金曜から今日まで。

バタバタその後の日記。金曜から今日までね。バタバタしてないです、そんなに(^oo^;)
自分の覚え書きも兼ねて。


金曜。
シルバーコーラスの練習。前日の夜までがんばってたこぶが三曲分の楽譜を仕上げてくれた。いつも使う曲は、いわゆる市販の楽譜のなかから選ぶんだけど、伴奏つきの楽譜だと、歌の部分が小さくて見難いので、いつも歌だけ単独の大きめに書いた楽譜を用意するのです。その上今回は、元々メロディしかない曲にアルトを私が考えてつけたのが二曲あったりして、ややこしかった。いつも下書きを鉛筆でしてくれて、それを私が見直して、OKなら清書という段取り。で、木曜の夜に清書できた楽譜を金曜の朝、鉛筆の下書き、消しゴムで消して、私が歌詞を書き入れまして、たこぶが見直ししてくれて、これでやっと完成。

練習に行く前に、駅前の薬局のコピーやさんで増殖。なにせ70枚も必要なので(団員の数は私たちも入れて60人ぐらいなんだけど、念のため少し多めに作るのです)、三曲分となるとけっこうな数だし、時間もかかります。この薬局は一枚八円と安いので、いつも利用していて、もう顔馴染み。私たちが入っていくと、はいはい、コピーねー、領収書の名前は○○ねーと手馴れたもんです。私たちも、コピー機の使い方は熟知していて、二台並んだ機械、たまに迷っている人がいると、教えてあげたり。用紙がなくなったら自分で補給するし。こういうお店が近くにあるのは、助かります。

練習では、無事楽譜を配り、それから、こないだから考えた手話の振り付けを皆さんに伝授。ちょっと難しいかなぁと心配したけど、思ったよりも、皆さんすんなり受け入れてくれていい感じ。私が前で、その曲だけは指揮をせず、ラジオ体操の前に立つ人のように、鏡方式で左右反対で手ぶりを示します。そうすると、みんなはそのまま真似すればいいから。本番も指揮せずに私は前で振り付けをする。そうすると、みんなは自分で全てを覚えなくていいから、少しは気楽かなーと。全員で振り付けすると、すごく素敵。曲は、「翼をください」なんだけど、本当にみんなが翼をつけて、空に飛び立ちそうに見えた瞬間があって、ちょっとジンってきてしまった。この曲は最後に歌うんだけど、みんなでさーって鳥が羽ばたいているみたいに、美しく手話をつけられたら、どんなに素晴らしいだろうと想像したら、嬉しくなりました。これから三月まで、月に二回の練習がんばっていこう!!

あとは、練習テープの録音だ。おー。

・・・・と、すべてが調子よく見えたんだけど、なんか、この日に向けて、いろいろ準備して、みんなに手話も伝授して、体がほっとしたのか、油断したのか、練習の途中で、しんどくなってきた(^oo^;)う・・・。やばいっ。喉がすごく痛くなってきて、うわっ、風邪かなーって感じ。そういえば、ここ数日、ちょっと風邪っぽいと思っていたけど、アレルギーやからわからんねんなー。とにかく、この日の練習は、マイクを使ってあまり大きな声を出さずに乗り切り、家に帰って、葛根湯飲んで、ぐたーっと寝たった。気が付いたらもうたこぶが会社から返ってくる夕方になってた。三時間以上、寝込んだことになる。あはははは(^oo^;) たこぶには夕食に弁当買ってきてもらっていたけど、それを半分ぐらいは食べて、またこの日は早くに寝た。とにかく、眠い。いくら寝ても眠いのです。


土曜。
前の日の夜から、喉痛と頭痛。眠いのは相変わらず。朝は、いつものトースト食べたけど、なんか消化してない気分。昼はおかゆさんを作る。そういえば、お粥さんって、粥にさんづけするのは、関西風? 他の地方の人は、お粥さんって言わないのかな・・・。素朴な疑問。

たこぶにもお粥さんつきあってもらって、おかずは、木綿豆腐一丁使った豆腐ハンバーグ風。こないだ百円ショップで、インスタントの豆腐ハンバーグの素みたいなのを買って来ていたのだ。これがなかなかうまかった。まぜて、フライパンで焼くだけ。あっさりしててよかった。残ってた大根をおろして、ポン酢と一緒に。

昼は、楽天の野球見て、ノムさんを両軍入り混じった選手たちが胴上げするのに感動。昼寝もいっぱいして、まだまだ眠い。なんかだるい。本当は次の日の教会のオルガンに備えて、練習しよう、一時間はしようと思ってたのに、何もできず。だらだらしていただけ。晩御飯もまだしっかりしたモノを食べる気分になれず。お粥を作る。たこぶもそんなにお腹すいてないけど、お粥じゃなくて、ラーメンがいいということで、ワンタンメン。二人とも少し疲れ気味。たこぶもこれぐらいで丁度よかったみたい。


日曜。
早起き。せねばならなかった。教会の初めてのオルガン当番だったから。緊張するなー。体調悪くて、すごく憂鬱。だけど、気合入れてがんばらないと、集中力が大きいから。六時半に起きる。二日ほど風呂に入ってなかったので(汚な(^oo^;))、シャワー浴びて、早めに用意して、少し元気出てきて、オルガン練習した。礼拝は10時15分からだけど、準備のお祈りの会みたいなのが役員の皆さんで10時から。その前に教会のオルガンを少し鳴らしておきたかったので、家を九時過ぎに出て、九時半ごろに教会に到着。会う人みんなが、「今日は、よろしくお願いします」「ありがとうございます」と頭を下げてくださる。こちらがありがたい気持ちになる。こんなに感謝されて本当にありがたいこと。

オルガンを練習し始める。たこぶに一曲ずつ聴いてもらい、私が作った音色であっているか、どのぐらいのボリュームがいいかと、アドバイスをもらう。これをしておくと、とても安心。こういうとき、本当に頼りになる。そうしている間にも、礼拝前、早めに着く人たちが、礼拝堂に入ってくる。盲目の女性で、親しくは話したことないけど、いつも本当に幸せそうに讃美歌を歌っておられる人が入ってきた。私のオルガンが鳴っているのを聴いて、大きな声で「田中さん、今日は奏楽、お疲れ様です。よろしくお願いしますねー」と笑顔でいってくれた。私も「あ、ありがとうございますー! 大きな声で讃美してくださいねー」と答える。なんか、嬉しいなー。応援してくれて。

一通り音色を確かめて、タッチを確かめたところで10時。準備室に入り、役員の皆さんと今日の段取りの確認とお祈り。これで気持ちが落ち着きます。おまじないみたいなもんですかな(^oo^;)

礼拝は、万事とどこおりなくいきました。あまり大きな間違いもしなかったし。礼拝が終わったら、ベテランの他の奏楽者さん二人が近づいてきてくれて、「よかったですよー」「やっぱりうまいですねー」「美しかったですー」と声をかけてくれた。よかったー。これでまた新しいことを一つ終えて、というか、始められてほっとした。これから大体一ヶ月に一度の割合でやることになるけど、がんばろう。来月は結婚式の奏楽もやることになってるし。

そうそう、牧師先生にまた一つ新しいことを頼まれた。
同じ東大阪の別の教会で、聖歌隊の指導をする人がいなくて困ってるとのこと。クリスマスまで数回でいいので、日曜の午後、礼拝の後、来て指導してくれないかとのこと。夫婦でいってもいいって。ここから少し離れた瓢箪山にある教会。まぁ、イヤとはいえない話だし、困ってる人に協力するのは、自然なこと。午後が空いている日曜がクリスマスまでに散会ちょうどあったので、その日付をメモって先生に渡した。これで、また新しく別の教会とも縁ができるのかな。これもまた何か素敵なことにつながるかもしれないし、前向きに前向きに。うまくいきますように。


礼拝後、さっさと教会を後にして、昼食をすませて、またぐたーっとなった。ここで風邪ひいてはいけない。
夜は、またクスリ飲んでゆっくり過ごす。スケートのロシア杯、えらい結果になったなーと驚きつつ。

