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インウッド公園

今回ニューヨークで滞在したシンのアパートは、マンハッタンの北の端、インウッドという地域にあります。住所が「丁目」の数が多くなるほど北に向かうのだけど、シンのアパートは218丁目に面していて、このインウッド公園はその地域の西側に広がっています。大きさとしてはセントラルパークぐらいはあるんじゃないかなー。こんな大きな公園があちこちにある、というのはうらやましいですねー。地下鉄のAラインの207丁目駅または、1ラインの215丁目駅から歩いて行くことができます。

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by butakotanaka | 2013-08-06 07:50 | NY・留学 | Trackback | Comments(0)

食パン売り場(^oo^)

アメリカにいる間に日々の出来事を書いていたけど、写真をアップするのが難しかったので、少しずつ写真を紹介していきたいと思います。たくさんの写真があって、整理してあげようとすると、永遠にできない気がして(^oo^;)、思いつくまま、順不同で紹介することにしました。

まずは、食パン。なんでまずは食パンなのかわからんけど(^oo^;)
アメリカのスーパーの食パン売り場、私、大好きなのです。アメリカで売ってる食パンが好き。たくさんの種が入っていたり、茶色い食パンが多かったり。大きさも日本のよりは小ぶりで、二枚食べてちょうどいいぐらいかなー。五枚切りとかの幅でなくて、その三倍ぐらいあるんちゃうのという長さです。でもって売り場が広いー!いっぱいの種類があるのです。こんな食パン日本でも売ってくれないかなー。
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by butakotanaka | 2013-08-06 07:38 | NY・留学 | Trackback | Comments(0)

あっという間に帰る時が来ました

前に更新したのが火曜の夕方。あれからあっという間に時間がたって、毎日ぐたーっと疲れて帰るので、更新することができないまま、出発のときが来ました。これを書いてる今は、もうJFK空港にいます。チェックインして、セキュリティチェックも終えて、ランチも食べて、三時40分出発の便の搭乗を待っているところです。空港では、インターネット全般は無料ではないんだけど、どうやらメールだけは無線LANが無料で使えるようです。このブログもメールからの更新です。

自分の覚え書きのためにも、火曜からの過ごしたことを書いておこうっと。
火曜に戻って。DVDを見終えた後、夕食を買いに近所のドミニカンデリに出かけました。初めて行くお店です。店の人の英語は私なみに訛りがひどくて(^00^;)向こうも私の言ってることわからなかったと思うけど、私も店の人が言ってることを理解するのに苦労しました。チキンブレストの唐揚げを頼んだつもりだったのだけど、出てきたときは、フランスパンにはさんだチキンの炒め物入りサンドイッチになっていました。何度も皿を指さして、メニュー指さして、これね!と念押ししたつもりだったんだけどなぁ(^00^;)よくわからんけど、出てきたものは食べなければということで、持ち帰り、冷蔵庫に余ってたトマトとキュウリとフルーツなどを組み合わせて夕食に。いや、これがなかなかおいしかったです。ドミニカンフード万歳!またもう一回食べたいねといいつつ、結局最後まで時間がなくて、これが一回きりの利用となったこのデリでした。デリというのはコンビニみたいな感じなんだけど、そこで料理していたり、ブッフェみたいな形になってて、二階にテーブルがたくさんあったりする大規模なのもあれば、ほんまにちょっとした売店だけという店もあって、形はさまざまです。規模が大きなデリは食事できるし、おやつも帰るし、なんでも売っててなかなか便利です。

夜になって、予報どおり激しい雨になりました。野球に出かけなくてよかったー。
テレビをつけたらヤンキースの試合をやっていたので見ていたら、シンも参加してきて、三人で試合終了まで楽しく観戦しました。

水曜日。この日はケイラのお宅にお招きを受けていてランチ。
ケイラは来年の春、お孫さんを連れて日本に初めて来る予定をしていて、日本のガイドブックも買い込んで、本気モードばりばりです。八日間の日程ならどこがマストか、絶対行くべきかと相談されたけど、好みによるからなー。お孫さんは特にアニメファンでジブリ博物館とかに行きたいらしい。きっと秋葉原とかも行きたいのかもなー。私たちはそういう方面まったく知らないので、これから来られるまでに調べなくては。関東のことも詳しくないから、そのあたり友人たちにも助けてもらわなくちゃ。今まで何度もお世話になっているし、ケイラにとっては貴重な体験になるはずだし、お孫さんの思い出もいいものを残してあげたいし、八日となると、関東と関西と、できれば一カ所でも温泉に泊まれたら・・・というぐらいかなー。我が家に泊めてあげられるといいんだけど、うちは狭いからなー。ホームステイとかもしてもらえるといいのだけど。とにかく来年春までまだ少し時間があるし、準備して、お迎えしなくちゃ。

ケイラに借りたエル・システマというベネズエラでの恵まれない子供たちへの音楽教育プロジェクトの話もたくさんした。ケイラは、ニューヨークでこれからそんなプロジェクトを始められたらと思っていてこれから、何人か仲間を集めてそんなことにとりかかるかもしれないとのこと。もし実現したら素晴らしいし、私も何かお手伝いができないかなーと心から思います。ケイラにしてもそうだけど、それからブルックリンの友人のリサも、次の仕事は、食事を満足にできない子供たちに食事を与える団体で働きたいと言っていた。引退後だったり、引退前でも仕事として、そういうボランティア団体だったり、非営利団体だったりで本気で仕事をしたい、誰かの役に立つ仕事をしたいと思っている人たちがたくさんいて、アメリカはキャリアばかりの国と思う人も多いけど、こんな人たちも多いんだなーと今回実感した。

ランチの後、三人でリバーサイドパークを歩いた。ケイラの住む80丁目あたりから少し南の70丁目あたりまで歩いたかな。このリバーサイドパークは五年前にいたときはまだ全部つながっていなかったんだけど、今は一番南のバッテリパークから、アッパーマンハッタンまで、つまり100丁目以上まで完全につながって、川沿いをずーーーーっと歩くことができるようになったんだって。で、今、マンハッタン東側にも川沿いを歩ける公園を作るプロジェクトが進んでいるらしいです。この公園を作る情熱すごいなと思った。ふと上をみあげると高速道路みたいな高架が途中で切れていて、あれは何?と聞いたら、ハイラインというのがあって、これがまたすごいのです。もともと高架鉄道だったのが何十年もそのままになっていたところ、そこを公園にしていってるんだって。今はロウアーマンハッタンから34丁目あたりまで来ていて、これをどんどん北に延ばしていってるらしい。ところどこに上る階段があって、もと線路があったところを通路にしたり、花壇にしたり、ベンチをおいたりしているんだって。一度ぜひ歩いてみてほしいと推薦されたよ。その後、他の友人たちに聞いたら、みんなおもしろいから行くべきだって。新しい見所なのですね。結果、最終日の金曜に、少しだけ歩くことができたので、また帰国したら写真をここにあげたいと思いますー。

水曜、ケイラと別れて、少しだけ靴やさんに寄って、たこぶくんの靴を一足購入。自分サイズの小さいのがちゃんとあると感動してました。この国って、服にしても靴にしても、大きいのだけでなく、小さいのまで、特別サイズの店が別にあるのではなくて、普通の店に幅広いサイズが売られているのです。移民の国でもあって、いろんな国から人が集まっているので、とても大きな人から小柄な人までその差が大きいので、日本みたいに大きい人や小さい人は別の売場似行くのではなく、同じ店の同じ商品を買うことができて、その点は女としては大柄な私にも、男としては小柄なたこぶくんにもありがたいです。

その後のお楽しみは野球観戦。メッツの試合を見に行きました。クイーンズにある野球場、シティフィールドといいます。今年のオールスターがここで開催されたということで、売店にもオールスターグッズがたくさん売られていました。チケットは一番安いので20ドル。といっても日本のように安いのは外野というわけではなくて、外野には比較的席が少なくて、内野の上の方、六階レベルの席をゲットしました。売場のおぢさんに、日本から初めてきたんだけど、特に誰のファンというのではなくて、とにかく野球を楽しみたいから、20ドルの中で一番いい席をお願い!といったら、よっしゃと選んでくれたのが、高い位置だけど、ホームベースに近くて、フィールドを見下ろすような席。すごく見やすかった。球場内では、水も食べ物も持ち込みできなくて、中でハンバーガーとポテトフライのセットを買って夕食。どの店で買ってトッピングは共通していて、タマネギとか、トマトとか、ピクルスとかは、どれだけとってもいい仕組み。サラダがわりに野菜をたくさんとって、食べ物自体は高かったけど、まあ元はとったかなという感じ。試合はメッツがぼろ負け(^00^;)三本もホームラン打たれたし。しかも、途中で走塁のときにカバーに入った相手の名投手をけがさせて、車で運び出され、どうやら骨を折って手術でシーズン復帰は無理らしいという、いやーなおまけつき(^00^;)でもそういうシーンで相手投手が運ばれて行くとき、メッツファンが立ち上がって拍手をしていたのが、独特のムードだった。日本なら黙って見送るところだと思うのだけど、文化が違うなーと思いました。

試合が終わって駅に着いたら、やはり甲子園と同じく、試合がある日は臨時便というのがでていました。案外早くクイーンズからマンハッタンに戻れました。といっても、シンのアパートについたのは真夜中だったけどね(^00^;)

はい、木曜です。
木曜は、昼に老人ホーム近くの駅でイェバと待ち合わせ。スパニッシュのお店で、チキンスープ食べながら礼拝の打ち合わせ。前回故障していたマイクが新しくなって利用できるということで、声が小さなイェバにはいい情報。ホーム長に直接連絡して確認したと言ってました。

しかし(^00^;)行ってみると、実際はマイクは使えなかったのです。新しいマイクシステムは来ていたのだけど、使うところまでいってなくて、倉庫に入ったままでした。新しい何かを買ったら、すべてそれ用の箱を用意してしっかり鍵を閉めるという慣習になっていて、そうしないと誰かが持って行くからということになっていて、それ用の箱や鍵がまだ用意できていないというのが理由。なんだかなー(^00^;)

チューニングが恐ろしい(^00^;)ピアノを弾くと覚悟していったら、二週間ほど前に寄付された新しい電子オルガンというのがありました。で、これまで、現在の牧師先生以外、誰にもさわらせてことがなかったというそのオルガン、牧師以外ではじめて私が弾かせてもらいました。これはすごいことらしいです。とにかく、現在の牧師先生は、なんというのか、とてもセキュリティ意識が強くて、すべてに鍵をかけるというのも、この牧師先生の意識がそうさせている部分もあるみたい。入居者のみんなと前みたいに写真を撮りたかったし、礼拝の様子も写真におさめておきたいと、たこぶに撮影を頼んでいたのだけど、写真を撮ったら入居者の家族から訴えられるから、写真は撮らないでときつく止められてしまいました。後でイェバにその話をしたら、そんなことはないはずだ、個人で楽しむ分には大丈夫なはずだと言ってたけど、とにかくかなり用心深い今の牧師先生の考えに逆らうこともできないので、とりあえず従ったのでした。

礼拝は、いつものように(^00^;)というか、適度に楽しく、適度にアドリブが多く、適度に大変でしたが(^00^;)なんとか適応して乗り切りました。前奏も何も関係なく、思いついた賛美歌を歌い始めるし、賛美歌の本に載っているのとは調がまったく違っていて、適当に自分で移調しなくてはいけなかったり、いや、そういえばこんなんやったなと、ひさしぶりに思い出しました。

