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たこぶに書いてもらった鉛筆だけど、私も大人になってから、すっかり使わなくなっていたんですね。でも、NYで衝撃を受けたというとおおげさだけど、鉛筆がまだまだ市民権をしっかり守っていたこと。特に音楽の世界で。入った合唱団では、楽譜の書き込みはみーんな鉛筆だった。それもシャーペンじゃなくて、削る鉛筆。音楽事務所で働いていたときも、ワークショップの準備用品のなかには、しっかり鉛筆が入っていて、当然、鉛筆削りも。個人的にも向こうの文房具やさんで鉛筆や鉛筆削りを購入したぐらい。必要だから。小さな鉛筆削りを持ち歩いておくと、芯が折れても平気だし。

日本での合唱経験では、他の人は知らないけど、私は楽譜の書き込みはいきなり赤ペンや蛍光ペンでしてました。知る限り日本でもオーケストラの譜面とかだとレンタルの場合があるので、書き込みは鉛筆でして、あとで消して返却と聞いたことがあるけど、合唱の場合、基本的に楽譜は自分で買い取るし、あとで消す必要はないので、自然に赤ペンで書くようになったんだと思います。目立つしよく見えるし。

でも、向こうで、普通に鉛筆を使っているうちに、なんだか鉛筆に愛着がわいてきて・・・。最近通っている合唱団の練習にもしっかり鉛筆を持って行って書き込んでいます。この団の場合、練習指揮者と本番の指揮者が違うので、もしかしていいかもしれない。本番の指揮者が練習指揮者と違う指示をしても、簡単に消して書きなおせるし。鉛筆、案外いいのかもなーって思ってます。シャーペンは削る必要はないっていうけど、芯が途切れたときに、カチカチカチって何度もノックして、なかなか芯が出てこないときってあせるんですよね。だから結局テストのときとかには、何本も持たなくちゃいけない。ちなみにシャーペンの場合、私のこだわりは、0.3のBです。細いけど濃い。これがきれいに書ける。でも最近、シャーペン使ってないなぁ。鉛筆をせいぜい使ってやろう。赤鉛筆と青鉛筆が背中合わせでくっついているのとか、ゼンゼン使ってなかったし。使ってあげよう。


おっと、すっかり鉛筆話になってしまった。
だって次のお題、「半年」って(^oo^;) なにそれー(^oo^;)(^oo^;) モノの名前っていうより、観念やんなぁ。

半年ってどのぐらいの長さなんやろ。一ヶ月が六回。何日とは言えないのだな。その間にある一つ一つの一ヶ月が28日の場合もあれば31日の場合もあるから。だから、いってみたら、適当な長さ。だいたいやねー(って誰かこういうモノの言い方する人おったなー)。

今から半年前、私は何してたやろ。おー、年末かぁ。クリスマスも終わって、年越しも一人でするんかぁって、ブルックリンのアパートでそんなこと思ってたなぁ。

NYに行ったのが4月だけど、その半年後の10月ごろには、合唱団にいくつも入って、教会のオルガンもときどき弾いたり、歌のレッスンを受けたり、音楽学校で指揮のクラスを受講したり(単位はもらえないただの見学のようなもんやけど、とりあえずの参加)と、老人ホームでのボランティア以外に、1年の滞在でここまでさまざまな体験ができるとは、思ってもみなかった。4月に現地についた頃は、1年間まぢめに老人ホームでのボランティアをやり遂げて帰ることだけを考えてもんなぁ。もしかしたら、ホームのなかで歌をうたったり、ピアノを弾いたりすることが、「あるかも」しれんなぁって、かすかな可能性は想像してたかもしれんけど、ホームでの活動の外で、あそこまでいろんなことがあるとは、ほんまに想像もしてなかった。

で、もう半年さかのぼってみて。
4月の半年前のおととしの10月。私は、小さな小さな夢として心の底に「外国の老人ホームで働いてみたいなぁ」って持ってたけど、まさかかなうとは思ってなかった。これっぽっちも思ってなかったよ。一生のうちにかなうような夢じゃないと思ってた。できたらいいなぁというよりは、「ああ、もっと早くから英語勉強して、もっと若いうちにやっておけばできたかもしれんなぁ」ぐらいで、やっといたらよかったなぁと過去の自分に夢を語ってたような感じ。その私が半年後にはNYで老人ホームのボランティアを始めているわけやから、人生分かりませんね。

言いたいのは、半年という期間は、ときどき予測のつかないことが起きるぐらいの期間になりえるってことかな。それぐらいの未来になりえる。自分の人生、何が起きるか誰にも予想できないもんね。逆にいうと、あまり嬉しくない方向にがーんって変わってしまう可能性だってある。極端にいうと、もうこの世にいないことだってありえるわけやんね。

それから、もっというと、なぁーんもないってことも、これもよくある(^oo^;) ぼーっと暮らしていたら、知らん間に、半年たっとったってことは、しょっちゅーあります(^oo^;) 半年はたってないけど、私が帰国してから、もう二ヶ月半ですか。なぁんもしてない気がするもん(^oo^;) この約二倍もすると、もう半年やもんなぁ。何かしなくちゃ、何か始めなくちゃ、もっと勉強しなくちゃ・・・・と、一応はあせってみるも、たいして何もしてない間に、ぼっぼって、一ヶ月単位で過ぎていってる気がする。そして、もうすぐ私は一つ年をとってさえしまうのですな(^oo^;)

