英語のブログにも少し書いたんだけど、去年の春までNYにいて以来、久しぶりにアメリカにいって、日本人にはほとんど会う機会もなく、ずっと英語だけの生活を三週間ちかくしていて、その中で歌ったりする機会もあって、自分の英語のことでも色々思うことがあった。


ワークショップの参加者で日本人は私だけ。でもって参加している人たちはほとんどアメリカ人。数人、スペイン語が母語の人がいたかな。あと、ワシントン近郊だけでなく、オハイオ州とか、セントルイスとか、フェニックスとか、NYとか、遠いところからの参加者もいた。

参加者の人たちとの会話も、休憩のときや食事のときなんか少し大変だったけど、何よりも大変だったのは先生たち。先生は、六人で、そのうち三人がアメリカ人。そのアメリカ人のうち一人は、めちゃめちゃ早口(^oo^;) この人には苦労した。残り三人はイギリス人。思い切りイギリス英語。そのうちの一人は指揮者で、この人、たとえ話が非常に多く、話が長い。楽譜の指示や曲想の指示を話し始めたはずなのに、食べもののことになったり、で、面白いことで話をしめようとするんだけど、ただのギャグじゃなくて、イギリス人のばやい、皮肉というかサーカズムっていうんですか、それで終わろうとする、で、言い終わって、なっ、面白いやろー? とみんなに確認するように。で、みんな、ヒヒヒッと低く笑うわけです。私、一人だけ笑えない(^oo^;) だって、話があっちいってこっちいって、文化の底辺がないと笑えないようなこと言われてもついていかれへん。

そういう「ついていけない」という感覚が積み重なってくると、たまらないほどの孤独感がつのります。大阪人だからか分からんけど、ギャグというか、笑いが分からんというのは、音楽が分からんよりつらいかも(^oo^;) みんなが笑ってるのに自分は笑えないというは、積み重なるとかなりのストレスやったなー。

同じイギリス人でも、他の二人の先生は話も分かりやすくゆっくりで、言いたいことも分かる。だからイギリス人全部が分からんわけでもないらしい。でも、イギリス人には、おもろいことを皮肉を込めていう文化はあるみたいで、この指揮者のことをアメリカ人の参加者の皆さんは、「めちゃめちゃイギリス人やねー」とかいうてはりました(^oo^;) 最後の方は、この皮肉についていけないだけで、かなり疲れを覚えた私です(^oo^;)


で、話す方はどうかというと、なんとかコミュニケーションはとれるというか、私が言いたいことは相手に伝わるけど、食事のテーブルトークとかで、アメリカ人同士の会話になると、容赦なく早いから、私一人に話すときと違って、私はこれまたついていけなくて、多人数での会話は相変わらず苦手だなーと思いました。これはいつまでたっても変わらないなぁ。パーティがますます苦手になるのだ。

時々、落ちこんだりしたときは、誰か一人ゆっくり話してくれそうな人、やさしそうな人を見つけて、「少し話してもいいですか?」と、二人だけの会話をしてもらったことも何度か。あと、音楽面も含めて色々落ちこんで人知れず狭い部屋で泣いてたときは、気がついた一人の人が入ってきてくれて、とてもゆっくり事情を聴いてくれた。

それから、友人のベンもすごく助けてくれた。行き帰りの車のなかで愚痴を聞いてくれたし、自分の愚痴も聞かせてくれて、その中でも彼のコメントで「ぶたこは、自分の英語のことで悩んでるみたいだけど、今回の参加者のなかには音楽初心者の人も多いみたいだし、指揮者の話というと、英語以前に彼がいう音楽用語や理論の話なんかは、まったく理解できていない人が多いんじゃないかなー、それで落ちこんでる人も多いと思うよ。ぶたこはその点では理解できているんだから、そっちの方が大切かもしれないよ」と。なるほど、そういうことで悩んでいる人もいるよね、きっと。自分だけが特別、じぶんだけがつらいんだなんて、なんて悲劇のヒロインになったんや、私・・・と少し気がついた。

