今日は月曜で、プロ野球がない。つまらんー・・・と思うのがいつものことなんだけど、今シーズンは時々お楽しみがありますねん。

大阪のABCラジオ1008Hzで、野球がない夜に、不定期である
「赤星(レッド)と次郎(ジロー)のオーライオーライ」 という番組の放送がありましてん。
去年惜しまれながらも引退した阪神タイガースの名センターで今は野球解説で活躍している、赤星さんと、ABCアナウンサーで、虎バン!というタイガース応援番組のホストをしてはる清水次郎さんの二人ですすめる番組。毎回、野球関係のゲストや、マジメな政治解説のゲストだったり、ときには芸能情報のゲストも呼んだりして、さまざまなトピックについて話すのです。印象に残ってるのは、赤星さんがサッカーについて、ワールドカップ前に熱く語っていたこと。そして、優勝予想でスペインが強いよーって言うてはった。結果は見事に的中。普段からよく見てるからこそ当たったんやなって改めて尊敬。何事にも徹底的にマジメに取りくむ人なのだと再認識。


毎回放送時間が違っていて、二時間だったり、三時間だったり。今回は一時間。
短くてつまんないなーと思っていたら、すごい実験が!
ユーストリームというシステムを使って、動画配信があったのです。
こういうの大好き!ってことで、早速早くからスタンバイしていたわが家。
動画配信している画面の横では、視聴している人たちがログインしてチャットに参加できるのです。

放送開始数分前に、なんとユーストリームでは配信が早くも開始!
すごくきれいに映ってた。赤星さんが川藤さんのモノマネしたりして、すごく面白い!
もうすぐ本番ですよ、はい、始めますーなんてところも見られて、得した気分。

生の電話ゲストは、まず平野選手。
自分のことを深く理解してくれている、がんばってる姿を見てくれている赤星さんの言葉に、うるうるきてはった。オリックスから変わってきて、マスコミの取り上げられ方の違いにとまどい、ちょっとしたことが大きなニュースになり、ちょっとしたミスで落ちこんだり悩んだりする日々だったんだって。今シーズン、大きく躍進して、今のコンスタントな成績を残せているのは、そういうことへの心理的処理というか、処し方を学んだからかもしれないって。

何かミスをしたときや、うまくいかないときって、別に人に言われなくても、その前に自分で十分分かっていること。それをまた上から押さえつけるみたいに、マスコミに書かれると、きついんやろなー。気にする性格だと余計に。それでも、マイナーな球団にいると、記事の取り上げられ方も小さいから、キズも小さくてすむところもあるのかも。その代わりいいことしたときも、あんまり取り上げてもらえない寂しさはあるけど。自分ですでに気にしていること、悩んでいることを、日本中に報道されるって、しんどいねんなって、平野選手の話を聞いていて改めて思った。一線で活躍するということは、肉体的なこと以上に、精神の鍛錬が必要なのかもしれんね。悟りというか、一種に境地に達しないと、続けていけないのかもしれない。

こんな暗い深い話ばっかりしてたんではなくて、インタビュー全体のムードはとても明るかった。ロッカールームで赤星さんにどんだけいぢめられていたか、特に風呂では熱湯かけられたり、色々いぢられてたって。それを嬉しそうに語ってはった。オフシーズンに、二時間スペシャルとかで赤星さんと平野さんでトークしたら?と持ちかけられると、「ぜひ!」ってノリノリやったよ。実現するといいな。いわゆる、スター選手然としていない平野さんのトークは、とても自然で、とてもよかったです。


後半の電話ゲストは報知新聞の女性スポーツ記者さん。以前は阪神の担当やってんけど、今はオリックスにかわっていて、今日も帯同して群馬にいるんだとか。

電話にでてすぐ、「あの、まず特別ゲストがいるので、代わりますねー」とキャピキャピ、にこにこ声でいう彼女。レッドとジローも、「はいはいー!」と軽く返事して、

出てきたその声に、聴いてた人全員が驚いたはず。
「あー、もしもしー」って、もしかして? うわっ、まさか?
岡田さんやん! そう、オリックスの現監督、岡田さんだったのです。
この枠の特別番組にも岡田さんは何度か出演していて、清水さんとも一緒に何回も番組してはりますねん。実は私、前に岡田さんが出演してはったときにメールしてそれがオンエアで読まれて、道上さんと二人並んだサイン色紙が当たったこともあるのだ(^oo^)


清水さんが「監督、お久しぶりです。清水です」とか自己紹介してるのに、岡田さん「清水? だれや?」とかとぼけたりして、岡田節全開!

あまりにものビッグなサプライズゲストに、赤星さんも次郎さんも、かたまってて、ナニを聞いたらええのか分からん状態。シドロモドロとはこういうときに使う言葉やなと思った。

そんなこんなで、なんか、すごく楽しかったなー。
ガラスの向こうのスタッフルームが見えて、チャットでみんなとわいわいいってて、その発言が時々オンエアでも読まれたり。今はネットでもラジオが聞けるradicoというのがあるけど、エリアが限定だし、このユーストリームなら関東の人でも海外の人だって見られてしまうもんね。CMの著作権のこととか色々難しいことはあるんやろうけど、こういうのって、もっと増えるといいな。

次回の放送は、9/17だそうです。三時間やって。動画配信ありますように。三時間あったら、もっと楽しいやろなー。オフシーズンにも続いて、阪神の選手やコーチ、監督なんかもどんどん来てくれて、ゆったりしたラジオな雰囲気で、しかも動画で見られて・・・。最近とみにテレビが「うるさい」と感じて、消してしまうわが家なのでこういうのは大歓迎(^oo^)



