先週三連休は大忙し(^oo^)

もうちょっと早く書こうと思ってた先週末のこと、ちょっとしたアクシデントにより、今日の更新と相成りました(^oo^;)

実は、連休明けの火曜夕方、夕食の準備で玉ねぎを切っていて、ついでに左人差し指の指先も一緒に切ってしまったのでした(^oo^;)あかんやん(^oo^;)
爪とほんの少しの指先の皮と肉をそいでしまいました。ぼーっとしてたんかなー。大胆に切りすぎていたんかな。時々やるので常備しているハイドロタイプの救急絆創膏を貼りまして、バイキンが入らないことだけを祈って過ごしていたら、4日たった今日あたりからは、その上ら指サックすれば、タイピングも無事できるように。
ピアノの打鍵はまだ少し怖いので、やってません。
ということで、今週のピアノ練習は、強制的に右手が中心。曲の練習は右手だけ。
これがなかなかよかったのです。雨降って地固まるとはこのことかも。普段なら、片手ずつ練習するぞと思っても待ちきれずについつい両手で合わせてしまうんだけど、ここ3日はやりたくてもできないから、とにかく右手部分を磨いた。そしたら、だんだん弾けてなかったところがスムーズになってきたよ。やっぱ粘りですねー。

でもって、左手も、ケガした翌日は他の指までジンジン響いてしまうので、何もできなかったけど、水曜あたりからは、他の指でピアノ弾いても響かなかったので、よし、使える指を鍛える強化週間だということで、弱い345の指、つまり中指、薬指、小指の三本のつながりを徹底的に基礎練習で、あらゆる調で弾く練習。これもなかなかよかったです。来週ぐらいになったら、絆創膏しながらなら人差し指も弾けるようになるかな。こうやってどこか不自由なところがあるというのは、恵みにもなるのね。

で、先週末です。三連休でしたねー。
一日目土曜は、合唱団の練習です。なんと午後3時から9時ぐらいまでほぼぶっとおしで、歌いましたよー。いやー、なかなか疲れました。自分でも驚いたことに、喉は全然疲れなかったのです。枯れることもなく。まずは脳みそ。集中力が疲れるというか。頭痛が途中からしてきました。あとは目ですね。やはり老眼には楽譜を見続けるのは、なかなかきついのです。座り続けることで腰もだるいとか。要するに、私達もトシやなーってことですな(^oo^;)前半はフランス語、後半はラテン語で、言語スイッチも大変やったからかなー。この日は、赤ペラで合唱だけの練習でした。

で、翌日の日曜は、今回初めてのオケ合わせ。
ちょっと緊張です。午後三時関半ぐらいありました。
オケの皆さんええ音で弾いてくれて、気持よかったです。今回やるフォーレのレクイエムは、何年か前、なんとオルガンで上演経験があります。奈良の教会で本物のパイプオルガンを弾かせてもらい、オケと共演したという、忘れられない経験があります。その時のことをついつい思い出してしまいました。いや~しあわせな気分やったなー、あの時は。難しかったけど(^oo^;)そんなわけでオケのスコアも家にあったのでそれを持参してこの日の合わせに参加。それ見ながら歌ったら、なかなか楽しかったです。帰りにベースの歌い手さんと電車で隣り合わせに。初めて親しく話したのだけど、なんとその方、合唱以外に、オケでホルンも吹いておられるんだそうで、私達の友人もいる神戸のオケに所属しておられたのでした。音楽の世界は狭いのだー。

連休最終日の月曜祝日は、たこぶのお父さんがお世話になったグループホームで、敬老会がありました。
昨年、まだお父さんが元気だったとき、初めてその敬老会に参加させていただいて、ギターの方を加えてたこぶと3人で唱歌や歌謡曲などを歌いました。私がキーボード、たこぶがタンバリンで、ギターも加わり即席バンドでなかなか盛り上がったのでした。去年はたこぶのお母さんも来てくれて、お父さんはその頃もうだいぶ歌うことは少なくなっていたのだけど、今でも覚えているのは、星影のワルツになったら口が動いて、歌ってくれていたこと。この曲好きだったのねーと感慨深かったです。