こうやって並べてみたら、すごく動きの激しい半年もあれば、ゼンゼン動きがないように見える半年もある。私、これ、どっちもええなぁって思うねんなぁ。過去を振り返ってみると、なぁんもしてなかったわーっていう、動きがない方の半年も、実は、モグラみたいに土の中でセッセセッセと働いて、自分の住まいを整えていたり、球根から芽が出て、それが土の上まで出てくるまでの期間だったり・・・。自分の中で気がついていないんだけど、苦しいことも、哀しいことも、ムダに見えることも、一人一人との出会いが、会話が、毎日目にしている景色や、耳にする音や、感動する心や、ケンカしてしまうすさんだ心でさえも、半年後にもしかしたら起こるステップの備えになっているのかもしれないって。その半年半年の積み重ねで、人生はできているのかもしれませんな(^oo^)


・・・・って、ちょっとこじつけかな(^oo^;)(^oo^;)

この「半分」っていう観念、適当で、ええ加減でよろしいな。考えてみたら。

・一ダースの半分は、半ダースで六個。
・一日の半分は半日。これが12時間かというと、時々は起きてる時間の半分ぐらいの観念だったりするから6時間ぐらいを示すこともあったり。
・半時間は30分。これも大体っていう感じで使うときが多い。
・一人前の半分は、半人前。これも一人前の丁度半分じゃなくて、一人前に満たない状態をからげて、半人前というたり。
・一世紀の半分は半世紀。おー50年かぁ。
・おまんじゅう、半分分けて、おせんべい半分分けて、牛乳半分飲ませて・・といっても、ほんまに正確に半分はかる人は見たことない。いつも適当で、愛情の度合いや、二人の関係によって、ちょっと割合が変わったりしますねんな。


半分。面白いね(^oo^)

半年から、半分になってしもたわ、たこぶ(^oo^;)

えっと、次のお題。ちょっと真面目モードにしようかなぁ。
うんとね、「平等」。これにしよ。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-06-30 22:29 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(4)

最近、お風呂で身体を洗うのにも、ボディシャンプーなるものを使う家庭も多くて、石鹸の存在って昔ほど大きくないのかもしれないですね。でも、わが家で「石鹸」の存在はかなりのもんです。

たこぶは、アトピっ子です。というか、でした・・ともいえるのかな。いいお医者さんを紹介していただいて自然に治療するというやり方を何年か続けたあと、ほとんど症状が出なくなり、今は病院に通うこともなくなりました。その先生のところに通いはじめた頃から、たこぶは純石鹸で身体のすべての部分を洗います。少しでも香料とかが混ざってたらいけないので、東急ハンズで混ざりものナシの純石鹸が安くなってるメッセのときに、いつもまとめ買いをするのが、わが家の慣習です。すべての部分というのは髪もです。私の中で、髪はシャンプーでしょうという固定観念があったので、へー髪も石鹸かぁと、最初は新鮮でした。でも、ずっと見ていて慣れてくると、いいなぁと思います。一つの石鹸で、頭のてっぺんから足の先まで全部洗えるんですもんね。旅に出かけるときも石鹸一つ持てばいいわけだし。シンプルな暮らしだなって思います。

今、髪の手入れも肌の手入れも、すごく複雑になってきてるなぁって思います。特に女性にとって。

髪にしても、シャンプー、リンスだけでなくて、コンディショナーと呼ばれるトリートメントする人が多いと思うし、白髪が増えると白髪染め。若くても真っ黒な人は少なくて、段階の差こそあれ茶系に染めている人がいっぱいいてっていうか、ほとんどの人が染めてるような気がするなぁ。私もときどきは染めてみようって思うときがあるけど、今は染めてないです。白髪もたくさん出てきた。鏡のなかにうつった自分をゆっくり眺めると、ときどきげっそりしたり(^oo^;) でもまっ、これが今の自分なんですもんね。これからも少しずつ白髪が増えてきて、素敵な銀髪になる、これもいいのかなって思います。洗うときも、シャンプー、リンスは使うけど、コンディショナーはほとんど使わないなぁ。めんどくさいし。髪がゴワゴワでも、そんなにつややかでなくても、まあいいやっなんて、ほとんど女を捨てているのかもー(^oo^;) 

それから、美容室。行ってないなぁ。最後にいったのは、NYに行く前だから、去年の早春。おかっぱに短く切って。向こうにいる間、半端に伸びてきたけど、持っていった無印のカットハサミで、自分で切ってた。こっちに帰ってからも、それが続いていて、美容院にかける費用がゼロの記録が続いてます。一生美容院に行かないぞとは思わないけど、一ヶ月に一回とか二ヶ月に・・・とか、そういう頻度はなんだかもったいない気がして、行けない。高いですもんねー、美容院。でも、あー、一度プロの手ですっぱり美しく切ってほしいとか、気分転換にパーマでもかけてみるか・・とか思うときもあるかも。そういうときは、自分の気持ちに正直になって、美容院、行こうと思います。今のところは、しばらく予定なしってところ。

そして、肌の手入れ。みんな、どうしてるのかな? テレビとか見ていたり、お店の売り場を通ると、ほんとにいろんな製品出てますね。シワをどうにかするとか、肌色を明るくするとか。私は、いわゆるメジャーな化粧品ブランドのセカンドブランドの化粧水と乳液をぬるぐらい。それもええ加減。風呂上りも二回に一回ぐらいしかつけなかったり。化粧する前も、化粧水と乳液のつぎに下地もつけないことも多いかな。化粧はするんですけどね、さすがに素顔では外に出かけられない。あまりにもひどくてー(^oo^;) でも、パックとか、美容液とか、しわとりクリームとか、そういうお手入れをするのがすごく苦手。何もしないまま、46歳の今に至ってます。

私の中では、たこぶみたいに、すべてが石鹸一つですむ・・・というのってうらやましいです。男だったらそうしてるのになぁなんて。出かけるときにも化粧しなくていいし、服もたくさん持たなくていいし。手入れ、という点で、男の人って自然でいいなぁと思います。