もう7-8年前から聴いているネットラジオ。
最初は、英語の勉強のための、BBCとかCNNやった。
それで、NYのWNYCという公共放送のラジオ局が無料で生放送聴けて、アーカイブも公開してると分かって、ブライアンの番組を聴くようになって・・・・。で、その番組でも、今では時々動画配信してはる。特別の公開生録音のときとかに。それから、動画じゃないけど、生チャット。大統領選挙や、選挙前のディベートのとき、放送に合わせて、それを見ながら聴きながら、出演者や報道記者やコラムニストが、リスナーと一緒にチャットしてくれるんですね。それがすごく面白い。

やっぱアメリカは進んでるなーなんて思ってたけど、日本でもこういうのが増えてきたね。
まだ日本はラジオ番組で、生でリスナーからの電話をがんがん受けて、がんがん流す、番組のホストと生で会話するというのはほとんどない気がする。大体がFAXやメールの紹介だけ。アメリカは、電話で生でリスナーと対等に議論するというのが面白いし、日本ももっとそんな風になるといいなと思うんだけど。


ユーストリーム、あれって、一般の人でも簡単に動画配信とかできるんかな?
アメリカの友人で合唱団がコンサートを生配信するよって案内が来てたなー。そういうのもはやってきてるみたい。

今は、自宅でネットラジオ局だって開こうと思えば開けるもんね。
そういうのも面白いなー。
いつかわが家でも開局したりして(^oo^)(^oo^;)

今日の番組を見ながら聴きながら、そんないろんなことをつらつらと思ったのでした。
あー、楽しかった。
おやすみなさい。

おっと、たこぶ(^◎^)も同じネタで書いてたよ。
オーライオーライも読んでね(^oo^)
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by butakotanaka | 2010-08-30 23:28 | メディア・ラジオ | Trackback | Comments(0)

って、いつも一生懸命応援してるんですよ。もちろん、タイガースのことですけど。
でも、今夜はよりいっそうってことです。

なにせ、高卒ルーキーの秋山くん、二回目のマウンド。
前回もええピッチングしたんやけど、五回までの勝ってる間に替えずにベンチが色気出してもう一回あげたもんやから、しっかり打たれてしまい、本人くやし涙。巨人相手にあの東京ドームの満員の観客の前で、あそこまでええピッチングして、くやし涙流してる姿見て、おばちゃんは惚れたよ。

で、今日こそ勝って欲しい。勝たせてやってくれー・・・と祈るような気持ちで応援しましたさ。
私らだけじゃなくて、全国の阪神ファンが同じ気持ちやったと思う。
秋山くん、すごいわ、それにしっかり答えるピッチング。
もちろんピンチは何度かあったけど、そのピンチになったときの胆のすわり方がまたすごいと思った。
それにラジオ解説の湯舟さんも言ってたけど、本人が気がついているかどうかは分からないけど、リズムがええって。だから、後ろの守りもテンポがよくなって、ファインプレーが出やすいって。

テレビ解説の江夏さんも、なんか解説してて嬉しそうやった。年間200イニング投げるピッチャーに育ってほしいって。それだけ素質をかっているから、そんな言葉出るんやろなー。両方とも投手出身の解説者やったから、余計に解説にも力が入ってたのかも。

とにかく、昨日三振の山やったマートンもすごい勢いで安打を量産していたし、ブラちゃん本塁打は出なかったけど、ヒットしっかり打ってくれていたし、んでもってなんといっても、今日は守りがしまってた。これが気持ちええ。後続のピッチャーもみんなよかったなー。最後の球児が打たれたのは、まっご愛嬌ってことにしとこ。もう何年も何年も抑えやってて、時々こんなことはあると思う。少しずつ年齢も重ねていってるし。その日によって調子も違うわけやし。今日は点差があったからそれなりのピッチングやったんでしょうと思うことにしよう。

あー、秋山くん、ほんまにおめでとう(^oo^)
高卒のルーキーが先発で勝利投手になるのんって、遠山さん以来の24年ぶりとか言うてはった。
勝利の記念ボールは、昨日誕生日やったお母さんをはじめとする家族にプレゼントやて。
ええ話や。

去年の秋、思ってたよりもドラフト指名の順位が低いと、くやし涙を流してた映像が前にニュースで流れてた。打撃もすごくて、身体も大きいから、伊予ゴジラって呼ばれててんて。

こういう将来が楽しみな素材が出てくると、ほんまにワクワクしますね。

人間何歳になっても進歩できる、新しいことを学べるんだという可能性も楽しいけど、
若い、ついこないだまで甲子園の高校野球出てた子が、プロ野球の舞台で、ついこないだまでアメリカのメジャーリーグで活躍してたキャッチャーに球を受けてもらってる。ドリームやなー。ええもん見せてもらいました。

これから、応援するでー。
毎回ええ調子とはいけへんかもしれんけど、がんばってな。
甲子園で投げる姿、いつか生で見たいなー。


秋山くん、今夜はほんまにありがとう(^oo^)/~~~
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by butakotanaka | 2010-08-28 23:05 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

午前中は二人の歌の生徒さん。自分自身の調子はよくなかったけど、生徒さんは着実に進歩している。嬉しいことだ。

最近、私は、スポーツと歌を結びつけて考えることが多い。

あるとき、テレビ大阪の野球中継で江夏さんが、あるピッチャーについて解説していた。このピッチャーは見た目ほど球がキレていない、走っていないというような感じで、具体的にどういうことですか?とアナウンサーに聞かれ、「なんていうんでしょうねー、アクセルとブレーキを一度に踏んでいるようなピッチングなんですよ」と言った。これにめちゃ納得。で、自分の歌を思い出したとき、私って、昔から考え過ぎに陥りやすい。考えること自体は大切なんだけど、考えすぎはよくない。歌うときに同時に考えてしまう。つまり迷ってしまうわけです。この迷いがブレーキになって、声がぽーんと出ない。