だんだん開き直ってきて、分からないことは休憩中に質問するようになったし、指揮のセッションにも挑戦したりして、みんなの中でも認知してもらって、だんだん話しかけてくれる人も増えてきたし、先生たちとも親しく話せるようになって、自分の居場所ができてからは、英語も少しずつ落ちついて話せるようになってきた気がする。こういうのって精神的な要素ありますね。安心できて、受け入れてもらえていると思うと、安心して話せるというか。これは意識の問題だけど。

全体的にいえるのは、英語を話す時間、機会が増えて、あー、やっぱり時間が必要なんだなということ。度胸もいる、もちろん努力もいる、そして試してみる場所も必要。毎日、音読していても会話じゃないし、どんな形でも誰かと話せる機会が持てるというのは本当に幸せなことだなと思った。今でも、音読した方がしっかり発音できるし、緊張しないけど、誰かと話したら文法も発音もめちゃくちゃになるけど、その「めちゃくちゃ」加減が、少しずつマシになってきているのかなと思う。

お世辞だろうと思うけど、今回も、
「アメリカに住んでるのかと思ったわよー」
「アメリカに住んでる人より話せてるかもよー」
「話してるとき以上に歌ってるときのディクションは素晴らしいわ」
など、嬉しいコメントももらった。全部そのまま受け取ったらあかんと思うけど、励みにしてこれからもがんばろうっと。


で、もう一つの大きな収穫。
これは、今回で改めて、イギリス英語とアメリカ英語についての違いや特徴を学んだし、認識したということ。

先生たちがアメリカとイギリス半々だったこともあって比べやすかったのもある。

それから、発声を担当したアメリカ人の先生が自虐も含めて、今回のワークショップで歌った言語、イタリア語やラテン語と比べて、アメリカ英語の発音の特徴を話してくれたこともある。
「アメリカ英語だと、アの発音は、すごく下向き、べたーっとしてます。これ、歌には向いてません。もっと息が上昇するような音でないと・・・」とか。「イ」でも「ア」でも「ウ」でも、はい、アメリカ英語だとこういいますねー、悪い例で、いつも発音するようにいってみてー、はい、では、次、ラテン語のいい母音、歌にいい母音で言ってみましょう、と比べる練習を毎朝やってた。私にとっては、どちらも母語でなく、どちらかというとずっと歌ってきたイタリア語やラテン語の方が日本語に少し近い母音であることもあるし、歌いやすい。「o」という綴りを見ても「オウ」と最後に狭くはならない、「オー」と伸ばすだけ。でも、アメリカ人だと必ず「オゥ」となってしまうらしい。面白いね。アルファベットだと向こうの人の方がうまいに決まってると思いこんでいたのに。

そんな発声の先生の例を聞きながら、ほーっと思ってた。

で、そんな毎日の中で、少し仲良しになったソプラノのイギリスから来ている先生がいて、声の面でも発音の面でも人格でも、その先生のことが日に日に大好きになってきた。ワークショップでは、希望すれば、一時間50ドルで個人レッスンが見てもらえる。決して安い金額じゃないけど、一生もんやと思えば思い切って受けてみようかしら・・・という気になってきた。事前に申し込むこともできたけど、どんな先生にあたるか分からないから申し込んでなかった。もういっぱいかなーと不安になりつつ、その先生に直接「できれば個人レッスンを見ていただきたいのですが・・・」というと「喜んで! 時間とれるわよ」と言ってくれた。やたー。

こんな機会のときのために、10月にリュートソングのクラスの発表会で歌うダウランドという作曲家の曲二曲の楽譜を二部ずつ用意してきていた。「ダウランドの英語の曲を二曲、秋に歌うのですが、その曲を見ていただくことはできますか? 歌い方と発音を教わりたいのです」といってみると、「もちろん! 楽しみにしてるわ」といってもらった。

先生とのレッスンは本当に素晴らしかった。
これまでにもいろんな先生に教わってきたけど、本当に先生が変わると、また新しい発見がある。この先生からも、今までのどの先生にもなかったこの先生だけの歌があった。響きも独特で、ソロとしていうよりは、これまでタリス・スコラーズやザ・シックステイーンといった古楽系のアンサンブルで歌手としてずっと活動してこられた、そんな経験からきた発声。

