晴らしい進歩と変化を。最初にこのメンバーで歌ったときは、正直、ハーモニーもうまく出なかったし、言葉もうまく聞こえなかった。でも、それがたった数回の練習で、ここまでまとまったのは、本当に素晴らしい。そのことにご本人たちが一番感動されているのかもしれない。きっと神様も喜んでくださっているはずなのだ(^oo^)来年はオルガニストさんのお母様も加わって、新しい方ももっと加わってくださるといいなー。

二階にあがって、手作りのケーキとコーヒーでちょっと休憩したあとは、恒例のキャロリング。
昔、所属していた教会では、キャロリングは街に出て行っていた。高島屋の前で歌ったり、駅前で歌ったり、商店街で歌ったり。ただ、こういう活動って、厳密には、事前に警察とかに届けて、やりますって言っておかないといけない。

この教会は、主に病気などで礼拝に来られない信者さんのお宅に伺って、玄関先で歌うというスタイル。
昨日は、白血病とたたかう子供さんがいるご家庭。その子の兄弟の教会学校からの友達ということもあり、若い人たちがたくさん参加してくれて賑やかなキャロリングになったよ。大きな車3台で移動して、玄関先で元気よく讃美歌を二曲ほど賛美。メリークリスマス!と互いに挨拶を交わして、次のお宅は、聖歌隊の隊員の方のお宅。ご高齢のご両親との同居。お母様は私が指導し始めた頃は、聖歌隊で歌っておられたけど、今はもうだいぶ弱っておられるので自宅で過ごすことがほとんどなのかな。懐かしいお顔を拝見出来て、笑顔を見られた嬉しかった。私達の賛美にベッドの上から、大きく拍手してくれたよ。全員が順番にお庭に面したガラス戸を開けて、ベッドに近寄って握手。本当に恵まれた時間でした。

クリスマスらしいクリスマス。たくさんの人と喜びあう、素敵な時間を過ごしました。

さぁ、これで今年の演奏関係の本番は終わり。
喉のことを気にしなくても、いいぞーーっ!いっぱいしゃべって、枯れ枯れになっても気にしなくていいぞーっ!やたー!

今年のレッスンはなんと最終が30日!それと並行して年賀状も書かなくては。
それ以外に人と会う約束もいくつかあり、なんだかあっという間に年が暮れていきそう。

この週末は、いよいよフィギュアの全日本ですねー。
いやー、男子ももちろんドキドキだけど、女子は、誰が優勝してもおかしくない接戦だと思うぞ。
どんな結果になるのか、ほんまに楽しみ。そして、まだ知らない若い人たちの演技を見るのも。

今日ぐらいは、自分に対して「お疲れ様」と言ってあげよう。
午後からの生徒さんはあるけど、それまではフリー。
自分のピアノの練習がんばろうかな。最近、ピアノの練習するときって、瞑想みたいで心が落ち着くのです。色々難しいこと、不安、心配、またこんな本番のあとって、よかった・・・と思っていても、小さな失敗や後悔が、実は時々浮かんで来たりもします。もっとああできたんじゃないかなとか、こんなことがよくなかったんじゃないかなとか。私も小心者なのです。でも、そんな中、自分一人でピアノに向かっていると、そうだ、私はまだまだ未熟なんだから、できないことがあって当たり前で、だからこそ努力続けるわけで、できないことがあるからこそ、できるようになりたいと思える未来が楽しみなのだ・・・・と少しずつ落ち着きを取り戻すことができるのです。

本番のあと、ほっとしてもいるし、どこか、できなかったことも浮かんできてモヤモヤするこんな日は、自分だけの営みも、とても必要で大切なこと。じっくり自分に向きあおう。未熟だけど、進歩できるんだと信じて。
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by butakotanaka | 2014-12-25 09:56 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

メリークリスマス(^oo^)

いよいよクリスマスイブですねー。
日本では、クリスマスというと、恋人と過ごす・・・っていうのがポピュラーだけど、
アメリカの友人たち、あるいはクリスチャンの人たちは、クリスマスは教会で、あるいは家族で祝うという習慣が一般的なのかな。あっクリスマス自体を祝わない宗教の人たちもいるけど。日本人ってクリスチャンじゃなくても、とりあえずクリスマス楽しんじゃえ!って感じだけど、海外だとそうでもないことが多いみたい。日本って面白いなー。