そのお父さんも天国にいってしまったけど、敬老会での歌はまたやらせていただきたいということで、今年も同じメンバーで歌ってきました。

歌った曲は

紅葉、村祭り、虫の声、赤とんぼ、夕やけこやけ、ふるさと、旅愁、月の砂漠、北国の春、島唄

というラインナップです。島唄だけは入居者の皆さんの世代には馴染みがうすい曲だったのだけど、歌詞カードを用意してもらったら、それを読みながら、一緒に歌ってくださる方もいて、新しい曲を歌詞を読みながら歌うこともできるのねーと館長さんと感動してしまいました。いつもはそれほど歌わないような人が身体や口を動かしたり、楽しそうに笑ってくれていたり、のりのりで振り付けまでつけてくれる人がいたりでした。最後に歌ったふるさとの後では、涙ぐんでおられる方もいて、口々に歌はいいねー楽しいねーと言ってもらい、私達も幸せな気持になりました。ギターの方に選曲していただき、私達がみんなが歌いやすい高さに移調して楽譜を用意したり、ホームのスタッフが大きな紙にマジックで歌詞を書いてくれて、みんなが前を向いて歌えるようにしてくれたりと、みんなで作った敬老会でした。

お父さんはもうあそこには住んでいないけど、入居者の方には馴染みになった人も多いし、スタッフの皆さんとは家族のような気持だし、これからもちょくちょく音楽を通じてお邪魔する機会を持ちたいなと思います。お父さんのことを本当に心を込めて介護してくださった皆さんへの感謝の恩返しの気持も含めて。いや、何よりも私達が気持いいし、幸せ気分になるんですけどね(^oo^)

今はそんなに時間や気持に余裕がこれ以上はないから、手をあまり広げることはできないけど、将来余裕ができて、ストックやノウハウもいっぱいたまってきたら、他の施設にもお邪魔する機会があるといいなーとも思います。

私の生徒さんの中には、歌でお住まいの近くにある施設を訪問されている方が数人おられます。しょうがいを持つ人たちの施設だったり、お年寄りの施設だったりとさまざまだけど。またプロの音楽家である友人の中にも何人か、定期的に老人ホームで無料コンサートをしている人がいたり。音楽でのボランティアというのが、本当に根付いているのだなーと思います。あと、介護の仕事の勉強をしている周りの友人の中にも、ピアノが弾けたり、歌がうたえることが大歓迎されるという話も聞いたことがあります。どんなに身の回りのことや、記憶が曖昧になっても、子どもの頃、若い頃に覚えた歌は覚えている人が多くて、これ本当に不思議です。

ニューヨークの老人ホームでボランティアをしていたときも、礼拝で、ほとんど記憶がない人なのに、会話も十分にできないのに、讃美歌だけは完璧に歌えるという人がいました。もうお祈りの言葉も出てこない。でも、その人の祈りの言葉、言いたいことは、その日歌いたい讃美歌の歌詞の中にすべて含まれていたのでした。人間の能力というのはホントに不思議だなーと思います。

そんなわけで、とても充実した連休を過ごしたのでした。やっと書けたよ(^oo^)
ここまで書く間も、ケガした指のせいで、何度もタイプミスしてしまった(^oo^;)たった一本指が不自由なだけで全身のバランスが変わるものですね。何かをつかむにも、風呂に入るにも、顔や身体を洗うにも不便です。健康はありがたいねんなーとつくづく実感。歌の生徒さんの伴奏するのも、なかなか大変でした。へんてこな和音をたくさん鳴らしてしまったよ。早くよくなれー、人差し指くんっ。