で、次の日、歌の練習するときに、「アクセルとブレーキは一度に踏まない。迷わないのだ」と思って歌ってみたら、これが案外うまくいった。

広島のマエケンが、今年、すごく球が速くなったと評判で、そのインタビューを読んだとき彼の発言のなかに、0から、次の瞬間100になるコツをつかんだ・・・のようなことが書いてあった。さっきの江夏さんの解説と共通するところがある気がする。

多分、球を投げるときも、歌うときも、あんまり必死になったらいけない。暴力的にがんばったらいけない。でも、ある程度自由に、身体がやりたいようにやらせてあげることも大切で、そのためには、基礎体力が必要で、十分な体力があって、身体が自由に動き、呼吸が自然にできて、で、ポーンっときっかけを与えてあげると、持っている力、いや、持っている以上の力が出る瞬間があるのかもしれないなー。瞬間というか、そういうツボがあるのかも。

つい数日前、今度はヤクルトの由規のインタビュー。彼も今年めちゃ球が早くなった。で、最近特によくなってる。実は彼も、私が読んだマエケンのインタビューを見て、0から100理論に感銘を受けたみたい。で、やたらめったらがんばるんじゃないやり方で投げる練習したんだって。球のにぎりを浅く、ゆるくしたんだとか。最初はキャッチボールもできなかったけど、慣れてきたら、力の伝わり方が変わって、球が走るようになったとか、そんな内容だった。でもって、副産物として、手にマメがほとんどできなくなったんだって。あんなに速い球を投げていても、とてもきれいな手のひらをしていたよ。

練習のしすぎはいけないけど、練習というのは、そういう、思い切った試行錯誤のための時なんでしょうね。同じことを100回も1000回もする練習より、私はそういう実験的な練習が好きかなー。こうしてみよう、いや、ああしてみようって。昨日書いた英語の発音でもそうだけど、そんな中で新しい発見があると、めちゃ嬉しい。で、どんどんやって、うまくいった気がして、やたー、もうカンペキだ・・・と間違って思ってしまう(^oo^;)で、大体の場合、やりすぎて声が枯れてしまったり。これはイケナイ。でもって、さらに、次の日、数日後、同じようにやってみようと思うと、同じようにできない。落ちこむ。で、また別の日やってみる、またうまくいく日がある。あれ、やっぱりうまくいくやん。そう、人間は、いつも同じようにはできない、不安定で当たり前なのだ。

ここでまたピッチャーの話に戻るんですけどね。すんません(^oo^;)

最近また気がついたんです。同じピッチャーでも、ええときと悪いときがありますねん。
今日のメッセンジャー、申し訳ないけど全然期待してなかった。こないだ最悪やったしなーって。ラジオの解説の中田さんも、覇気ありませんねーと言ってたし。でも、ふたを開けてみたら、ええやんええやん。かなりええやんってピッチング。打線がだめだめやったから負けたけどさ。この人はダメとか、この人はこれぐらいはやってくれるとか、期待したり、期待しなかったりしてみるけど、見る前に私たちは決めがちだけど、本当にその日によって調子違うよね、ピッチャーって。

で、思う。
だから、英語だってスラスラ話せるときと話せないときがあるのだ。
歌だって、うまくいく日といかない日がある。声が上手に出ない日もある。これで当たり前。あまり一喜一憂しない。あまりそれに惑わされないし、それに自分が深く落ちこんだり、逆に喜びすぎたりしない。そんな精神的境地に至れるといいなーって。今日ダメでも、きっと次はうまくいく。努力してたら、いつかは光が見えるんだと信じられる自分でいたいなって。

野球と音楽って全然違うようで、同じことをコツコツとやっていて、結果が出るときと出ないときがあって、きっと野球と音楽だけじゃなくて、どんなことも、共通点があるんでしょうね。私の場合、この二つを特に一生懸命見ているから野球と音楽に共通点が見えてきただけなのかな。


おっと、タイトルの話にならへんな(^oo^;)

午前中のレッスンでなんか声が出ぇへんなー、しんどいなーって思って、昼から昼寝。
気がついたら3時間ぐらい寝てましてん。寝すぎやろ(^oo^;)
夜も寝るんかな。寝るんやろな。

ちょっとは本でも読もう。

ちなみにここ数日読んでる本は、時々気が向いたら音読しつつ、英語の本です。

タイトル「One Year Off」 著者 David Elliot Cohen
NYの古本屋で1ドルで買った本。ずっと読まずにほってた。

30代の夫婦。二人とも旅好き。夫は世界各地の紹介本を出版する仕事をしていたぐらい。二人は独身の頃はお互い別の仕事で世界を旅していたけど、出会って結婚して、子どもが次々と生まれて三人。家を買い、モノが増え、生活も安定してきた。これでいいんか、このままでいいんかと、ムシがうずく。

あるとき決心した。子どもたちがまだ小さいうちに、世界の国々を見せてあげたい。家族でまわりたいと。今の安定した生活をいったんリセットしたいと決心するんですね。で、家を売り、仕事をやめて、すべてを処分して、二歳、七歳、八歳の子どもと夫婦で、1年間の世界旅行に出かけるのです。こんなことって思ってはいても、夢見てはいても、実現する人ってそうそういないです。私も単身だったけど、1年という時間を外国で過ごしたということもあって、この本に興味がわいて買ってみた。でも、私だったら子どもが三人もいて、家を売ってまでして1年も旅にいけるかなー、きっとできないだろうな。すごい根性やな、この人たち。

今はまだ、二人が出会い、決心して友人たちに知らせて、世界に出かける前に少しアメリカのなかをめぐり、第一の海外の土地、コスタリカに着いたところ。いきなりトラブル続きみたいだけど、なかなか面白い本です。小説じゃなくてノンフィクションだけど、小説よりも面白いかも(^oo^;)

さてっと、もうちょっと先まで読んでから寝ようかな。分からない単語もいっぱいあるけど、今回はできるだけ辞書ひかないで読む作戦。
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by butakotanaka | 2010-08-27 22:59 | 日常生活 | Trackback | Comments(2)