シンプル・イズ・ザ・ベストってやつですね。シンプルな生活についての本はいっぱい出てるけど、女性の髪や肌の手入れは、いつになってもシンプルにならず、どんどん複雑になっていってる・・・そんな気がして、なんか矛盾を感じるのでした。


それから、石鹸といえば、シャボン玉。小さい頃、シャボン玉をつくって遊ぶのが大好きでした。それから、すごく不思議だった。液体なのに、ストローをとおしたら、虹色の風船ができるなんて、ほんとに素敵。それがまた空に向かって飛んでいくんですもんね。細かい論理は分からんけど、シャボン玉は、夢が形になったみたいだなぁ、なんて思います。石鹸のマジックだ(^oo^)



さてさて、石鹸については、こんくらいかな。いつものごとく、脱線しまくりでしたが(^oo^;)
次のお題は何にしようかなー。うんと、最近気になってる存在、「鉛筆」これにしよう。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-06-29 12:05 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(2)

音楽な週末

この週末は音楽三昧・・・という感じ。

土曜日。
浜松から友人が遊びに来て、大阪の友人二人も加え、私たち夫婦と全部で五人。ひたすらハモるオフ会。私がNYで歌った曲から、このメンツにあいそうな曲をピックアップして歌ったり(女一人、男四人でバランスがいいはいえない(^oo^;))、友人が持ってきたコダーイの楽譜から何曲か歌ったり。

昔はこういう歌うオフみたいなのが年に何回かあって、私たちもときどき参加していた。元々はインターネットの前の時代、パソコン通信のときにニフティというプロバイダーに入っていて、その中のクラシック音楽が好きな人たちのサークルのメンバーがよく集まっていた。最初に参加したのが30歳になる直前だからもう17年前とかになるのかな。うーん、月日のたつのは早いな。その頃の私たちは、合唱団にたくさん入っていて、毎日のように歌ったり、弾いたり、振ったりしていた。でもそんな生活にも数年前に区切りをつけて、最近は「ときどきは歌うかな」という程度の生活。ネットもパソコン通信がなくなり、インターネットだけになって、その頃のメンバー同士のつながりも、連絡も、それほど簡単ではなくなってきた。そんな流れのなか、歌うオフみたいなのも少なくなったし、私たちもそういうのがあっても参加しなくなっていた。

今回来てくれた浜松の友人とは、もう10年も会っていなかったかもしれないなぁ。大阪の友人二人とは、ときどきコンサートとかで顔をあわせることはあっても、一緒に歌ったとなると、もう何年も前からやってない気がする。なんか、歌っていると、懐かしくて、甘酸っぱいような、不思議な気分だった。それでも、昔はどの人とも同じ合唱団で歌っていた仲間。付き合いが長い仲間。一緒に時間を過ごすうちに、あー気持ちいいなぁ、こういうのもたまにはいいなぁって思ってしまいました。なかなか準備とかにエネルギーはいりますけどね(^oo^;)

食べて、飲んで、歌って、しゃべって、また食べて、歌ってと、6時に集合して歌は10時過ぎまで、その後しゃべって最後は11時近くまで。あー、満喫(^oo^;) ご近所に迷惑になってませんよーに。


そして、へろへろで起きた日曜。
この日は大阪府合唱祭というものを見に、池田市民文化会館まで行ってきました。合唱祭には昔よく出ていたんだけど、合唱活動を縮小してからもう長いから、すごく合唱祭が久しぶりだった。数年前、一回だけ女声コーラスの指揮を頼まれて、奈良の合唱祭に出たことはあったんだけど、大阪となるとほんと、これまた10年以上ぶりかも。

スタッフにも、出演者にも、懐かしい顔がいっぱい。知っている人たちが変わらず活躍していて、ほんと、なつかしかったな。

そして、この日のメインイベント・・・は、この市民会館の裏方さんによる講習に参加すること。私はこのホールでときどきカゲアナの仕事をいただいていて、ここの裏方さん、職員の皆さんには、もう昭和の時代からお世話になりつづけている。その裏方さんの一人による舞台裏からのお話・・・ということで、行かねばなるまいと、たこぶと二人で参加してきました。舞台で使われる特別な用語やら、照明、音響の話、経験の長い方だったので、このホールのこけら落としの時代から、ハイテクが駆使されるようになった現代に至るまでの舞台裏の技術の移り変わりについても、お話していただいて、とても楽しかったし、ためになった。音楽をしていると音楽ホールとのかかわりは、切っても切れないものなんだけど、裏方さんと親しく話すという機会には案外恵まれないもの。私はたまたま音楽をしているのと別に、影アナウンスやステージマネージャーなどの仕事を時々頼まれるので、裏方さんと話すことの楽しさを知っていて、他の人たちにもこの楽しさを伝えたいなぁって前から思っていたので、この日の講習は、私にとっても楽しかったと同時に、みんなにその喜びが分けられて嬉しいものとなった。この日のために一生懸命準備されて、図面やら文章を用意されていて、講師の誠実なお人柄が伝わってきた。参加者は20人にも満たなかったけど、みんないい時間を過ごされたんじゃないかなと思う。


講習の前に10団体ほどの演奏を聴いて、講習に参加して、ホールの外で持ってきたアンパンを食べつつ休憩していたら、昔から知っているスタッフの方が出てこられて、そこでしばらく談笑。そこからまた何団体か聴くつもりでホールにいったん戻ったけど、なんかすっかり疲れてしまい(^oo^;)、「もう帰ろか(^oo^;)(^◎^;)」ってことに。梅田まで出て、さっきアンパン食べたばっかりなのに、今度はクレープ。なんか脳みそが疲れて、甘いモノを欲していたのだった。クレープなんて二人して食べたの、ものすご久しぶりやったけど、美味しかった。私はキャラメル、クリーム味。たこぶは、バナナ、チョコ、生クリーム味。大満足で大阪ひがし線に乗って帰宅。


タイガースの試合がまだやってた。負けてる・・・・。あーあ、今日も負けるんか。負け越しかー・・なんてあきらめそうになっていたら、なんと九回裏に逆転サヨナラー! 私たちが甲子園に見にいったときと、双子のような展開。同じチーム、同じピッチャー同士、同じ点数、そして同じ幕切れ。役者がちがうだけ。いや、感動した。なんとかこの調子で、一つずつ地道に借金を返して五割に戻したいな。

がんばれ、阪神タイガースぅ!