もう次の週末が来てしまいました。明日も夕方から5時間ほどの練習だー。長いなー(^oo^;)
エネルギーが途中で切れないように、チョコレートでも持っていこうかしらん。山登り前の気分(^oo^;)

皆さんもよい週末を(^oo^)/~~~
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by butakotanaka | 2013-09-27 22:39 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

昨日は自分のピアノレッスンでした。
いつもは二週間に一度のレッスンなんだけど、今月は先生が来週から旅行されるということで、先週に続いてのレッスンとなりました。子どものレッスンは毎週というのが多いけど、大人になると、一週間しか時間がないと、なかなか練習時間の確保が難しいです。というのは言い訳になるけど(^oo^;)

というわけで、昨日はなんだかダメダメでした。
もう少し弾けてたはずなんだけどなー。。。。というのはいつも思うことだけど、先生の前に行くと緊張するのもあるし、教室のピアノが家のとはもちろん違っていて、その弾き心地の違いにいつも最初は違和感があって、妙な力が入るというか。いや、それでも弾けるのが本当なんでしょうけど。

でも、先生は褒め上手な方なので、「あなたは、全部の音を誠実に弾いてくれるから、聴いていて気持いいわー。それってなかなかできることじゃないのよー」と昨日も励ましてくださいました。ありがたいことです。それでまた、次はもう少しよくなるように、がんばらなくちゃと思えました。進歩が遅くて、テンポもなかなかあがらなくて、間違うところはいつも同じ、という自分が情けない(^oo^;) 次回は三週間だから時間はたっぷりのはず、少しずつ積み上げてがんばろ。


昨日は、練習の前に、指導するって難しいという話しになりました。
先生の経験から、たとえば1つの曲に二ヶ月かけたとして、着実に少しずつ弾けるようになるタイプの子もいれば、二ヶ月たってもあまり変わらない子もいて、その子によって指導は変えないといけないって。

着実に弾けるようになっていく子は、ゆっくり時間をかけさせてあげて、何ヶ月かけても、その子なりに学んでいくけど、あまり変わらない子の場合は、ある程度で区切りをつけて、次の曲に進んでいって、いろんな曲をやるうちに、力がついていくことが多いと。なるほどなーと思いました。あまりしつこく1つの曲をやるのも、人によってはダメなんですね。メモメモ。

譜読みの速度にも個人差があって、譜読みが遅い場合、遅いからたくさんの曲を読ませるべきなのか、遅いから、1つの曲をゆっくりして、譜読みのプレッシャーを減らすべきなのか。これは、子どもさんの場合と大人の場合とでまた変わってくるのかも。あとは、生徒さん個人個人の思いもありますね。もう少し納得いくまで仕上げたいという思いなら時間をかけるのもよし、そろそろ飽きてきたというかその曲に対する愛がなくなってきてしんどくなってきたら次に行くタイミングなのかな。

今、小学一年の生徒さんが人だけいるんだけど、音楽の総合力をどうやってつけてもらったらいいか、悩み中の私。ピアノだけ弾いてもらっていても、聴き取りやら、楽譜を読む力やら、音楽記号の理解やらはなかなか進みません。ドレミの名前をいつも書いていると、本当に譜面が読めているのか分からないし。大手の教室のようにシステム化された指導方法は知らないので、難しいです。少し難しい曲を与えると、いやがったりもするけど、いつまでも余裕で弾ける曲ばかりしてても、進歩しないしー。

自分自身は、こんなん無理ーって曲を何ヶ月もかけて弾けるようになるという過程が多分好きなタイプなんだけど、そうじゃない人たちにどんなタイミングで曲を変えてもらったらいいのか、大人の方の場合は、本人の気持も聞けるけど、子どもの場合、一応本人が感想を言うけど、どこまでそれをそのまま受け止めていいのか、難しいです。あえて本人がいやがることも時には与えるべきなのかもしれないし。