礼拝が終わって、入居者の人たちとの交流。イェバとその後の牧師になったユージニアと私たちの四人にダイナも加えた五人で各部屋を回りました。私を覚えてくれている人もたくさんいて、嬉しかったです。でも前にいた人はこの五年でかなり病状が進んでいる人もいて、やせてしまっていたり、四肢が曲がってしまっていたり、精神的にかなり参っていたりと、悲喜こもごもではありました。五年という月日は短くないなと感じました。多くの人が亡くなってもいたし。でも、それでも、久しぶりの再会、交流は本当に嬉しいものでした。今度はいつ・・・?とどこに行っても聞かれるのだけど、できるだけ早くまた戻ってきたいですと答えるしかできなかったです。五年よりは早く戻ってこられるといいなー。

礼拝が終わり、スタッフたちにも挨拶して、日本からのおみやげも渡して、イェバと三人でマンハッタンへ。ニューヨーク大学の図書館で働いているイェバの旦那さんトーグも加えて四人でディナー。その後は、前日に引き続きリバーサイドパークをお散歩しました。この日は。西4丁目あたりだったので、かなり南の方。夜にもなっていて、夜景がとてもとてもきれいでした。昼間歩いた前日とはまったく違うムードでした。

そして最終日の金曜です。
朝からやりたいことがたくさんでなかなか充実した一日になりました。
まずは、荷物の整理もぼちぼち考えつつ、おやつのお土産を買いに、アパート近くのドラッグストア「ライト・エイド」へ。袋入りのチョコやスナックを会社やコーラスの方へのお土産に買い込みました。いかにもアメリカーって感じのしつこく甘いものばかり(^00^;)たまにはいいよね。いったんアパートに帰り、改めて身支度して、ロウアーマンハッタンへ地下鉄で出かけました。

最初に向かったのが。911のメモリアルサイト。まだ新しい建物は工事中なのだけど、元トレードセンターがあったところに、大きな大きな池というか噴水というか、そういう水のアートができていて、元の塔のシルエットそのままの枠が池の枠になっていました。北プールと南プールの二つがあって、それぞれが元の建物の場所なんだと思います。周りには亡くなった方々の名前が刻まれていて、これはアルファベット順とかではなくて、考えに考えて、家族だったり親しかったりした人たち同士が近くに彫られているのだそうです。そして、コンピューターで検索できるところもあって、名前を入れたら、その名前がどこに彫られているかすぐにわかるようになっているのだそうです。メモリアルに入るまでには一時間以上は並ばなくてはならず、入場料は基本無料とあるけど、寄付として5-10ドルが推奨されていました。私たちは考えて一人2ドルだけ寄付しました。セキュリティチェックも空港みたいに厳しくて、そのあたりかなり時間がかかりました。

終わって出てきたらお腹がぺこぺこ。近くのピザやさんに飛び込んで、ピザとコーラでアメリカのランチだー。釜で暖めてくれたので、ぱりっとして、ほんとにおいしかったです。

そこから北へ向かってブロードウェイをテクテク。靴やさんや服やさんに途中寄って、買い物しながらのテクテクです。といってもそんなにたくさん買ったわけじゃないけど、私がサンダルを、たこぶはもう一足靴を買いました。お互い靴の買い物には日本で苦労しているので、履きやすい靴が買えたのは、かなりハッピーです(^00^)

途中マクドでアイスクリームを食べたりしつつ、20丁目にきて、西に折れ、キャロリーのアパートに寄りました。こないだリーダークライスの楽譜を忘れていたので取りにいったのでした。冷たい水をごちそうしてもらい、トイレも借りてもすこしお話もできて、これから行きたかったハイラインの詳しい地図も見せてもらって、行き方も教えてもらいました。エネルギーを補給したところで、ハイラインに向かいました。いやーこれがなかなかほんまにおもしろかったです。また写真がアップできたら詳しく(^00^)

34丁目にあるメイシーズを目指してまた歩きます。メイシーズのビジターインフォで、ウェスタンウィンドの歌い手の一人、トッドが働いているのです。音楽だけでは食べていけなくて、そのほかにも仕事を持ちながら音楽の仕事をするというのも、アメリカではよくある話です。しかし、運悪くトッドはいなくて、会うのはあきらめました。

六時半にコロンビア大学近くのアジア料理店でシンと最後の夕食を一緒にしようと待ち合わせていたので、一番線の地下鉄にのって、116丁目駅へ。シンは先に来ていて待ってくれていました。三人で食事を始めたあたりで、斜め向こうのテーブルにこの後行く金曜コーラスのメンバー、シグとドリー夫婦が偶然来ていました。早速テーブルをくっつけて、五人での夕食となりました。

楽しく夕食を一緒したあと、みんなで金曜コーラスへ。
八時から始まったこの日のコーラス、いつもより余分に12時過ぎまでみんなと歌いました。名残を惜しむように、いつもなら早めに帰る人たちも残ってくれて、15人ぐらいはいたかな。うまく歌えなかった曲もあったけど、たくさんのルネサンス、バロック時代の作品を楽しみました。マレンツィオ、フェアファクス、ラッソ、バッハ、ガブリエリぐらいが覚えている作曲家だけどその他にもいっぱい歌ったなー。
終わったあとは、ハグハグハグハグの嵐。早くまた戻ってきて一緒に歌ってくれと、繰り返し言われて、なんと答えていいのか(^00^;)歓迎してもらえるのは、本当にありがたいことだと思います。はい。

帰りはシグ夫婦が車で送ってくれて、シンのアパートに着いたのは、午前1時。そこからたこぶくんはシャワー。私は荷物のまとめです。たこぶくんには先に寝てもらって、私が寝たのは結局三時ごろかな、まっ飛行機で寝られるから大丈夫なのだ。

荷物も無事なんとかまとまり、今日朝もちゃんと起きられて、順調に地下鉄Aラインとエアトレインを乗り継いで空港まで来ました。

ひーはー(^00^;)ここまで書いて、ただいまの時間は二時半過ぎというところ。あと一時間弱で搭乗ですね。何時間もどうやって過ごそうかと思ったけど、これを書いて、いい時間つぶしになったのでした。

いやーもう帰国するなんて信じられません。
しばらくまじめにピアノや歌の練習してないから、大丈夫かな、私(^00^;)
帰ったらまたレッスン、指導も学びもがんばりたいな。
それから英語も、向こうに行って、私だめだーと思うことの連続だったし、もっと話すということの上達ができればなーと心から思いました。発音もだめだめだし、ほめてくれる人もいるけど、それでも自分でだめなところはよくわかるので改善していきたいです。努力しかないですね。もっと大人としての英語をはなせるように、落ち着いて、筋道の通った話を英語でできるように、なりたいです。マイペースでこれからもがんばろう。

日本では大雨が続いているということで、ピアノの部屋が湿ってるのがここ数日気になっています。カビや錆びは大丈夫かなー。除湿かけっぱなしにしてもらえばよかったと後悔。ここまで毎日雨だと知らなかったから。まっ仕方ないですね。何日かケアすればたぶん大丈夫なはず。またこれからも練習させてもらいたい大切なピアノだから大切にしなくちゃ。

これから14時間ほどのフライトを終えたら、日本に着いてるなんて、信じられないです。日本のみなさん、また帰ったらよろしくお願いしまーす(^00^)
ではでは、ニューヨークからの更新最終回でした!
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by butakotanaka | 2013-07-28 03:39 | NY・留学 | Trackback | Comments(0)

二人で楽しく過ごしています(^00^)(^◎^)

土曜の午後に到着したたこぶと二人、ニューヨークを満喫しています。といっても、一般の観光で行くのとはひと味違う感じかも。

日曜は、五年前に一年間私が通っていた教会の礼拝に二人で参加しました。というか、この教会との初めての出会いは、五年前に一年間ボランティアで滞在したときではなく、その三年前、2005年に三ヶ月ニューヨークでホームステイしながら英語学校に通ったという経験があり、そのとき、ホームステイ先とうまくいかなくてけっこう落ち込む日々の中、英語学校の先生に誘われて通い始めたのがこの教会だったのです。ここで多くの友人が与えられ、その中の一人リサとは特に親しくなりました。三ヶ月の最後の一週間、たこぶが来たときには、ホームステイ先から出て、リサのお宅に二人してお世話になったこともありました。そして、五年前の老人ホームでのボランティア先を探してくれて、ビザの保証人になってくれたのもリサでした。老人ホームの牧師をしていたイェバもこの教会の会員です。オルガニストのパムにもとてもお世話になりました。オルガンを何度か代理で弾かせてもらったり、パムが留守のときには聖歌隊の指導や指揮を代理でつとめたりもしました。多くの思い出がある教会です。

前日にオルガニストさんに一応あいさつと思ってお電話してたら、夜になってメールが来て、礼拝の冒頭、前奏のときに日本の歌「さくら」を歌ってくれないかという依頼でした。この「さくら」は教会との思い出の曲です。私が三ヶ月いたときに、教会の聖歌隊に入れてもらい、その中で、日本の歌を聖歌隊みんなで歌おうという話になりました。三ヶ月滞在の最後、みんなと一緒に礼拝の中でこの歌をうたったのが昨日のことのようです。三年後に一年滞在が実現するまで、毎年春になって桜の時期になると、聖歌隊のみんなはこの曲を歌ってくれていたそうです。そして私が一年滞在したときには、私が指揮をさせてもらって、日本語の発音を指導してりして、また礼拝の中で歌ったのです。

さて、話を日曜に戻します。
今、滞在しているシンのアパートはニューヨークマンハッタンの北の端のそのまた端、218丁目あたり。教会があるのは、マンハッタンの南西端から西側にあるブルックリンのパークスロープという地区にあります。地下鉄の乗り換え案内みたいなので調べたら、一時間半ぐらい。でも、週末の地下鉄はとにかく予定がコロコロ変わったり、工事がたくさんあって止まったりするので要注意。10時少し前までに着きたかったので、ほぼ八時にはアパートを出ました。それでやっと十時少し前に着くことができました。半時間ぐらい予想より早くでて大正解。途中、Aという路線に乗っているのに、その電車がなぜかFという路線を走り始めました。よくわからんけど、必死で路線表をにらんで乗り換えて、目的地の7th
Aveという駅に着きました。よかったー。

パムのピアノ伴奏で歌うのかと思っていたら、この日はちょうど献金のときにフルート二人とギターとのトリオ演奏があり、すばらしいギター奏者が来ていて、パムが頼んでくれて、彼のギター伴奏で急遽歌うことに。あわせ時間は五分ほど。それで出のタイミングやイントロなども含めて全部打ち合わせ。彼はテクニックだけでなくアンサンブルとしても素晴らしく、じっと私たちを見つめて、息づかいを感じてくれて弾いてくれました。本当に気持ちよかったです。聞いてみたら、ブラジルのサンパウロ出身で五年ほど前にアメリカに来るまではそこで暮らしていたのだそうです。サンパウロといえば、とても大きな日本人コミュニティがあるところで、幼いころから日本人の人たちとのお付き合いがあり、日本文化にも親しんできたそうです。そんな彼だからさくらの伴奏も、とても雰囲気をだして弾いてくれたのですね。思いがけない縁に感謝(^00^)

今回、私たちがニューヨークに来ていることは、親しい数人以外は知らせていなかったので、礼拝の初めにいきなり私たちが出てきて歌い始めたのですから、多くの人たちが驚いてくれたようです。礼拝が終わってから、たくさんの人たちに声をかけてもらいました。勇気はいったけど、思い切って歌わせてもらってよかったです。みなさんへの素敵な挨拶と感謝の表現になりました。