・・・・と音楽三昧のはずが、タイガースでしめるいつもの脱線ぶたこ(^oo^;)
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by butakotanaka | 2009-06-29 11:43 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

なんちゅーお題やねん(^oo^;) すっからかんかぁ。
「すっからかん」を辞書でひくと、「全くからっぽであるさま。中に何も残っていないさま。」
別にお金と特定しているわけじゃないねんけど、この言葉は、もうダイレクトにサイフや家計と結びつくイメージありますね。

おサイフがすっからかんなのを忘れて、買い物に行って、レジで気がついた・・・なんてことは、幸いにして今まで経験ないけど、足りなくて、青くなって、買ったものを減らしたってことは何回かあった気がするな。

それで思い出したけど、NYにいるとき、マンハッタンの裕福な地域といわれるアッパー・ウェストサイドにあるスーパーで見た光景。レジに並んでいたら、前にいた女の人がなんとなく支払いでモタモタしていた。っていうか、その前からその人の様子はおかしかった。髪は乱れていて、一応ちゃんとしたスーツのようなものを着ているんだけど、強烈に覚えているのは、スカートの後ろのファスナーが軽く開いていて、どうやら壊れているみたい。布地もだいぶくたびれている様子。年齢は三十代って感じかな。子どもがまだ小さいのかなというイメージ。子どもを連れていたわけじゃないんだけど。

その人が買っていたものは、みんな、賞味期限ギリギリで割引された野菜や果物ばっかりやった。半額とかになってる、ハッキリいって半分腐ってるみたいな色のも混じってた。レジで合計金額が出てきた。1ドルとちょっと。その人は1ドルしか持ってなかった。カバンの中を必死で探したけど、数十セントが出てこない。あきらめて、買うつもりだった果物からいくつかを減らして買えるだけのものを買っていったその人。

今、自分のブログを検索してみたら、この話、書いてました。去年の10月だ。
「1ドル札」

もしかして、あの人は、ホームレスだったのかな。それとも福祉住宅に住んでる人なのかな。あの日1ドルしか持ってなかったけど、他の日はどうなんだろう。毎日食べるものはあるのかな。あの日の印象は強烈で、あれからも何度かあの人のことを思い出します。

日本でも、最近、生活保護という言葉がよくニュースに登場しますね。
私がNYで働いていた老人ホームには、たくさんのボランティアがいたけど、必要でもないのに、頼まれてもいないのに、自分からボランティアさせてくれって人は、私以外ほとんどいなかったと思う。レギュラーで来ている人のほとんどは、政府から日本でいう生活保護のようなお金を受け取っている人たちで、そのお金と引き換えに一ヶ月に何十時間とか決められた長さだけ、社会奉仕活動をするという条件があるらしいんですね。だから、政府から補助を受け続けるために、老人ホームに来て、入居者のお世話をしている人たちがいっぱいいました。何年も来ている人もいるし、何ヶ月かで来なくなる人も。私が知らないだけで、そういう条件じゃなくて自分の意志で来ていた人もいたのかもしれないけど、ホームの人の話によると、そういう人がほとんどだということでした。


最近の日本で生活保護が話題になるというと、二種類ある気がする。
悪用する人たち。生活保護を受けている人目当てに、入院させる病院、必要でもないのに手術させる病院、老人の施設を作って、生活保護の費用や介護保険の費用で設けている人たち。もちろん善意でやっている人たちもいると思うけど、悪用している人たちの話が目に付きますね。そういうニュースを見ていると、生活保護を受けるのって、申請して認可されるのって簡単のように見える。病院や施設を通すと、何かコツのようなものがあって、うまくいくようになってるのかな。こういう場所に団体で保護を受けている人たちがいるってイメージ。


で、一方では、生活保護を申請したのに認可されず、病気で働くこともできて、日々お金がなくなっていって、この時代に餓死してしまうという哀しい話もよく聞えてきますね。それと、そこまででなくても、生活保護という言葉にあまりいいイメージがなくて、生活に困っているのに、条件は満たしているのに、保護は受けない、ギリギリまでがんばるって、がんばりすぎて、結局、病気になったり、生きていけなくなったり。


私は本当にラッキーだと思うけど、食べるのに困ることなく、今までの人生を歩ませてもらった。それどころかやりたいことさえ、やらせてもらうことができた。


福祉って何なのかなぁ。誰のためのものなのかな。
悪用する人のためではなくて、それによって生きることができる人たちのためのもののはずで。
障害者の郵便特待制度を悪用した人たちもいたけど、そういうのを悪用するってどういう神経なのかな。
それほど経済的にひどい世の中だから、仕方ないの? 仕方なくなんかないよなー。
うーんわからん。


モノってどのぐらいあるといいのかな。
いっぱいありすぎてもあかんし、足りなさすぎてもあかんし。

人生のなかにはいっぱい波があって、何度も谷があって。谷があるから山もあって。
その谷からなんとか這い上がるためには、一時期だけでもこういう公からの助けってのは、必要やもんね。生活保護にしても、雇用保険にしても。こういう制度が一応充実しているといわれる日本に住んでいることは幸せなんやけど、その利用の仕方が、だんだんおかしくなってきてる気がして、どう考えたらいいのかようわからなくなるときがあるねんなぁ。