とか、そんな話しを先生としていました。
先生も日々、練習してくれるように子どもたちにどう言えばいいのか、曲を弾くのは楽しいけど、ハノンや基礎練習モノ、練習曲をすることが大切なことをどう理解してもらえばいいのか、家での練習は退屈なフレーズの繰り返しで聞いていて楽しいものではないというのを親御さんにどう理解してもらえばいいのか、悩みつつの指導だそうです。

世の中の動きはどんどん早くなって、少しのことに時間をかけて、粘って粘って練習するという演奏技術の習得というのは、そんな時代の流れには逆らっているのかもしれないけど、それが人間力というか、生きる力にもなる気がするし。そんな努力ができる子どもになったら、それから先の厳しい試練にも耐えられる気がするんだけどなー。きっと親はそんなことも願って、習い事をさせるのかもしれないですね。

さてっと、今日は午後からの生徒さんなので、午前中は自分の練習だー。
もう若いというトシではないけど、でもでも、進歩はまだできるはずなのだ。おー!

金曜のシルバーコーラスに向けての準備(選曲は終わって楽譜作りが残ってる)と、土曜のコーラスで歌うフランス語の練習(全然できてないっ!)、月曜におじゃまするお父さんがお世話になったグループホームでの
敬老会で歌う曲の準備もやるべし。再び、おー!
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by butakotanaka | 2013-09-18 10:48 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

台風18号、近畿地方は通り過ぎたようで、東大阪は晴れています。
ただ、今でも時々思い出したように小さな突風のようなものが通り過ぎて、びくっとします。

ついさきほど、やっと東大阪の山沿いに出ていた避難勧告がすべて解除されてほっとしています。
シルバーコーラスのメンバーや生徒さんの中には、山沿いの地区に住む方も何人もおられるので、心配していました。避難となったとき歩くのが大変だろうとか、もし土砂崩れに巻き込まれたら・・・と考えてしまいました。どうかみんなが元気で金曜の練習に顔をそろえられますように!


今、毎日放送でやってるけど、大阪市内に関しては、避難勧告というのが出たのが今回が初めてなんだそうです。びっくり。京都の桂川や鴨川にしても、大和川にしても、あんなに大きな一級河川が、ゴーゴーと音をたててあふれているのは、見ていても怖かったです。

雷や強風がメインの台風は、雰囲気からして怖いというか、怖いのが伝わりやすいんだけど、大雨にしても、こないだからのゲリラ豪雨みたいにすごい音をたてていっときにザーーーっと降るのではなく、今回のように、なんというか、よく降ってるけどすごい勢いとまではいかない量が、とにかく長い時間振り続けるというのは、兵糧攻めというか、じわじわじわと、静かに怖いという気がしました。で、いざ、避難勧告や指示が出たときには、そこからが早いというか、川がいったん氾濫してしまうと、あっという間の出来事なのだなと、桂川を見ていて思いました。今回は、夜から夜中にかけてがピークだった怖さもありましたね。見えないところで、ひどくなっていたのが、目に見えないから分からなかったというか。

とにかく、これから北に向かって弱くなりつつも進んでいくので、少しでも被害が少ないことを祈ります。
数十年に一度という特別警報がいきなり実施の翌月から出てしまうなんて、本当に今の地球はどこかおかしい気がしますね。
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by butakotanaka | 2013-09-16 15:22 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

台風で出かける予定もなく、ピアノ練習もすべしだけど、
ゆうべのすごい風と雨で寝不足で、ちょっとしんどいしだらだら。
昨日あんなに、自分で練習するのは楽しいと書いたばかりなのに、情けない私(^oo^;)わははは。