礼拝後は、教会の人たちと少し歓談させてもらい、その後はリサとナンシーと私たちの四人でベトナム料理やさんでランチ。これまでにあったことをガーッと一時間半ぐらいしゃべりまくりました(^00^;)ナンシーはそこから用事があって他の州までドライブせねばならず帰って行きました。

リサのアパートに移動。リサの友人のジョナサンがそこで待っててくれて、そこから四人で過ごしました。五年前に何ヶ月もお世話になった思い出の場所です。インコのアビーも元気で迎えてくれました。前にいた猫たちは死んでしまっていて、新しい猫が二匹増えていました。ロージーとセレステです。二年ほど前に捨て猫のシェルターから引き取ってきたのだそうです。家の中ばかりにいても仕方がないので、四人でプロスペクトパークをお散歩。この公園は、セントラルパークと同じ人がデザインしたものなのですが、観光客がいなくて、地元の人が楽しんでいるという点で、空気が全然違います。とても穏やかでのんびりした感じがあって、広くて、歩いても歩いても新しい景色が広がって、本当に豊かな気持ちになります。でもやはりちょっと暑くて、途中で疲れてきたので一時間ぐらいで退散。帰り道でアイスクリームを買って、アパートでアイスクリームパーティです。二箱買って、みんなで全部食べきってしまいました(^00^;)食べ過ぎたかも。でもなんかこういう不健康なことするのって楽しいですな。悪魔的に。

ブルックリンを満喫して、最後はリサが駅まで送ってくれて、なんとなくこれでお別れとはあまり考えたくなかったけど、とにかく再会を約束して別れました。四年も先というのはなしにしてね、もう少し早く次には来てねと頼まれてしまいました(^00^;)早く再会が実現しますように。

月曜日。
この日は、二人で観光だーと張り切ったものの、そんなにたくさんのことはできず。
午前のうちにアパートを出て、メトロポリタン博物館へ。観光の王道です。たこぶはまだ一度も行ったことがなくて、一度は。。。ということで。行きしな、地下鉄の乗り方を間違えてしまい、普通に乗るところが急行に乗って、行きすぎて59丁目のコロンバスサークルに着いてしまいました。そこから戻ろうとも思ったけど、ちょうど昼前になっていたので、ホールフーズのフードコートで軽くランチ、それからテクテクとセントラルパークの底辺から歩いて、東側に渡り、北に向かって博物館を目指します。途中で雨がぱらついてきたものの、なんとか持ちこたえて、雨には濡れずに着くことができました。

入場料は大人で25ドルが「推奨される」と書いてあります。この「推奨される」というのがくせもので、実はここの入場料はあくまでも寄付という形。満額出す必要はないのです。前日ジョナサンは、50セント出しても笑って通してくれるよと言いました。私も前に1ドルだけで入ったことがあります。この日は二人で5ドルで入りました。二人ですといいながら5ドル札を差し出すとごく普通に処理してくれました。

さー、ここで何時間も過ごすぞーと張り切って周りはじめたものの、特に張り切っていたたこぶくんも、すぐにくたびれてきます(^00^;)とにかく広いのです。そして、とにかくすごいのです。それがすごすぎて、すごいものがだだーっとたくさん並んでいすぎて、なんとなく感覚が麻痺してくるというか、そして価値がわからなくなるというか、どんどんそのうちに素通りしてしまうのです。特に詳しくみたのは、楽器博物館。バージナルとかハープシコードとか最古のピアノとか、なかなか興味深かったです。レンブラントもいっぱいあったし、エジプトコーナーもお気に入りなので、たこぶを連れていきました。それから、疲れてきたけど、フェルメールは見ておくべきやろということで、欧州コーナーへ。フェルメールは初期のものから後期のものまで作風が違うのがあり、有名なの作品もあったけど、まったく違う時代のと見比べることができて、なかなかおもしろかったです。

大満足して、ギフトショップでちょっぴりお買い物して、博物館を出ました。
出たところで雨がぱらついていたので、博物館前からダウンタウン方面へのバスに飛び乗りました。とにかく南へ向かうらしいバスだったので、適当に乗りましたがそれで正解。次に生きたかったグッドウィルショップ近くの25丁目あたりまで、バスの車窓から五番街をゆっくり見物。ユニクロの五番街店、なかなか大きくて立派でしたよー。

グッドウィルショップはいわゆる中古やさん。それほど目立った出物はなかったけど、一つだけアンテイラーのワンピースが着てみたらいい感じだったので、19ドルで購入。満足(^00^)

夕方からのフォーレ・レクイエムを歌うイベントまで時間がまだあったので、ユニオンスクエアに移動して、有名な本やさん、バーンズ&ノーブルへ。へーーーと思ったのは、古本やさんでなくて、普通の本やさんなのに、ばんばん本を安売りしていたこと。元の値段の半額以下で、少し旬を過ぎたような新品の本が本当にバンバン売られていました。思わず何冊か買いそうになったけど、最近は英語の本はキンドルで辞書ひきながら読む方が便利だからなー。。。と買うのは思いとどまりました。楽譜コーナーにも移動して、イスに座って休憩しつつだらだらと楽譜を眺めているうちにいい時間に。

フォーレクのイベントは、もう少し南に下がったワシントンスクエア近くの教会が会場。20分ほど歩いたところ。教会に着いたら、15ドル払って、楽譜を貸してもらい、中に入ります。よく響く会堂です。パートごとに看板がでているので、たこぶはベースコーナーへ、私は今日はソプラノを歌うことにして、ソプラノコーナーへ。指揮者のマイケルとピアニストのデビッドは、このイベントを主催しているウェスト・ヴィレッジ・コラールという合唱団の指導者です。一回きりの歌い倒しともいえるこういうイベントは夏の間たくさん行われていて、いわゆるメジャーな曲、たとえばモーツァルトとかヴェルディのレクイエムなんかもよくあります。私たちはちょうど日本の合唱団でフォーレクを練習していたので、このイベントに参加することに。指揮者の指導もピアニストの伴奏も素晴らしくて、ただ通して歌うだけでなく、ところどころ取り出して、少し練習して、こんな風に演奏したいという話をしてくれた後一曲ずつ通していったので、ある程度質の高い演奏ができた感じです。初めて合わす人たちなんだけど、さすがにこの曲が好きなんだ、歌いたいんだという人たちの集まりだけあって、気持ちよく歌うことができました。たこぶくんなんて、途中、リベラメという曲歌ってて涙出てきたなんて言ってたしー。参加してよかったです。

帰り道はかなり雨が激しくなっていました。かなり激しく降っていても、傘をさす人は半分ぐらいなのがニューヨーク。私たちも帽子かぶっただけで、後はシャワーを浴びていると思えばね、という感じで、少しぬれつつ帰宅しました。

これを書いている今日は火曜日。
天気予報では、今日は一日雷雨、特に午後からが激しいということだったので、夜に予定していた野球観戦は明日に延期して、家にいることにしました。

朝からお洗濯。今日洗濯しておけば、後は帰国する日までしなくていい予定。これが最後のお洗濯ね。あっ貸してもらったシーツとかは帰る日に洗おうかな。

昨夜もけっこうな雷雨だったけど起きたらやんでた。
でも、いつ雨が降り出すかわからないので、洗濯の後は、近所のインウッドパークを散策。ここも観光の人が来るような場所ではないので、とてものんびりした感じ。気持ちよかったです。

その後は、インウッドの街を探索。ダラーショップ、つまり百円ショップのようなところでちょっとだけお買い物。他の店もいろいろ見て回り、最後にシータウンというスーパーマーケットで果物や野菜やジュース、おやつなどを買い込んでアパートに戻りました。

今は、たこぶは横でケイラに借りた「エル・システマ」というDVD鑑賞中です。これ、日本語字幕を選択できるので、たこぶくん余裕で集中してます。ベネズエラという国での音楽教育プロジェクトの話。なかなか興味深いです。

今夜は強い雷雨の予想だったので野球観戦はあきらめた私たちなのだけど、ただいま午後三時近く、まったく雨が降る様子はなく、これから本当に夕方になって降るんですか?と少し疑わしくなってきました。今日はこの後は出かけずにここにいて、のんびりする。。。と決めたものの、本当に降らなかったら野球に行くのか?考え中の私たちです。天気予報、日本よりもずっと確率が低い気がするのですが、気のせいかなー。

明日はたこぶも一緒にお友達にケイラに会います。ランチに招待されていて、そこから夕方近くまで一緒に過ごす予定。その後、メッツの野球見にいく予定なんだけど、どうなるかな。うまくいけますように。

あさって木曜は老人ホームへの訪問にイェバと共に。その後は、イェバのご主人のトーグも一緒に夕食までという予定。

で、その翌日はもう金曜でここで過ごす最後の一日。時間のたつのは早いなー。

てなわけで、二人で自分たちなりに楽しい時間を過ごしています(^00^)
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by butakotanaka | 2013-07-24 03:46 | NY・留学 | Trackback | Comments(4)

たこぶくん、無事到着(^00^)

家族も読んでいるし、心配してくれている人たちもたくさんいると思うので、早速報告。
たこぶくん、はるばる大阪からニューヨークまで無事到着しました。空港でしっかり出会えて、一緒にエアトレインと地下鉄を乗り継いで、シンのアパートまでついています。

ターミナル四番ということだけわかっていて、到着ロビーがどんな感じなのか全然わかってなかったので、まっ会えるでしょうと、とにかく着いたところで待っててねとだけ伝えてありました。行ってみたら、けっこう到着ロビーが広くてびっくり(^00^;)到着時間は午後一時で、自分の経験からいって、二時間ぐらいは出てこられないでしょうという予想で、二時半ごろに着くように行きました。

ゆっくり座って本でも読んで待って。。。と分厚い本を持参したけど、そういう気分にもなれなくて、到着エリアの端から端まで何度か往復して、もう来てないか探しましたがまだの様子。そのうちに往復するのにも疲れて、一カ所でしばらく待機していたら、彼の方が私を見つけてくれました。彼も思ったより広いのであせったみたいで、あちこち探してくれていたようです。でも出てきてそんなに時間がかからず出会えました。よかったー。

小腹が空いたというので、飲み物とマフィンを買って地下鉄に乗り込み中で食べてました。

地下鉄に乗ってる時間だけで一時間以上あるので、しっかり車内でいろいろ話して、お互いの報告。で、アパートに帰ったら、二人ともちょっと疲れて、ベッドの上に横になって、一時間半ほどお昼寝。ぐーぐー。

六時半ごろにむくむく起き上がり、たこぶくんがパソコンで私の撮った写真を見てる間に、もう簡単でいいね。。。とラーメンの夕食。さっきマフィン食べたのであまりお腹空いてないということで。今日ぐっすり寝られて、時差ボケが解消されるといいのですが。

風邪ひきのシンはあまりよくないみたいで、ずっと寝ていて、七時半ごろ初めて起き出してきて、私たちがいるのを知らなかったみたいで驚いてました。38度ぐらい熱があるそうで、無理しないで寝ていて、とうながしました。週明けからまた仕事が始まるし無理は禁物です。

明日は一年滞在していたときに毎週通っていて、聖歌隊にも所属していたブルックリンの教会の礼拝にでるんだけど、オルガニストさんに一応ご挨拶の電話をしたら、よかったら前奏という形で「さくら」を歌ってくれないかと、後でメールが来た。朝のはよから歌かいな。。(^00^;)とは思ったけど、早速の提案だし、恥はかきすてだし(^00^;)、言ってくださったことを断るのはいけないと思い、一応承諾。礼拝が始まる少し前に着くように、早起きしていかなくては。たこぶくんも疲れていなければ、一緒に歌ってもらおうかな。まっ明日になってから考えよう。