晩御飯は、なんか体にいいものをめちゃ食べたくなった。そういえばアメリカでは、風邪ひいたよーっていうと、必ずといっていいほど「チキンスープを飲みなさい!」というのだった。そうだ、チキンスープを作ろうと思い立つ。冷蔵庫にあるものなんでもいれて作った。大根、ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、ショウガ、オレガノ、コンソメスープの素、鳥の胸肉、塩、コショウ。とにかく、野菜を刻んで、調味料やハーブ入れて、グツグツと一時間か二時間ぐらい。めちゃうまかった。ご飯は食べず、このスープをたっぷり飲んだ夕食。ショウガがきいてて、喉にもいい感じ。胃腸も気持ちよかったし。


で、今日、月曜。
喉の調子がまだイマイチ。授業料はもったいないけど、思い切って午前中の英語講座を休むことに。火曜から本番まで五回もあるリハーサルを乗り切れるか心配だったから、喉を第一に考えて。今週は個人レッスンも四人分あるし、いっぱいしゃべるしなー。でも、体調は、だいぶいい。ほとんどいい感じ。朝も昼もチキンスープの残り。たこぶも朝、パンと一緒にスープ飲んでた。とにかく、ビタミンいっぱいとって、体力負けしないようにしなくちゃ。ウイルスは弱った体に攻撃してくるからね。うん。

喉はつかえないけど、体は楽になってきたので、昨日いただいたオルガンの説明書に目を通し、自分なりに教会のオルガンのストップ一覧表をワードで作成。印刷。その後、オルガンの練習。持っている楽譜でまだみたことない曲を何曲か弾いてみて、使えそうなのに○印をつける作業。英語の歌やら、奏楽用の曲集やらいーぱいあるから、時間はいくらあっても足りない。コーラスの選曲が一段落したところで、こういう作業は大切。


午後は、横浜の友人と少しチャット。お子さんがインフル陽性になって、自分も自宅待機。子供がいると、本当に大変。リレンザを処方されても、様子をつきっきりで見てあげなくてはいけないし。色々副作用がある場合もあるもんね、子供の場合とくに。でも、久しぶりにいつもは忙しい彼女と話せて私はいい時間だった。喉も使わないチャットだし(^oo^)

ってことで、ただいま、月曜の夜。
少し気になっているのは、ここ三日かもっとかなー、近所で子ネコがずーーーっと鳴いているのだ。親とはぐれたみたい。一度だけ姿を見かけたけど、茶色の子ネコ。もうネコは新しく飼わないぞと決心しているものの、その鳴き声は、昨夜の激しい雨の後も、いなくならず、さっきも聞えていた。病気かもしれんし、もう長く生きられないぐらい弱ってるかもしれないし、うちのネコにうつってもあかんし、ガマンするのが、出て行かないのだ・・・とがんばってきた私たちも、つらくなってきて、さっき外に様子を見に行ってしまった(-oo-;) もしそれで見つけてしまって、私たちに寄ってきたら、運命だと思って受け入れようと。でも、結局見つからず。手にすることもなく、まっ、これも縁がなかったということなのかな。いや、もうネコは飼わないぞって決めてたんですけどね(^oo^;) 命あるものだから、あまりにもずっと鳴いて助けを求めているような気がして、可哀想になってしまったのでした。どうなることやら・・・・。なんとか、親猫見つけて生き延びてくれーーーと、私の心の叫びです。


おっと、もう夜中か。
NYのブライアンは、今ごろ、ヤンキースのリーグ優勝で喜んでるやろなー。おめでとー(^oo^)

では、またまた眠たくなったのでおやすみなさい。
明日から三日連続のメサイアリハーサルです。本番の指揮者とはじめての練習が明日。ドキドキするな。うまくいきますように。喉がおかしくなってませんように。ぐっすり寝られますように。いっぱいお願いしすぎて、ごめんなさい、神様(^oo^;)

ほんとにおやすみなさい。
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by butakotanaka | 2009-10-27 00:43 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

毎日何かあるわけでもないんだけど、準備しなくちゃいけないことが、多方面で色々あって、バタバタしとります。


(^oo^)シルバーコーラス関係

すぐに本番があるわけではなくて、来年の三月なんだけど。その三月の市の芸術文化祭、無事抽選に通って出演が決まった。今回、一曲に手話をつけて歌うので、先週に一度、そして昨日もう一度、友人で手話に詳しい人に指導を願いに伺った。先週は、どの言葉にどんな手話をつけようかと、翻訳的プロセス。この一週間、考えた手話をもとに、歌のテンポの中で、どのタイミングでどう手を動かすかを考えた。あまり早く動かしすぎると、テンポ的に余ってしまうし、早いテンポのところでは、さっさとやる必要があり、歌い手のみんながついていける分かりやすい動かし方、そして見ている人にも伝わりやすい動かし方と、頭いっぱいになって考えた。

で、昨日、センセイに見てもらったら「すごくよかったですー、感動しましたー」と言ってもらえた。嬉しい(*^oo^*) みんなに披露して、覚えてもらうのが楽しみ。歌いながら動くのは、最初難しいかもしれないけど、前にも手話じゃないけど振りつけを少しつけたことがあるし、最初は難しくても、最終的に、動いているから体がほぐれて、声がそれにのって出やすい・・・というところまで、なんとか持って行きたいな。

それから、毎年、年内の間に、練習用テープというのを作って配っている。それを年越しから本番の三月にかけて家で何度もきいてもらい、カラオケのようにして、覚えていくというもの。パートだけの歌、二つのパートで歌った演奏の二種類を曲ごとにいれる。三曲あるから六種類。二パートあるから、全部で九種類録音。私がまず電子ピアノで伴奏をフロッピーに入力し、それを再生しながら、キーボードで歌のパートのメロディを弾き、同時にたこぶと二人で歌っているのを、録音する。これを九回繰り返すわけですな。この録音作業は、11月半ばまでにする必要あり。そっから、たこぶが60人分をダビングしてくれる。ぼーっとしてるとあっという間に来てしまいそう。がんばっ。



(^oo^)教会関係

今月からオルガン奏楽者に加わることになった。礼拝の奏楽以外にも色々やることが出てくる。
いつも礼拝の後には、讃美歌練習という時間があって、奏楽者が交代で担当する。先週は、いつも担当してくれている人が来られなかったので、わたしが讃美歌練習担当のデビュー。牧師先生が「今日の讃美歌練習は・・・・」と私に向けてくださったので「新人でーす! よろしくお願いしまーす」と自己紹介し、前で次の週に歌う讃美歌のなかから、皆さんに馴染みの薄いのを少し練習。みんな、ニコニコしながら、応援するみたいな表情で参加してくれて、すごく嬉しかった。なんでも初めてというのは緊張するもの。少しの時間なんだけど、大役を果たせて、ほっ。

次の日曜は、いよいよオルガンのデビュー。礼拝では指定された讃美歌を何曲かと、それ以外に前奏で一曲長めのを、献金を集めている間に中くらいの長さのを、そして最後に後奏を短く。この三つは奏楽者に任されている。どんな曲がいいかなぁと、こないだからいろいろ選曲をしていて、それも楽しいのだけど、時間はかかる。今日、家で選曲をこのあと決めて、午後から教会に行ってオルガンで練習。どのストップ(音色)を使うかも決めて書いておかなくちゃ。音色が違うと曲の印象も全然変わってくるし。

これからクリスマスに向けて、教会はオンシーズンというところ。
クリスマスには、リコーダーの曲の伴奏をさせてもらう予定。それからほとんど一人1パートで、五人でメサイアからハレルヤコーラスを歌うことになっている。この練習も来月から礼拝後にぼちぼち始まる。私は、今、合唱団でやっている練習ではアルトなんだけど、教会ではソプラノを歌う予定で、しかも一人で1パート。練習しなければ。

月に一度の奏楽以外に、来月は祝日に結婚式が入っている。この奏楽も担当することに。結婚行進曲、二種類、オルガンで弾けるように練習しなくちゃ。オルガンとなると、ニュアンスとかピアノとでは少し違うから、そのあたりも考えなくては。