で、過去の書き込み見てたら、
自己紹介というカテゴリ作ったけど、前に書いたのは2006年だった。

古いやんってことで、2013年9月バージョンの自己紹介。
前回の自己紹介と比べながら書いてみます。
何が変わってるかな、何が追加されてるかな。

ハンドルネームは、ぶたこといいます。
この名前最初につけたのは、30歳になる少し前だから、
もう20年以上使い続けてる愛着のあるハンドル。

住んでるのは、前回と同じ東大阪市です。気に入ってます。

家族は、旦那のたこぶ(^◎^)これも、もちろん変わりなし。
結婚して22年もたちました。結婚前のお付き合いが4年近くあったので、それもあわせると、かなり長いお付き合いだなー。
ネコたちの顔ぶれは変わりました。
前回書いてから、ぶーこ、がら、この二匹が天国に旅立ち、新しくクリちゃんが加わりまして。今は、おばーちゃんのモモと元気ボーイのクリの二匹です。

仕事は、今も主には主婦だと思うのですが、相変わらず家事は、そんなにエキスパートではなく、楽させてもらっています。私の担当は料理が主で、掃除や洗い物はたこぶくんがやってくれるという幸せものの妻ですー。

音楽を教えることにかける時間が前回より長くなってきました。
自宅で、ピアノと歌を教えています。といっても、プロで教えていると思っていないので、そこいらの教室のような月謝をいただいているわけではないのですが(^oo^;)生徒さんは、お休み中の方や、月に一度の人、二度の人、もう少し頻繁な人と色々。年齢も小学一年が一人、あとは、30代から70代までさまざまです。今お休み中の方も含めると15名ぐらいに増えてきました。

収入とは関係なく、これだけの数になったのだから、自分もしっかりしなくちゃ。。。ということで、自分も先生について、歌とピアノを習っています。ピアノは二年ほど前から再開。歌は一度間が空いていたのを一年半ほど前から再開しました。そう、ほんのここ数年です。マヂでがんばり始めたのは。

シルバーコーラスの指導は相変わらずやっています。もう10年を超えました。楽しいですよー。皆さん元気ですよー。変わらず元気をいただいています。その前数年やっていた障がいのある方々のコーラスの時期も含めて、一般のコーラスから縁遠い日がけっこう続いていました。

で、普通のコーラスには所属していなかったのが前回なんだけど、去年の一月から、夫婦して森ノ宮ライゼコールという合唱団の仲間に入れていただきました。会費に夫婦割引があるのが、とても私達には嬉しいです。近々では10月27日に宝塚でフォーレのレクイエムをメインとしたコンサートがあります。がんばらなくちゃ。夫婦して一緒に練習に通うという習慣が久しぶりに復活して、けっこう楽しんでいます。

アナウンスの仕事は、今でも時々あります。
主に、日本舞踊の会や、ギター・マンドリンオケのコンサートで仕事をいただいたりしています。


前回書いて以降の大きな出来事として、2008年の春から一年間NYにボランティア活動で滞在しました。ブルックリンにある老人ホームでボランティアしていました。一日中活動というわけではないので、一年の間に、色々な方に誘っていただいて、コーラスのワークショップに参加したり、複数の合唱団に所属したり、教会で奏楽や聖歌隊の活動をしたり、歌や指揮のレッスンを受けたりといった経験を、幸せなことにボランティアと並行してすることができました。本当に今でもその経験が財産になっています。

帰国後翌年の2010年夏には、二週間だけ渡米して、ワシントンでのワークショップに参加し、そこからしばらく外国にはごぶさただったのですが、今年2013年夏、久しぶりに一ヶ月半アメリカに滞在して、友人達と再会したり、前回参加したワークショップに再び参加したり、教会に行ったりと、充実した時間を過ごさせていただきました。たこぶくんも最後の10日間ほど合流してくれて、一緒に観光や音楽を楽しむことができました。


英語の勉強は細々と続けています。
今は、週に一度、お友達のApplecheeseさん主催の英会話クラスに通っています。レベルが高いクラスだと思うので、毎回たくさんのことを吸収すべくがんばっています。ネットラジオは毎晩聴くことは難しくなり、時々聴くという風になりました。