ということで、無事到着の報告でした(^00^)
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by butakotanaka | 2013-07-21 09:09 | NY・留学 | Trackback | Comments(0)

シンがアフリカから帰り、これからたこぶを迎えに空港へ(^00^)

土曜の朝です。
昨日の夜は金曜コーラスに久しぶりに参加しました。
私を含めて参加者は11名。知ってる人ばかりでした。
みんなもう70代だったり、80代の人もいますが、ただ声を出すだけでなく、初見の楽譜をしっかり読んで、一人か二人でひとつのパートを歌うのだから、本当に立派です。

このグループはもう60年近く続いていて、最初の世代の人たちが大学時代に始めたと聞いています。ルネッサンス時代の作品を、毎週金曜の夜、メンバーのうち一組のご夫婦、リタとリチャードのアパートに集まり、午後八時からだいたい真夜中まで、途中20分ほどの休憩をはさんでひたすら歌うのです。楽譜は永年の間にすごい量のストックがあり、それぞれの楽譜が15人ぐらいがいても歌えるだけの部数があるのです。各曲を封筒に入れて、棚にパート数別に並んであります。人数が多ければ多くのパートの曲を歌うので、その日の顔ぶれによって選曲も変わってきます。昨日は、八部ぐらいの曲まで挑戦しました。中でも、ジェズワルドという作曲家の曲は難しかったなー。転調だらけで。でもとてもとても楽しかったです。みんな私が戻ってきたことを心から喜んでくれていて、そのことも嬉しかったです。

もう一週間ここにいるので、来週はたこぶも一緒に参加する予定です。楽しみ(^00^)

さて、携帯電話が二日ほど前から使えなくなっていました。一ヶ月分しか料金が払われてないから、一ヶ月たったから新しく料金を支払いなさいというメッセージが来ていました。
昨日金曜コーラスで、この電話の元々の持ち主マージに会ったので、どういうことか聞いてみたら、アカウントにはもう次の月の料金は入っているのだけど、手続きを電話からしなくてはいけないらしく、とにかく電話をいったんマージに預けて帰ってきました。

帰宅したら、シンのアパートの電話にマージから電話があり、あれからすぐに問題が解決して、電話が使えるようになったとのこと。明日、つまり今日の土曜にどこかで渡しに行くと言ってくれました。私がマージが住むアッパーウェストサイドまで取りにいこうかと言うと、マージからこっちら持ってきてくれるというのですー。なんと親切なっ。

で、今日になり、近くの駅まで来るマージの電話を待っていたら、朝空港に着くはすのシンから電話がかかってきました。もう帰国していて、私に連絡しようと携帯にかけたら、マージが出て驚いたと。で、マージと話して、地下鉄でこっちに帰ってくる途中で私の電話をもらってくれることになり、私は駅まで取りに行かなくてよくなりました。ラッキー。

今し方、そのシンも帰宅。なんと風邪ひいてしまったようです。
コーラスのメンバーの一人が風邪ひいて、それがみんなにうつってしまったらしいです。ひどくならないといいのですが。今のところ高熱も出ていないようだけど。

これから、友人とランチして、その後、たこぶを迎えに空港に行きます。
どのぐらいかかって出てくるか予測不能なので、本を持って行って読もうっと。
うまく出会えて、すんなりと帰ってこられますように。

ではではいってきますー(^00^)
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by butakotanaka | 2013-07-21 00:08 | NY・留学 | Trackback | Comments(0)

エリオットとのリーダークライス最後のセッション、ジェイミーと夕食、そして地下鉄で・・

今これを書いているのは金曜の朝です。もうすぐブライアンのラジオが始まるところ。今日は、夜に金曜コーラスに五年ぶりに参加することになっていて、みんなに会えるのと、一緒に歌えるのがとても楽しみ。私のことをみんなの娘ぐらいに思ってくれている人たちだから。

さて、昨日、木曜はとてもとても充実した一日になりました。
エリオットとの合わせ、最終回です。ワークショップが終わって、それでもう終わりなのかと思っていて、それでもワークショップの忙しいスケジュールの中で何度も合わせる機会をエリオットが作ってくれたことに十分感謝していたのだけど、ニューヨークに帰ってからももう一度ゆっくり合わせたいといってくれて今回のセッションが実現したのでした。友人のキャロリーも快くアパートを使わせてくれると承諾してくれて、すべての人のおかげでこんなに幸せな時間が実現しました。

ワシントンから帰ったのが火曜の夜で、水曜はほとんど予定もいれず、一日、ゆっくりリーダークライスの12曲をさらいなおして、気持ちは少し落ち着きました。とにかくここにいる間は、毎日練習するという環境はのぞめないので、何日ぶりかにピアノにさわるたびに、弾けなくなっているんじゃないかという不安感がともないます。で、思ったよりも弾けているととても嬉しくなるのです。

で、昨日のこと。
合わせは、午後一時からの予定だったけど、キャロリーにお願いして、私は二時間前に。で、その前にやはりシンのアパートの電子ピアノでも練習しておこうと、早起きして、一時間ほどは指を動かしてからアパートを出ました。だんだん緊張してきたよ。本当は何かお土産でももっていくべきだと思うのだけど、キャロリー夫妻は、私たちのセッションが終わったら、夏の間毎週末住んでいる週末の田舎の家に向かうことになっていて、食べるものだといたんでしまうし、花も枯れてしまうし、あーなにがいいんだーと考えているうちに何も買わずについてしまった(^00^;)ごめんなさーいっ。そんなことをキャロリーに話したら、何もいらないのよーいいのよーって。で、着いたら、さっそく飲み物出してくれて、エリオットが来る少し前の、12時45分になったら、特製のきゅうりの冷製スープがあるから、ランチに食べようねと言ってくれました。場所を借りるだけでもありがたいのに、この心遣い!本当に感謝ですねんっ。

キャロリーのスタインウェイピアノ、前回弾かせてもらったときは、タッチがかたいなーと感じたのを覚えています。でも、二時間練習させてもらううちに、だんだん慣れてきました。発音が浅くから始まるというか、奥までいかなくても鳴り始めるというのかな。で、そのポイントがキーによって違う、一定していない。よく敏感に感じてあげないと、和音とかを押さえるときに、汚い音になってしまいます。曲の練習でなくて、基礎練習で重音や、和音、同音連打などを全調で丁寧にやっていくうちに、だんだんそろってきました。その後は、おきまりのスケールとアルペジオ。こういう土地ならしのようなことを丁寧にやらないと、けっきょく曲を弾いていて不安定になるとだんだんわかってきました。で、こういう作業をしているうちに落ち着いてくる自分もわかってきました。それに時間がかかって、曲の練習時間が少なくなっても。それが結局いいのだということもわかってきました。ペダルも浅い感じで、どこまで踏んだらフルなのか、感覚をならしていきます。

タッチがそろっていないといっても、やっぱりスタインウェイはすごいなーと思います。なんというか、ピアノ自身が語るという感じ。で、発音が浅いといっても、自分のタッチを浅くすると、語りも浅くなるというか、深くしっかり会話してあげると、だんだん楽器も深く語り始めるという感じでした。

あっという間に時間がたって、キャロリーが出してくれたスープと野菜のランチを食べ始めたところで、早くもエリオットが到着。エリオット宅に滞在しているオーストラリアからワークショップに参加していたジュディも一緒でした。彼女は作曲家でもあり、今は、エジプトの文化を取り入れたミュージカル曲を書いていて、まだ数年かかるかもしれないけど、資金を出してくれるパトロンにプレゼンして、資金集めして、なんとか公演にこぎつけたい、とそんな活動をしているそうです。すごいなー。

エリオットも私も録音機をセットして、いよいよリーダークライスの演奏が始まりました。お客さんは、ジュディとキャロリーの二人。エリオットが用意してくれたドイツ語の英語訳を見ながら聴いてくれていました。

合わせというか、止まりながらいくのか。。とも思っていたのだけど、なんとすべての曲を途中おしゃべりなしで、通しました。コンサートのように。曲間は、ただ目を合わせて、次の用意はいいですか?ではいきますよーというアイコンタクトのみで。

で、私のピアノは、今までで一番納得のいく演奏ができました!ずっと弾けなかったところ、特に後奏が苦手で、集中が切れてしまいがちだったのだけど、すべてうまくいったし、途中でどうしても弾けないところも、ほぼ攻略できた感じ。はじめて自分の中でも「通った」と思えた。そして、12曲を進む間に、本当に喜びに包まれてきて、最後の曲はとても難しいはずなのに、心から楽しめました。こんな感覚はこの一ヶ月で初めてだったかも。

全日、シンの電子ピアノで丁寧にさらったこと、ベンの声楽レッスンに連れて行ってもらって一緒にリーダークライスでレッスンを受けたこと、ワシントンのワークショップでも何度かピアノの練習をさせてもらったこと、ウェスタンウィンドのワークショップでも、たくさんの違うスタインウェイのピアノを練習室でさらったこと、デビッドにもグループ練習の合間に一曲だけ歌ってもらったなー、そして、キャロリーのピアノでも二回も練習させてもらったこと、この一ヶ月のあいだに、本当にたくさんのピアノをたくさんの歌い手さんと武者修行してきたわけで、この曲が一ヶ月かけて、だんだん自分にしみこんできた気がする。とてもすてきな体験だったなぁと、今になって振り返ってみて思う。

リーダークライスの後、私がエリオットの伴奏でパーセルの曲を二曲歌い、それでセッションも終わりなのかな。。。と思っていたら、エリオットが二枚の紙を差し出して「なおこ、さっ、まだあるんだよ、初見のテストだよ」。うん、なんだ?