(^oo^)合唱団関係

メサイアの演奏会に向けて、大阪第一合唱団というところに所属してやってきたんだけど、とうとう演奏会まで二週間をきった。演奏会のチラシはここにあります(^oo^) 今までは月に一度程度の日曜練習と、毎週水曜の練習だったけど、来週はすごいぞ。本番の指揮者の先生がとうとうNYから来られての練習ということで、火曜、水曜、木曜、土曜、日曜と、ほぼ毎日やん(^oo^;) で、その次の火曜が本番。一番の心配は、声がもつのかってこと。自分のことも心配だけど、特に高声の皆さん、ソプラノとテノールとか、本当に心配。みんな、体調を整えて、一人も欠けずに本番に乗りたいところ。これが終わったら、毎週通っていたこの合唱団とのお付き合いもいったん終わる。生活の時間に余裕はできるかな。これから自分たちがどんな風に合唱に関わっていくのか、あるいは、しばらく関わらないのか、ちょっと二人で考えよう。

(^oo^)司会の仕事関係

毎年やらせてもらっている大学生のギターマンドリンオーケストラの司会。去年はNYに行っていて留守だったからできなかった。どんな風にしたのかな。よく知らないのだけど、1年抜けるとこういうお仕事って、案外途切れてしまうもの。もう来ないのかなーって思ってたら、依頼をくれた。とてもありがたいこと。そのリハーサルが来月あり、そっから司会原稿を練り直して12月に本番。これも心して。


(^oo^)友だち関係

友人の翻訳家が、翻訳した本を送ってきてくれた。読みたいんだけど、まだ手をつけていない。すごいなぁ。翻訳って一言でいうけど、そこにいたるまでは、下訳、共訳、とプロセスがあって、それを確実にあがってきてこそのこの仕事。しかも、私が夢に持っている児童文学の分野。これからも応援していきたいと思う。


海の向こうの友人が、来月ワシントンから大阪を訪ねてきてくれることが確定した。航空券を購入したとの連絡が昨日あり。さっそく宿泊予約をすませる。日本風旅館を希望したのでそういうところに。ただ、朝食にオートミールが食べたい、近所で食べられるところがあるか教えてほしいとのリクエスト。旅館の板さんにオートミールを持ち込んで頼んでみるか、近所のホテルなどで出してくれるところがないか探索するか、友人が来るまでには、してあげなくちゃいけないこと。その他、いるあいだに出かける場所、スケジュールなど、私がある程度考えることになるから、それも。


(^oo^)年賀状ー(^oo^;)

いうてる間に年末が来る気がする。11月も終わる頃には、来年の年賀状のデザインを考えてもらって、12月の最初には印刷して、そっからゆっくり書くという作業が始まる。去年はやらなかったから、2年ぶり。しかも、来年の干支は、寅だ。わたくし、年女ですねんっ。たこぶがどんなデザイン考えてくれるのか、楽しみ楽しみ(^oo^)


その他、演奏会が終わったら、会いたかった友達何人かに会いたいなーと計画中。
予定が色々あっても、合間の日に人と会えると思うんだけど、この予定がウタ関係だと、それがめんどくさい。誰かと「しゃべる」ということに臆病になるから。ついつい、一日会っていっぱいしゃべりましょうーって、楽しい予定のはずなのに、そういう予定を先延ばしにしてしまう。喉がいたまないかって、そんなしょうもないことを気にしてしまうから。そういえば、NYにいる間もそうやったなぁ。練習以外の予定は極力いれないようにしてて、あんまり人と会わないように、しゃべらないようにしてて、損しているような得しているような、複雑な暮らしだった。歌う人として暮らすと、そんなややこしいことになるんですな。まっ、仕方ないねんけど。


ってことで、おっと、練習しなくちゃ。ではまた(^oo^)/~~~
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by butakotanaka | 2009-10-22 11:04 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

英語のニュースを読んで、だいぶ理解できるようになった・・・・と錯覚してました(^oo^;)
ジャパンタイムスとか、日本の新聞の英語版とかは、日本人向けに書かれていてやさしいとは聞いていたけど、ニューヨークタイムズも読みなれてくると、パターンがあるというか、いや、けっしてバッチリ分かるわけではないけど、慣れてきてました。そんなに毎日は読めてないけど(^oo^;)

でも、今日の英語クラスの宿題になった新聞記事は、難しかったなぁ。先週は連休で休みだったから、二週間前の月曜に先生が配ってくれたもの。日本の経済について。借金だらけの日本政府は大丈夫なんかって内容。新しい民主党政府になって、問題は解決するんか、悪くなるんか、労働人口が減って行って、シルバー人口が増えていくけど大丈夫なんか・・・。まぁ、こうやってまとめて書いてみると難しくなさそうやけど、使っている言葉が、見たことないのんばっかり。1本の記事で、こんなにいっぱい手も足も出ない言葉が多かったのも久しぶりかも。ネットで検索してみたら、この記事かなぁというのが見つかった。

ここ
三分の一までしか読めません。その先は、仮登録したら読めるみたい。二週間は無料で登録できて、その先、気に入ったら本登録で有料なのかな。興味のある人、最初の三分の一でも読んでみてください。

いつも同じ新聞ばっかり読んでると、読めてきている気がするというか、自信を持つにはいいのかもしれないけど、いろんな新聞を読んで、いろんなクセというか、その新聞特有のネタや言い回しや文章の持っていきかたにふれるのも必要なんやろなって改めて実感。特に経済や科学歴史地理・・・・って、苦手な分野を書き出そうとしたら、特にといいながらいっぱいありすぎやん(^oo^;)

まっ、人生勉強勉強。英語の勉強って思わなかったら、こんな経済問題の記事、日本語でもちゃんと読んでないかもしれん。英語やから、分からんかったらくやしいぞって思って、最後までこの記事を読んだだけでも、自分をほめてあげよう(^oo^) ただし、もっと早く準備しなければっ。二週間前に分からんまま最後まで目を通したあと(その時点で理解度一割以下(^oo^;))、二週間ほっといて、昨日の夜中一時間、今朝早起きして一時間やった。一夜漬けに近い。若くないねんから、もっと前からゆっくり準備しないとね。反省だ。

こうやって一週間に一度でも英語にふれて、自分の目では選ばない記事にふれさせてもらうのは、いいよね。他の人の意見も聞けるし。やっぱ、ちょっとムリしてでも、このクラスは通い続ける価値があるかなと思った。
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by butakotanaka | 2009-10-20 00:13 | 英語・学校 | Trackback | Comments(2)

大きなモノ、小さなモノ、日々必要なものや、あればいいなってモノは出てくるわけで、その数が増えていくと、あれと、これと・・・と頭の中を占領して、だんだん満タンになります。そして、一つ、二つとそれが見つかって減っていくと気持ちいい。この一週間はそんな感じで、ちょっと嬉しい。


たこぶも書いてたけど、先週、キャンドゥという百円ショップに行きました。目的は、ダイアリー。カレンダーもあるといいなって。来年の予定がそろそろ入ってくる季節です。シルバーコーラスの本番、市の芸術文化祭は三月だし、それに向けての練習や予定が決まってくる。だいたい毎年、このぐらいの時期に来年のダイアリーが欲しくなるのです。近所のコーナンの中にはいってるダイソーに行ってみたけど、ダイアリーはまだ入荷していませんとのこと。キャンドゥならあるんちゃうかということで、行ってきました。ありましたよー。かなりの種類。昔、ダイアリー手帳というと、千円近く出して買ってたなぁ。いまや、たった百円で、十分使用に値する手帳が帰るのです。今回私たちは老眼が進んでおっきい字がよくなってきたこともあって、大きめサイズのにしました。普通の手帳より一回り大きくて、見開きそれぞれの左側が一ヶ月のカレンダー型配置で、右側が一日一行の縦型一ヶ月配置。カレンダー型には毎週ある予定が見やすく、一日一行の方は細かい予定が書き込める。巻末には、地下鉄の路線図などもついていて、ほんま百円と思えないぐらいです。

もう一つ欲しかったのがマスク。風邪予防ということもあるけど、二週間後に迫ってメサイアのコンサートに向けて、乾燥対策も大きい。夜、寝るときにマスクをして寝ると、朝起きたときに喉がすごく楽なのです。すぐに臭くなったり、汚れたりするから、使い捨てで安いのがいい。