で、我が家は一応不良だけどクリスチャンなので、イブの夜は礼拝です。

5年前からクリスマスの時期に指導で呼んでいただいている教会で、聖歌隊に参加します。
今年は教会の皆さんが特に忙しくて、11月に二回、12月に一回のみの練習でした。
しかも、全部の練習に出られる人は少なく、みんなが顔を揃えることは一度もないまま今日を迎えました。
そんな中でも、一人ひとりが練習の録音を聞いて自主的に練習してくださったり、私が行かない日も、オルガニストさんが短時間だけど礼拝後に練習してくださったり、みんなの力があわさって、今日が迎えられました。

聖歌隊のメンバーは「歌う」ことがメインのお仕事ではなくて、ほとんどの人が教会で他の仕事をしておられて、あるいは、普段この教会に通ってきていないけど、この時期だけ聖歌隊を手伝ってくださる方もいます。

今年は多分いままでの中では、一番人数も多いんじゃないかな・・・・
と思っていたら、今朝連絡があり、メンバーのお一人が、土曜の夜、お風呂に入っていて体調を崩され、動けなくなり、なんと翌朝まで助けを呼ぶことができなかったのだとか。ご家族もとても心配されたと思うけど、不幸中の幸いというか、入院にはなったし、筋力もまだ戻らないけど、食欲は出てきて、肺炎も起こさなかったのだとか。お風呂のお湯の温度が下がり続ける中で、肺炎にならなかったのは、私にはクリスマスの奇跡のように思えます。命を守ってくださった神様に感謝。

その方は、今日の賛美には加わることはできなくなったし、その方のご家族が聖歌隊には二人もおられ、そのうちの一人はオルガニストさん。参加はしてくださると思うけど、きっととても疲れていると思うし、心も乱れていると思う。他にも私の耳に入ってきていないだけで、たくさんの心配ごとや、体調の不安定や、いろんなことを乗り越えて、この賛美にみんなが参加してくれているんだろうなぁと、思いを馳せると、感謝の気持ちしかないなぁ。

コンサートはお客様へのプレゼント、メッセージ。
礼拝で聖歌隊として歌うときに違うのは、神様に音楽を捧げるのが第一義だということ。
その上で、教会員の人たちや、クリスマスだけ特別に来てくださる近隣の方々、みんなと幸せを感じながら、一緒にクリスマスをお祝いする礼拝ができればいいなぁ。そして、その礼拝の役割を担う一員としての聖歌隊が、ベストを尽くせますように。

今年の最後の本番。
大切に大切に、いい時間になりますように。
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by butakotanaka | 2014-12-24 14:37 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(2)

夢広場クリスマスコンサート、楽しかった~(^oo^)

指導させていただいているシルバーコーラスが、夢広場クリスマスコンサートという催しに、初めて出演させていただきました。とても素敵な時間になりました。

午後1時から4時までの三時間のコンサートで、5団体が出演。すべて音楽の演奏です。
でも、ジャンルはさまざま。私達はマイクを使わないコーラス、
その次の方はソプラノソロとピアノ演奏、
その次は、ギターと歌、
マイクを使ったコーラス、
そして、バンド演奏と、同じ声が伴うものでも、ジャンルが様々で面白かったです。

私達の出番は一番。
30分いただいても、すべて演奏に費やすことができるほどレパートリーがないので(^oo^;)、前半は3月にある市の文化祭に向けて練習している三曲を演奏して、後半の15分は、冬の歌をみんなで歌おうと題して、会場のお客様と私達の合唱という趣向でした。

ステージが狭いので、メンバー40名余りが並び、グランドピアノを中央に配置すると、もういっぱいいっぱい。
ということで、私は階段上になっている客席の一番下の段に立ってそこから指揮することに。
反響板も何もないので、ステージの歌声はなかなか響きにくく、音響を使わない演奏はきついものがありましたが、マイクを使ってしまうと、マイクの近くにいる人の生声が聞こえてしまい、バランスをとるのがとても難しいので、やはり音響は使わないことに。本番前のリハーサルで、できるだけその状況の中でベストとなるように、並び位置やピアノ位置を細かく調整。で、実際リハで歌ってみると、スポットライトの角度の加減で、歌い手の皆さんから指揮者の私の顔が見えないと大騒ぎに(^oo^;)太陽が眩しくて目が見えなくなる現象のようなものが起きていたのですね。長い棒を持ってその団員の希望に、細かく答えてくださるスタッフの方々のお人柄が素晴らしく、とても気持ちよかったです。

ライトを動かしてしまうと、メンバーが美しく見える照明にはならず暗くなる・・・とスタッフから指摘を受けたのだけど、美しく見えるかどうかよりも、指揮者がよく見える方が大事というのが、うちの価値観なのだと説明して、色々調整していただきました。