なんと、それは、新曲だった。
For NAOKO とある。私のためにエリオットが新しい曲を作ってくれていたのだ。
ピアノ伴奏がついたとても美しい曲。そして歌詞は日本語!柿本人麿呂の俳句を使って書いてくれたのだ。音節の割り振りがうまくいかないところもあって、これから校正が少し必要かもしれない。でも、とにかく、すごい!感動。私のためにこんなことまでしてくれるなんて。本当に光栄なことです。本当に今回の旅は一生の思い出になります。

そもそも、このプロジェクトがあったからこそ、アメリカ行きを決意したわけで、そのきっかけをもらったおかげで、今回の旅のさまざまな成果もあったわけで、本当にエリオットには感謝してもしきれない。

次は、Dichterliebeをやろうと二人で決めた。これもまたシューマンの歌曲の中で有名な組曲というのかな。今回やったリーダークライス作品39よりも曲数が多くて、やったことがあるベンによると、歌の最終曲が終わったあとに、ピアノだけが演奏するエンディングがあるんだって。ひえーーー。ベンも次にこの曲をやるのなら、ぜひ自分とも合わせてほしいと言っている。次の旅が実現するのかは、まさに神のみぞ知る。。だけど、夢なったっていいじゃん。そのためにがんばるって決めたら、もっとうまくなりたい、もっといろんなことを知りたいと思える。だから元気でいたい、だから学び続けたいと。伴奏する曲だけでなく、歌もピアノも音楽力も、次にエリオットに会うときには、成長した自分でいたいと心から思う。こんなにやる気をもらえる音楽人生になるなんて、本当に想像もしていなかった。そもそもこんなに音楽をやるとは人生の前半では考えていなかったし(^00^;)趣味のはしっこの方に音楽が居続けるのかなーぐらいの予想だったのに。

これは本当に現実なの?と思うぐらい、今回の旅は充実していると思う。
でも、あえて、自信過剰な思い方かもしれないけど、この全てを私は自分自身の努力があったからこそ、得られたのかなと思いたい。私のピアノが期待以下のものだったら、エリオットもここまで何度も合わせようとは言ってくれなかったと思う。よくがんばった、よく準備してくれた、歌っていて気持ちがいい、そう認めてくれたからこそ、ここまでの展開担ったのだと思いたい。

ちょっとした気持ちから始まったかもしれないこのプロジェクトをここまで拡大させたのは、他でもない自分の努力の積み重ね、もちろん周りの人たちの協力を得てだけど、それがあってこそだと思いたい。

そして、これからも、どんな小さなことにも真心をもってのぞんで、最大限の結果がえられるように、機会を無駄にしない自分でありたいなと思う。

いつもいつもベストを尽くすって、とても難しいことだと思うし、できないことももちろんあると思う。できなかったとしても、それに対して長く落ちこむことはしないで、次にまたベストを尽くす、と先を見つめていくことも大切かもしれない。私の歌やピアノのレベルは、もっともっとすごい人と比べてしまえば、本当にたいしたことないと思うのだけど、大切なのは、自分の中で、今の自分よりも進歩して、そこからまた進歩して。。。と自分の中でのレベルアップなのかなと思う。日本に帰ってからも、できるだけ地道に、ゆっくり、できれば確実に進歩を続けていきたい。がんばろう、と改めて思えた。

セッションを終えて、エリオット、ジュディと一緒に少しお茶の時間。その後、ホールフーズで自然食を買いたいというジュディにつきあって買い物。いろいろ親しく初めて話せておもしろかった。本音トークもいくつかあったし(^00^;)

で、ジェイミーとの夕食の約束が六時半で、それまで二時間ほどあったので、大都会マンハッタン久しぶりに観光客のようにお散歩。お店を見て歩いたり、マクドで飲み物買ったり。とにかく、今週のニューヨークは暑くて、熱中症の人が続出しているらしい。少し歩くだけで死にそうに暑くなる(^00^;)脱水には苦い思い出があるので、気をつけなければと、飲み物を補給しながらテクテク。そのうちに時間になり、ジェイミーとの約束のタイ料理レストランへ。

ジェイミーは五年前とぜんぜん変わってなくて、二時間のおしゃべりがあっという間に進んだ。結婚祝いに用意していった、コーラスの団員さんが作ってくれた和紙で作った花嫁人形をとても喜んでくれて、いつかこんな着物がきてみたい。。。と言っていた。日本が大好きで少しだけ日本語で挨拶もできたりする彼女なので、いつかまた旦那様もつれて日本に来てほしいし、そのときには、着物体験をさせてあげたいなと思う。大学時代、18才で出会った彼と11年越しの恋愛を実らせて結婚する彼女。本当に幸せになってほしい。

そして、一日の最後に次のサプライズが待っていました(^00^;)

ジェイミーと別れて、地下鉄に乗り込みました。
ほどなく空いた席に座り、込み合った車内でふと見ると、3人ほどの人の向こうに、なんとなく見覚えのある顔が。あれ、もしかして?リチャード?
リチャードといってもここに何度か出てきたリタの旦那様のリチャードではなくて、ウェスタンウィンドの元メンバーで、五年前私が初めてワークショップに参加したときには、メンバーだったリチャード・スレイドさんです。歌の先生で、プロの歌い手で、若い頃はたくさんオペラにも出ていたテナー歌手。五年も会ってないし、今どんな顔になっているか知らないんだけど、ずっと見つめているうちに、だんだんリチャードに見えてきた。でも、まさかなー、こんな広い大都会で、同じ時間に同じ地下鉄の同じ車両に乗るなんて、あり得ないよね。。。と自分の中で否定し続ける。だいたい、アメリカ人って似てる顔もたくさんあるし。リチャードは髭を生やしていて、そんな顔の人もいっぱいいるし。リチャードは、フェイスブックで何度かコメントをくれていて、こっちにいる間に、お茶でもできたらいいねーと言ってくれていたのだけど、なんやかやで実現しないままになっていた。

でも、これがもし本当にリチャードだったら?とだんだん思ってきて、とうとう思い切って席を立ち、彼の方に近づいていった。もし別人なら、何も言わないだろうし、もしリチャードなら私の顔を見て、何か言うかもと期待して。そしたら、果たして、その人の口が「な、な、お、こーーーー??」と大きな目を見開きながら動いたのでした。おー、やはりリチャードだったのだー!二人して汗だらけの体で、地下鉄の中でハグハグ!会いたいと思ってた人にこんな偶然に会えるなんて、神様は一日の終わりにすごいご褒美を用意してくれていたのです!

96丁目近くに車をとめていて、そこから車で帰るところだったそうで、一緒に車にのってくれたら、中で話せるし、アパートまで送るよと言ってくれた。息子さんのジュリアンも一緒。ジュリアンは五年前のワークショップに来ていたので、会ったことがあったのだけど、!5才になっていて、大きく育っていてびっくり(^00^)

車の中でいろいろ話せた。どうしてウェスタンウィンドを去ったのか、何人かから噂で聞いていたけど、真実は違っていて、彼の心の葛藤を包み隠さず話してくれた。そして、その理由にとても納得した私は、彼がいまの生活を選んだことを素直によかったなと思う。五年前、一年の滞在の最後に、少しだけウェスタンウィンドの事務所をボランティアで手伝っていて、そのころにいろんな問題や悩みがあって、その悩みをリチャードには聞いてもらっていたので、彼も私がそんなことがあった上で、今回ワークショップに戻ってくると知って、正直驚いたと言っていた。私も、五年前は、もう二度とワークショップに戻ることはないと正直思っていたので、彼の感想は理解できたし、リーダークライスの話がなかったら戻らなかったと思うと話した。二人の話は、本音炸裂で、何度も爆笑して、つらい話や、しんどい話もあったんだけど、すべてを笑い飛ばして、今の幸せ、今の楽しみを感じようと、二人してそんな感じだった。

一度は会いたいと思っていたリチャードにも出会えて、本当に最後まで充実した一日になったのでした。

いや、本当に充実していたので、今日はゆっくりの一日を過ごしましょうぞ。はい。
夜になって金曜コーラスに出かけるまでは、掃除、洗濯、近所のスーパーでの買い物ぐらいにしとこ。ゆっくりしよう。明日はいよいよたこぶくんが来るのであります(^00^)楽しみ楽しみ。
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by butakotanaka | 2013-07-19 23:44 | NY・留学 | Trackback | Comments(0)

無事ニューヨークに着いています(^00^)

格安長距離バスは、半時間ほど予定より遅れて夕方六時過ぎにニューヨークに到着しました。バスが停まったところのすぐ前が、34丁目の地下鉄駅入り口。荷物は重かったけど、最低限の移動で、無事地下鉄一番線に乗って、アパートの最寄り駅215丁目駅に七時過ぎに、アパートには七時半ぐらいに帰り着きました。アパートの一階ロビーでは市会議員との懇談会なるものが催されていました。この秋にニューヨークでは市長選挙がおこなわれるので、そのキャンペーンのいっかんなのかな。おかげで、入り口のドアの鍵を開けようとしていたら、中から誰かが開けてくれて、助かりました。

シンに頼まれていた植物たちの水やりがまずはミッション。さすがに二週間ほど水をやっていなかったので、サボテンや観葉植物など、あまり頻繁に水が必要でない植物たちなのだけどカピカピに乾いていました。端から枯れかけているのもあるけど、なんとか生き返ってほしいな。洗濯は、デビーがワークショップの後にまとめてやってくれたので、あまりたまっていません。まだしなくてもいい感じ。晩ご飯は、昼に食べたフードコートのチキン照り焼きと焼きそばのセットが半分余っていたので、それに冷蔵庫に余ってたトマトをスライスして添えてしっかりディナーになりました。ほんま、一人前が多いねんなー、アメリカって。たこぶが来たら、一人分を2人で分けられますな。ちゃんとしたレストランとかだとさすがに一人分を2人でというのはちょっとムード的に難しい。フードコートなら大丈夫。でもマンハッタンにはそれほどたくさんのフードコートがあるわけでもないねんなー。郊外のショッピングセンターの方が多い気がする。

食べ物といえば、ベンとの会話がおもしろかった。ランチに食べたフードコートの食べ物が余ったので、これをバスの中に持ち込んでお腹が空いたら食べるし、空かなかったらアパートに持ち帰って夜に食べるよといったら、食べ物をバスに持ち込むのは無理かもしれんよってベンがいうのです。えっなんで?というと、ワシントンでは地下鉄もバスも食べ物を持ち込んだり、食べたりしたら罰金だから、長距離バスもそうかもしれないって。で、私がニューヨークの地下鉄ではみんな食べてるよー、本格的に食事してる人も夜とかだとたくさんいるよ、というと、めちゃ驚いて、それは知らんかったなーっだと。同じアメリカでも州が違うとルールも違っていて、その違いを知らない人も多いのね。外国からの観光客だけが知らないのかと思ったらそうでないらしい。特にワシントンとニューヨークなんて、今回のバスで四時間半、飛行機だと一時間もかからない、そんなに近く同士の大都市同士でも知らないものなんですね。

で、乗ってみたら、バスでばりばり人々は食事してはりました。飲み物も食べ物も自由。
ニューヨークから乗り込む人にとっては普通のことで、ワシントンの人にとっては、へー、食べてもいいのねーって驚きってことなのね。おもしろいね。

ここ数日はゆったり過ごしていたからそんなに疲れていないと思ってたけど、やたら眠くて、テレビをつけながら、ちょっとうとうと。九時過ぎからは、なぜか少し練習したくなり、ピアノを一時間ほど。シンの電子ピアノだけど、それでもいい練習になります。いろんな種類の鍵盤でコントロールする練習をしているうちに、ここ一ヶ月でまた少しピアノが進歩した気がするなー。気のせいではありませんように(^00^;)人間、何歳になっても進歩できるものですね。ただし、マヂメに努力を続けたら、の話だけどね。そしてマヂメに努力を続けるためにも、心も体も健康でないといけないですね。心配事ばかりしていても、劣等感ばかり持っていても、肉体的な痛みや病気におかされていても、練習することはなかなかできないから。

今日、水曜。たこぶが来るまであと三日ほどかー。
今日はあえて予定を入れずに、ゆっくり過ごすことに。主なやりたいことは練習。
明日は、いよいよエリオットと最後のリーダークライスの合わせ。
共通の友人、キャロリーのアパートをお借りして、午後一時から。キャロリーのハープシコードも使って、エリオットが私のパーセルを伴奏してくれる、という話もある。録音もしたいと思うし、とにかく今回の滞在で一番いい演奏にしたい。ワークショップの間に何度か合わせたときは、とにかく自分の練習する時間があまりとれずに、満足のいく出来ではなかった。今回も、ワシントンにいる間はほとんどピアノを練習できていないわけで、条件がよくなったわけではないけど、その中で、自分の中の音楽する気持ちは高まってきている気がするし、昨日は、ベンの声楽レッスンで伴奏させてもらって、えらい先生からよく弾けてるよって言ってもらった。その自信を胸に、それでも、まだまだ弾けないところは満載なので、それを少しでもいい状態にして、明日を迎えたい。正直私が歌う曲は、あんまりこだわりがない。やっぱり今回の旅のきっかけにもなったシューマンのリーダークライスの伴奏、誘ってくれたエリオットへの心からの感謝も込めて、気持ちよく歌ってもらえるような伴奏したいと心の底から思う。