あ、この項は英語のことだから、音楽的なことはこんくらいにして。

発音に関して、私の歌をきいて、特に不自然に聞える発音をなおしてもらった。

一番言われたのは、where there air といった「えあ」的な発音。これ、イギリス英語独特の音なのよって、何度も見本を見せてくれて。真似しようとするんだけど、なかなかうまくいかない。何度も何度もやってもらって、何度も何度も真似して、その中で「あっ、今の、ちょっといいわよ。それそれ、いい方向よ」と、完璧じゃないけど、いいといってもらったのでとりあえずそこでヨシとする。思ってたよりもずっと開いた音という感じ。

それから「over」とかにある、オウという発音。これもイギリスとアメリカでは全然違う音。これも何度かなおしてもらった。それから、「オ」の暗いやつ。mournにある暗い暗い音。これとmorningと moon。全部違う。でもうまくいえない。

歌詞を全部読んでもらって、一通り歌ってくださって、先生のレッスンを録音した。
帰って来てから何度か聴いている。ほんと、おかしくなるぐらい、先生が見本を示してくれて私がその後で真似してるのは、ぜんぜんうまくいってない。人の音をその通り真似するのって難しいんだなー。これでも何年か一生懸命発音のことを学んで、少しは耳がよくなってるつもりで、それでもできないんだもんなー。これまでの人生でやったことのない音って感じやった。この一時間のレッスンは本当に宝物の時間だ。

先生とまた会える日が来るかどうかは分からないけど、本当に受けてよかったし、出会えてよかったし、それだけでもこのワークショップに参加した意味が深かったなーと思う。


これまでの英語学習の経験で、いろんな英語にふれてきた。
そして、私の場合英語学習のモチベーションは、テストなんかで点数をとることでなく、コミュニケーションであり、歌に役立つ発音であるわけで、最初の頃から発音に特に興味があった。


最初のカナダでは、英語学校で、個人レッスンを気に入った先生に頼んで、詩の朗読して発音をなおしてもらった。この頃は今思えば相当にカタカナ英語やったと思う。気がつかなかったけど、今から思い出すと、先生の英語はまさしくカナダ英語で、「R」がすごく激しかった気がする(^oo^;)

次にいったニュージーランド。ここではイギリス寄り英語に衝撃。ペンがピンに聞えるし、カナダで習った発音で通じないし(^oo^;) なんで違うの、どう違うの? と学校の先生に質問しても、さぁ・・・って(^oo^;) 考えてみたら、自分たちの話してる英語の発音のことは言えても、アメリカ人がどう発音してるか比べることなんて、音声学の研究してるわけでもない限り、普通の英語学校の先生ぐらいだったら知らないことも多いのね。私の疑問はあんまり解決されないまま、ただ、ほー、英語ってこんなんもあるんやーという経験。で、ちょっぴりここの英語の発音もマスターほどいかないけど、真似しできることもあった。

で、次がNYです。アメリカ英語。といっても、ここでの先生は、移民英語というんでしょうか。世界中のアクセントが混ざったいろんな英語。そかー、通じたら、とにかく堂々と自分の国のアクセントを恥じずに話せばいいのね・・ということは学んだな。で、アメリカにも住んでる州によっていろんな訛りがあるんだということも。それが相当違うのだということも。

で、ここではいくつかの合唱団に所属したこともあって、アメリカ人でさえ、英語の歌をうたうときは、それぞれの独特の発音を統一するために、ここは、こんなアでいきましょ、ここはこんなウで・・・・と、話し合ってどんな色の母音か決めていた。英語はなす人たちだから英語の歌は楽勝でしょうと思うと、逆にややこしいのねと学んだ。



そんなこんなの経験から、私の、自分自身の英語の発音は、こんがらがってきていたと思う。
「きていた」と過去形にはできないな。「きている」と現在進行形かも。
いろんな人のいろんな地方の英語を聴いて影響受けて、でもって、何よりも自分の母語である日本語のアクセントも混ざって。