英語の発音ノート

なにごとも、短期集中でがんばろうって思ったところで、限界がある。
私が英語の学習をマヂメにはじめたのは、2001年、生まれてはじめてホームステイを体験したカナダの英語学校で。歌が趣味だったこともあって、もともと音声に特に興味があった。外国で学ぶ機会があったら、その土地に住む人、いわゆるネイティブの人が、どんな風にカラダを使って英語の音を作っているのか知りたかった。だから、普通の英語のクラス以外に、チューターを申し込んで、英語の歌の歌詞を朗読練習していって、先生になおしてもらうというレッスンをしてもらった。


そのときの先生はアンドリュー。めちゃええ先生で、元々は文法のクラスの担任。文法クラスなんだけど、授業のはじめに必ず発音を練習する時間を作ってくれて、みんなにできるだけ英語の音が定着するようにと心を配っておられた。それもあって、アンドリューに発音を習いたかったのだ。チューターの中でも、一生懸命大きな口をあけて、自分の口のなかはこうなってる、舌はこうなってて、唇はこう動いてと、もう自分の全部を見てくれーという意気込み。私も必死でついていった。

でも・・・。今から思うと、耳がそこまで育ってなかったんだなーと思う。先生が作る音は、やっぱりどこかで私の中でカタカナの、あれとあれの真ん中かな、あれとあれとあれが混ざったのかなーと、結局日本語のカタカナを元に考えていたように思う。


それがあって、次の機会、NZで三ヶ月滞在して、またチューターを見てもらったとき、スピーキングが中心だったけど、自分のなかで疑問に思った発音についての質問をいっぱいしていた。私のRの発音っておかしい?と聞いたこともあったな。別の先生からよくないと指摘された日。そしたら、ナンシーというその先生は、ぶたこのRはアメリカ人ほどしつこくないし、イギリス人のとも違うけど、ちゃんとRになっているし、私はとてもきれいだと思うよと言ってくれた。これも思い返してみると、私は誰かの真似をしようと必死だったけど、そのどれでもない音だって、ちゃんとその音に聞えているよって言ってくれたのかな。

こないだも少し書いたけど、発音がよくなる、と一言でいうけど、いろんな要素が必要なんだなと、少しずつ進歩してきた今だから言える。今だって、どこまでできているのか、全然自信はないけど、でも自分のなかで確実に学びはじめた9年前の私よりはスムーズになっている。その今の感覚でいえるのは、まずは耳。聞えるようになってきた。いろんな微妙な音が。日本語にはない音が。で、発音。少しずつできるようになってきた。それは、筋肉の使い方を覚えてきたという感じ。舌だったり、唇だったり、歯との組み合わせだったり。

またまたすっかり前置きが長くなったけど、最近、といっても、ここ数年か数ヶ月かけてだけど、気がついた発音についてのノート。自分の記憶のためにも書き記しておこうっと。


(^oo^)子音(^oo^)

英語の発音やるようになって、日本語の発音にも気を配るようになった気がする。日本語の中でも苦手な子音があった。たとえばサ行。これが楽になったのは、英語をやってきたおかげかも。

子音には、おおざっぱにいうと

唇を使う 〔p〕 〔m〕 〔b〕 〔w〕 〔sh〕 

舌の前を使う 〔t〕 〔d〕 〔n〕 〔s〕 〔z〕 〔th〕 〔l〕

舌の後ろを使う 〔ng〕 〔k〕 〔g〕 〔r〕

などなどがありまして。このほかにも、舌使ってその後唇に空気を移行する〔tch〕 〔dg〕 みたいな音も。

最近、こうするとうまくいくなーと思うのは。

・使う器官を意識して、使わない器官は、完全にお休みしていただく。つまり使う器官の筋肉は鍛えて、それ以外はリラックス。たとえば、mだったら、唇を鳴らして発音するけど、内部の歯や舌が案外緊張してたりする。それを意識して、リラックスさせると、唇だけに音が集中してうまくいく。他も同じ。tを発音するとき、舌をしならせるんだけど、唇やその周りの歯が妙に緊張してかたくなったりしてる。それをリラックスさせる。とにかく、「どこを」使っているのかに意識を集中させるとだいぶ違う。やたらめったら、口周り全部ががんばってしまうことが敗因であることが多い。


・特に最近気がついたんだけど、舌を使う場合の、前部か後部ということの意識。これ、大きい。最近のヒット。

たとえば、〔l〕と〔r〕。日本人は苦手だと分かっているし私も苦手だった。日本語のラ行は、いわゆるはじき音と呼ばれて、口蓋の中央部あたりをはじく感じ。最近、l のとき、舌の前部を「鳴らす」のだと思い、r のときは舌の後部をくいっと持ち上げて、後部だけを鳴らすのだと思うことにした。逆にいうと、前部を鳴らすときは後部はリラックス、後部を鳴らすときは前部をリラックス。「鳴らす場所を変える」というのに意識のポイントを置く。日本語のときは真ん中を鳴らすイメージかな。だから、そのどちらでもないめちゃ前かめちゃ後ろで区別。

これで、なんかだいぶ発音が楽になった。たとえば、trueという言葉を発音しようとするとき、tは舌の前部ではじいて、そこから舌の後ろが鳴るのだーって思うとうまく移行できる。

それと同じようにできていると思っててできていなかったのが、n と m と ng の違い。日本語でいうと前部「ん」となってしまう。m なのに、唇だけ鳴ればいいのに、唇を閉めていても、結局口の奥の方で「ンーーー」とうなっている。つまり ng と m を同時にいってる感じ。使わない部分のリラックスができてなかったということと、前部と後部の区別が明確でなかったのだと認識。最近は音読するとき、mは唇だけで他はだらー、特に内部の舌はだらー、nのときは舌の前部だけ使って舌の後部はだらー、ngのときは、rと似ていて、下の後部が「鳴る」感じで、舌の前部はだらーと感じてみる。かなりいい感じ。

k と g も。日本語でいうと、カ行とガ行となるんだけど、なんか日本語のカ行いうときって、かなり前の方で発音してる気がする。歯のすぐ裏というか。でも、英語のkやgは、rやngと仲間のような気がするんだけど。だから、たとえば、glad なら、舌の後部g→前部l→母音→前部d となり、greatなら、舌の後部g→後部のままr→母音→前部tって感じ。