朝から基礎練習して、それでもなかなか集中できなくて、午後になったら近くに住むスティーブからお茶しないかと誘いがあって、断るのも悪いので一時間ぐらいお茶して、冷蔵庫が心細いのでついでにスーパーで買い物。帰宅してまた少し練習して、さっきチーズサンドで軽い夕食。今は六時半になるところ。これからまた夜ゆっくり練習しよう。

エリオットとの合わせは午後一時からなんだけど、さっきキャロリーに電話して、11時に行かせてもらうことに。キャロリーのアパートにあるスタインウエイはこないだちらっと弾いたところ、少し鍵盤が堅めだった。弾きこなせるかかなり不安(^00^;)特に速い連打の曲がいくつかあって、指の体力、弾力が、ピアノと合うかどうかがわからない。エリオットがくる前に二時間あったら、少しは慣れるかなー。どうかどうかベストを尽くすことができますように。

明日はというわけで、10時ごろにはここを出て、キャロリーのところで自己練習が二時間ほど、その後エリオットとの合わせは、きっと一時間もしたら終わりだろうなー。忙しい人だし。リタとリチャードは来られたら来たいと言ってたけど聴きにくるのかな。まだわからない。

その後は六時半から八月に結婚する友人ジェイミーと夕食の予定。コーラスの人が作ってくれたお祝いを渡す予定。喜んでくれるといいな。

間に少し時間が空いたら、少し街を散歩してみようかな。一度アパートに帰るほどの時間もないかもしれないし。疲れたら帰るかもしれんけど。

明日は盛りだくさんの予定。無理しないようにしなくちゃ。
金曜は金曜コーラスに何年かぶりに参加する予定。ちょっとお掃除とかもして、翌日に帰国するシンや日本からやってくるたこぶくんを迎える準備もしなくちゃね。ってたいして何もすることないんだけど。たこぶが来て過ごすその後の一週間は、練習とかはなく、楽しく過ごしたいなー。一緒に教会の礼拝に出たり、老人ホーム訪問したり、コーラスに参加したりという予定は入っているけど、まだ全日がうまってるわけでもなく。そうそう、ケイラからもたこぶと二人で遊びに来るように言われていたのだった。けっこういろいろあるね。

あと10日ほどでとうとう帰国するのねって、信じられない気分です。
ふりかえってみるとあっという間やったなー。
さっ、明日に備えて、後悔しないように練習しようっと。
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by butakotanaka | 2013-07-18 07:31 | NY・留学 | Trackback | Comments(0)

ニューヨークに戻るバスの中(^00^)

ワシントンでの日程を終了して、午後一時半ワシントンのユニオンステーション発の格安長距離バスというのに乗っています。バスの中では無料無線LANが提供されているので、ネットができて便利です。座っている以外にすることもなく、一応読む本は持ち込んだものの、読書よりは書いてる方が楽なので、この際だからブログを更新することに。

とてもハードだったワークショップの後で、ベンとデビーの家で過ごした三日間はある程度のんびりしていて、いいお休みになりました。

ワークショップ翌日のことは少し書いたけど、ベンは午前中、教会で歌の奉仕があったのだけど、デビーは行かずに家にいるというので私も一緒に家でだらだら。デビーが餌付けしている動物たちとたわむれつつ、長い時間をかけて遅い朝食をとりました。その後、ゆっくりとブログの更新をして、夕方また一眠り。ベンはコンサートの受付の仕事があり、教会から帰ったあと、またすぐにケネディセンタに出かけていきました。学生オケがブラームスの交響曲を演奏するということで、質は割と高いと聞いたのだけど、あまり音楽を楽しむ気持ちにはなれず、それもパスして、またまたデビーと家でだらだら。

ランチに作ってくれたチキンパスタサラダを、夕方一眠りした後、2人でまただらだらと食べて、読書したり、テレビみたり。最高の休日ですな(^00^)

で、月曜。
予定どおり、国立大聖堂「ナショナルカテドラル」に、ベンのお孫さんアンディと三人で出かけて、オルガンのデモンストレーションというのを見てきました。アンディはまだ10才なんだけど、いわゆる音楽の天才で、オケの演奏会にスコア持参して、それをしっかり曲の最後まで楽譜を追いかけながら聴くんだって。驚くべき子供です(^00^;)この日のデモでも、演奏されるトッカータの楽譜を持参していて、どこを今弾いているのか教えてくれながら、私も演奏も楽しむことができました。普通の子供が興味あるようなことにはあまり興味がなくて、大人と一緒にいる方が安心できるみたいです。本当に特別な何かをもって生まれてきたんだなーと彼と一緒にいると思います。聖堂のオルガニストさんも彼の特別な何かを感じてくれたみたいで、「ぼくも君のように子供の頃ここに来て、オルガンに音色を聴いたもんだよ。だから、君もいつか僕みたいになるよ」と声をかけてくれていました。本当にそうなるんじゃないかなと思います。

いったん家に戻り、デビーのランチ。ベーコンエッグとトーストで。しっかり食べた後はRow's
という格安デパートというかそんなお店に買い物に。何も買い物しなくていいかな。。。と思っていたんだけど、考えてみたら、持って行ったサンダルがあちこち合成皮革がめくれてきていて、捨てて帰ると思っていて、新しいサンダルが安くであれば買って帰ろうと思っていたのでした。アメリカでの買い物で何がいいかって、私のサイズ、服にしても、靴にしても、真ん中あたりのサイズなのです。日本だと既製品が買えるぎりぎりの大きさ。いつも自分の体が大きいのがコンプレックスなんだけど、ここに来たら、なおこは小さいわよーなんていう人もいて、変な感覚。

デビーと2人で売場をあっちいき、こっちいきして、10ドルちょっとで履き心地がいいサンダルを二足も見つけました。ここにいる間にたくさん履くぞ。で、ついでの服のコーナーも見て、らくちんだけど、少しおしゃれなウェストゴムのスカートを購入。三点で50ドルぐらい。ここに来て、初めてのまともな買い物という感じ。なんだか楽しかったよ。このスカートに合うブラウスか何か、ここにいる間に、救世軍ショップとかでいいの見つからないかな。少し旅行気分になった私(^00^)久しぶりの感じだー。

家にまたまた戻り、今度は、夕方からベンの合唱団の練習見学で出かけます。練習に行く前に、お孫さんのアンディを送り届けます。アンディのお母さんでベンの娘さんのジェシカは、クラシックギターを大学で専攻したという音楽家でもあるのだけど、去年生まれたばかりの赤ちゃんを含めて五人のママさんということで、今は音楽活動はお休み。旦那様トムは、海軍の弁護士さんです。そういうこともあり、転勤が多くて、去年にシアトルからワシントンに変わってきたばかり。しばらく娘さんご夫婦と話して、それから練習へ。

ワシントンコーラスという比較的大きなサイズのコーラスで、100人くらいはいるのかな。コンサートはだいたいオケつきの作品をやるらしいです。この金曜にヴェルディの椿姫に合唱で出演するということで、その練習をしてました。なんとなく途中で見学しているのも疲れてきて、後半はベンの車の中で寝て待っていました(^00^;)昼間の買い物でテンションがあがりすぎたのか、娘さんとのところの会話で、初対面だったし、少し疲れたのかな。大きな合唱団の練習を聴いていて、いろんな音が聞こえてくるから、それで耳が疲れたのもあるかも。とにかくこの旅前半で体調を大きく崩したこともあって、その後は何事も無理をせず、相手に失礼だからとかあまり気にせず、無理なことは無理だと正直に言うようにしていて、これはこれでよかったのかなと思う。ベンもそんなに気にしている様子はないし。

家に戻ったのはもう夜中近く。途中で給油所によりました。なぜかこの一週間でガソリンの価格がめちゃ高くなったんだそうで、少しでもやすいところはすごい行列なので、夜遅くにしかいけないんだって。

で、ベンたちとの今日最終日です。あっという間やなー。
デビーは朝から、あーなおこはもう帰ってしまうのよねー、もっと楽しむ時間があったらよかったのにーって本当に心からそう言ってくれていて、何日かお世話になるだけでも申し訳ないと思っていたのだけど、本当にその言葉がありがたい。いつも、何かほしいものはないか、喉は乾いていないか、お腹は空いていないかって、ずっと気を使ってくれていて。

今日は朝からベンの声楽のレッスンに同行。レッスンはなんと九時から(^00^;)
ベンは2人の声楽の先生についていて、一人はワシントンに住む人で、月に二回。
今日行ったのは月に一度だけ見てもらっている高い方の先生。一回一時間で100ドルだそうです。この先生はだいたい80才ぐらいなんだけど、普段はアリゾナという遠いところで引退生活を送っていて、それでもみてほしい生徒がたくさんいるので、月に一度、このワシントンに飛行機でやってくるのです。こっちでレンタカー借りて友人の家に滞在しながら、一週間をすごします。その間毎日、朝九時から夜の九時くらいまで、びっしりと生徒さんがつまってるんだって。それで一ヶ月分の収入が得られるって感じかも(^00^;)才能があり、心と体が健康だと、こういう引退生活もあるのですね。

そんなすごい先生の前で伴奏するのなんて、私には無理かもしれないとベンには泣き言をいってたんだけど、まっ先生が私のことを気に入らなければ、レッスンを見学していようと決めて同行。果たして、先生は私のピアノをとても気に入ってくれたのでした(^00^)シューマンのリーダークライス、全曲を見てくれて、注意事項はピアノにはほとんどなくて、歌へのレッスンで、時々ピアノの私に、よく弾けてるよーってハグまでしてくれたり。どの曲が特に難しいかわかっていると思うので、特に難しい曲のときは、たくさんほめてくれました。

レッスンの終わりに、この2人でどこかで披露する予定はないのかとか、普段から2人であわせているのかと、聞いてきました。あわせたのはここに来てこれがまだ二回目で、披露する予定もないのだけど、いつかそんなことになれば嬉しいと2人で答えました。

そんなことを聞いてくれるぐらい、披露できるんじゃないかと思ってくれたぐらいはよかったということで、私もとても嬉しかったし、たくさん勉強になりました。

帰りの車の中で、ベンもとても嬉しそうで、いつか私の伴奏でどこかで小さなリサイタルみたいなのをこのワシントンでできたらいいなぁと話していました。ベンはとても素敵な歌い手さんなので、私もいつかそういうことが実現できるといいなーと思います。また次の夢ですね。このリーダークライスはニューヨークのエリオットと合わせるために練習してきたのだけど、こうやってたくさん他の人とも合わせる機会があって、ピアノのアンサンブルも楽しめている今回の旅は本当に充実しているなと思います。

五年前の私はピアノのレッスンは完全に休んでいた期間で、あっ考えたらその前後は、歌のレッスンにも通っていなかった空白の期間。一年の滞在のあと、帰国してから、両方のレッスンを再開したのだった。それからの五年で自分の成長が確実にあったなと、今回の旅を通して感じていて、努力というのは裏切られないし、私は多くの音楽ができる友人に恵まれているといろんな場面で感じます。

レッスンを終えて、とても幸せ気分で、ベンの家に最後の帰宅。荷物を乗せて、三人でユニオンステーションに出発です。駅について、まずバスの停留所を確認、集合時間も確認。それから駅の中のとても大きなフードコートでランチしました。トイレもすませて、またみんなでバスステーションへ。バスが出発するまで、荷物も持ってくれて、ずっと一緒にいてくれて、どうやって並んだらいいのか、全部世話してもらい、もう何も心配はありません。最後にたくさんハグして、再会を誓ってバスに乗り込みました。次に会えるのはいつなのかな。次はたこぶくんも連れてきてねーと言われたので、そうできるといいな。