最近はまっていることは、ネット上で大学の講義が受講できるというシステムで、courseraといいます。自分で好きなクラスにサインアップして、無料でビデオをみることができます。今のところすべて英語の講義なのですが、字幕も出るので、すごく勉強になります。分からないところは何度も見直すことができるし。この夏の終わりからですが、今は、ベートーベンソナタの研究というクラスと、ホロコーストの歴史についてのクラスを受講しています。受講するといっても、もし単位とかが正式にほしい場合は、ちゃんと課題も提出して一部有料だったりするけど、ただ好学ためということで、単位も必要なければ、本当に自分に時間のあるときだけ見て、ちゃんと分からなかったとしても、それでいいのです。続けることに意味がある、続けている間にきっともっと分かるはずと信じて、大学生になった気分で見ています。10月になったら、音楽史やその他申し込んだクラスがいくつかまた始まるので楽しみです。

私が英語の勉強をまぢめにし始めた2001年ころは、まだインターネットは普及していなくて、ネットラジオの存在も知らなかったし、英語の勉強には本当にお金がかかりました。だから、短期でも留学してしまった方が安いという選択肢をとったと思うのだけど、ほんとに今は、外国に行かなくても、こうやって学ぶ方法が山ほど提供されていて、そのほとんどが無料だったりするから、本当に幸せな時代になったなーと思います。

ただ、あまりにも情報があふれているので、情報におぼれてしまって、あっち行ったりこっち来たりと、迷ってる間に、飽きてしまう、時間がたってしまう、という欠点はあるのかなー。昔は、お金がかかった分、与えられた教材を何度も何度も繰り返そうとした覚えがあります。どっちがいいのかは、やる人の気持ち次第なんでしょうね。

長い間勉強しているからといって、映画やドラマを字幕なしでカンペキに分かるなんてことは、全くありません(^oo^;)全然です(^oo^;)
でも、本当に少しずつ進歩している自分は実感しています。ヒーローインタビューで、マートンが何を言ってるのかが分かることが多いし、そんなときは勉強してきてよかったなーと思います。前よりも英語の本を読んでいて、辞書をひく回数は減ったかなー。

ほんの時々だけど、簡単な翻訳のお仕事をいただくことも出てきました。
私でええんかいな、と思いつつ、ありがたい勉強の機会だと思って、一生懸命やるようにしています。

2001年、最初にカナダに一ヶ月行った頃は、挨拶の言葉さえよく聞き取れなかったし、英語学校のクラスにも全然ついていけなかった私なのに、12年たった今、12年分の進歩は、年齢なりにあるのかな、とここは自分をほめてあげることにします(^oo^)

前回「学ぶことに終わりはありません」と書いていますが、今もその気持は変わりません。というか、自分があかんなー、アホやなー、何も知らんなーと、思うことばかり(^oo^;)それにプラス、昔はもっとアホやったなー、あかんかったなーと、後悔することも多し。でも、そういうことも含めて、だからこそ成長があるのだ、と前を向くように心がけています。


今年、NYに再訪して、2005年に三ヶ月滞在したときに知り合った友人達、その後2008年に一年滞在したときにさらにお世話になった人たち、そんな人達に再会しました。行くたびに、感覚が変わります。一番思うのは、その都度、自分の英語の力が変わったことで、前回よりも深い話しができるようになったと感じること。前回は相手が話すことも、途中であきらめて、ふんふんとうなづきながらも、わからないことが多かったけど、前よりは分かることができる自分がいることに幸せを感じました。でも、それと同時に、あーまだ分からないことがたくさんあるとも。もっとこの人と深く交流したい、いろんな話しがしたい、何度も聞き返さなくてもすんなりと会話が進むようになりたい、相手が早口で話したいときに、私のためにスーパーゆっくりで話してくれるストレスを減らしてあげたい、自分が言いたいことを言うために、何度もどもりながら、言い直しながら、間違いながら、というのを少しでも減らしたいと思いました。