週末、もう一度百円ショップにいって、七枚百円のマスクを買いました。これもええ感じ。でも、その帰りにマツキヨにいったら、マスク50枚入りが598円で売ってた。このぐらいの枚数用意して、春になって花粉症対策にも使えるかもということに。一枚あたりの値段はほとんど変わらないし、まっ、こんだけあっても、使い捨てだから、そのうち使い切ることでしょー。くさるわけぢゃないし、まっ、ええ買い物でした。はい。マツキヨではなくなりかけだったコンタクレンズのケア液も安くゲットできてご機嫌です。はい。


で、今日。
今日は、午前中、英会話の講座。北新地にある教室に出たついでに用事を色々。移動をすべて徒歩ですませたので、ウォーキングにもなったよ。

昼前、教室が終わって、北新地から御堂筋をテクテク。本町に。船場センタービルの中をさまよい、ずっと懸案であった黒のロングスカート、できればサイズが変わっても一生はきつづけられる、巻きスカートを探します。御堂筋の本町から入った最初のあたり、数軒、ダンス用の衣装を売ってそうなところを見つけたけど、看板がしっかり出てる。「卸しのみ。小売は一切しませんっ」って。うぇーん・・・・。小売してる店もあるんだけど、やっぱこういう衣装のようなもんは、小売してないんかなー・・・・とあきらめかけたところ、丼池(どぶいけ)筋を越えてすぐの北側に「コーラル」というお店を発見。ここが素晴らしい! ダンスの衣装や、合唱などのステージ衣装専門みたい。伺ってみると、丼池筋にある生地やさん。オーダーもかなりリーズナブルな値段で受けてくれるんだって。一枚でも、少しだけ追加料金かかるけど大丈夫。数枚単位になるとさらに安い。ドレスや、美しい各種デザインのブラウス、ロングスカートも各色、各サイズを取り揃えてます。

で、ロングスカート。ありましたー。しっかり巻きスカートで。サイズは幅がMとL、丈が95センチから110センチまで5センチ刻みで四種類あるんだって。私は、余裕がある幅Lの丈は一番長い110センチで丁度靴がかくれるぐらいの丈。この長さのは、近所のお店でもなくて、短いのしかなかったから、こないだのコンサートのときには、持っているスカートですませたのでした。その持っているスカートを今度のコンサートでも着ようと思っていたけど、ちょっときつい(^oo^;) きついと呼吸が入りにくくて歌いにくい。ガマンして着られないこともないけど自由度が低い。だから、今日、ふと思い立って、噂に聞いた船場に行ってみたのです。買える値段なら、巻きスカート欲しいなぁって。

で、この巻きスカート、お値段は5800円です。安くないですか? うちの近所のお店だと、もっと高いのしかなかったし、もっと少ないサイズしかなかった。さすが専門店だー。巻きスカートのオーダーもしてくれるんだって。プラス千円出すと、他の色でもう少ししっかりした生地でもスカートを作ってくれるんだそうです。黒の巻きスカート一つ持ってると、どんなフォーマルシーンでも使えそうだし、めちゃ嬉しい。結婚式やお葬式の教会のオルガンの御用とか、ちょっとした本番とか、これからそういうこともありそうだし。ドレスとかだと何回も着ないけど、黒のスカートはユースフルなのだ。この出費は、いい使い道だったかな。

お店のご案内。
船場センタービルには、北店南店があります。場所はこのリンクをクリックして参照してください(^oo^)私が行ったのは、北店です。お店の人もとても親切で、話しやすかったし、色々説明してくれました。いつかまた豪華なブラウス買うときには、ここだな。豪華ブラウス各種は、モノにもよりますが、一万円前後で売ってました。そこに吊るしてあるものを既製品として買えばそのままの値段。一枚しか買わない人は、それが一番お得かな。特殊なサイズも安くでオーダーできるし。演奏会なんかで使う人はいいよね。数人のグループでも、大きな団体でも、いい。大きな団体の場合、年ごとに新しい団員が次から次へと入ってくるけど、その追加注文にも対応してくれるそうです。

会社のウェブも見つけました。ここです。この社屋の方には、生地や素材類がたくさんおいてあるようで、ウェディングドレスをはじめ、ロングドレスのオーダーなんかもできるみたい。生地だけ買って自分で作る人もいるんだろうなぁ。

コーラス用のロングスカートって、百貨店とかで買うとすごく高いし、案外売ってないものなんですよね。ええお店見つけて、めちゃ嬉しい。大阪で探してる人は、ぜひこのお店に行ってみてください(^oo^)


で、スカートをゲットした後は、そのまま堺筋本町の中央区役所まで歩きまして、所用を済ませ、その後また堺筋をテクテクして、日本橋まで。そっから近鉄に乗って帰ってきました。一時間以上は歩いたんじゃないかなー。健康になって、ええ買い物できて、天気もよかったし・・・っていうか暑いぐらいやったし。よかったよかった(^oo^)

いやー、ちょっときついスカートを楽にはくために、真剣ダイエット覚悟か・・・と思ってたけど、これでダイエットの必要がなくなったさ。よかったのか悪かったのか? ダイエットしたほうがよかったのかなー。まっ、いいや。楽に生きるよろしあるよー。


さて、歩き疲れたから、ちょっと休憩しよっと(^oo^;)(^oo^;)(^oo^;)
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by butakotanaka | 2009-10-19 16:08 | MONO | Trackback | Comments(0)

帰国してすぐは、毎日やることないなー、妙にヒマやなー、どうしよーとか言ってた私ですが、最近、なんとなくほぼ毎日予定が詰まってくるようになりました。フルタイムで仕事しているわけじゃないのに、なんだか気持ち的にバタバタしとります。

で、またまたしばらく寝かせていました、たこぶとの交換エッセイ。今回、たこぶが投げてくれたお題は「予感」です。予感ですか。予感ねー。霊感でもない。ヤマ感でもない。第六感とはまた違うよね。

予感。たこぶ的にいうと、私は予感が当たりやすいタイプみたい。特に、野球見てるとき、私が「次、ホームランっ」とかいって、本当にホームランが出たときがあったり、たこぶが「次は打つで(^◎^)」といったときに、私が「いや、三振!」となんか感じる。それが当たっていたりすることも多い。これ、「多い」ってだけで、何も確率的に証明されていないし、はずれてることも同じように「多い」って気がするけど、たこぶはなぜか私の予感が「当たる」と信じているみたい。

たぶん、その一番大きな原因は、新庄やろなぁ。
阪神からメジャーにいって、日本ハムで現役生活を終えた、あの新庄選手のことです。
まだ阪神にいた頃やったか、ある試合で、新庄が敬遠ボールをヒットしたことがあったんです。そのとき、私たちテレビの前でライブで見てました。で、新庄の打席が来て、敬遠。キャッチャーが立ち上がって、横にずれた。

なんか、私は、腹が立ってた。勝負してーやーって。で、「新庄、打てぇぇぇぇ!!」と叫びましてん(^oo^;) そしたらたこぶが、完全にわたくしをバカにしたように「ナニいうてんの? 敬遠やのに、打つわけないやん(^◎^)」とせせら笑いまして。私は、「そんなことないで、打てるかもしれん。新庄、まけるなー、敬遠なんかくそくらえやー、打ってまえーーー」と叫び続けてまして。

次の瞬間です。たこぶの目がテンになりました。
新庄が、バットを思い切りのばして、フォームも何もあったもんちゃう、野球の基本も関係ないっとばかりに、バットを思い切り振り回しましてん。そしたら、そのバットがボールに当たった! で、しかも、ヒットぉぉぉ!!