一時半に出発したバスですが、これを書いてる今は、五時をすぎたところ。あと半時間ぐらいで予定では到着するはずなんだけど。交通事情でどうなるかというところ。ミッドタウンのペンステーションあたりに着くはずなので、そこから一番の地下鉄に乗って215丁目駅まで行きシンのアパートに帰り着いたら一安心というところ。また無事帰ったら更新しましょうかね。今のところとても快適に過ごせていまするー。晩ご飯は昼の残りを持ってるから買わなくていいのだ。なんでも量が多いアメリカでは、一回買うと二回分食べられるということがとても多いのです(^00^;)

ではでは、バスの中からはこの辺で(^00^)
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by butakotanaka | 2013-07-17 09:19 | NY・留学 | Trackback | Comments(0)

ワシントンのワークショップ終了(^00^)

いやー終わりましたよ(^00^;)いろいろありましたで。
今、これ書いてるのは、日曜の昼。昨日土曜の夜のコンサートでワークショップが終わり、友人ベンの家にお世話になっております。大変平和でのんびりした日を過ごしています。だいぶストレスも消えたかも。

金曜の夕方まで書いたのが前のエントリだったと思うけど。
リュートソングの発表の時間が終わり、前にも書いたけど、たくさんの人がよかったよとコメントをわざわざ言いに来てくれました。その中でも一人の人が、終わった後、私が一人でネットしていたら来てくれて、自分のノートに書き込んだ長いコメントを伝えに来てくれました。彼女が書いた私の演奏についてのコメントは、一貫性があったというもの。特に感情をどこか部分的に込めるのでなく、曲全体を通した一貫した音楽が流れていて、それは自分が不得意にしているものだと。よく聴く演奏として、なんというか、ひけらかすというのか、魅せようとしすぎて、何事もオーバーになってしまう演奏というのが、特にアメリカでは多い気がすると彼女は言っていました。その中で、私の演奏はあつかましくなく、でもメッセージは確実に伝わったと。オーナメントといって、一番二番三番と繰り返す中で、同じことをするでなく、少しずつアレンジしてメロディをかえていくのがリュートソングのやり方なんだけど、その趣味もよかったって。とてもうれしかったです。

七時半からのコンサートその彼女と一緒に会場まで移動しようということになり、いろいろ話しました。なんと数ヶ月前に心臓発作で51才のご主人を亡くされたばかり。13才の娘さんと2人残され、今は仕事探しをしているところらしいです。時々所属している教会の児童聖歌隊を指導する機会があり、子供たちに音楽を教えるコツみたいなものを求めて、こういうワークショップで学びたいと思ったそうです。大変な人生を送っていて、きっとストレスもあると思うのに、前向きに生きようとしているのが伝わってきて、会えてよかったなと思いました。

講師陣のコンサートは確かに素晴らしかったです。
ただ、少し疲れていたのが正直なところ。出演は講師のみなさんのアンサンブルの他に、前日リハーサルしていた講師の一人パトリックが率いる音楽大学の現役や卒業生で作ったプロの合唱団。確かにうまいんですよ。でも、私の好みの音色ではないというのが正直なところ。音程もいいし、音楽もあるんだけど、まず音色がアメリカちっくというか、発音なのかな、明るすぎるのかな。さっきの彼女がいう、みせようとする押しの強さみたいなものがあるのかな。それから音量としても私が思うルネサンス音楽としては、少しうるさい。そこまで大きく歌わなくてもハモったら聞こえるでしょと思った。ハーモニーで聴かせるのでなく、声そのもので聴かせようとしているような気がして、聴いているうちに本当に疲れてきた。で、本当はもっと好意的に聴くのがいいと思うんだけど、私の耳は、あっここがハモらなかったとか、ここでテンポが乱れたとか、特に合唱音楽を聴いていると細かいところまで耳が勝手に反応してしまい、自分でもいやになるんだけど、余分に疲れてしまう。だから聴くのは逆に苦手ともいえる。

コンサートが終わって、周りのみんなが感動していて、隣に座っていた人から「これはみんな立つべきよ」と私に立つようにうながしてくれて、私も立ち上がって拍手したものの、それほどの感動はなくて(^00^;)いや、申し訳ないんだけど。なんというか、講師陣のみなさんの演奏を聴く心の準備はあったけど、後半の合唱団のみなさんの演奏は求めていたものと違っていたから、すごく複雑な気分だった。どうして彼らがここに出演しているのか経緯はわからないけど、この合唱団の男声のうち数人がワークショップに来ていて、インターンのような形で、レッスンの時間の割り振りや楽器の移動や、男声ソロなどを引き受けているので、その見返りとしての出演なのかなとも思う。男声がいつも足りないというのは、どこでもあるのですね。

ほとんどの人はコンサートの後、会場に残って出演者のみなさんと歓談していたと思うけど、私はとても心も体も疲れていたので、明日の朝チェックアウトするから、荷物をまとめなくてはいけないという理由を作り、同部屋の人にそう言って早々に会場を後にしました。

もう半分走るようにして寮に帰り着き、そこで喉が乾いていることに気がついて、自動販売機でレモネードを買おうとするも、買えない。あー何か飲み物がほしいよーと思うけど、寮の中にある自動販売機以外、日本のように道路のあちこちには自動販売機はないのです。あろうものなら、夜中に壊して飲み物やお金をとってしまう人たちがいるからだと思うんだけど。

困ったなーとロビーでいる間に、ワークショップに参加しているあるご夫婦がいて、同じ用にセキュリティの人に、飲み物が買えないけどどうにかならないのかと聞いていた。私も同じなんですーと話しかけたら、じゃあちょっと町を歩いてみて、どこか営業しているドラッグストアがないかどうか探してみようということに。

大学の町で、しかも今は夏休み期間なので、いくつか探してみたけど、なかなか見つからない。ほとんどが七時ごろに閉めてしまうんですね。はやっ。

で20分も歩いたころに、やっとCVSというドラッグストアが開いていました。レモネードとフルーツを買い込んで幸せ気分。

で、そのご夫婦と歩きながら、飲みながらいろいろ話したけど、同じような不満をもっておられて、今回のワークショップ、みんなそれぞれストレスをかかえているのだとわかってきました。スケジュールがその日にならないと決まらないこと、パートの中で中心になって支えるべき歌い手がソロの練習のため別部屋に呼ばれることがあまりにも頻繁で、そうなると全員練習がかなり悲惨なことに。講師陣もいつもの年なら、全員練習に一緒に歌って参加してくれることが多いので、そうなると合唱の質があがり譜面が読めない人も、繰り返すうちに自信をましてええ声で歌えるようになるんだけど、このご夫妻によると、初日が一番よかったけど、日を経るごとにだんだん下手になってきていると感じると。それは確かにその通りかも。その上、その日によって、伴奏にピアノを使ったり、ハープシコードを使ったりするので、ピッチもバロックの半音低い日と普通の440の日があって、混乱すると。それから同じ曲を四人の講師が交代で担当するので、別々の注意事項になり、強いのか弱いのか、どこで息継ぎするのかまで、違ってきて、いったい本番ではどうなるのか、まったく不明。曲目としてオペラだけはやると決まっているけど、合唱作品!5曲ほどは練習していて、本番で何をやるのか金曜の夜の時点でわからず、どこに焦点をおいて自習すればいいのかわからない。

このマネジメントは本当にかなり問題で、今回は全体練習の質が本当に低かったので、満足しなかった人も多いと思うし、後でかなり厳しい反応があるたろうというのが、私たち三人ともの一致した思いでした。同じような思いをかかえている人がいると知ってまたまたほっとした私。

なんというか、私は私自身の状態に対して不満なのではなく、なんというか、この全体のムードがなんとなく悲しく感じます。私は余分にお金を払ったというものの二回の個人レッスンを持つことができて、それととてもいい経験になった。それから、リュートソングでのソロ、宗教曲でのソリ(ソプラノ2人のデュエット)、それからオペラでの役を一つもらったことで、講師の人たちと個人的に指導を受けることができて、とても特別な体験をしたのだけど、そういうことに挑戦しなかった人たち、全体練習だけに集中して、そちらを楽しもうとした人たちにとっては、かなり期待していたものと違っていたと思う。その人たちのことを思うと、たくさんのお金を払って、たくさんの時間を作って、参加したのになぁ。。。と。もしソロとかの作業があまりなければ、全員が集まって練習する時間がもっと多くて、あまりすぐに楽譜を読めない人たちにとっても、もっといい練習ができたはずなのに。。。とそれだけは本当に残念。

ってことで、この日も思いを分かち合う人たちがいて、少しだけ心がすっきりしてベッドに入ることができました。

そしていよいよ土曜日。最終日です。
朝早めに起きて、荷物をまとめます。そんなに時間はかからず。ただとても重たいので、いつものように近くのデリで同部屋の人たちと朝食をとるのはあきらめて、一人でまず荷物を練習場所に運んで、それから一人で適当に朝食をとると伝えました。そしたら、その前同部屋四人で写真をとろうということに。カナダから一人、日本から一人、アメリカから2人という顔ぶれで、インターナショナルなルームメイトなのだーと自画自賛。タイマーを使って無事写真を撮ることができました。合い部屋でうまくいくかなと少し不安だったけど、このルームメイトたちがいてくれたおかげで、何度も何度も励まされたし、本番の最後までとても心強かったです。

荷物をえっちらおっちら10分ほど歩いて運んで、すぐ近くにあるスターバックスへ。そしたらほどなくルームメイトたちがやってきた。いつものデリが今朝はなぜかまだ開いてなかったんだと。ってことで、結局スタバでいつものように同部屋全員で朝食となったのでした(^00^)

朝のウォームアップと練習はまあまあ充実したものに。ただ、私と同部屋のナンシーは、宗教曲のソリがあるので、半時間ほどぬけて、講師のローザの指導のもと、オルガニストとチェリストさんと練習。問題はほぼなくて、少し発音の色をなおされたぐらい。パートナーのナンシーは少し発音がくらめで息漏れがしやすいので、発音を少し明るくするようにという指導。それで私とのバランスが少しよくなった。

その後、全体練習に戻ったら全然知らない曲やってた。なにやら二日ほど前に楽譜を配られ、練習したらしいんだけど、私はたぶんその時もレッスンか何かで抜けていたのか知らなかった。この日も私が戻った頃にはその曲の練習は終わりかけで、楽譜だけをもらい、後は本番場所でのリハだけがみんなと合わせる機会に(^00^;)ひえー。

午前の時間が延びて、ランチタイムは半時間ほど。ちなみにこの時点でもまだ本番で歌う曲は決まっていません。どんなんやねん(^00^;)ランチには、ここに来てはじめてお寿司を買いました。なんとなく自分を元気づけたくて。サーモンとアボカドの巻きずしはなかなかうまかったです。

ランチタイムのあと、プレゼンテーションの予定やったのが、なんとまた火災報知器が鳴り、みんな強制的に外へ。プレゼンは一時半から半時間の予定で、二時には本番場所でのリハに向けて移動する予定だったのだけど、外で待つ間に二時になってしまいました(^00^;)ひえー。ということで、プレゼンは本番場所でのリハが終わった後、この練習場所に戻ってきて、できればプレゼンをしてほしいとのこと。今回のプレゼンは講師によるものでなく、参加者の一人の脳科学者の人の音楽と脳についての話しだったので、講師抜きでみんなでやってくれとの話し。