すっからかんかぁ。
うちの家計がすっからかんにならんように、余計なお金は使わんようにせなあかんね。
でも、お金持って死ねるわけでもないから、貯めるばっかりに心をくだくのではなくて、一度きりの人生を楽しむために、自分の人生のために使うことも大切やとも思うねんな。


バランスってのは、ありますな。なんにでも。
ってことで・・・・。次のお題は「バランス」か?
芸ないかな。こうやって話題が脱線した行き先を単純にお題にするのは・・・・。

でもまっ、いいや。「バランス」。たこぶのバランス考、聞きたいし。
これでお願いします。


たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-06-27 01:09 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(6)

たこぶと同じく、就職活動をしないまま仕事についた私です。大学時代バイトをしていた飲食店の常連だった人が社長さんで、私のそのお店での働きぶりを気に入ってくれて、働かないかと言ってくれました。それで大学を辞めたとき面接を受けて、そのままその会社に。最初は正社員で、その後、アナウンスや音楽の仕事や趣味に時間をとられるようになって、あまりにも残業が多く、責任も重く、ハードだったその仕事の形態を、正社員から準社員(パートのようなものなんだけど、社員色が強いもの。。。みたいな感じかな)に変えてもらって、その会社とは結局10年以上は縁が続いたかな。

でも、たこぶが言うように、自分の中では何十年も同じ会社でフルタイム働き続けたという経験がないから、一つのことを永年続けている人、特に職人色の強い仕事に人生かけて打ち込んでいる人を見ると、心から尊敬してしまいます。っていうか、NYでも話すのが好きだったのは、ドアマンやバスの運転手さんやスーパーで売り場の整理をしている店員さんや、デリの店員さん。誰もがやりたがらない仕事、朝早くからだったり、長時間だったりする仕事をやってくれている人たちって、本当に感謝やなぁ・・・なんて思います。そういうことをしていない自分をどこか、「すみませーん」って思ってるんかもなぁ。


さて、私ら二人ともが、たいがいエエ加減な生き方していると、だんだんバレてきたところで(^oo^;)
今回のお題は「エエかっこしぃ」ですかー。ほー。面白いトピックやな。

私はエエかっこしぃか?と言われると、そうでもない気がするけど、でも、この感覚ってどこかで誰もが持ってるような気ぃもするんですね。

「エエかっこしぃ」って、もしかしたら「プライド」なんかもしれん。って。日本語でいうと「尊厳」みたいな。

この「エエかっこしぃ」って、「かっこエエ」って順番変えたら、だいぶイメージ変わりますわな。「エエ」が先に来た途端に否定的なイメージになりよる。なんでなんかな。「かっこエエ」となると、素敵なイメージ。なんでやろな。「しぃ」に鍵があるんかな。

とにかく。

たとえば。。。。
それまですごく社会的に活躍していた人が病気になるってことはあります。いつもおしゃれだった人。いつもみんなのリーダーだった人。いつも活動的だった人。そんな人が、たとえば末期がんと診断された。たとえば、脳梗塞で半身不随になってしまった。

このときにどうするかって色々ありますよね。

ある人は、誰にも会わなくなるかもしれん。自分が髪をバサバサにして、元気なくなって、ベッドで寝てる姿は見られたくないって。そんな自分を見られたくない。よくなってから、またみんなの前に姿を現したい。で、もし二度と人前に姿を現すことがなく、自分が死んでしまったとしても、それでいい。元気やった頃の自分だけを覚えててほしい。

私、これはこれで、かっこエエなぁって思います。エエかっこしぃやなぁって思うけど、その人がその方法を選んだのなら、尊重してあげたいし、会えなくなるかもしれないから、会いたいって思うのは、こっちの勝手で、会えなくてつらくても、やっぱりその人の気持ちを尊重すべきで、そのまま会えないで亡くなってしまったとしても、いつまでも元気やった頃の溌剌としたその人を覚えてあげているしかないのかなって。



それとはまったく逆に。。。。
末期がんだったり、大きな病気だったりを、人前に堂々とさらけ出す人がいます。髪が抜けても、身体がぼろぼろになっても、やせ細っても、うまく舌が回らなくなっても、とにかく、自分の醜い部分も含めてさらけ出す。人間はこうやって弱っていくものなんだ、こうやってまた土にかえっていくものなんだって、教えてくれる、そんな人がいます。これまた思うねんなぁ。かっこエエって。これもいい意味でのエエかっこしぃやなって。




私が嫌いなエエかっこしぃって、どんなんやろ。
人の存在に上下つけることかな。
最近でいうと、例の○○県知事が国政に参戦するかどうかのニュースで、国会議員の人が「けっ」「何をねぼけたこと言うとんねん」みたいなコメントしてましたよね。衆議院議員はえらくて、参議院議員も衆議院よりは「下」やけど、それでも国会議員ではあって、その国会議員よりも「下」なのが、知事であり市長であり、地方議員っていう図式。人をさげすむことで、自分の地位を守ろうとして、自分が「えらい」んだって示そうとして、その結果かえって、その人がいかに「つまらない」存在なのかを、世間にさらしていることに気が付いていない。最低の人たちやなぁって思いました。その最低の人たちの最低ぶりをさらけ出す目的で、あんなことを意図的に言うてはるんかな、あの知事さんはなんて思った。いや、もっともっと裏に色々ありそうですけどね、今回のことは。何もかもが自民党に注目を集めるためのコマーシャルじゃないのとか。すごく大きな芝居が、全員でうたれていて、国民がだまされているんちゃうかとか、ほんま、勘ぐりだしたらキリがありません。

あれ、話がまた横にそれはじめたけど(^oo^;)