楽屋として音楽室も貸していただき、お茶も出して頂いて、本当に至れりつくせりです。

本番は、みんなもちろん練習よりは少し緊張してしまったけど、それでもその中でも、今回の簡単ではない選曲を、立派に美しく歌ってくださいました。聴きに来てくださった私のうたの生徒さんからも「頭声が美しかった」と言ってもらえて、12年かけてゆっくりゆっくりみんなでコツコツと取り組んできたことが、少しずつ形になってきたなーと嬉しくなりました。

後半の全員で合唱コーナーも、最初は、えー歌うのん?と乗り気でない人がチラホラ。
でも、こちらも心を込めてリードして、ステージ上からコーラスのメンバーが元気に歌ってくれて、そのうちに、客席がだんだんと一体感が出てきた。本当に、だんだんと消極的だった人が、一人加わりまた一人増えてと、まるで視覚的に形になって、みんなが楽しくまとまっていくのが見えるように感じ。最後の「お正月」は、なんだか会場全体がひとつの合唱団になったように感じて、感動してしまいました。疲れてはいたけど、ここをこのまま離れたくないと思ったぐらい。音楽っていいなー、幸せだなーと思うことができました。感謝。

帰宅後、主催者の方と電話でお話し、スタッフの皆さんからも、コンサートの冒頭で客席との一体感ができて、よかったと好評だったそうです。よかったー。

60代から90代まで、コンディションを整えつつ、やり過ぎないけど、しっかりやる・・・本番でベストの力が出せるように究極までやってしまわないように我慢するところは我慢する、このバランスが本当に難しいけど、今回はその調整も、まあまあうまくいったのかな。

同じ3曲を3月はじめの文化祭でも演奏する。あと二ヶ月練習があるけど、今回よりももっと詩の内容を深めて、余裕を持って楽しんで、味わって歌えるように、いい練習を積み重ねていきたいなー。今回は風邪をひいた人、腰や足の調子が悪かった人など、一生懸命練習したのに出演できなかった人が何人も出てしまったのだけど、3月の本番は、一人も欠けることなく、みんなで歌いたいなー。みんなの健康が守られますように。

さあ、年内は、あとは教会のクリスマスイブ礼拝を残すのみ。
それが終わったら年賀状書きだっ。がんばっ!
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by butakotanaka | 2014-12-22 12:49 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

クリスマスのお仕事2つ(^oo^)

合唱団のコンサートも無事終えて、師走に入り、クリスマスの2つの予定に向けて準備が進んでいます。

ひとつは、指導しているシルバーコーラスが、夢広場クリスマスコンサートという催しに初めて出ることに。
市の文化祭だけが出演の機会だった私達には新しい挑戦。
練習は残り一回。12月21日。ご近所の方は遊びに来てください。出番は一番なので、13時から歌いますー。

夢広場クリスマスコンサート


もうひとつは、ここ数年の恒例となった、枚岡教会でのクリスマスイブ礼拝。
聖歌隊の指導をさせてもらうようになったのは、NYから帰った2009年のクリスマスからだから、今年で五年目かー。早いものですね。今年は今までで一番メンバーが多いかも。練習にはなかなか顔が揃わず、本番の日だけしか来られないという人もいるんだけど、教会の仕事で忙しい人も多い中、みんなで練習を重ねてきました。こちらも次の日曜に最後の練習を残すのみとなりました。シルバーコーラスは指揮だけで歌わないんだけど、こちらは指揮しながらそっとソプラノで歌にも参加します。風邪もだいぶよくなってきたし、体調整えて、良いクリスマスにしたいなー。クリスチャンでなくても、誰でも参加いただけます。クリスマスの讃美歌たくさん歌ってみたいという方、大歓迎です(^oo^)

枚岡教会クリスマスイブ礼拝
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by butakotanaka | 2014-12-12 17:33 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

才能って何だろう、上手って何だろう?