これに、たこぶは、ものすごく驚いたようで(^oo^;) 私は勝ち誇ったように、「ほれほれほれ、見てみぃなー、私のいうたとおりになったやろ? 新庄うったやろ? でへへへへへーー」というわけです。

それからでしょうな。たこぶが、「ぶたこの予感、恐るべし」と思い始めたのは。

何か印象的なこと、大きな予感が一つ当たると、「こいつの予感は当たるのだ」と、思い込ませることができる、ええ例なのかもしれないです。


私自身、自分の予感が当たるかというと、ようわかりません。
っていうか、予感とは違うけど、目の前にいる人が、何が欲しいのか、何を考えているのかを「感じる」ことには、もしかしたら敏感な方かもしれんなーとは、思ったことがあります。もちろんはずれることもあるし、鈍感になることもあるけど。

学生時代アルバイトしていた飲食店で、お客さんがタバコを吸いたいなーって思ったその瞬間に灰皿を出していたり、何かこぼした瞬間におしぼりを出していたり、メニューが見たいなと、目をやった瞬間に、ハイっとメニューを差し出したり。このアルバイトで培われたものかとも思っていたけど、考えてみたら、もっと昔から来ているのかも。

子供の頃から、自分の両親や兄弟と暮らすことがほとんどなくて、誰か他の家族の中に入れてもらって暮らしてきた私。いってみれば、他人の中で育ってきたともいえるわけです。とても大切にしてくれたけど。なんというか、異文化の中で暮らしてたともいえるのかな。というか、自分自身の文化がなかった。自分の直接の両親や兄弟だけと、大きくなるまで暮らし続けると、自分たちだけのルールや習慣ってのができて、それがその家を出るまで続くけど、私は数年ごとにその「文化」が変化してまして。高知に住んでたとき、兵庫、大阪、そして自分の母親と。自分の母親と暮らしはじめたときでさえ、その前に暮らしていたのは一歳の頃で、それ以来になるわけだから、はじめて一緒に暮らすのとほとんど同じ。新しい「文化」がそこにありました。

暮らす家族が変わるたびに、新しい環境になじまなくてはいけなくて、空気を感じなくてはいけなくて、うまくやっていきたいと子供心に思うんでしょうね。きっと。それから、家族以外の友人や先生たちとの関係も、その一時的な家族と同じように大切だった。それで、周りで起きていることや、周りの人たちが思っていることを、感じよう、わかろうと必死でしていたのかもしれないです。

たこぶと結婚してから、自分の家族が初めてできたような気持ちがしています。結婚して18年。ずーっと同じ人と、しかも二人だけで暮らしてきているから、二人だけのルールや習慣ができて、それが何も言わなくても続いていく。これが快適だったりするんですね。だから、なにごとも敏感にかんじる必要はなくなって、楽になりました。っていうか、楽になって初めて、あー楽やなーって分かったという感じかな。

子供の頃の私は、一生懸命感じようとしていたんだなって、今になって分かるわけです。
だから、この人はこれからこんなことするんじゃないかな、こんなことが起きるんじゃないかな、こんなことを思ってるんじゃないかなって、それを感じようとするから、それが「予感」につながることも、時々あるのかもしれないですね。

こうやって、自分で整理して考えると、ほんと、人間って面白いですね。元々持ってる性格もあるけど、環境によって作られるものも大きいのだなぁと。

で、自分の子供時代を「かわいそうに・・・」と思うかというと、そうでもないです。
この「感じよう」とすることは、語学をやっていても、あるいは音楽をやっていても、おおいに役立っていると思うから。語学でも、自分が知っている言葉や表現は限られているし、知っている言葉でもいろんな意味合いが多方面にある。そういう足りない部分を補うのは、相手が何を考えているのか「感じる」ことなのかもしれないです。それによって、コミュニケーションがスムーズに行くような気がするんですね。相手の気持ちに共感することができれば、そんなに流暢に離せなくても、通じることってありますもんね。音楽でも同じで、隣で歌ってる人がどうしているのか感じてあげると、ハーモニーもうまくいったりするし、前で引っぱっている指揮者がどう思っているのかを感じることで、音楽が流れていく。


こう書いていくと「予感」というのは、ある意味、周りで起きていることにアンテナを張って、「感じた」ことのデータをもとに打ち出す計算結果に近いのかもしれないなーって思ってきました。どうかな?>たこぶ。

もしかしたら、まったく何の根拠もなしに、ふと感じる「予感」みたいなものもあるのかもしれないけど。そういうのがあったら、思い出したら、また書いてみたいと思います。


ってことで、予感の話はおしまい。
次のたこぶに書いてもらうお題、何にしようかなー。

うーんと・・・・。基本的な言葉にしよう。たこぶがどう思うか興味ある。
「喜び」 これにします。いろんな「喜び」があると思うし。

んじゃ、たこぶ、コレ書いて~(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-10-15 11:51 | ぶたこぶのコレ書いて | Trackback | Comments(0)

広島・長崎が、2020年の夏期オリンピック開催都市として名乗りをあげる予定・・・・と発表されました。なんか、久しぶりにオリンピック関係で、胸がワクワクする話です。

自分の地元、大阪が立候補したときも、気持ちは完全にさめていました。税金たくさん使って、経済効果だなんだっていうけど、結局は赤字になるだけなんじゃないの、そのときの首長さんが何か自分がやったことを歴史に残したいだけなんじゃないの、大手企業がいい思いするだけなんじゃないの、公共工事をたくさん作り上げる理由なんじやないのって、気分悪い想像ばっかりが浮かんだ。まったく応援する気持ちにはなれなかった。

今回東京の立候補も同じ。日本人として、別に東京でもう一度やらなくていいじゃんって思ったし、リオでいいじゃんって思ってた。みんなが普段行かない場所、今までかまってもらえなかった場所で、できるだけやる方がいいよなぁって思う。経済的に開催するのは大変で、お金持ちの都市しか立候補できないというのは、本当に哀しい。ぜんぜん民主的じゃないなぁって、ますます悲しくなる。リオに決まったのも、政治的な動きがあったというけど、どうせ政治的な動きなら、政治的な動きがあって東京に決まるよりは、ずっといいやんって思った。治安があまりよくないとか問題点もあるみたいだけど、これをきっかけに治安がよくなり、これをきっかけにいろいろ地元の人のために役立つ施設や交通網が整備されて、オリンピックの後、人々の生活がよくなる、そういうきっかけになれば素晴らしい。

東京が次にも立候補するかもしれないという話には、げんなりしていた。
でも、ここにきて、出てきた話、広島・長崎が立候補するかも・・・には、驚いたし、嬉しかった。

いつだったか、一ヶ月ほど前かなぁ、朝日新聞の声欄に投稿があって、広島にオリンピックをって内容だった。それを読んで、うわー、ええ考えやん、それって素晴らしいかもって思った。それが本当に実現するかもしれないなんて。

広島・長崎の両市にだけ負担をかけるような招致運動にしては、いけない気がする。
この二つの市の立候補は、平和憲法を持っている日本として、被爆国である日本全体としてのものととらえられないのかなと。この招致のために、たとえば国民一人が100円ずつ特別に税金を払ったとして150億円ぐらいが集まるわけで、たとえば、そうしたとしても価値があるって気がする。経済力がそれほどある大都市でもないわけだから、日本中が、国が他の都道府県や各都市、企業や個人、みんなが応援して盛り上げていくと素晴らしいなぁと。もし実現したら、私もボランティアとして働きたいなぁ・・・なんて、そんな夢さえ出てくる。通訳ボランティアとして働けたら素敵だなぁって。で、よく考えてみたら、2020年には、何歳だ? う・・・・もう、58歳かよ(^oo^;)(^oo^;) だいぶトシいってるなぁ。。。。でも、不可能な年齢ぢゃないよね。それまでに自分磨きがんばっちゃおうかな。

がんばれ、広島、長崎!! そして、日本!! って、久しぶりに思える話題だった。


もちろん、戦争の記憶は人によってさまざまだし、勝った側も負けた側も、原爆を落とした側も、落とされた側も、お互いに言い分があり、お互いに痛みがあり、もしかしたら恨みさえ残っているかもしれない。以前、中国に旅行したとき、盧溝橋の記念館にいって、日本兵がしたことのビデオを見せられ、中国人ガイドから説明を受けた。日本人はこんなにひどいことをしたんですよ、こんなに私たちは被害を受けたんですよって、何度も何度も何度も言われ、画像を見せ付けられると、本当に心がいたんだ。決して気分のいいものじゃなかった。私たちの世代がどう謝れば許してもらえるんだろう、どうしたらこの人たちの、この人たちの家族の痛みが消えるんだろうって思っても、答えは簡単には出なかった。