とにかく、自分は「えらい」んだって思ってる人、そういう意味で「エエかっこ」してる人、私は嫌いです。自分のなかにそういう感覚が存在していないか、すごく気になります。自分にプライドを持つことは大切だけど、自分が誰かより上とか下とかはないはずで、そういう感覚は持ちたくないなって。鈍感でいると、知らない間に持ってしまうかもしれないから、気をつけていないといけないなって。

でも、エエかっこせんとこせんとこって気をつけるのは大切だけど、さっき書いたみたいに、自分に対して「プライド」を持つこともとても大切。それは自分を愛してあげることになるし、自分を愛せたら人を愛することもできて、自分が幸せだと人にも幸せになってほしいから、誰かに対して親切になれる・・・そんな気がするから。自分ばっかりにはなりたくないけど、人間一つ一つの存在が大切なんだってことは、自分も含んでるんだって忘れたくないなとも思うのです。

こないだ、シルバーコーラスの練習で、練習の最後に、自分でもまったく意図していなかった言葉が出てきました。意図していなかったというか、今日はこれを言って練習をしめようとか、そんな計画はしていなかったという意味。最後に、その日やった曲を通して歌ったとき、指揮する私を見つめて、一生懸命に気持ちよさそうに歌うみんなを見ていて、私は思わずこう言っていました。

「皆さん、本当にきれいですよ」って。これ、本心です。気持ちの底から出てきていました。勝手に。流れ出すみたいに。みんなも正面きってそういわれて、照れるみたいなでもとても可愛い微笑みを浮かべておられました。うちのメンバーは確かに若くはないけど、美人コンテストで優勝するよう人たちばっかりじゃないけど、みんな、本当にきれいです。それは、みんなが生きてきたそれぞれの人生が美しいから。素晴らしいから。どれもこれも、自慢できるものだから。そう感じるから。私も、これから年を重ねて、過ごしてきた人生が、あんな風にキラキラと放出される、そんな人になりたいなって思いました。

エエかっこしぃから、えらい脱線してしまいましたな。わははははは。これもありでしょー。
次のお題かぁ。何にしようかな。
そうだ、単語じゃないけど、「キラキラ」。これにしよう。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-06-25 14:55 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

昨日は、午前中に友だちとチャットして、ゆっくり話しを聞いてもらった後、なんだか心が軽くなった。友だちはありがたい。でもなんか、昨日はやたら眠くて、前の日に買ってきたパンを食べては寝て、また起きて食べては寝てって、昼寝のよーなものを二回も三回もとってしまったぐーたらな私(^oo^;)

そのまま一日を終わっていたら、ほんま、あかんやんって感じやけど、夜は最近入った合唱団の練習。寝起きで(って一日中寝起き状態やってんけど)、えー、歌うのー?って気分やったけど、体操、発声、練習と進むうちに、いつの間にか一生懸命歌ってる自分がいて、隣の人と、他のパートの人と声を合わせている自分がいて、終わる頃にはぐったり疲れていて、気持ちいいーって思った。何かを一生懸命するってことは、精神衛生にもとてもよろしいな(^oo^)

で、今日。もう少しマシな日にしなければ(^oo^;)・・・ってことで、近所を歩いてきました。数週間前、母をたずねたときに壊してしまった黒のサンダル。あれ以来、代わりになる黒のサンダルを探してます。これがなかなかええのが見つからないままやった。私の足のサイズは大体25センチとでかい。メーカーにもよるけど、サンダルにになるとLLでも入るときと、窮屈なときがあるぐらい。今持ってるサンダルは薄い茶色のだけで、どうもそれでは合わない服も多くて、やはり基本の黒が一足欲しいと思ってた。

今日、近所のサティまで。平日の昼だし、靴売り場は空いてた。あれでもないー、これでもないーってゆっくりいっぱい試して、最後に一足、サイズも色も形もいい感じのんが見つかりました。やたー。ついでに安くなってた帽子まで買ってしまったとさ。こういう買い物なんて久しぶりだ。たまにはいいよね。うふふふふ。なんか新しいものを買うと気持ちが浮き立ちますな。やっぱり女の子だわ、私(*^oo^*)


さて・・・・。ちょっと翻訳のお勉強して、夕食の準備かな。
タイガースの試合、今夜もないから、寂しいな。阪神の調子は悪くても、やっぱり野球は好きだから、後半戦が始まるのがとても楽しみですっ。
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by butakotanaka | 2009-06-25 14:26 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

たこぶの「ラジオ」話、前半のメカニックなこと、ほとんど分からんかった(^oo^;) 普段は男も女も関係ないやんとかいうけど、ああいう話になると「男の子話だ」と感じてしまうなぁ。なんやろ。自分の中に、これは女の子、これは男の子みたいな分別があるんかもしれんなぁ。

聴いてたラジオ番組というと、
「ぬかるみの世界」→ティーチ・インにも行ったし、新世界ツアーにも参加したよ
「ヤンリク」→キダ・タローさんのミキサー完備スタジオ貸しますに友達三人とカルテットコーラスで出演したよ。
「ヤンタン」→ちんぺいの女性立ち入り禁止コーナーとかに電話してオンエアになったことあるな。一回だけ。
「サタデー・バチョン」→浜村淳さんの「思い出は映画とともに」のコーナーが好きやった。
「オールナイト日本」、「走れ歌謡曲」このあたりは、朝まで起きてテスト勉強のときに聴いてた。勉強はせずに(^oo^;)

・・・と私がラジオを語る番ではなかったのであった。
お題は「授業」ですな。

授業かぁ。
私の学校時代というと。
小学校のときは、まじめな生徒やった。前半は寝屋川市の小学校、後半は転校して大阪市南区小学校。いじめられたりはしたけど、基本的に勉強がきらいじゃなかったな。体育はいつも苦手やった。