とにかく、このどこを使っているのか、同じ部分、たとえば同じ舌でも、どの部分を使っているのかを意識し、その「移行」をスムーズにと思いながら発音の練習すると、なんかええ音が聞えてくる気がして最近気に入ってます。

あと、もう一個の発見。息を出す系の発音。sやzやthなど。これ、舌と歯を使うわけですな。sとzなら、舌と上の歯の裏。今までちゃんと考えてなかったけど、最近うまくいくのは、下の「上部だけ」に空気が通るように意識すること。今まで舌の下側にも空気が通ってた気がする。フォーカスされてなかったから、うまく鳴ってなかった。th系なら、有声でも無声でも、上下の歯の間に舌が出てくるけど、これも舌の上部だけに空気が通るよーって思う方が、今のところうまく発音できる。なんでかなー。よく分からんけど、これでうまくいく。

fとvはどうなのか、研究途中だけど、この場合、下唇を意識して、下唇の「上部だけ」に空気が通るのだーと集中すると、わりと鳴りやすい。

hも難しい。日本語でいうとハ行なんだけど、日本語のハ行は、かなり口蓋の前部で作ってる気がする。でも、英語の場合、声帯の下からあがってくる息がそのまま子音になる感じ。奥から来る。とくに、huが難しい。日本語のフだと、唇で作るんだけど、英語のhu、たとえばhoodとかの音は、やはり声帯の下からあがってくるって感じ。これ、混同している人多し。

混同の話でいうと、日本語のシと、英語のsiの区別はわりと有名な話だけど、うまくできていないなーと思うのが、日本語の「に」と英語のni。ナ、ニ、ヌ、ネ、ノ、と日本語で発音すると、ニのときだけ、下の中央部に近いところまでつかって、濃く当てるというかそんな感じになる。これは、シ、shiを発音するときの感覚に近いんだけど、たとえば、needとかいうときのniの発音は、日本語の「に」とは少し違う。naをいうときと同じ下の本当の先っぽ、前部だけを使って、薄く「に」と言ってみる感じかなー。書いて説明するの難しいけど。これも気をつけないと混同してしまうのです。


あと、半母音と呼ばれる、wとjもむずいけど、Wは唇を丸めて振動させる感じ、どこかvの音にも近いような音が出せるようになると、そこからはなんかつかみやすかった。jは、yesterdayとかの最初の音。これも長く持続させると、振動音になる。ジジジジジーーみたいなセミの鳴き声みたいな音が鳴る。それができると、yearとearの区別も少しできるように。


自分の体のどの部分を使っているのか、どの部分を「使っていないのか」、そして、どこからどこに移行するのか、音楽でいうと「レガート」させるためにどうすればうまくつながるのか、これを考えて発音練習していると、最初はゆっくりなんだけど、いや、ゆっくりでないとダメなんだけど、最後には、スムーズになり、いわゆる速くもなる気がする。つながりさえスムーズになれば。

この説明がどのぐらい分かりやすいか自信はないけど、最近はじめた英語の発音レッスンで、生徒さんに試してみて、みるみる上達されているので、少しは効果があるのかも。その生徒さんの場合は、歌をうたうための発音なんだけど、きっとスピーキングにも同じ効果があるんじゃないかなーと思う。私自身がずっとやってきて話すのが少しずつ楽になってきているから。

音声学を専門に学んだわけではないし、大学とかでちゃんと専攻したわけじゃないけど、英語が作る音に興味を持って、10年近くやってきた私なりの発音ノートでした。母音のこともあるんだけど、それはまたの機会に(^oo^)



*********
昔、学び始めたころは、発音よくなりたいーって漠然と思ってた。どんな風に?というのは考えもせずに。イギリス英語で?それともアメリカ?どこのなまりの発音?とか、全然分かってなかった。で、いっとき、いいじゃん日本語なまりでーと開き直った時期もあった。カタカナ英語でいいぢゃんって。確かに、言いたいことがあって、伝えたいという思いがあることが、多分一番大切なんだと思う。でも、できれば伝わりやすい音を作り出したい。というか、単純に、カタカナ鳴らすときと、アルファベット的な音を鳴らすときって、どう違うのっていう興味がずっとあって、それを追い求めてきた。最近、気がついたら、英語の単語を見たときに、頭の中で鳴る音が変わってきている。カタカナと違う何かの音になってる気がする。少しは改善されたってことなのかなー。多分、ここまでこだわってきたのは、歌うときにできるだけ何を歌っているのか分かってもらいたい、口の中の力をできるだけ能率的に使って、聞きやすい音で歌いたいというのがあったからかもしれない。時々、コンサートなんかに出かけて、それが合唱であってもソロであっても、耳がいくのは、やっぱり言葉。音程や音質はもちろんだけど、それが外国語で、全然その言葉に聞えないと、少しガッカリする。そういうことを気にする耳になっているからかもしれないけど。でも、自分が外国の言葉で歌うときは、その言葉を話す人が聴いて、分かるといいなーと思う。それを目指してこれからもがんばろうっと。
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by butakotanaka | 2010-08-26 21:36 | 英語・学校 | Trackback | Comments(3)