こないだピアノの方と話している中で、
「世の中には、すごい人がいる」「天才という人は存在する」
「そういうすごい人、天才は、生まれた時から違うし、
練習を積まなくても音楽をすでにすばらしく演奏することができる」

みたいな話になりました。
その話題の中で、自分たちはそういう「すごい人」でも「天才」でもないことを、わきまえておく必要がある。という続きになりまして、夢を持ちすぎるな、持ちすぎると後で落ち込むだけだ、この程度まではうまくなるけどその先には一生行けないとどこかで知っておく必要がある、となりました。

確かに、才能のある人というのはどの分野にも存在すると思います。
「ちがう人」というのもいると思う。
でも、まず、その人たちが練習しなくてもすばらしいかというとそうではないし、
才能を持っているから努力しなくても、最初からできているかというと、
そうなのかなーと思ってしまう。

で、そうでない人たち、つまり私たち凡人(^oo^;)
夢を持ちすぎてはいけないのか、本当にある程度までしかうまくなれないのか、
そもそも「上手」って何だろう、どんなことをいうのかな・・・と、
色々考えてしまいました。

その方は、とてもレベルの高い演奏をいつも熱心に高いチケットを買って
聴きに行っておられるので、私なんかが知らない世界を知っておられるのだとも思うし、
私はそんな高い演奏会にはあまり行く機会がないので、
話が成り立たなかったのかもしれないです。

最初はピアノから始まった話が、そのうち歌になり、
特に歌は、声帯が体の中にあるから、生まれたときから決まっている
という主張でした。
確かに、声帯は取り替えられないですよね。

でも、恵まれた声帯を持っていても、
呼吸のコントロールだったり、
特に各言語に対する理解力がなければ、
「声」だけが良くてもどうしようもないし。
っていうか、「ええ声やなー」って思うときは、
たいがい、その歌われている言葉が自然に聞こえてきて、
メロディが自然に流れているわけで、
その音楽力みたいなものは、
恵まれた声帯だけではどうしようもないと思うのです。
で、そもそも「恵まれた声帯」といっても、
声や歌なんて、人それぞれの魅力があるし、
「ええ声」というのも、聴く側からも好みがあるとも思う。

で、「あまり恵まれていない声帯」というのがあるとして、
それがどうしようもないかというと、
そうじゃないって信じたいなー。

そりゃまあそこそこ人前に立って歌うぐらいはできると思うけど、
もっと上のレベルの話だ、とその続きで言われてしまい、
そういわれると、そうですか、としか言えなかったのだけど、
なんとなく、自分がこれまでずっと声にコンプレックスを抱えながら、
ずっと少しずつ進歩して磨いてきて、
この年になって、やっと自分の声や歌やピアノや音楽を
ようがんばってきたな、こんなんもありかなって
受け入れられるようになったけど、
なんというか、努力すれば人はどのようにも変わることができると
信じる自分の気持ちを全否定されたような悲しい気持ちになったのでした。

上のレベルとかよくわからんけど、
教える立場としても、
私はピアノにしても歌にしても指揮にしても、
自分自身も未熟だと思うし、
生徒さんに対しても、その人がプロだからとか指導者だからとか
初心者だからとか、子供だからとか、シニア世代だからとか
まったく区別することはないし、
同じように自分が気がついたことをシェアして、
相手が理解してくれると信じて、
かならず進歩すると信じて、
互いにがんばっている感じ。

生徒さんがどうせあんまり練習しないし、
とかあきらめたことはないし、
実際みんなそれぞれの生活の中で、
音楽を大切に思って練習してきてくれるし、
なんというか、私もあきらめたくないし、
生徒さんにもあきらめてほしくない。

あきらめるというか、ここまでっていう限度というか、
制限もかけたくない。
極端に言ったら、
今、まったくのアマチュアで、
子供でもなくある程度の大人になっていたとしても、
それでも変われる、
もしかしたら、大化けして、
とんでもなく素晴らしい歌い手さんやピアニストさんになるとだってあると
信じたい。不可能だとは思いたくない。

教える側があきらめてしまったら、おしまいなんじゃないかなーと
そうも思う。
そして、学ぶ側としても、そんな制限をしないで、
どこまでもどこまでも希望を持って、自分の音楽を磨きたいなーと思う。

まっ、学ぶ側の私の程度なんて、しれてるんですけどね(^oo^;)
コンクールとか受けるわけでもないし、
自分でコンサートするわけでもないし。

そして、かたや「すごい」側の人たち、
この人たちもまた、表面から見たら、天才だー才能のかたまりだーと
言われるような人たちも、実は、日々すごい努力を重ねていることが多い。
というか、そんなことがほとんどだなと思う。

昔、王貞治さんのインタビューをテレビでやっていて、
あんなにたくさんのホームランを打って、
長い年数、同じように美しいホームランを打ち続けるコツは何ですか?
みたいな質問に対する答えは、
「一度も同じホームランはありません」というものだったと記憶している。
とにかく、常に変化することを恐れず、昨日と今日はまったく違う自分と思えるぐらい
色々新しいことに挑戦して、試行錯誤の連続だったそうです。
私たちから見たら、いつも「安定して」「同じように」すばらしいホームランでも
彼にとっては、日々、ああしてみよう、こうしてみようと、
とどまることなく、努力し続ける現役時代だったという話には、
すごく刺激を受けました。
私もそうでありたいなと。

