あーまたやー、今年はもう少し頻繁に色々思うことを書いていこう・・・って決めてたはずなのに、ほぼ毎日このブログのページを開いてはいるものの、落ち着いて書く・・・ということに至らないまま、表題の通りなのであ~るっ。

これまでにあったこと、まとまらなくても、書いてみる。

1月の2つの小さな本番は無事終えた。なんとか。
とても楽しかったし、心に残るものになった。ソロではなく全部アンサンブルだったから、お相手の人たちとのやり取りがやはり楽しかった。

ピアノのレッスンは、ドビュッシーはなんとかあがって、なんと昔からのあこがれの曲、ショパンのバラード1番に挑戦中。これ、なかなか難物ですねん。でも、あこがれの曲なんだし、簡単じゃないのは承知の上での挑戦だから、何ヶ月かかっても、ゆっくり取り組んでいくのだ。ここ最近、ピアノの生徒さんで7月に発表の場がある方の選曲を手伝ったのだけど、多分できるでしょうって曲と、かなり大変で難しいけどがんばったらできるでしょうって曲とかがあって、生徒さんは、かなり挑戦だけどこの曲やってみたいというのを選ばれた。そして、私も、その曲がとても彼女にあってる気がした。好きになれる曲なら、きっとがんばれるし、がんばれたら、それがどんな結果になっても、いい本番になると予想できたし、だから、やってみたらと背中を押しました。で、今、取り組みはじめてから一ヶ月あまり、とても順調に仕上げに向かって進んでおられます。曲を愛することが、まず1番大切なのだなーと実感中。私も取り組んでいる曲を愛しつつ、付き合っていこう。

それに加えて今年は夏の初めに、シューマンのリーダークライスを本番じゃないけど伴奏合わせするという機会がありそうで、その練習も始めている。これがなかなか進まない。短い曲が12曲でできているんだけど、伴奏の練習って難しいなー。あまりに進まないので、次回のピアノレッスンで、その伴奏曲を先生に見てもらうことに。そのために集中特訓中。気合いれなくちゃ。

今年に入って、どうしてだかわからないけど、生徒さんがどどどっと増えまして。歌の生徒さんが4人、ピアノの生徒さんが1人増えて、歌はあと何人か増えるかも・・という感じ。そのせいもあって、自分の時間の使い方がまだ定まらないのですね。小さなコーラスのグループレッスンなんかも入ったりして、変化が大きいので、これから少しずつ定まっていくのかな。

音楽を指導するという時間がこんなに増えるとは、数年前まではまったく予測していなかった。指導するほど歌もピアノも指揮もうまくないし、と思っていた。でも本当に不思議なことに生徒さんが来てくださるということは、こんな自分にも何か伝えることがあるってことで、そんな経験が与えられたことに感謝しつつ、元々未熟なのだから自分を磨くことを怠ってはいけないなと、日々感じているところ。伝えるという仕事を与えられた以上は、その伝える内容を少しでも質がいいものにしたい、そのためには自分も学ぶのみ、です。

今年の夏、アメリカで開催される2つのコーラスのワークショップに参加することになりそう。そのための準備を少しずつ始めている。両方とも以前に参加したことがあるもので、レギュラーで参加している皆さんや、指導者の皆さんとの再会が楽しみだし、滞在の合間に、一年間ボランティアをした老人ホームを訪問したいとも計画している。今でも時々日本まで電話をくれる大好きなダイナとの再会が今から待ち遠しい。順調に準備が進んで、無事訪米できるようにがんばろう。

そんな中、指導しているシルバーコーラスの本番が先週土曜にあった。市の文化祭に出演した。今回の本番は、いろんな意味で特別なものになった。本番直前に二人のメンバーを失ったから。

創団以来の団長さんは、昨年あたりから少し弱ってこられていて、年末に近いころには骨折をされたことから入院生活に。1月にたこぶと二人でお見舞いに行った時は、もう会話はできなくなっていて寝ていることが多かったけど、私達が訪問して声をかけたら素敵な笑顔を見せてくださり、少しだけど食べ物も口にしてくれた。でも、その後すぐに食べられなくなり、点滴だけの栄養補給に。そして、2月の末、大往生の96年の人生を閉じられた。家族の方のご配慮で、私は光栄にも臨終のときに病院で立ち会わせていただいた。そして、家族のように霊安室からご自宅にご遺体が帰られるのも一緒して、枕経の場にいたり、死水を差し上げることにも参加させていただいたり。葬儀の打ち合わせにもなぜか同席し、葬儀屋さんも僧侶もお帰りになって、家族みんなで夕食というときまで一緒させていただいた。とても貴重な体験だった。