今回の経験で、そんな自分の英語が少し整理できるチャンスをもらった気がした。
とりあえず、自分が思ってきたどの音がイギリス寄りで、どの音がアメリカ寄りなのか、知りたい。で、秋に歌うことになっているダウランドの曲は、イギリスの作曲家で古い時代の曲だし、できるだけイギリス英語に近づけた発音で歌いたいなーということ。


そんな思いが強くなってきたここ数日、先生とのレッスンの録音だけではわからないことも出てきた。発音記号ごとにどんな音なんだろうと、歌詞に出てくる全ての単語の発音記号を記入しているうちに、はっきりしない音が出てきた。たとえば、gotの母音とか。アメリカだとアに近いけど、イギリスは? 発音記号は、aをさかさまにしたみたいな記号だけど、こんなんアメリカ英語にはないぞ。

で、ウロウロしてたら、いいウェブ見つけたよ!
BBCの英語学習サイト。
ここ です。

発音記号ごとに一つ一つビデオがあり、学べるようになっています。間違いやすい、まぎらわしい、ややこしい発音同士比べたりもしていて、本当に分かりやすい。音だけでなく口の形もビデオで見られるのもすごい。このビデオや教材がダウンロードできたりもするのです。太っ腹やなー、BBC。とりあえず母音は全部見てみた。で、驚いた。これまで、発音記号さえわかっていれば、同じ発音記号は同じ音のはずと思ってた。でも、違う。たとえば、catの母音。アメリカ英語のイメージ、キャって音よりも、イギリスの音は、だいぶ日本語のアの明るめというか、素直なアに近いような気がする。同じ発音記号でもまったく違う音が出てくるんだと気がついた。それぞれの発音記号のイギリス英語の音をしっかり頭に入れたくなった。何度かここで練習して、歌に生かすのだ。

日本語のウェブでは、ここ がありました。
これは、アメリカ英語とかイギリス英語とか書いてないみたいだけど、やはり発音記号ごとに映像も見られるようになっていて便利です。まだ詳しく見てないけどいくつか見てみて、なかなかよかった。


で、今、思うことは。
じゃあ、私は自分の英語はどうなって欲しいのかということ。
ある程度目指す音のイメージがないと、いつもどっちつかずになるんじゃないかなーって。
聴きとりの方は、いろんな種類の英語が聴けた方がいいと思う。でも話す方は、ある程度自分で定めておいた方がいいんじゃないかなーって。自分自身の英語の音の方向性を考える時期に来ているのかなーって。

こんなえらそうなこというてますが、たいして発音いいわけでもないんでっせ(^oo^;)
でも、そうやって目標を定めることは悪くないんじゃないかなってそう思うにいたったわけです。
英語学習もここまで来たのかなって思うと、なんとなく、少しはがんばってきたのかなって。
まだまだ、語彙も文法も全然なんですけどね(^oo^;)


とりあえず今日、現在の思いでした(^oo^)
[PR]
by butakotanaka | 2010-07-28 20:54 | 英語・学校 | Trackback | Comments(3)

うちだけなのかな、日本の傾向なのかな、部屋を出るときは電気を消して、テレビも消して、もちろんエアコンも・・・という生活が、とりあえずわが家では普通です。

しかし、今回滞在した友人宅は、これとはだいぶ違っていて、アメリカ人が全部こんなんちゃうと思うけど、これも生活の知恵から生まれた別の文化なのかなーと思いました。

まず、エアコン。この夏は、異常な暑さだそうなので、いつもの夏とどのぐらい違うのかは分からないけど、とにかくつけっぱなしです。しかも、すごい音! ゴーーー、ウォーーーとかなりうるさい(^oo^;) で、それが一階の真ん中の居間に一つ、二階は、階段あがったところの廊下の突き当たり的な場所に一つ。で、それぞれのフロアに一つしかない、古いそれほど大きくないエアコンが、そのフロア全部を冷やすべくずーーっと働いているのです。私が見ていた限り24時間動いてました(^oo^;) 要するに消すときがない。ほとんどない。滞在していた三週間弱のあいだ、数日だけ朝晩の温度が10度台に下がったときがあったかな。そのときは消してたのかな。