また次がきっとある。その時には自分の成長を見てもらいたい、そうう思うから、英語の勉強も続けられるのかもしれないですね。これもまた、昨日書いた先生に喜んでほしい、成長を見てほしいというのと、近い思いがあるのかな(^oo^)


ネット生活もそれなりに変化をとげました。
ブログは相変わらず続けていますが、以前よりも更新頻度が減ったと思います。

仲間うちのSNS、ミクシーやfacebookやTWITTERもそれなりにしていますが、それもここ数年で減ってきてるかなー。メール以外のネット交流には、数年前に比べると距離を置くようになってきている気がします。

少し前に書いたように、スマホは夫婦ともに持っていません。
今でも携帯電話です。普通の。ほぼメールのみのために使っています。
ネットは携帯ではなく、夫婦ともパソコンのみでやっています。
そういえば、去年あたりに、とうとう長年使ってきたデスクトップのパソコンは引退して、今は夫婦ともノートパソコンを使っていますねー。これも時代の流れだなー。ノートパソコンといえば高級品だったのが、そうでもなくなってきたし、今では、プリンタもコードでつながなくても、無線で印刷できるんですもんねー。ほんま、おばちゃんには、この進歩が変化が信じられません(^oo^;)便利すぎて。。。いや、嬉しいけど。

音楽も、以前はCDで聴いていたけど、今は、ほとんどリッピングした後、MP3ファイルにして、プレーヤーでヘッドフォンとおして聴くか、パソコンにスピーカーつないで聴きます。これも変化ですねー。

そういえば、練習音源作るときも、以前はアナログ録音だったけど、今はICレコーダーに入れて、そこからCD作ってるもんなー。そうだ、コーラス用のパート楽譜も、以前はたこぶが手書きしてたけど、MUSICSCOREというソフトウェアを導入して、今は、PCで書いています。移調もし放題だしとても便利になりまし。保存もしやすいし。いやーほんま、ITの進歩はすごいです。ありがたいです。英語学習の面でも音楽活動の面でも。

変わらないのは、人と人との関係ですね。
どれだけネットが進化しても、機械とだけお友達では生きていけなくて、アナログ時代からの友人、家族は、私達夫婦の宝物です。
誰かふれあいたい人がいるから、その仲介役としてもネットがあるのかなーとも思います。そしてまだ出会っていない新しい人達がその向こうにきっといるのでしょうね。


次に自己紹介書くのはいつでしょー。
数年後になるかも。
どのぐらい変わってるか、自分でも楽しみ、う、不安でもあるか?

次に書くときも、それなりの幸せがありますように(^oo^)
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by butakotanaka | 2013-09-16 14:03 | ぶたこの自己紹介 | Trackback | Comments(0)

先生と生徒(^oo^)

さきほど、嬉しいコメントをこのブログにいただきました。
高校時代の恩師、萩原先生のご子息からのものでした。
偶然ですが、ここ数日、タイトルのことについて書こうと、頭の中で思い続けていました。

教えること、教えられること。
私は50歳を過ぎた今でも、歌やピアノや英語の勉強を続けていて、それに加えて人生の流れの中でいつのまにか自分も指導をするという経験をさせてもらっています。

このことを考え始めたのは、こないだうちからピアノのレッスンで、自分にとってとても難しい曲、ショパンのバラード一番に挑戦していて、ほぼ毎日数時間、一人でピアノに向かって、黙々と練習しているそんなとき。

この曲は、10月にある門下の発表会で弾くことになるかもなーというのもあり、気合入れて練習していたんだけど、結局先生とも話して、10月末にあるコーラスのコンサートのため、その発表会当日もコーラスの練習があり、無理をせず、今回は発表会に出るのをやめようということに。先生は、できれば弾いてほしいと言ってくださったけど、それでも無理して体調壊してもいけないし、これからもあるのだから、今回はあきらめましょうかと、二人で決めた。