告別式では、40名近くの団員が集い、最期のお別れの前に故人が大好きだった「古い木のうた」を歌わせていただいた。とてもいいお別れのときになったと思う。それが本番の一週間前。

本番のための準備を重ねていた中、別のメンバーの方の具合があまりよくないとの知らせが入り、何人かの親しい方とお見舞いに伺った。この方の場合は、昨年まで本当にお元気で、それまで病気一つしたことがないというのが自慢だった方。なのに、いつの頃からか咳が止まらなくなり、どうやら肺がよくないらしいとなり、1月から入院されていた。でも、いくらなんでもそこまで急激に悪くはならないだろうと信じていたのだけど、私がお見舞いに行った先週火曜の時点で、もうかなりよくなくて、痛みをおさえる処方だけを施されていて、あとは少しずつ最期を迎える・・・という段階だった。そんな事態は予想していなかったので、思いがけずおそらくその方との最後のお別れとなったその日、心の整理がつかず、つらかった。病院の帰り、親しい友人の家で、少し泣いて、いっぱい話して、心のなかに少しだけ平和が訪れて、そして、その日の夜あった英語のクラスでまた新しい出会いをもらって、ああ、命は継がれていくし、出会いも継がれていくんだな、と実感。

本番の日までその方の訃報が届くことはなく、ただ、がんばってくれていると信じて、演奏に集中した。歌ったメインの曲はその名も「いのちの歌」で、どれだけ本番で自分が穏やかな気持ちでいられるのか自信がなかったのだけど、不思議と本番では、本当に幸せで穏やかな気持で指揮をすることができた。あれはなんだったのだろう・・・って今でも不思議なんだけど、きっと天国から団長さんが支えてくださっていたのかなーと思う。

昨日になって、その入院していた方が、実は本番前日の金曜に亡くなっていたとの訃報が入った。家族葬ですでに告別のときも済んでいると。きっとご家族の配慮で、知らせるのを昨日まで待たれたのかなーと想像する。とても暖かい配慮に感謝。

最後のお見舞いとなったその日、痛み止めやモルヒネでもう意識もほとんどなかったはずなのに、私の声を聞いて、「(来てくれて)嬉しい!」「(また)歌いたい!」と酸素マスクの中からとてもしっかりした声で言って下さったあの表情が忘れられない。悲しい場だったはずなのに、周りにおられた家族は私達の来訪をとても喜んでくださり、私達もその方と過ごした一時がなんだか楽しかった。「ありがとう!愛してるよー!」って言葉を残して病室を去ったのだけど、今でもその光景が心のなかにしっとりと残っている。ずっと残っているんだろうなぁ。

シルバーコーラスを指導させていただくことで、本当にたくさんのことを学ばせていただいているけど、今回の本番は、きっと一生の思い出に残るのだろうと思う。大切にしていきたい思い出に。

たくさんの人達との出会いがあって、その中からの学びがあってこその、今の自分の人生なのだなーと思うし、私も音楽生活の中で、その他の面でも、少しでも誰かの人生に貢献できると嬉しいなーと思う。そうやって互いが学びあって、人生って充実していくのかな。

あっ、またまたまとまらないこと、だらだらと書いてしまいましたが。
そんなこんなで、あっという間に3月になっていたのでした(^oo^;)
2月の末には、たこぶのお父さんのお誕生日があって、お母さんと一緒に会いに行って来ました。1月には少し元気がなかったお父さんなのだけど、見違えるように元気になっていて、これまたすごく嬉しかった。うちの母も先日会ったけど、なんだかまだまだしっかりしていてくれて、耳は少し遠いけど、でも、まだまだ元気でいてくれていて、嬉しかった。家族が元気であるということは、一番の幸せですね(^oo^)


てなことで、次の更新はいつになるやら・・・。
次は楽しいこともたくさん書こう(^oo^)
野球シーズンも始まるし、WBCも無事勝ち進んだし、フィギュアの世界選手権も来週に迫っているし、スポーツシーンも見逃せないのが続きまっせ(^oo^)/~~~
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by butakotanaka | 2013-03-07 23:24 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)