本番場所へ移動。ここで始めて今日演奏する曲のリストが発表され、手書きでメモに誰かが書いていき、配ってくれました。やっと本番の曲が判明。なんとたった五曲ほどです。それもそのうちたくさんの部分がソリやソロが含まれていて、うーん。。ともいう感じ。

ほどなく、ダイドーのオペラ通し。本番場所は大きな教会の聖堂とその隣のアクエリアムというかパティオというか、吹き抜けの天井がある場所があって、このパティオでオペラを演じて、聖堂で宗教曲と場所を変えることになった。オペラはこの時点ではじめて弦楽四重奏がオルガンに加わり、オルガンはローランドの電子オルガン。ええ音なんだけど、今まで合わせていた感じより、会場が広いこともあって小さい音量にしか聞こえず、音を聞き取るのに苦労した。ここで始めて立ち位置が決まります。私のソロは主役の一人イネアスくんとのからみなんだけど、彼は夕方からしか来られないので、指揮者のフィリップが代役を努めてくれます。なんか響きが違っていて、歌う感じも違い、なぜか今まで間違ったことがないところで音がわからなくなり混乱。そして、いつものごとく、そういうことに指揮者がとても動揺しているのが伝わってきて、私もますます動揺し、なんか自分じゃない歌になってしまった。それでも終わったあと、みんながよかったわよー、本番はもっとうまくいくわよーと何人も声をかけてくれて、励まされる。この時点ではまだ最悪の心境ではなかった。

サリーもオペラのリハのあと、来てくれて、あなたは役を演じるのだから、遠慮しないで、役になりきるのよ、違う人になるの、思い切ってやればきっとうまくいくわよ!と言ってくれました。少し心強い気持ちに。

その後、休憩を少しとった後、聖堂に移動して宗教曲の練習。
五曲を順番に通していきます、三曲目が私とナンシーのソリがあるグリーンの曲。ここで自分でもびっくりしたんだけど、今まで一度も間違ったことがないところで、音程がわからなくなります。やり直したけどかなり不安定。パートナーのナンシーも出だしが不安定。

全体の通しが終わり、指揮者がナンシーと私とさっきのソリをもう一度さらいたいということで、呼び出され、彼がオルガンを弾いて歌います。やはり音程が不安定です。すいません、すいませんとあやまるうちに、だんだん怖くなってきました。その上、英語も間違っていると言われ、かなり強い口調で何度も直され、ナーバスになる私。そのうちに原因がわかってきました。今までの練習ではずーーーーっとモダンピッチ、つまり440でやってきたのです。それで何も問題は起こらなかったのです。私は完璧ではないんだけど、ほぼという感じの絶対音感がたぶんあって、若い頃はもう少し正確なものだったんだけど、とにかく音符をみるとその音符が頭の中でほぼそのピッチでなるんですね。で、今回、本番直前のリハになり、突然バロックピッチつまり半音低い音で演奏されていたんです。そのことを恐る恐る指揮者に伝えました。彼はどう見てもいらついている様子で、なんというか、ほんまにあんた絶対音感あるんですか?みたいな感じにも見えて、ではピッチを見てみましょうと自分のチューナーを出してきた。要するに彼は絶対音感ではないということなのかな。でやはり415でした。で、オルガンのピッチを半音あげてみた。で、歌ってみた。とてもうまくいきました。やはり。

でも全体の進行として、本番を半音低くやるのなら、半音低くしてさらいなおしますというと、いや、今のが一番安定してうまくいっているから、楽器のチューニングがうまくできれば、本番もこの高さでやるようにしてみる「かもしれない」とのこと。絶対じゃないのね。ここでどうするか、ちゃんと伝えてくれないことで、またまた私は不安になります。これで、はい普通の高さでやりますとか、いややはり半音低くやりますとか、とにかく言ってくれないと、自分でさらえないじゃん。本番になったらわかりますから。。ということですか。それはあまりにも不安です。で、結果からいうと、本番は無事モダンなピッチになり、このソリの曲だけでなく、他の曲もかなりスムーズに歌うことができて結果オーライだったのです。逆に私がうまく音がとれなかったことで、たぶんだけど他の歌い手さんにとってもいい結果になったのかなと思います。だって全体のハーモニーも落ち着いていたと思うから。

で、このソリの練習が終わって、というかその前から他の参加者たちは休憩に入っていて、荷物を運んだり、夕食をとったりしていました。ナンシーもこれで役目は終わり、休憩に。

私はというと、イネアスくんが現れたので、彼とのからみの部分を指揮者と引き続いて練習することに。場所は聖堂のまま。オルガンがここにあるから。またまた違う音響での練習です。で、これまたバロックピッチなので、これまで練習してきた感じと違ってかなり混乱。すべてを半音低いんだと考えながら歌っていると、だんだん感覚がおかしくなってきて、感情を込めるとか言葉をはっきり言うとかいうことがおろそかに。指揮者からは、ここはもっと速くとか、言葉をはっきりとか、ここが低いとか、ここが高いとか、もう耐えられないくらいたくさんの厳しいコメント。だんだん泣きそうになる。なんとかこらえて、練習を終えた頃は魂がなくなりそうに疲れていた。お腹も空いてたと思うけどそれを感じる余裕もなく。ソロなんて挑戦しなければよかったよーと後悔。

ロビーに出て、みんなが休憩していたけど本番までもう半時間ぐらい。休憩する気持ちになれず、音程が不安なオペラのソロを自分で半音低い状態でもう一回さらいたいと、聖歌隊部屋というピアノがある部屋に入る。指揮者と講師の一人パトリックがいたけど、「ピアノを使って自分でさらってもいいですか?」と勇気を出してたずねた。私が練習すると雑音になるんじゃないかと遠慮しつつ。もちろんいいよ、練習しなさいと言われて、ピアノに向かうも、フルボイスで歌う気持ちにはなれず。周りに楽器奏者とか先生とかいるし。小さい音でピアノ弾いて、ハミングで歌うぐらい。だんだんよけいにわからなくなり、ほんまに涙がちょちょぎれてきて、あーもう帰りたいという気持ちに(^00^;)

そしたら、コンピュータでコンサートのプログラムの入力していたパトリックが、なおこ、コーチしてあげようか?と言ってくれた。お願いします、と思わずすがりつく。パトリックとは三年前に参加したときにも会っていて、そのときにはたくさん話す機会があったのだけど、今回はいつも忙しそうで話す機会はあまりなかった。この日も最初はランチを一緒にと言っていたのだけどランチの時間なくなり、そのときにじゃあ夕食は一緒に食べようと言ってくれていたけどこんな具合でお互いに夕食の時間もままならない。

本番まであと20分。ロビーにはお客さんも集まり始めている。というところでパトリックの手が空いて、少し指導をしてくれた。どうやったら英語の歌詞がうまくつたわるのか、レチタティーボというとにかく話す場面で、スピリットは神の使いといってもここの場面は悪魔の使いというか、悪いメッセージを伝えにきた役柄なので、とにかく怖く、堂々といわねばならず、私のキャラとしてはかなりの挑戦。何度も何度も繰り返して、半音低いピッチで歌わせてくれて、そのうちに、少しだけ自信を取り戻した。出ていた涙も少しひっこんだ。涙が出ていても、歌声って出るもので、というか、そういうときでも歌える体になった自分の進歩がわかったときでもありました。以前の私なら、きっとこれぐらい動揺していたら、満足に歌えなかったはず。これもまた成長の証かな。

いよいよ本番です。
オペラのソロは第二幕の場面。近づいてくるごとにいろんなことを思い浮かべました。この旅は特別なんだ。こんなことで負けたくない。時間も作ってお金も作って、何よりも私には応援してくれている人がここにあそこにもいるんだ。シルバーコーラスの人たち、生徒さんたち、家族のみんな、天国のお義父さん、そしてここにいる参加者のみんなは私を心の中で応援してくれている。その気持ちを裏切りたくない。答えたい。だから失敗してもいいからベストを尽くそうと。

私の出番が来て、前に歩み出た。
からむ役割のイネアスが、じっと私を見つめてくれます。今宵あなたは旅立つのです、愛の会話におぼれているときではありません、と宣告します。イネアスとの対話なんだと思うと、難しい音程もどこかに飛んで、ただメッセージを強く伝えている人になることができました。

どんな風に響いていたのかはわからないけど、終わったあと、本当にたくさんの人たちが、講師のみんなも含めて、すばらしかったよ、やるたびによくなっていたよ、とほめてくれました。

宗教曲のソリも本番が一番うまくいって、会堂に響いていたのもわかって、すごく気持ちよかった。終わってみたら挑戦してよかったと思えました。

せっかくはるばる日本から来たのだから、なんでも挑戦だと欲張った甲斐があったのかな、最後にして。そして最後にはベストの結果になって、ウェスタンウィンドのときに最後のコンサートに出られなかったくやしさは、ここで少し解消されたのかな。

打ち上げもほどほどに、練習場所に残した荷物を取りに行くべく、ベンとデビー夫婦と一緒に会場を後に。ところが練習場所のビルはもう鍵がかけられていて、セキュリティに電話して、開けてもらうはめに。半時間以上待ってようやく中に入れて、ベンの家についたときには、もう11時をすぎていて、その時点でやっと夕食。デビーがハムサンドを作ってくれて、ピーチティーとメロンとでおいしいおいしい夕食。疲れたでしょう、ゆっくりしなさいと、天国のようにもてなしてくれます。あー私は幸せ者ですー。

これ書いている日曜の朝、起きたのは10時半過ぎ。ゆっくり寝ましたよー。洗濯いましているところ。朝食は、デッキで、鳥たちやリスたちと一緒に。デビーがデッキで動物たちを餌付けしているので、たくさんの動物たちが次々にごちそうにあずかりに現れるのです。何時間いても飽きない場所です。そこでコーヒー飲んで、トースト食べて、メロンも食べて。あー天国っ。

ベンは教会の礼拝で歌う役割があって出かけたけど、私とデビーは家に残りのんびり。午後からは、ベンはいったん家に帰ったあと、夕方からコンサートの受付の仕事でケネディセンターへ。大学生のオケでブラームス交響曲らしいんだけど、よかったらと誘われたけど、行かずに家でのんびりしようかなーと思う。なんとなく音楽をあまり今は聞きたくない気分。あまり音がないところで今日一日ゆっくりしたい。

明日は、大聖堂のオルガンデモンストレーションとかいうのに出かけるかも。
夜はベンの合唱団練習を見学させてもらい、火曜の朝は、ベンの声楽レッスンに同行して、リーダークライスの伴奏をさせてもらう予定。うまくいくかな。ちょっと緊張。少しベンの家にある電子ピアノで練習しなくちゃ。火曜のレッスンの後は、午後早い時間のバスでニューヨークに戻る予定。自分で荷物を運んで、その後地下鉄に乗り継いでシンのアパートに戻るまでが冒険ですな。そこまでいったらあとは、たこぶも次の土曜には来てくれるし、一人で重たい荷物を運ぶというのはないはず。

こうやってブログをゆっくり更新できるのも、なんとなくいい気分です。
とにかく二つの大きなイベントが終わり、かなりほっとしています。
あとは楽しむべしやな(^00^)
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by butakotanaka | 2013-07-15 03:02 | NY・留学 | Trackback | Comments(2)


ぶたこな日々(^oo^)にようこそ。音楽で言葉で心で、今年もいろんな人と対話したいなぁ。


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