今年はほんまいけませんな。
わが家はできるだけクーラーつけない主義なんだけど、今年はいけません。
ムリするのをやめてます。ネコたちの部屋も、高めの温度でドライを昼間はつけているし、自分のいる部屋も、暑くなったら無理せずにドライを。今月の電気代は先月の三倍ぐらいやったかな。あー・・・と思うけど、病気になって医者にいくよりは安いのだといいきかせてます。

んでもって、円高。ものすごい勢い。NYに行く前にある程度の生活資金をドルにかえて、それを円に戻すタイミングをはかっていたら、こんなことに(^oo^;) もうこればっかりは焦っても仕方ないし、どうなるものでもないので、切羽つまるまでは、おいといてやるーと開き直ってます。

こんな色々考えると、お金の価値って何やろう、節約って何やろうって思いますね。湯水のようにお金を使うことはよくないんだけど、お金は限られているんだけど、二つの通貨でお金を持っていると、価値がどんどん変わる。たとえば、アメリカの会社で働いて家族は日本に住んでいて、ドルで給料もらって、日本の家族の生活費を支えている人は、今めちゃ大変なんやろなぁ。いっときに比べたら三割ぐらいは価値が下がっているわけだから。ドル側から見たら。でも、何年かさかのぼると、よかった時代もあったわけで。いいときってのは、今がいいとはあまり感じなくて感謝しないけど、悪くなったら、めちゃ悪いやんかーと急に不幸な気分になるのが人間ですな。

でも、できるだけイヤなことや、不幸なことを数えないで暮らせたら、それが幸せの秘訣でもあるんかな、とも思います。

こないだうちから、来月の特別礼拝のために、そこで自分の経験をスピーチしてくださる四名の方々にインタビューしてまわっていたんだけど、素敵な人たち。共通していえるのは、うじうじと悩まない。過去をくやんだりしない。あれでよかった、これでよかった、今の生活はとても幸せだと受け入れていること。病気をした経験や、難病を持っていたり、いろんな困難があるにもかかわらず、そんな心境に至るというのは、とても素敵だなと思う。

わが家も、順調なことばかりじゃなくて、ちょっぴり難しいこともあったりするけど、それでも幸せ感じることもたくさん。だいたい、二人とも健康を与えられて、やりたいことがやれている、楽しく日々を過ごせている。これだけでも奇跡じゃないのって、時々思いますね。大切にしなくちゃいけない。大切に使わなくちゃいけない、この健康な体ね。

歌の練習は、うまくいかないことも多くて、毎日悩みまくり(^oo^;)
だいたい、時々思うけど、私って、歌うのが好きなの?って基本的な質問。きらいなのかも(^oo^;) いや、そうでもないか。めんどくさい親戚って域なのかもなぁ。切っても切れない関係になっているんだけど、歌うのはとてもめんどくさい。だいたいウォームアップに時間かかるねん。英語の勉強とかみたいに、今から30分やるぞ、今から一時間やるぞとか、短時間集中ってなかなかできない。だいたい普通に歌える状態になるのに30分ぐらいはかかってしまう。最初からフルパワーで歌ってしまうと、後でえらい目にあうわけです。あー、めんどくさいやつ。だから、鍵盤の練習は、「ちょっと弾いてこよーっと」と思えても、歌の練習は、「やろうかなー、しんどいなー、めんどくさいなー・・・・明日にしよう(^oo^;)」となることが多いのです。で、一日延ばしにしているあいだに、すっかり練習不足で本番やレッスンを迎える。あーあ。でもって、今日は古楽ソングの講座の日。今日の課題はダウランドのcome again 有名な曲だけど歌うと難しい。自信なし。行く前に少しは練習しなくちゃ。前回の講座で、自分の下手さ加減にあきれて、落ちこんだんだけど、そこから少しは復活したいところ。

音楽関係でいくと、夏が終わったころから、オルガンのレッスンを受けられるかもしれない。うちの教会に新しく通うようになられた方が、ベテランのオルガニストさんで、私がずっと習ってみたいと思っていた足鍵盤の奏法を教えてくださるといってくださった。めちゃラッキー。オルガンのレッスンって、本当に高いし、先生はたくさんいないしで、これまでずっと手鍵盤だけでごまかしてきたんだけど、せっかく教会のオルガンには足ぺダルがあるんだから、いつかはやってみたいなーと思っていたのでした。

こないだ、そのオルガンの先生に言われました。
「あなたは教会の奏楽者だから、私はボランティアで教えてあげます。ただし・・・・厳しいわよ! それは覚悟してね」と(^oo^;) うわー、覚悟しなくちゃ。ついていけるかなー。他のことも色々やって、ちゃんと練習時間とれるのかな。実はあんまり自信ない。なにせ練習するには、楽器がある教会に通わなくてはいけないのだし。とにかく、言い出したんだからがんばる。

オルガンをやるとなって、足鍵盤となって、一番に用意しなくちゃいけないのが靴。裏がゴムはダメなんだって。スライド奏法とかあるから、すべる方がいい。かかとは少しはある方がいい。つま先とかかとでレガートでつなぐから。なんといっても、指でいうと、右手も左手も1本指で、それぞれの先と根元ということで、四箇所を使っていろんなメロディを弾くわけだもんね。で、両手と一緒に演奏する。頭がこんがらがりそうやなー。中学のとき、ちょこっとエレクトーンやってたけど、もっともっと難しそう。ふー。


秋は新しいことを始める季節。涼しくなって気持ちよく、新しいことを始められるように、体調はしっかり整えよう! そして、新しいことを始めるだけでなくて、英語の勉強や、今までやってきたことも、大切にしていかないと。


最後に、タイガース、今日こそ勝利してー(;oo;)(;oo;)/~~~


たまにしか書かないと、なんやかやとゴチャゴチャいっぱい書いてしまいますな。
もうちょっと頻繁に日々の思いを更新したいな、するぞっと。
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by butakotanaka | 2010-08-25 11:04 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