私の部屋は二階だったんだけど、最初はその音に慣れなくて、なかなか眠れなかった。それから夜になるといくら暑いといっても、冷房がきつくて寒い。で、ドアを閉めます。すると、音も冷房もかなりブロックされる。暑いなと思うとドアを開ける、寒くなったらドアを閉めるこうやってなんとかやり過ごしていました。

それにしても、私の感覚だと、冷房って部屋ごとにおいて、できるだけドアとか閉めて、その狭い範囲内だけを冷やすというイメージだったので、この小さな一台で24時間ずーっと家中を冷やし続けるというのは最初驚きました。でも考えてみると、家の温度、一度あがってしまうと全体を下げるのにすごくエネルギーがいるのかもしれないから、ずっと下げた状態を保っておく方が能率がええんやろか。詳しいことは分かりません(^oo^;)


で、そのほか。
たとえば、テレビ。これもかなりつけっぱなしです。
出かけるときは、電気とテレビはつけておく。安全のためだそうです。すぐにでも帰ってくるよーと泥棒さんに思わせるため。こういうやり方もありますな。朝から夕方までずっと出かけるときでもこの手法なので、そうかー、ここでもったいないと思って消して、泥棒入られるよりマシなんかと、妙に納得。広いお庭で、周りにそんなにたくさんの家がないんだけど、その分ねらわれることもあるのかな。

そして、電気。これもわりと無頓着で、書斎といわれる部屋、夜に何か作業して、朝になっても電気がついていることがしばしば。廊下の電気も。最初は気になって消していたりした私(^oo^;)、最後の方は、この家のやり方なのね、とほっとおくようになりました。


アメリカって、このお宅に限らず冷房はきついですね。もうちょっと温度をあげてもいいんじゃないのとは、いつも思うことです。みんな汗かくのがキライなのかな。涼しすぎるぐらいのところで上着をきるぐらいに過ごすのがいいって感じ。環境とかに鈍感になってしまうのもこんな文化から来るのかなー。まっ、私も普段そんなに敏感に過ごしてるわけでもなく、エアコンをできるだけつけないで・・・と思うのは、地球のことを考えてというより、自分ちの電気代の節約のためやけど(^oo^;)

前にNYで滞在したリサんちは、コンポーストがあったりして、かなり環境に敏感なお宅。エアコンもあまりかけてなかった気がする。その家によっても違うのかな。
[PR]
by butakotanaka | 2010-07-26 09:34 | | Trackback | Comments(2)

DC旅から~車社会~

写真の整理して文章と一緒にあげよう・・・と思ってみたものの日がたつばかり(^oo^;)
印象に残ったことは色々あるんだけど、全部整理してと思うとできない。
あきらめて、思ったこと、印象に残ったことなどを項目別に短く(?!)書いていくことにしたぞよ。

まず、痛感したのが車社会。これです。

友人宅は、DCといっても、いわゆるその郊外バージニア州にあります。車で中心部まで空いていればほんの半時間。しかし、この距離でも公共交通機関が充実していないので、なかなか不便なものがありました。

私が到着した空港は、ダレス空港。日本からDCへは、ユナイテッドと全日空の二社が運行しているけど、その両方がこの空港に着きます。この空港もバージニア州。友人宅からこれまたドライブで半時間ぐらいです。初日は、空港まで迎えに来てくれて、自宅まで。そこから自分で行動しようにも、ちょっとした買い物でも車が必要。スーパーにも、マクドにも、100円ショップ(ダラーショップ)でも。銀行のATMだって車です。初日は、銀行でお金をおろしたり、夕食やこれからの朝食に食べるものを買い物に・・・と車で色々連れて行ってもらいました。

ワークショップの間も毎日朝夕、友人とドライブです。これがまたけっこう大変。なんというか、毎朝がゲームのようなのです。目的地、ワークショップが行われている大聖堂に向うルート数種類あります。平日朝はすごい混雑。少しでも事故や工事があれば、そのルートはもうダメ。車に乗るなり 交通情報を必死で聴く友人。ここはあかん、こっちでいこう、あやや、ここで工事しとるやんか、ほならあっちやな、おっと空いてるってラジオでいうてたのに、込んでるやんか、なんでやねんっ・・・と、車の中の会話は、込んでるか空いてるか、工事なんでしてるねん、とかそんなんばっかりになります(^oo^;) 