中学になって、授業が面白くないと思い始める。生徒が団体で先生をいじめるなんていう、最低なこともはやってたな。今から思い出すと、やさしくていい先生やったのに「ださい」「めんどくさい」「うっとうしい」とかいうて、国語の先生が教室に入ってきたら、全員机と椅子を後ろに向けて、先生が話すのも無視したり。一度、先生が泣いてしゃべってはったこともあった。あー、悪かったなぁ。あのとき。あの頃、校内暴力とかもはやってて、生徒同士で恐喝みたいなこともあったりして、「不良」って言葉を覚えたのもこの頃。私は、不良にもなれないけど、まじめな子たちにも入らず、適度に悪かった。寄り道で喫茶店に行ったり、放課後ディスコ行ったり、十分ふまじめやねんけど、「不良」といわれる子たちの域には達しないところで、とどまってた感じ。地域的に都会の真ん中やったし、みんな、親が商売してたりして、野放しなってた子も多くて、寂しかったり、家庭の事情が複雑やったりしたんかもなぁ。

そうそう、中学・高校あたりは、交換日記というのもはやってて、授業中、ノートに何か書いては、グループ同士で机の下からまわしては、読んだりしてた。

高校。いよいよ授業がおもしろくなくなって、しょっちゅうサボってました。今でも覚えてるけど、あと一回さぼったら留年ってところまでさぼってた。あかんやん(^oo^;) こんだけサボってるわりには、先生とは仲がよくて、放課後、教科準備室に遊びにいって、話し相手になってもらったり、ご飯を食べに連れいってもらったりと、先生たちには可愛がられた生徒やった覚えがあります。もしかしたら、あぶなっかしくて、ほっておけなかったんかもなぁ。

そんな私も短大に入れて、クラブにうつつぬかして、これまたあんまり授業はまじめじゃなかった。途中で声楽を勉強しようということになって、四年生大学のを受験するねんけど、結局は私は大学を一つも卒業しなかった。これは今でも少し後悔してるし、私ってあかんやんなーって思うことの一つ。


授業というと、私の中では大人になってからの方が印象が強いかも。記憶が新しいこともあるけど、大人になって、自分でお金出して、自分がやりたいことを学ぶということが、すごく素晴らしいことだって気がついたから。日本で通ったサイマル・アカデミーの授業、一生懸命受けて、一度は奨学生として学費を割引してもらえたし、最初の短期海外留学のカナダの英語学校でも、最後には優秀生徒賞みたいなんをもらった。大人になってから受けた授業、一番最近のNYでの指揮法の授業も含めて、ほとんど休んだ覚えがない。先生の言うことをひとことを、一つも逃さずに聴くぞ、自分のものにするぞ、復習するぞ、予習するぞって、やたら気合が入ってるねんな。

この違いって何なんでしょね。この気合が、子どものときからあったら、私はまったく違う人生歩んでたんやろな(^oo^;)(^oo^;) もっと早く気づけよって思うけど、まっ、気づかないまま人生終えてたよりは、よかったやんって思うことにしてます。

自分の経験を通して思うのは、学ぶには「動機」があるといいのかなってことかな。あと、深く深く学びたいって域まで達するには、やっぱ自分の意志で選んだ道で、自分で貯めたお金で学校に通うってことも大切なのかもしれん。親に出してもらったお金を、私はいっぱいムダにして、申し訳なかったと思うけど、あの頃に戻っても、やっぱりそんなに勉強しない気もする。なんでやろなぁ。

そう、もう一つ思うのは、学ぶためには、気持ちが安定しているってことも、けっこう大切なのかもしれん。子どもの頃の私は、「こんな悩みがあって、人生いつまで続くか分からんし、別に勉強したからってやりたいことがあるわけでもないし、とにかく他に考えることいっぱいあるのに、勉強どころちゃうわ」とか、その時々で勝手な理由つけて、さぼってた。悩むのが趣味やったかも(^oo^;) 心が安定していると、目の前の目標がすんなり見えてくるというのはあるかもしれんなぁ。

私には子どもがいないけど、世の中の親御さんたちが、子どもが勉強せえへん、勉強する子どもにするためにはどうしたらええんやろって悩む気持ちはわかるし、勉強に集中できない子どもの気持ちも、自分がそうやったからどっか分かるなぁ。

で、これまた自分の経験を通して思うけど、学ぶってこと、いつになっても遅くないから、それでもええんかなって。学校時代勉強がキライで、大人になってから目覚めて大好きになって、人生の後半でやりたいこと見つけて、それから研究者になったり、職業が変わったり、自分の一生をかけたプロジェクトができたり。そんな人生の途中で目覚めた学びも、いつだって「間に合う」、学んだ人がいつでも受け入れられる、そんな世の中であって欲しいなぁって思う。

社会人を何年かやって、あるいは主婦を何年かやって、一念発起して、学校行って学んで、資格とって、それから仕事探しても、見つからない・・・・今ってそんな世の中のように見えるけど、そんな途中からがんばってる人が、年齢と関係なく、新しく働ける場所、学んだことを生かせる場所が、与えられる、受け入れられる、そんな世の中になってほしい。今、仕事を探して苦労している友人がすぐそばにいるから、余計にそう思うなぁ。


あれ・・・・授業の話から、仕事の話になっとる(^oo^;)
まっいいか。これもまた自然なり~。

んじゃ、次のお題はコレにしよう、「仕事」。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-06-24 15:30 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

雨だー

えらい雨で目が覚めました。
っていうか、おとついも昨日も、寝苦しかったなぁ。

昨日の朝も、前の晩、いつものようにブライアンのラジオのあと、午前一時に寝たのに朝五時には目が覚めて、新聞読んで、テレビ見て、トースト食べて、たこぶが七時過ぎに起きてきて・・・・。で、もう一回寝た私。