ワシントンから帰って来て、八月に入ってから、心理的に揺れる日々。

九月にある教会の特別礼拝の準備のために、何人かの信者さんと個別にお会いして、その方々の人生のお話を伺っている。どんな時代をすごしてこられたのか、どんな壁を乗り越えてこられたのか。年齢や性別など背景に関わらず、どの方のお話も、ずっしり重く、時に、あー、こんな大切なことを私なんかに話していただいて、本当にありがたいなぁと、受け止める自分は受け止めるだけの器なのか、いや、そういう器じゃないからこそ、学びのために与えられた機会なのかも・・・と、時にずしんずしんと私の中にいろんな声が響いてくる。

10月にある歌の講座のコンサートのために今日、先生から短時間だけど個人的に指導を受ける機会があるので、そのためにダウランドの二曲をここ二週間十分に練習して・・・・というつもりだったんだけど、最初の数日やったところで、見事にスランプに落ちた(^oo^;) ワシントンのワークショップで一度だけ受けたレッスンで、発音や声の出し方の感覚をしっかり自分のものにしよう、そして、まだまだ十分でなかったイギリス英語の発音もこの機会にもっと自然にできるように・・・と、張り切ってみたものの、発音と発声がうまくかみあわない。ちゃんと発声しようとすると、声がかたくなり、歌の声になかなかならず、歌うのが苦しくて苦しくて、これでいいのかとトンネルに入る。少し歌っただけで声が枯れたりして、あーこれは私の発声が悪いんだと思うものの、どうすれば改善するのかが分からなくなる。そのうち、息も浅くなり、歌えていたフレーズが、息切れして途中で歌えなくなる。

インタビュー活動やその礼拝のプログラム、企画を進めていくことに自分の気持ちやエネルギーをとられていたのもあるかもしれないけど、なんだか、歌うのも考えるのもいっときしんどくなってしまって、ふと、あるとき本を手にとった。読書って、入っていけるときと、全然その気にならないときの波がすごくある。私の場合。でも、このときは、なんだか本が自分にとっての救いみたいな気がして、ほっとできる場所、いってみれば現実からの逃避なんだけど(^oo^;)、とにかく、安らぎを与えてくれて、違うことに集中する時間を与えてくれて、めちゃ心地よかった。

で、四日か五日の間になんと六冊も読んでしまいました。こんなに読んだのは久しぶりだなー。予定をこなしつつも、空いてる時間を全部読書に捧げましたって感じ。新聞よんだり、テレビ見たりする時間も惜しくて、続きが知りたくて、ずっと読んでた。

読んだのは、たこぶが図書館で借りてきた本。
全部面白かったよ。

「悪意の手記」中村文則
不治の病、難病に若くしてかかってしまい、もう死ぬんだ、絶対死ぬんだと、自分の死を受け入れるために、周りの存在、生としての存在すべてが醜いと思うことで精神を保とうとして主人公が、なぜか奇跡的に助かってしまう。すでに精神は壊れているわけで、その状態で、おめでとうございますー、助かりましたよー、さぁ、元の世界に喜んで戻りましょう! と言われて素直に戻れるのか。確かに難しいやろなぁ。周りは、この人を元の通り受け入れようとするけど、本人は変わってしまっている。ギャップは大きくなり、生き地獄の様相。少なくとも本人にとっては。自分のなかでどんどん絶望感が深まり、自らの命を絶とうと思い、決行しようとしたその日にかつての親友に出会う。そこからの会話のなりゆきで、その親友の命を奪うことにいたり、本人はそのまま生き続けることに。生きることの難しさ、殺意が生まれる瞬間、殺してしまったことを背負って歩むその後の人生の奇妙さ・・・・。確かに深い話やねんけど、いやー、おどろおどろしてるなぁ。どこかでこの主人公のたどった道を正当化しているような、弁護しているような、そういう世間から疎外され、というか自ら自分の世界にこもってしまう人たちの気持ちを代弁しようとしているのかな。




「モダンタイムズ」伊坂幸太郎
500ページ以上の長編。大作とは呼べないかも。どんどん読み進みたくなる文章はすごい。こんなに長いのに、途中やめたいとは思わなかった。でも、読み終わってみたら、うん?内容はどうやったかな、読むのに使った時間、これでよかったんかな・・・と少し疑問に思わなくもないか(^oo^;) いや、楽しい時間だったわけだしいいんだけど。ちょっと荒削りなタッチの劇画を文字で説明したような作品。ジェットコースター的に物語が進み、あきさせない。それは、すごいな。



「ぼくらの七日間戦争」宗田理
次の山中作品と内容に共通するところがあった。学校に通う生徒たちが、先生やオトナたちに対して反乱を起こすというもの。大人の計算や醜い部分をえぐりだし、やりこめる。ちょっと気に入らなかったのは、男子生徒が主役ってところ。男の子だからこんだけできるんだって風にも見えて、男と女の役割を分けられてる気がして、なんとなくイヤだったな。もちろん女の子も登場するんですけどね、サポートとして。でもなんというか、妻は夫を影から支えるのよ・・・ってのにつながる気がして。あと、会話文に痛快さがなかった。当たり前の反応が続いて、なんというか、ボケとツッコミがないというか。関西人としては物足りない。映画にもなった名作らしいけど。確かに場面設定とかが、映像作品にすぐにでもなりそうな感じ。



「おへそに太陽を」山中恒
これが一番のお気に入り。前にも一冊読んだことがあって、すごく昔の作品なのにどうしてこんなに新しいんだろうと驚いた覚えがある。今回もそう。この人すごいわ。この人の作品に出会って、児童文学の翻訳を目指す人に、こういう日本の児童文学をいっぱい読んでほしいと思ったし、自分も読まなければと思った。日本語がとても豊か。キャラ設定が素晴らしい。昔の作品なのに、大人の目線ではなく、子どもから見た世界をしっかり描いていて、大人が足りない部分をしっかり指摘していて、いつも大人が優秀なわけじゃないって知ることで、逆に、あー大人も大変なんだな、カンペキじゃないんだし、弱いところもあるんだし、子どもは大人にいつもカンペキを求めすぎない方がいいし、大人だって子どもと付き合うときにムリしてカンペキを気取らなくていいんだなって、肩の力が抜ける、そんな作品。ほんま、ええわー。