うちは車を持っていないので、普段ドライブすることもなく、車に頼る生活って大変やねんなーって思いました。逆に予想に反して空いているときもあったりして、そしたら早く着いてしまう。早く着いたらそれでいいやんと思うけど、なんか友人は損した気分になるらしく「明日は10分遅く出よう!」となる。で翌日10分遅く出ると、今度は予想に反して込んでいて、さらに遅くなり、朝食を会場でとる余裕がなくなったりして(-oo-;) 正直、この車に左右される毎日に最後の方は少し疲れ気味だった私でした。そうそう、子どものときから車酔いをする人で、オトナになって吐いたりするほどではなくなったけど、やはり車の中で過ごす時間はあまり好きじゃなくて、そのせいもあったかもしれないです。

たこぶが来てから観光の毎日となったのですが、これはこれで大変。毎朝、出かけたい時間に友人に頼んで市内の中心部まで車で送ってもらうわけです。あー申し訳ないなーと思いつつも家に閉じこもっているわけにもいかないから仕方なくお願い。で、夕方は電話で連絡して、どこどこまで迎えに来て・・となります。ときには友人が夜合唱団の練習があったりして、そういう場合は私たちがその市内の練習場所まで一日の終わりに地下鉄とかを乗り継いで、わりと歩いたりもしてたどりついて待ち合わせ。場所がけっこう不便だったり時間が夜の10時と遅かったりして、それまで時間をつぶすのが少し大変だったり。一日だけでも早起きして、朝早くから観光したいなーと思いつつも、「早い時間は、通勤の車ですごい混雑だからやめた方がいい」と言われ、断念。個人で観光に出かける場合は、市内のホテルに宿泊するんだろうけど、その場合、こういう足の問題は解決されても、宿泊代はめちゃ高い!私たちはラッキーなことに宿泊させてもらう場所があったわけで、その点ありがたい。少しぐらいの不便は仕方ないということなんだけど。

不便だとか大変だとか、そういう思いも少しはあったけど、とにかく、あー、ここって車がないと暮らせない土地なんだなーということを痛感したのでした。

一応、バージニアの郊外にもコミューターと呼ばれる通勤電車は走っているしバスもある。でも、友人の話では遅れるのは当たり前だし、コミューターは、朝はバージニアから市内まで、夕方はその反対方向のみの運転で、一日の本数も少ないそうです。

あっ、それから面白いと思ったのは「HOV」というシステム。ハイウェイに、普通の車線と、HOV車線を設けているところがあります。このHOVというのは、High Occupancy Vehicleの略。路線によって違うんだけど、「二人以上」あるいは「三人以上」と規定を設けて、より多くの人数を載せている車が優先して走れる路線。こっちの方が空いていて早く進むので、できるだけ一人だけで乗るのではなく友人たち誘い合わせたりして、車を乗り合いで通勤しようというのを奨励しているみたいです。こうすれば、少しでも台数を減らせるという狙いなのかな。でもときどき、このHOVの方が込んでるときもあったので、皮肉なのですが(^oo^;)

あと、新しい表現で覚えたのが、back-up。これ、渋滞という意味で使っていました。私が知っていたのはtraffic jamとかだったけどそんな言葉は聞かず、これのみ。I had a huge back-ups.とかいって「ひどい渋滞にあっちゃったよー」とかそんな使い方。バックアップといえば、コンピュータのデータを念のため保存しておいたりするのに使うけど、渋滞にも使えるとは知らなかった。