今朝も、昨日一時過ぎに寝たのに、同じように五時には目が覚めて、ベランダの小さい庭に最近モコモコはえているキノコを観察して、玄関に新聞をとりにいったらちゃんと朝刊が。大雨の朝って、新聞がいとおしいなって思います。新聞配達の人、大変やったやろなって。感謝しつつ、ありがたく、新聞を読ませていただきました。朝のワイドショー見たりしているうちに、たこぶが七時過ぎに起きてきた。パンも食べ終わって・・・・おっと、また眠くなってきたよ(^oo^;) また二度寝かな。これ、最高の贅沢やな。ただのモノグサか(^oo^;)

関西は、これから晴れてきて、またまた暑い一日だそーです。関東の皆さんはこれから大雨。けっこう降りそうです。気をつけてね(^oo^)

今日も一日、楽しい日になりますように。
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by butakotanaka | 2009-06-24 07:53 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

波があるから

しんどいなーって思うことがあるから、
嬉しいことがもっと嬉しく感じられて、
きれいじゃないモノを見るから、
美しいモノを見たとき、あー美しいって感動する。
親切じゃない人に会うこともあるから、
親切な人に会ったときに、すごくありがたく感じる。

人間って、プラスの面ばかりを見ていても、
きっとそれがプラスだって見えなくなるのかもしれないですね。
マイナスな感情や、
マイナスな景色や、
マイナスな状況を体験するからこそ、
プラスなものに反応できる自分がいる。

また、いつも強い自分だと、
一生弱い人のことを理解できないかもしれない。
自分が弱くなることがあるからこそ、
弱いってことが実感できて、
いや、もっともっと弱ってる人もいるのかもしれないけど、
最低限自分の弱さは実感できて、
強くなることのすごさ、
強くなることの大切さ、
強くいることの難しさがわかるのかもしれないですね。

人生には波があって、
感情にも波があって。

今日は、そんな波の低い方が、
ざっぱーんって来た日でした。
かなり、きっつい
えぐり波が(^oo^;)


まっ、こんな日もあるのかな。
自分の運命を呪うっていうのは、
今日みたいな日なのかなとも思うし、
子どもの頃から、
ときどきこんな感情があったなって、
久しぶりに思い出したし、
それを処理できないようでは、
私もまだまだ子どもなのかなとも思うかな。

でも、弱い自分を歓迎しようとも思います。
弱い自分を許してあげようと思います。
そういう日もあっていいよね。

そういうときって、
小さな美しいモノに目がいくし、
小さなあたたかいモノを肌で感じるし、
小さな美しい音が聞えるかもしれないし、

それが積み重なって、
いつかはまた、あー、幸せだーって思えるのでしょう。

誰にでもきっとあるんでしょね。
ちょっとした暗闇。
ちょっとしてない暗闇。
かげり。
くもり。
そんなモノなんでしょうね。


そんなモノなんでしょう。
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by butakotanaka | 2009-06-23 21:33 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

なんか、交換ブログ作った初日で、おもしろいから二回も投稿しちゃお。

たこぶから初めてのお題は「氷」ですか。
涼しいですなー。暑かった今日には、ごちそうに感じますね。氷。

氷といえば、冷蔵庫の進歩には目を見張るものがありますね。私が子どもの頃、冷蔵庫といえば、1ドア。冷蔵庫のなかの上段に、ちょっとした棚みたいなのがあって、そこに製氷皿を置いて氷を作ってた。でもその製氷室は、すぐに霜がはって、それが山のようになって、その霜とりがまた大変。

初めて2ドアの冷蔵庫が来たときは、驚いたなぁ。氷がすごくきれいにできる。あんまり真ん中に穴もあいたりしない。で、それからまた何年もたって、友だちんちで、はじめて氷が自動ででけるやつを見たときは、これまたたまげたもんです。で、数年前、一部有名なビックカメラでクジに当たって10万円分の商品がタダになるってのでわが家に冷蔵庫が来まして。それ以来、わが家でも氷自動製造機能の恩恵にあずかってます。一回目、氷が自動ででける瞬間、今でも覚えてます。隣の部屋にいたんだけど、その瞬間すごい音が冷蔵庫から聞えてきてびっくりした。ぐわっ、みたいな音がして、なんだなんだ今の音は?って思った。で、冷蔵庫まで見に行ったら、それが氷がでけた音で、たった10個ぐらいしかでけてなかった。こんなちょっとかって思ったけど、チリも積もればなんとかで、次の朝起きてみたら、でけた氷が山になってて感激した。

そういう便利な機能も、慣れてしまうとなんとも思わないモンですな。今では、当たり前のように、夕食の時間になると、麦茶入れたコップに、ざぱっざぱって氷を入れて、涼をとららせてもらってます。改めて、冷蔵庫さん、ありがとう(^oo^)


それから、氷といえば、はずせないのが「カキ氷」。昔から大好物です。カキ氷を食べたら、頭が痛くなるって人がいるけど、私はあまりならない。山のようなカキ氷でも、わりと最後まで美味しいなーって思って食べられます。ときどき、舌の先がマヒして話しにくくなるときはあるけど(^oo^;)

私が好きなフレーバー。

子どもの頃
・イチゴ
・レモン
・ミルク(ミルクはちょっと高かったから特別なとき)

色がきれいなのが好きだった。


大人になってから
・宇治金時ミルク(ゴールデントリオ!)
・宇治金時
・宇治ミルク
・ミルク金時
・いちごミルク

宇治にかたよってます。ほんまの抹茶使ってる店だとご機嫌。


あー、書いてるだけで涼しくなってきたよ。


では、次のお題。何にしようかなー。
今、聴いてる最中なので、「ラジオ」。これにします。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-06-23 00:30 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(2)