「冠・婚・葬・祭」中島京子
四つの短編。日本語が美しい。おさまっている。適度にユーモアもあるし、意外性もあるし、物語の流れがきれい。で、四つ目に至る頃には、この美しいというのに、少し飽きてきたかな。美しすぎて、頭の悪い私には遠い世界に見えるというか、うまくいえないけど、興味がうすれる感覚があった。



「となり町戦争」三崎亜記
これも興味深かったなー。ある日突然自分の住む町と隣町との戦争が町の広報誌によって宣言され、自分がその戦争のために働く工作員として任命されることに。戦争は、憎みあうからやるのではなく、何年も前から計画され、議会の承認を経て、予算をとり、いつからいつまでと期間を区切って行われていくのです。で、そんな事務的な方法論であっても、確実に戦死者の数は積み上げられていく。最初は、戦争は悪だ、戦争はいけないと、理論的な理由よりも、感情的な拒否感が先立っていた主人公なんだけど、戦争に従事する役場の人たちの中に入り、その中にいる人たち、歯車の一つとして、仕事として淡々と行っている人たちのなかで、意識に変化が生まれていく。戦場に赴いて、実際に戦って人を殺すだけが戦争への参加なのではなく、私たちが日常なにげなくこなしている仕事や、なにげなくしている行動が、まわりまわって戦争に一役かってるかもしれない、そんな、かすかな、心の奥底がぞぞってするような感覚が読後におそってきました。




ってな感じで、どーーーっと六冊読んで、久しぶりに昨日ちょっと歌ってみたら、そんなにひどくもなかった。お休みが必要だったのかな。しばらく醸造させるというか、声を出すばかりではなく、ゆっくり体の中でまわしてみて、音を出さずに考える時間。あせったらあかんね。何事も。


今日の講座で先生に見てもらうわけだけど、明らかに準備不足。でも、ベストを尽くすしかないのだ。本番は10月なわけだし。少しずつでも進歩していきたいな。急にスーパーうまくなるわけじゃない。積み上げることしかできないのだしね。うん。
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by butakotanaka | 2010-08-11 10:38 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

なんやかやと・・・。

忙しくなってきました。
といっても、世の中の「忙しい皆さん」よりは、だいぶのんびりしてるねんけど。

まぁ、まず、なんといっても、あーた、タイガースが好調でこれが一番嬉しいねー(^oo^)うふふふふ。
試合の詳しいことなどは、たこぶくんにお任せしてと。私はとにかく嬉しいねーですましておこうっと。
矢野っちがすっかり出なくなってそれは寂しいけど、やっぱりタイガースが首位というのはめでたいのだ。この中日との三連戦も大変やったけどとりあえず負けなかったしね。うんうん。火曜から長期ロードだけどがんばってほしいな。

ロードということは、高校野球が始まるね。
今年一番応援したいのは、広島の広陵かな。前に観戦して生徒たちの雰囲気がすごくさわやかでファンになったのだ。金本の出身でもあるし。広陵、優勝しないかな。


忙しくなってきたのは、色々あるねんけど。
シルバーコーラスがもしかしたら老人ホームに訪問演奏にいくかも。まだ決まってないけど。
打ち合わせとか曲きめとか、進行とか決まったら考えないと。

教会の方でもなんやかやと行事があって準備がたてこんできた。
来週からは九月の大きな行事に向けて始動。


この週末は、この前のエントリで書いた英語のこと。
紹介したBBCのサイトの各母音と子音のビデオをもう一回全部見た。画面の前でいちいち復唱しながら。なかなか真似できない難しい母音も子音もあったなー。Lは、単語の最初に来る場合と最後に来る場合で全然音の色が違うねんなぁ。それにFやVも思ってるのとちょっと違ってたし、NとNGの違いも今回で少しはっきりしたかも。ouは相変わらず難しく、a系の明るさの違いもアメリカ英語と少し色合いが違っていて、難しい。でもって、何よりも難しいのは、その色合いを会話の音としてでなく音程がある歌の中の音として再現したいということ。BBCのビデオの先生は、かなり喉が詰まった出し方。声門の刺戟も強い。これだと歌にはならない。自分なりにアレンジしないと。

ってことで、昨日から、家にあった声楽ライブラリーシリーズから「呼吸と発声」という前に読んだ本を読み直し。いろんな声楽の先生が自分なりの意見を短くまとめたもの。この本はほんまに興味深い。というのも、自分のそのときの発声に対する考え方で、同じ本なのに読んだ印象がまったく変わるから。今回、また新しい先生にレッスンを受けた後にこれを読むと、また違ったモノが見えてきた。うちにはないけど、このシリーズで「発声と発音」というのもあるらしい。欲しいかも。読んでみたいかも。改めていろんな先生の意見を知りたくなってきた。で、自分にはどんな部分が足りないのか、開発可能なのか知りたくなってきた。


しかし、がんばりすぎは禁物。
昨日から耳鳴り再発(^oo^;)げーーーーっ。
昨日と今日でいっぱい寝たりもしたけど、あかんなぁ。
明日、あんまりムリせんとこ。練習もほどほどに。テレビもつけずに、本読もうかな。明日の昼間生徒さんは来ないし。ほんま、若いときと違って、何事も計画的に進めないと、無理がきかない。これ、大きな教訓というか、戒めというか、ブレーキというか・・・。とにかく走りすぎ禁物なのだ。ぼちぼちいかんとね。

ではではおやすみなさい(^oo^)/~~~
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by butakotanaka | 2010-08-02 00:07 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)