明日から始まるフイギュアの中国杯、
去年、グランプリファイナル、オリンピック、世界選手権と
三大会とも金メダルという偉業を成し遂げた羽生くんの今シーズンが始まるわけだけど、
常に進化しつづけたい、同じ場所にとどまりたくないという話を
シーズン前のインタビューでしていたのを読みました。
あんなに高みまで上り詰めた彼でさえ、変化を恐れず新しいことへ挑戦し続ける、
素敵だなーと思います。

進歩したい、いい方向に変化したい、
自分を少しでも磨きたいという思いには、
初心者であっても、上級者であっても、プロであってもアマであっても、
かわりないんじゃないかなと思います。
おそらく・・・いえるのは、上級者になればなるほど、
磨くことに時間とエネルギーをかけて、小さな変化にも気が付きやすくなる、
よりよくなるための情熱やアイデアがより豊富になってくる、
これが違いなのかもしれないなーと、ぼんやりとは思うけど。

あまり高望みしない、とか、この程度とわきまえる、とか
考えすぎないで、
どこまでもいける、何にでもなれる、と、
とどまらない、あきらめない自分でいたいし、
そんな思いで、生徒さんの指導も続けていけたらなーと思います。

さっ、午後からももう一人ピアノの生徒さんだっ。
がんばろっ!


冷え込んできましたね、みなさん風邪ひかないようにお元気で(*^oo^*)

夫婦して風邪気味のぶたこぶ家からでしたー(●^oo^●)

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by butakotanaka | 2014-11-06 13:48 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

でっぱったりへこんだり

いやー、昨日は久しぶりにへこんだなー。
近所の神社の夏祭りだったのをすっかり忘れていた。
ピアノの生徒さん親子と一緒に行こうかと話していたのに。

だいたい前日からまずかった。
歌のレッスン。いや、これ自身がまずかったことはないんだけど。
歌って、ピアノみたいに毎日積み重ねて練習することがどうしても難しくて、毎日歌うことが精神的にも肉体的にもしんどくてできない。時々しかしない。だから、いつも練習不足で、たとえばドイツ語の歌詞とかが頭に入らない。今回も、前々日ぐらいからは気合を少しずつ入れ始めて伴奏を一通りさらったり、歌わないものの歌詞の音読を何度もやったりとして、で、当日の午前中やっとエンジンがかかるのですね。結局伴奏の譜読みと歌詞の音読をさらにやった後、そのすべてを合体させて、歌う練習して、三時間ぐらい。レッスン行く前に脳みそ疲れとる(^oo^;) でも、やればやっただけ気づきがたくさんあって、この日も、おっ、大発見か?というのがあり、思わずノートにたくさん書き留める。

で、先生のところで、恐る恐るやってみると、それがビンゴーっ。
先生からは、「今日あなたがやってきたこと、ここまでできたら、これからの可能性がおおいに広がりそうよ!」と言われ、次のレッスンで待っていた生徒さんからは、「いやー聞いていて気持ちよくなるような歌でした」とか言われ、舞い上がった。

しかし、次の日程を決めようと思ったら、手帳を忘れていたことに気が付き。しゅん。後程先生にメールでお伺いすることに。二度手間になって申し訳ない。で、有頂天になったついでに、謝礼を渡すのを忘れそうになり、先生に指摘していただいて気が付く。しゅん。

で、この日はそれでも家に帰れず。夕方から合唱団の男声練習に鍵盤でお手伝いすることになっていたのです。レッスン終わりは四時ごろとまだ早かったので、肥後橋駅近くのカフェで小休憩。この日はほんま暑くて、先生のお宅と駅の往復だけでも、どどーっと汗が噴き出る。水分とらなければ。

ええ時間になり、たこぶと待ち合わせの堺筋本町へ。たこぶの仕事終わりの時間は、練習始まりまでだいぶあるので、百円ショップで待ち合わせ。しかーし、堺筋本町の駅はほんま難しいよ。まず地下から地上に出る出口まで10分以上迷う。こっちかな、いや、こっちかな、とうろうろ。考えに考えて、これでよしっと思って出た出口が、目標の場所からは遠いと判明し落ち込む。で、そこから目指す待ち合わせ場所に向かっているつもりが、10分ぐらい歩いて反対方向の日本橋に向かっていたことに「北久宝寺町」という表示を見るまで気が付かず、そこからまた長い道のりを引き返す。たぶん、このあたりで軽い熱中症やったかも。頭痛くなるし、ふらふらするし(^oo^;)やっとたこぶにあえて、ずっと買わなくちゃと思っていた台所の蛇口につけるシャワー栓をゲット。でまた近くのカフェで休憩。へろへろ。練習会場についてみんなを待つ間も、だらーっと寝る。