広島や長崎で世界的な祭典を行うということは、そういう影の部分もはらんでいるのかもしれない。ここを訪れることに、痛みを伴う人がいるのかもしれないと。原爆はよくなかったとそれは認められても、あの戦争を終わるには、これしかなかったとか、あれ以上死者を出さないためにとか、その人なりの親から伝えられた理由付けがあって、モノゴトっていうのは、見る面によって、まったく違う姿になるというか、その難しさもある。原爆はダメ、核兵器はダメ、分かっていても、難しい。それでも、そんな難しさを伴っているとわかった上でも、広島・長崎で、やっぱりオリンピックが実現してほしい。
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by butakotanaka | 2009-10-12 11:05 | Watch&Say | Trackback | Comments(6)

台風とノーベル平和賞

台風、怖かったなぁ・・・・と思いつつ、のどもと過ぎればってなもんで、もうすっかり日常生活に戻ってます。
でも、ほんまに怖かった。

最初は、正直いって甘く見てました。きっとどってことないよって。うちは海沿いでも山添いでもないし。でも、少しずつ近づいてきて風の音が今までの台風と違うんじゃないかなって思ってきて、居間に面した雨戸を数年ぶりに閉めた。三階の雨戸はベランダがある側で、ベランダでいったん風が弱まるから、きっと大丈夫って思ってたのでそのまま。そのうちまた風が強くなってきた。うちの近所が大丈夫でも、もしかしてどこかで電線が切れて停電になるかもしれん・・・と思ってきた。久しぶりにろうそくを探して、マッチを探して、ペンライトをポケットに入れた。普段あまり使わない携帯の充電を確認した。

夜の浅い時間、たこぶは二階の居間でパソコンに向かっていて、私は三階で腰をやすめて寝転がってた。ときどきすごい風の音がする。怖くなってきた。たこぶを呼んで三階の雨戸も結局閉めてもらう。で、またたこぶは二階へ。しばらく三階でモモちゃんと私だけ。そのとき、えらい大きな風がすごい音で吹いたかと思うと、家が・・・・揺れた(^oo^;) ほんまに揺れた。地震みたいに。震度3はあったでって思うぐらい。「ひえーーー」と思わず声が出る。二階にいるたこぶに「たこぶーー、怖いよーーーー、家が揺れたよーーー」って助けを求める。たこぶがあがってきて、「ほんま、今のは怖かったな(^◎^;)」。

結局、我が家に何も被害はなかったけど、一晩、あんまり眠れなかったなぁ。時々ビュンビュン、ヒューって風が鳴って。朝起きたら、少し先のお宅、今はもう住んでおられないところなんだけど、お庭のトタン塀が幅数メートルにわたってなくなっていた(^oo^;)風ではがされたというか、飛ばされたらしい。このあたりもすごい風が吹いていたことがわかる。テレビでニュースを見ると、各地で風や雨の被害がいろいろあったみたいだけど、亡くなった人はこの規模にしては少なかったのかな。何人かの命は奪われたけど。なかでも新聞配達をしていて・・・というのには、心を打たれた。新聞ってこれだけ技術が発達していても、一軒一軒、人が運んでくれているんだなぁって。ありがたく読まないといけませんな。ネットでニュースがいつでも見られるといっても、やっぱり紙の新聞が好きです。


で。
昨日。夕方、速報が。オバマ大統領にノーベル平和賞やて(@oo@)(@oo@)びっくりした。ほんまに。でも、なんかわからんけど、素直にすごいなぁ、この人でいいんちゃうかなーって、びっくりしながらも思ってしまった私。アメリカ人の友人がたくさんいるSNSのフェイスブツクに思わず書き込んだ。おめでとうって。でもほかの友人の反応や、ブライアンの番組にゆうべかけてきたリスナーたちの反応を見ていると、あんまり喜んでない人も多い。まだ何もしてないやんって。確かに。

私にはこの夏旅した広島での経験が最初に浮かんだ。ああ、この土地の人たちにとってオバマさんのあのプラハでの演説はここまで響いているんだ、揺り動かしたんだって思った。それからこないだの国連。アメリカの大統領が議長になったのも久しぶりだと聞いたし、議決したのも。国連のそのときまでは、この人本気なのかなって正直疑っていたけど、あれでまた、あ、もしかしてって期待が高まった気がする。リップサービスかもしれない、言うだけで実行は無理でしょうって思ってる人は、今でも多いかもしれない。でも、信じてみよう、いや、やりやすいように、やってくれるように、あるいは後にひけないように押してあげないといけないんだ、広島の人たちからそんな話も聞いた。同じような気持ちでノーベル賞が送られた気がする。これからお願いしますよーって。言ったこと、進めてくださいね、世界の人たちもお願いしますよ、彼に協力してくださいよーって。そうだとすると、何年もたったときに、この賞は意味深かったことになる。そうなるといいなぁ。そうなりますように。

アメリカではオバマさん、支持率が落ちてるらしい。健康保険改革が進まない。個人で保険かける文化だし、自分が病気にならないかもしれない、病院いかないかもしれないのに、万が一病気になったときのために、あるいはほかの病気の人のために、一律の保険料を払うとか、そういうのって簡単には受け入れられないのかもなぁって思う。日本ではある程度習慣になり、当たり前意識があるから、ある程度病院にいく頻度が少ない人でも、払ってるもんね。景気が悪い今、若い人でも保険料が払えない人もたくさん出てきてはいるけど。そう、習慣で普通に当たり前のように支払っていた日本人でさえ、払わない人が増えてきているという経済状態なわけで、そんなタイミングでアメリカに国民的な保険制度・・・となると、一番難しい時期なのかもしれん。逆にいうと、一番必要な時期ともいえるんかもしれんけど。

詳しいことは知らないんだけど、アフガニスタンの増兵のことでももめているらしい。支持率は下がってきている。そんな中の今回の受賞の知らせ。アメリカ国民にしたら、世界の人のためより先に、自分の国の人のために働いてよーってなもんやろなぁ。それも理解できる。もし鳩山さんが外交ばっかりに力入れて、日本国民がほったらかしにされてる気がしたら、それは批判してしまうと思うもん。オバマさんがアメリカ国民をほったらかしにしてるわけじゃないけど、実現可能かどうかわからんことばっかりいうて、世界の人たちにはよく思われてるけど、自分の国ではどうやねんって、ハネムーン期間を終えた今、アメリカ国民も彼を厳しい目で見始めていた時期。これって、ええタイミングやったんかな、それとも逆なでするタイミング? これから先の歴史の動きを後でみたときに、わかるんでしょうね。

とにかく、いや、驚きました。
この人は、いろんな意味で歴史に残る人になりましたね。その肩書きにまたひとつすごいのが加わった。って感じ。若いだけでもすごいのに。黒人としてはじめて。それで就任たった九ヶ月でノーベル平和賞やもんなー。

いやはや・・・・。


我が家は今日から、少しゆるんだ生活です。なんといっても、野球シーズンが終わりましたから。はい。タイミングよくオフシーズンの虎ファン番組「熱血タイガース党」(サンテレビ)も今日がスタート。オフシーズンですね。他のチームの戦い、のんびりと見させてもらおう。