DCは地下鉄もあるし、バスや他の鉄道も走っているから、もう少し自分たちだけで行動ができるのかなーと思ったけど、さらに地下鉄が充実しているNYと違って、やっぱり車がないと暮らしていけない土地なのかなと思いました。でもって、私たちにはムリやなって(^oo^;) そうそう、地下鉄といえば、NYの地下鉄と全然違います。まず車内が美しく、飲食禁止。誰も食べたり飲んだりしてない。NYだと本格的に車内で食事してる人がいっぱいいて、私もよく食べたり飲んだりして時間を節約したもんだけど。それから料金も少し高めかなー。NYはどこまで乗っても均一料金だったけど、ここは距離によって高くなります。そうそう、それから時間によっても違う。朝と夕方の通勤時間は高くて、それ以外は割引料金。販売機で切符を買うときに注意です。カードのシステムとか、販売機を使いこなすのも、なかなか大変やったなー。最後の方でだいぶわかってきたけど。

日本に帰って来て、毎日車に乗らなくていい生活がけっこう嬉しかったり、ほっとしたりしています(^oo^)
[PR]
by butakotanaka | 2010-07-26 09:04 | | Trackback | Comments(0)

帰ってます(^oo^)

7月2日、自分の誕生日の朝に飛び立ち、今週の火曜に帰ってきました。
あっという間の17日間。
ついたその日は、近所のお店で食料などお買い物、銀行でお金をおろし、友人夫婦のお隣の敷地に住む長男夫婦とちょうど遊びに来ていた次男の娘さん二人を紹介していただいて遊んだり・・・。

翌土曜は、ケネデイセンターでやっていたReduced Shakespeare Comanyという三人芝居に連れていってもらった。映画の題名や有名なセリフをもじってつなげたコメディ。早口で何をいってるのか分からんかったけど、面白いということは伝わった(^oo^;)終わって役者さんにサインももらったし。その後、Antietam Battlefieldというところで、独立記念日の演奏会と花火。ホンモノの大砲をはじめて見た。

日曜は、友人たちが通ってる教会の礼拝に出席。でかい教会とすごい音量のオルガンに驚く。
月曜から次の日曜までは、古楽合唱のワークショップ。
いろんな意味で鍛えられる。音楽的だけでなく、英語面でも、精神面でも(^oo^;)

まったく知らない人同士が出会い、一緒に歌うということは、いろんなストレスがともなう。声があわない、間違う人がいる、リズムがあわない、性格があわない、会話がかみあわない、などなど。不信感、焦燥感、孤立感、落ち込み、イライラ、そういうマイナスの感情がとめようもなく生まれる中、毎日生活を共にし、食事を共にし、音楽以外の会話に興じ、弱みを見せ合い、助け、助けられるうち、少しずつ信頼感が生まれ、はぐくまれていく。とても素敵な時間だと思う。私も多分にもれず、泣いたし、イライラしたし、落ちこんだし、どうしたらいいんだとなった。そのたびに助けの手が差しのべられ、気分転換のネタが提供され、明るい要素が与えられる。

教授陣全員と気があったわけではなかった。音楽的にうーん・・・と思う人もいたし、指導者として好みじゃないなーって人もいたし、それ以前にその人の英語がまったく理解できないほど早すぎて好きかどうかも分からなかったり(^oo^;)。その中でも、あっ、この人の体操はいいな、この人の発声はいいな、この人の音楽素敵だなという先生も。そして、そんな先生にはできるだけ積極に声をかけ、分からないことは質問した。とても丁寧に答えてくれ、ワークショップ内容以外にも得たものがたくさんあった。

行く前には考えていなかったんだけど、希望すれば個人レッスンが受けられるというシステムがあった。このワークショップはイタリアものを歌うというテーマだったので、イタリア語かラテン語の曲ばかりを取り上げていた。私は個人的にこの秋、ダウランドという作曲家の英語の曲を歌うので、そっとその楽譜をしのばせていった。もしかしたら、受けたいなと思える先生に出会えたらレッスンしてもらえるかも・・・と淡い期待をもって。