練習はなんとか耐えられて、帰宅して、またヘロヘロ。このあたりから思考回路がにぶっていたか(^oo^;)

明日が神社の祭りだということも、一緒に行く約束してたことも、この時点で消えてた気がするなー。

で、翌日、午前中自分の練習1時間した後、昼前から長時間レッスンのピアノ講師されてる生徒さん。3時間レッスン。大変充実していたが。そのあと、やはり自分の練習を2時間、で、たこぶがいつもより早い電車で帰ることがわかり、あわてて夕食の準備。たこぶもこの時点で、祭に一緒に行く約束のこと、記憶から薄れていたらしい。彼も前日かなりばてていた。

夕食とって、すぐに三階にあがり、だらーーーっと昔録画した映画を見る。
PCのメールだけしか見ないで、携帯を普段持ち歩かないのが災いした。
映画見てリビングに降りてきて、携帯をふとチェックして青くなる(^oo^;)
あちゃーーーーーっっっっっっ。その約束していた親子から数回のメールが来ていましたー。
こんなに見事に忘れたのは、久しぶりやな。
もうあやまりようもないけど、あやまりのメール。いや、言い訳のメールやな。

うちの場合、ドアホンも、受信機は持ち歩くタイプで、夕方以降は営業しか来ないから、出たくないし、三階にあがるときは持ち歩かない。それも災いしたのね(^oo^;)

ほんま、情けないわー。
だいぶばてばてやったってことかな。
反省。

今回の敗因、カレンダーとダイアリー、予定はすべてにうつしておくこと。
精神も肉体もできるだけ健康に保つこと。
1日の予定は、丁寧に、1日の始まるときに確認すること。

メールのチェックはこまめにすること。
ですな。

失敗するから、失敗する人にやさしくなれるのね。
そう信じて、これからは繰り返さないように、気を付けなければ。

なんかええことがあったら、へこむこともあり、うれしいことあったら、しんどいこともあり、有頂天になったら、どしーんと落ちることもある。だから、人間は謙虚でいられるのかもしれないですな。

ほんま、バランスとれてるわぁ。
さっ、連休だし。体も頭も休めて、酷暑に対応できるエネルギーを蓄積しなければ。

おー。
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by butakotanaka | 2014-07-19 00:28 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

懐かしい友人との再会(#^oo^#)

もう2週間ほど前のこと。木曜やったと思う。
夜、facebook見てたら、シンガポールの友人の投稿が、日本の、しかも関西の写真になっている!!
えっ、デビッドー、きみ、今、関西にいてるんかいな?
と、思わずコメントした。

そしたら、「ぶたこ、そうやねん、今、ぼくの合唱団が関西に来てて、明日は奈良で歌うねん!」と返信があった。(いや、実際は大阪弁でのやり取りではなく英語やったけど)

そりゃびっくり。実は、その時期、ちょびっと体調崩して、風邪がなおりかけって感じやったときで、翌日は午前中からシルバーコーラスの練習の予定。コンサートはいつ?と聞くと、午後2時過ぎとか。ほなら、行けるかもーということに。

でも、よくよく聞いてみると、このコンサート、デビッドが指導助手をしている大学の合唱団と、奈良にある高校との交流コンサートみたいで、一般の観客は入れないかもというのが、話しているうちにわかってきた。彼がいう日時で会場を検索しても、そのコンサートの情報はなく、学校のウェブに行ってもそのコンサートのことは公開されていなかった。つまりこれは、生徒たちだけのための音楽鑑賞的なものなのかもなと思ってきた。デビッドも誘ってみたものの、あかんかもしれん。時はすでに前夜の夜中近く。デビッドが翌日学校の人に聞いてみてから連絡すると言ってくれたけど、英語だし、きっと問い合わせも大変だろうと思い、私が学校に連絡してみることに。

その学校は有名な私立学校。でも、もちろん今まで電話なんてしたことない。
朝一番にウェブに載ってた学校の電話にかけたら、男の人が出る。
最近、学校行事って、セキュリティが厳しいだろうし、関係者以外を入れるのって、難しいかもなーと心の中では半分ぐらいあきらめていた。