そして、これまたタイミングよく、冬のスポーツ、我が家のひいき種目フィギュアスケートのシーズンが本格的にスタートなのだ。ゆうべはフィンランディア杯のウェブをチェック。夜中にはまだ結果わからず。朝起きてみたら、ショートを終えてなんと高橋がトップ!!! それも二位にえらい差つけて。得点みたら減点が1。転倒したってことかー。ユーチューブで探したらショートプログラムの動画がさっそくあがってた。どのジャンプでこけたんかなーって二人でドキドキしながら見てたけど、ぜんぜんこけない。あれ、どこでこけたの(゚oo゚) 全部ジャンプ終わってしもたで。スピンで周りすぎてこけるんかな、あ、ステップで張り切りすぎて、足がもつれるんかな・・・・と、これまたドキドキ見守っていたけど、こけない。うん? もう終わるで。こけてないやん。どこやろ・・・。そしたら、あーた、なんと。最後の最後、ポーズ決めるところで、ぼてって、音楽の終わりのその音のタイミングに合わせて、喜劇のように、あるいは死に絶えるヒーローのように(^oo^;) こけはりましてん。面白かったなー。ちょっとショートで短いはずなのに、後半ばてていて、かなりスピードが落ちていたのが、やっぱ病み上がりなんかなって感じ。でも、ほんま本人も言ってるけど、怪我する前よりうまくなってる。やわらかい。余裕しゃくしゃくに見える。練習のときコーチが「余裕ありすぎー」って何度もいってはったけど分かるな。余裕がありすぎて見えて、簡単そうに見えてしまって、迫力がなくなるというか、力が抜けすぎていて、すごいことしてるように見えない。すごいねんけど、これで得点が出るのかって心配になるぐらい。でも、今回の得点を見てるとその心配はないのかな。最後まですべりきる持久力だけかな、あとは。ほんと期待以上の仕上がりに、すごく興奮しました。来週からのグランプリシリーズはテレビでも放送があるみたいだし、ほんまに楽しみだー。

フィンランディア杯は、今日の夜が男子のフリーとか、女子のショート。女子はたこぶが好きな武田も出るし、村主も。結果が楽しみなのだ(^oo^)
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by butakotanaka | 2009-10-10 22:21 | 日常生活 | Trackback | Comments(2)

雨風がひどくなる前に、サンディに買い物に行ってきました。食料は確保しなければっ。予想どおり、生野菜系はかなり安くなってました。雨降ると客足が落ちるからかな。レタスとかキュウリとかゲットできてヘルシー気分(^oo^)

さて、昨日のこと。
古い知り合いとダブルで久しぶりの再会でした。一人は、昔アルバイトしていた飲食店のオーナーさん。働いていたのは私が20歳ぐらいの大学生の頃。最初の短大を中退して、音楽系の大学に行っていた期間、全部で3年ぐらい働いていたかなー。世間知らずだった私、ここでいろんなことを学んで、すごく感謝してます。お掃除の仕方とか、言葉遣いとか。そのオーナーさんは、その後、大阪を出て東京に進出、そこではじめたお店がまたまた大成功。でも、色々事情があってお店を閉めることになり、また関西に戻られていたことを、帰国後いただいた電話で知りました。会うのは3年ぶりぐらいかな。そう、何十年ぶりとかではないのです。

アルバイトをしなくなってからも、機会あるごとにオーナーさんとの縁は続いてきました。その飲食店を手伝っていたオーナーさんの弟さんがくも膜下出血で倒れて闘病生活をされていたときに、一緒に千羽鶴を折ったり、お見舞いに通ったり。私が東京にいったときには、その方のお店を訪れたり。「ちょっとお好み焼き一緒に食べない?」と、ふと気軽に誘ってくれることがあったり。私がアルバイトしたお店もたくさんあるし、そのオーナーさんのお店で働いていたアルバイトさんもすごくたくさんいると思うのに、なんとなく、この方との縁は、細く長く続いていて、人の縁は不思議だなーと思います。

で、昨日は共通の知り合いがはじめたカフェに二人で行きました。これが二つ目の再会。

私が住んでいる東大阪からほどちかい、八尾市の河内山本駅近くにあるカフェ・コスモスです。

このお店を経営されているご夫婦のご主人に、昔、仕事でお世話になりました。データ入力の仕事をしていた頃のことです。そのご主人は、私が出入りさせていただいていたシステム部の部長さんでした。机の向こうで、いつもニコニコとおだやかに微笑まれていた笑顔が、今はカウンターの向こうに。でも、昔と変わらない笑顔です。

奥様がお料理教室の先生をされていて、その奥様と二人、ご主人の定年を機に二年前の秋に開店されたんだとか。ご主人が定年されてたった二ヵ月後のことだって。すごいっ! サイフォン式のコーヒーの入れ方やケーキの焼き方をご主人が修行されて担当。その他、お料理は奥様が担当されているようです。

昨日は、ランチ飲み物つき千円というのをいただきました。上記のリンクをポチっとしていただくと写真があると思いますが、とにかく栄養のバランスがとれたヘルシーで品数が多い、充実したメニューです。普通ランチサービスって平日限定ということが多くて、おいしいお店を見つけても、たこぶを連れて行ってあげられないのがいつも残念に思う私。でも、このお店は違います。お休みが水曜と木曜なのです。お休みの日を使って料理教室をされているんだとか。だから、土日も開店。そして、土日でもこのランチがいただけるのだそうです。メニューは週替わり。つまり、金曜から週末をはさんで火曜までが同じメニューで、また休み明けの金曜から新しいメニューという感じかな。

マスター特製のシフォンケーキ、昨日は紅茶のシフォンでした。デザートプレートには、アイスクリームやコーヒーゼリー、フルーツも入って、これまたヘルシー。コーヒーも苦すぎず、まろやかで好きな味でした。

毎日開店は、10時半ごろで、ランチの時間までは、ブランチセットというのがあります。トーストに品数たっぷりのサラダ、卵料理、季節のフルーツに、コーヒーor紅茶、そしてもう一つスープorオレンジジュースor牛乳を選べる飲み物つき。これもええなぁ。

場所は、近鉄大阪線、河内山本駅から五分ほどあるいた住宅街の入り口にあり、瀟洒な構えがお店の前にたどりついた時点で、すでにほっとさせるムードがあります。前庭にはセージなどのハーブの花が咲き誇り、いい香り。井戸もいい味を出しています。座席は、テーブル席、カウンターの他、お座敷席もあって、箱庭から見える紅葉の木がまた心を落ち着かせてくれます。 

またお店の中にはピアノがあって、ときどきはコンサートなんかも開催されるそうです。お店の営業時間は夕方五時までなので、それ以降の時間やお休みの日など、ピアノの発表会やコンサート、パーティ会場としての使用も相談にのってくださるとのこと。知り合いが作ったというトンボ玉のアクセサリーなども売られていて、なんかハンドメイドな、そしてアットホームな、何時間でもいたくなるような、そんな場所だなと思いました。

さっき書いた山で最期を迎えたいという道を選んだご夫婦もいいなぁと思ったけど、ご主人の定年後、夫婦で喫茶店を開店して、毎日毎日忙しく、お客様を迎える、こんな人生も本当に素敵だなぁと思いました。自分の好きなことをして、誰かに喜ばれる、こんなに幸せなことってありませんもんね。

日曜の午後、教会の礼拝の後に、今度たこぶも連れていってみたいなー。
素敵なランチを、本当にごちそうさまでした。

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カフェ・コスモス cafe Cosmos
〒581-0013
大阪府八尾市山本町南4-11-20
TEL/FAX 072-997-8285
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by butakotanaka | 2009-10-07 13:13 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

大型台風かぁ

なんか大きな台風、来るみたいですね。大きな被害が出ませんように。だんだん小さくなっていきますように。

去年の台風シーズンには日本にいなかったこともあって、大型台風という言葉自体が、なんだか久しぶりな感じに響きます。考えてみたら、今年の夏は台風が本当に少なくて、大きな被害もこれまで出ていなかったんですね。いつか大きいのが来るぞと思っているうちに、もう10月ですもんね。気候がなんか変動しているのかなー。

台風で一番怖い思い出というと、確か二歳ぐらいのとき。1964年だから、そんなに歴史に残る大型台風ではなかったのかもしれない。でも、私のイメージは強烈。その頃、母の義理の両親家族に預けられていて、確か兵庫県の川西市に住んでいた(と思う(^oo^;))。小さかったから、どんな住所だったのかとか記憶が薄いんだけど。家は川沿いにあった。今から考えると、猪名川だったのかもしれないなぁ。で、その台風の夜、夕方の薄暗い景色の中、窓から見える川がいつもとまったく違う表情だった。まさに怒り狂っている感じ。ゴウゴウと音をたてて、いつもなら眼の下、何メートルも離れているはずの流れなのに、そのときには、窓の手すりの数十センチのところまで迫っていたのです。これがもっと進んだら、この手すりを越えて、このゴウゴウした怒り狂った流れが、家の中に入ってくるんだと思うと、もう涙が止まらず、ひたすら号泣していたのを覚えています。幸い、床下浸水はしたものの床上にはならなかったと記憶しているんだけど、あのまま家の中全体に浸水していたらとかんが得たらぞっとします。本当に、台風は怖いんだと思ったのがそのときの記憶です。