そして、ぜひレッスンを受けてみたいと思える先生に出会った。サリー・ダンクリーというその先生は、元タリス・スコラーズで歌っていたという人で、ザ・シックスティーンの創設メンバーでもあり、今でもそこでは歌っておられるらしい。今は楽譜の監修や研究の仕事もしておられる。テナーパートからソプラノまで幅広くカバーできるその声、豊かな共鳴、母音の響きが素敵だなと思った。運良く、個人的にも話す機会が多く与えられて、その中で「先生にレッスンを見ていただけたら・・・」とお願いしたら「もちろん!」との返事。イギリス英語の発音を教えて欲しいなと思っていたそのダウランドの曲を一時間しっかり見ていただいた。録音もしたし(^oo^) これがもしかしたら今回の一番大きな収穫かもしれない。一週間で何が変わる・・・と思っていたけど、だいぶ影響を受けて、いろんなことが変わった気がする。また時間をかけてゆっくり書いていきたいけど。

実は少々がっかりすることもあったんだけど、終わってみたらそんな素敵な出会いもあったし、日本からわざわざ参加した私をみんなすごく歓迎してくれたし、話しかけてくれたし、孤独を感じたこともあったけど、とにかく、行ってよかったと今、心から思える。

最終日には、本当にもうクタクタ(^oo^;)

次の日にたこぶが日本から来てくれたときは、めっちゃ嬉しかったなー。
二人で観光するのも嬉しかったけど、いっぱい話せるのがとにかく嬉しかった。
日本語で話せるというのもあるけど、価値観が同じで、今までずっと音楽を一緒にやってきて、分かり合える人と話せるというのが嬉しかった。朝から夕方まで二人という時間が多かったので、いろんなところを見て歩きながらひたすら話した。そうしながら、傷も癒され、疲れも癒され、楽しむというスイッチにゆるやかに切り替わっていった気がする。

たこぶが月曜に来て、楽譜やさんで楽譜をひたすら見たり、動物園、博物館、ワークショップで歌った大聖堂、ユニオンステーション、オリオールズ観戦と、毎日、酷暑の中をめいっぱい遊んだ。

向こうは本当に暑くて、毎年こうなのかと思ったら、今年は異常だとみんながヒーヒーいうてた。38度ぐらいには普通に毎日のようにあがってたし。雨もあんまり降らなくて、植物が苦しそうやったなぁ。

まっ、細かいこと、気がついたこと、思ったこと、分けて書いていけたらなぁと思って、項目は書き出しているんだけど、長崎のことも挫折しているしどうなることやら。写真もいっぱい撮ってきているので、ちょっとでも紹介でけたらなと思ってます。

とにかく、色々あったけど、一生の思い出に残る旅になりました。
出会いもたくさんあったし。

帰国して、いきなしアクティブモード。
今度の日曜は礼拝のオルガンということで、今日は教会で練習。昨日から今日にかけて家ではその選曲作業。向こうで買ってきたオルガンの本を弾いてみてそこから選ぶことに。せっかくやし。しかし、日本も暑いですな(^oo^;) 今日、礼拝堂で冷房ない中オルガン弾いてたら、汗が出すぎて脱水状態になりそうになりました。氷水を台所でいただいて生き返ったけど(^oo^;)

コーラスの練習やら個人レッスンやらは来週から。九月に教会で賛美をテーマにした礼拝があってその企画を任されているので、その作業もしっかり進めなくてはいけないし、古楽のクラスの発表会も10月にあり、そのために練習もしっかりしなくては。向こうであったことも書き残しておきたいし、英語の勉強はまだまだやなーって実感したから、くやしいからもっと英語がデキル人になりたいっ。たくさん本をいただいてきたから、たくさん読んで、もっと読める人、話せる人、書ける人になりたい。歌ももう少し深めたいし、オルガンやピアノもうまくなりたいなー。それから指揮の指導も少し受ける機会があったけど、まだまだ。進歩したいことだらけ。迫り来る年齢とたたかいつつ、まだ人生残ってるし、ぼちぼちとがんばっていきたいな。今回の出会いに感謝しつつ、そして日本での大切な友人たちの存在にも感謝しつつ。

たこぶも書いてるけど、時差ぼけはなかなかしんどいです(^oo^;)
ヘンな時間に寝てしまうので、夜がぐっすり寝られない感じ。暑いのもある。昼の活動がにぶる。
暑いからエネルギー吸われるし(^oo^;)
あー、夏ー、はやく過ぎてくれー(^oo^;)
[PR]
by butakotanaka | 2010-07-23 00:24 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)