で、この電話に出た方に、こういう名前の大学合唱団が今日の午後に奈良でコンサートを、そちらの主催でされませんか?と聞いてみると、確かにあるという話。でも、向こうはかなり、この怪しい電話はなんだろう・・・という猜疑心満載のモード。そりゃそうだよね、私が何者か知らんねんし。

ということで、私はデビッドという友人がその合唱団の指導助手をしているということと、デビッドと私がどんな友人なのかを話した。

デビッドと初めて会ったのは、マンハッタン音楽学校の合唱指揮クラス。
1年間ボランティアでニューヨークに滞在していたとき、何度かウェスタンウィンドというアカペラグループのワークショップに参加して、そのメンバーの一人だったクリスティーナの音楽にほれ込んだ私は、初めての夏のワークショップに参加後、9月から個人レッスンを受けることになった。最初は歌のレッスンだけだったんだけど、クリスティーナは合唱指揮者としても、NYの合唱人たちの間では有名で、私の彼女の指揮でワークショップで歌ったとき、いいなーと思った。彼女はそのとき、コロンビア大学で音楽史の授業を持っていて、そのすぐ近くにあるこの音楽学校では合唱指揮のクラスを持っているということが、あとでわかってきた。

クリスティーナも私が指揮をする人だとは最初は知らなかったと思うけど、歌の個人レッスンを受けるうちに、もっと彼女から学びたい、レッスンを増やすのは、正直予算の面からも大変だし、彼女の学校での授業を聴講させてもらえないかとある日思い切って頼んだのだ。そんな都合のええ話、うまくいくはずないよなーと思っていたら、なんと、これがOK。というのも、この合唱指揮のクラスは、主に、オルガン専攻の生徒が受講していた。なぜなら、オルガにストにとって、学校を出て就職するということは、ほぼ、どこかの教会の音楽監督みたいな仕事するということになり、そうなるとオルガン演奏だけでなく、その教会の聖歌隊の指導、つまり指揮や発声なんかも指導することになるわけだ。でも、オルガン専攻の生徒たちは、全員が合唱経験者ではなく、中には、ピアノから転向した人もいて、歌が苦手な人も多い。そんなこともあって、合唱指揮のクラスを指導するクリスティーナは、クラスで指揮を教えようとすると、指揮する人以外は合唱団となって歌うのだけど、歌の声が不足していると困っていた。だから、ボランティアで歌いに来てくれる歌手を募集していたというわけ。

クリスティーナが取り上げる曲は、簡単な曲の方が少なくて、言語にしてもいろいろで、音楽の時代、ジャンルもいろいろだから、初見がきいて、ぱっと見て歌える、しかも、どこかのパートだけでなく、複数のパートを歌える人がよくて、その条件に私がぴったりということで、即OK。そこから半年ぐらい私は彼女の指揮の授業を聴講、というか参加させてもらった。期待していなかったのに、時には、指揮もさせてもらえた。幸せな体験だった。

そのクラスの中で、とびきり素敵なバリトンで歌っていたのがデビッド。大学院の生徒だった。そのクラスでは珍しくオルガン専攻ではなく、声楽専攻。シンガポールから留学してきていた。母国では子供のころから合唱をやっていて、ソロだけでなく合唱も大好きなんだと話してくれた。私の息子ぐらいの年齢だけど、歌の人ということで、少しずつ親しくなった。で、その年の冬のウェスタンウィンドのワークショップに、デビッドと私は二人とも参加して、レベル分けで一番上のクラスに二人とも配属され、3日間の密度の濃い朝から晩まで歌う時間を、7-8人の小さなグループの中で一緒に過ごした。ワークショップは、ほんまに挑戦の連続で、一人1パートが基本だから、なかなか音やリズムが取れなかったり、その時の私はソプラノばかり歌わされて(そのグループ担当がクリスティーナで、なぜか私に高音パートをやらせて鍛えようと思ってたらしい、と他のメンバーから聞かされた。特に私に厳しかったと。残り少ないアメリカでの日々で、できる限りの指導をしよう、いい経験をさせてあげようという親心だったのかなと思う)。

そんなんで、私はとにかく、落ち込みの連続。その時の、ワークショップでは、実はスタッフとしても働いていて、会計とかも担っていたし、仕事には超厳しい、ウェスタンウィンドのリーダー、ビリーのご機嫌もしょっちゅう悪くなったりで、振り回されていたし。