幸いにも、それ以降の人生では、ここまでの台風に出会った記憶はない・・・・と思ったら、あったな(^oo^;) 香港に旅したとき、たまたまシグナル10という最大級の台風が来ているときに滞在したのです。そのときの旅日記がここにありますが、ほんま怖かったなー。泊まったホテルが高層だったこともあって、台風であんだけのすごい風の音や揺れを感じたのははじめてやった。



今回の台風、そんなにひどいものではありませんように。
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by butakotanaka | 2009-10-07 11:36 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

こないだ京都テレビで放送されていたものを見ました。
調べてみたら、もうだいぶ前から各地方局で放送されてきたものなんですね。このサイトに詳しい情報がありました。第4回日本放送大賞グランプリ受賞作品だそうで、それに値する本当に素晴らしい作品でした。

野球もなかったし、何気なく新聞のテレビ欄を見ていて興味を持ちチャンネルをあわせたんだけど、もう見始めたら感動の連続で最後まで、なんというか、息をするのも忘れて、言葉を発することもほとんどできず、見入ってしまいました。そして、いっぱい考えさせられました。心を動かされました。

主人公はある老夫婦。戦争の出征前に結婚し、戦後に山で暮らすことを選び、そこで娘三人を育てます。でも、その後、子供たちの生活のことなどを考え、思い切って大阪に出ることに。ご主人がタクシーの運転手をして一家を支えますが、夫が65歳のとき、ある決断をします。それは山へ帰るということ。山の暮らしが忘れられない、あそこでこそ自分たちが自分たちらしく生きられると思うのです。妻もそれに賛同し、夫婦で山での二人暮らしが再開します。このドキュメンタリーは、その山での夫婦の暮らしを中心に平成3年からなんと17年間も追い続けた記録。90歳を過ぎて夫が命を終えるまで続きます。

夫婦の山での暮らしは、やさしいものではないけれど、スタート当初はとても順調に見えます。野菜などは自給自足。週に一度は町に出て、米を購入したり年金を口座から引き出したり。電気もガスもない生活で、まきを割り、風呂を炊き、お湯を沸かし、部屋をあたためる。小屋で寝るには寒すぎるからと、少し離れたところに廃車になったバスがあり、その中にベッドを置いて寝室に。腰が曲がりかけた妻を支えるように夫婦で仲よく手をつないで歩き、二人ともとてもたくましく、そして楽しそうに毎日の作業をこなしていきます。近所を気にすることもなく、ほがらかで大きな声のやりとり、はじけるような笑顔・・・。自分たちがやりたいように、自分たちの力で生きてるんだという喜びが、あふれています。

でも、老いは容赦なくこの夫婦をおそいます。夫が心臓発作をわずらい入院したことや、妻の痴呆が進んだこともあって、夫婦は老人ホームへの入居を余儀なくされます。数ヶ月の療養生活。山から離れた二人の様子は、とても元気がなく別人のようでした。毎日することもなく、狭い部屋でこたつに入り、ぼーっとする二人。妻の痴呆はますます進んだように見えました。というか、もう何もできなくなったのでは? もう何に対しても情熱を持つことは二度とないのでは? と思わせたし、夫の健康状態も、とても外での作業に耐えられないように見えました。なによりも、二人とも無表情になっています。目に生気が宿っていない。ああ、もうこのまま二人して弱っていくばかりなのか・・・と見ているものに思わせます。

ところが。数ヶ月して、二人はまた山に通い始めるのです。日帰りで毎日。朝、軽トラックで二人で出かけ、一日を山で過ごし、夕方ホームに戻る生活。驚きました。山に行くと、二人は、すごく元気になるのです。本当に別人のように。ボケていたように見えたおばあちゃんも、次から次へと自分ですることを見つけ、畑の雑草をとったり、山にキノコを探しにいったり。家族旅行では家族におぶってもらわなければ歩けなかったはずなのに、曲がった腰ながらも、テクテクと歩き、ひょいひょいとデコボコ道を動き回っています。おじいちゃんも、農作業をちゃんとこなしているのです。二人のペースで。誰からもせかされることなく。

人間って不思議だなぁと思いました。弱っている人がそばにいるとき、それが家族だったり大切な人だったりするほど、「もう何もしなくていいよ」「ゆっくりしてて」「じっとしてて」「大事にして」と言ってしまいがちだし、そうすることが一番相手にとってのやさしさであり、いいことだと思いがち。でも、もしかしたら、違うのかなぁと気づかせてくれます。厳しいように見えても、人間なにかやることがあると、まだまだエネルギーが見えてくるんですね。その「やること」は、ただの趣味であるよりは、できれば、生きがいであったり、生きるための毎日の淡々とした作業である方がいいのかもしれない。より自然なこと。食べるため、寝るため、健康を保つための何か。

娘さんが三人いるこの夫婦。子供たちは親をほっておいたのかというと、そんなことはありません。みんなとても親思いの子供たち。親を引き取りたい。弱ってきているのだから、自分たちが面倒みなくては。山で二人でなんておいておけない。そんな葛藤があります。何度も親を説得しようとします。でも、そのたびに「山でいたい」「山で最期を迎えたい」という返事がかえってくる。

そのうち、子供たちも親の生き方を理解し、尊重するようになってきます。週末に家族そろって、孫達も連れて山に通ってきたり、畑仕事を手伝ったり。家族みんながこの夫婦の山での生活を応援するようになります。

そうするうちにも、だんだん二人は簡単な作業さえできなくなります。一番したの娘さん夫婦は決心し、関西での暮らしを捨てて、貯金をはたいて、山のそばに一軒家を購入し、引っ越してきます。そして、夫婦から山の暮らしを引き継ぐように。最初は親孝行のために始めた山の暮らしを、この娘夫婦もだんだん楽しむようになっていきます。そして、おじいちゃんは何もできなくても、いつも山に連れてきてもらい、ただ一日中、椅子に座って、みんなが作業するのを見ているようになります。声も満足に出なくなっても、ここには米を植えよう、作業はこうしようと、山に来るとベッドの上では見られなかった輝きが瞳にやどり、人が変わったように。

やがて、おじいちゃんの命の灯火が消える日が来て、山での葬儀も終えて。おばあちゃんだけが、家族に連れられて山に通うようになります。それでも、おばあちゃんは痴呆もあって、おじいちゃんが亡くなったことを認識していません。受け入れられないのかもしれない。子供たちは学校にもう行った、おじいちゃんは山に仕事にいった、戻ってくるまでは、家に帰れない・・・・と、夕方になるとそういいます。大きな声で山に向って、「おじいちゃーーーーん」と叫ぶ、おばあちゃんの透き通った声がこだまします。


この番組って、大きな結論は何もつきつけない。でも、すごく胸に迫ってくるものがありました。ときには暖かく、ときには悲しく。ほんま、ええ番組やったなー。もうすでに見られた方も多いのかな? DVDとかになって、いつまでも何度でも繰り返して見られるべき作品なのかなと思いました。

私はどこで死にたいだろう。私にとっての桃源郷ってどこだろう・・・・。夫婦ってどんな関係がベストなのかな。子供たちがいたとしたら、あるいは私と親の関係ってどのぐらいの距離を保つのがベストなんだろう。親の近くに子供が住むことや、親と一緒に住んで面倒を見ることや、ホームに親を入れること、身体が弱った親をそれでも親たちだけで暮らさせること、外から見たら「薄情」に見えること「冷たい」と思われることが、実は一番の親孝行だったりして、人それぞれに最善の道というのは、違っていて、誰もその道を選ぶのに邪魔されるべきではないのかなと思い、でも、それが実はとても難しいことでもあるんだろうなぁ・・・・と、ほんま、色々考えさせられました。

ええ番組やったなぁ。
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by butakotanaka | 2009-10-07 11:11 | メディア・ラジオ | Trackback | Comments(0)