合間に一人悩みつつ音取りする私のそばに、何かにつけ来てくれて、「大丈夫?」と声をかけてくれたのがデビッドだった。発声のこともいろいろ教えてもらったし。彼は、実力もあるけど、考えかたも前向で明るくて、本番慣れしていて、何があっても動じない姿勢で、本当にたくさん学ばせてもらった。

ワークショップが2月ごろで、その後3月ぐらいまでは音楽学校の授業があって、それでお別れ。それが2009年のこと。その後は、facebookで、互いに何をしているか、ゆるーく交流していたというだけ。

で、今回、久しぶりに直接やり取りしたというわけ。5年ぶりってことですな。

さっきの学校への電話に戻って、ここまで詳しくは説明しなかったけど、とにかく、私がデビッドと、音楽学校で一緒に授業を受けたことや、大切な友人であること、彼の方からコンサートに来てほしいと誘ってくれたことなどを話した。それから私が今、東大阪でシルバーコーラスやその他、少しだけ音楽指導にかかわっていることも。その電話の先生は、なんと教頭先生だったということが後でわかった。コンサートは外部の人に聞いてもらうことを想定していないとの返事だったけど、私の説明を聞いて、信頼してくれたみたいで、「ちょっと係りのものと相談して折り返します」とのこと。私はなんだか申し訳なくなり、「無理だったらあきらめるので、無理しないでくださいね」とお伝えした。

電話を切って5分もたたないうちに、折り返しの電話があり、
「どうぞお越しください。係りのものに言っておきますので」と、素晴らしいお返事。
本当に感謝。私のこと、何ものか電話だけでは、本当のところわからないはずなのに、話だけで信頼してくださって、ほんまにありがたい。

シルバーコーラスの後、急いで奈良に移動して、コンサートへ。
驚いたこと、感動したことがたくさんあった。

まず、このコンサートは、音楽だけが素晴らしいのではなく、なんと、プログラムから司会進行までぜんぶ英語で行われていたのだ。英語の学びも兼ねているということ。
このシンガポールの大学と奈良の高校、そしてもう一つのアジアの学校の3つの交流コンサートで、特にこのシンガポールの大学とは、30周年だったかの記念の年だそうだ。

合唱だけでなく、クラシックギター、吹奏楽、弦楽アンサンブル、ダンスなど、盛りだくさん。そして、どれもが本当に素晴らしかった。そして、合間に交代で出てくる、その奈良の高校生たちの英語が、本当に優秀で、何度も練習したんだろうなと思うけど、日本語と英語とバイリンガルでアナウンスしてくれて素晴らしかった。今年早い時期に、何人かが交流でシンガポールを訪れたりもしたみたいで、その様子をレポートしてくれたり、またシンガポールからの学生たちも、このコンサートよりも数日前から関西を訪れて、観光やら学生との交流やら、さまざまな行事をこなしたようで、彼らの感想も紹介されていた。

英語を真剣に学びはじめたのが、40歳直前というところは違うけど、特に音楽を通して英語の学びがあった私にとって、英語と音楽が結びついたこのコンサートに行けたことは、本当に感動だった。ここに出演していた若者たちが、次にまた交流するときのために、音楽も英語ももっともっと進歩したいというモチベーションになっただろうし、そういうやる気が一番長持ちして、エネルギーになることは、私が誰よりも感じていること。彼らの未来が楽しみだなーと思った。

終演後、デビッドと話もできた。指揮者も紹介してもらった。
彼らの演奏は本当に素晴らしかった。世界規模のコンクールでも何度も賞をとっている有名な団体らしいです。アングロ・チャイニーズ・ジュニア・カレッジという学校のコーラス。私もやったことがあるシェイファーやウィテカーの難しい曲を、ただこなすだけではなく、楽しんでうるおいある演奏に仕上げていて、実力あるなーと思った。

デビッドとは、その後facebookでもやり取りして、互いの再会を喜び、またそれを結び付けてくれたこの奈良の高校に感謝だねーっていいあった。

次に会えるのはいつかわからないけど、音楽やってる限り、英語を学んでいる限り、きっとどこかで会えるはずと信じたい。今はボストンの学校で学び続けているデビッドは、まだまだ若い。彼の未来も本当に楽しみ。

ということで、これが「懐かしい友人との再会」エピソードでしたー。
夜も更けたので、今日はこの辺で。おやすみなさい(=^oo^=)
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by butakotanaka | 2014-06-24 00:40 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)


ぶたこな日々(^oo^)にようこそ。音楽で言葉で心で、今年もいろんな人と対話したいなぁ。


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