でも、その後も、私は練習をさぼろうとか、ゆるめようとか、あまり思えない。

というか、そもそも、人前で演奏するのが苦手な私(^oo^;)一人で目立つというのがどうも実は苦手。なのにどうして音楽してるのかな。なのにどうして指揮してるの?どうして歌やピアノ勉強してるの?とか、色々突っ込まれるのですが、それぞれ自分の中では理由がありまして。

指揮は、自分が主役とはまったく思ってなくて、コーラスの人たちが主役。中心に立っているけど後ろを向いているし、みんなの演奏が少しでもよくなるように、みんなと一緒に演奏しているとも思ってるし、とにかく一人でやってると思わないからあまり緊張しない。

歌やピアノはどうしてなのかな。たぶん教えていることが大きい。自分を進歩させて、少しでもいい指導をしたいというのは大きい。あとは、この歳になって、どれぐらい進歩できるのかな、がんばれるのかな、自分の可能性を探ってみたいというのもあるのかな。人前で演奏するために習いに言ってるとはあまり思ってないのかもしれない。知らなかった世界がどんどん広がっていく、学ぶ事自体が楽しいというのもあるのかな。

だから、歌とかピアノとか一人で演奏するときは、とても緊張します。とても。
で、いつも思おうとしているのは、観客の皆さんは、全員友達、愛する人たち、前から知ってる人たち、ごくごく親しい人たち。みんな自分のことをわかろう、理解しよう、楽しもうとして来てくださっている。評価しようなんて、誰も思っていない。自分が下手くそでも、とにかく心を込めて聞いてもらおうと、そんな風に思い込もうとしています。

そんな私ということもあり、たぶん、本番よりも、まず1回1回のレッスンの時間が好きです。
で、なんでいつもこうやって、一人で何時間も練習するんだろう。。。とこないだ、ふと立ち止まって考えました。確かに、自分の進歩したい気持はあるし、変化を感じるのが面白いというのもあるんだけど、なんか私の心のなかに、むくむく。。。と湧き上がったのは、「先生に喜んでほしい」という気持。

そうだ、私、先生に喜んでほしいんだ、先生に幸せな気持に少しでもなってほしいんだと、これが大きなやる気のもとになってるんだ、と気がついた。

練習をして、レッスンで先生というたった一人の観客に聴いていただく。私のできなかったときから、初心者のときから、ダメだったときから、ずっと見守ってくださっている、すべてを知ってくださっている、先生という存在を、私って愛しているんだなーと、つくつく感じたのです。

だから、次に先生に会えるまでの、二週間だったり、一ヶ月だったりする時間を、日々積み重ねて、大切に、次に先生に会った時、よくがんばりましたねー、いいですねー、気持ええわーと言ってほしい、笑顔が見たい、だからがんばるのかなって。

で、私が進歩したとき、誰よりも心から喜んでくださるのが先生だということも知っていから、だからがんばれるのかなって。

こうやって考えてくると、先生と生徒って、信頼関係なんだ、それが一番底に流れてる大切なことなんだなと改めて気がついた。それは、習ってる科目に関係なく。たとえば音楽を教わっていても、まずは人間としてその先生を尊敬して大好きで愛していて、だから先生の笑顔がみたい、喜んでほしい、幸せになってほしい、また自分のことをわかってほしい、そんな気持があるのかもしれない。レッスンに行くのも、習いにというのもあるけど、先生とお会いする事自体がなんか嬉しい。

で、またまた自分を掘り下げてみると、私の中には小さな頃から、こんな一面があったなーと気がつく。

それが不幸なことなのかどうかは分からないけど、私は幼い頃から、家族というものに縁が薄かった方だと思う。一歳になる前に両親が離婚して、その後、母は働くために、私はいくつかの家族に預けられ、育ててもらった。母と一緒にまた暮らし始めたのは10歳を過ぎてからだけど、いつも夕方から仕事に出かけていたから、朝も寝ていて私は一人、学校から帰るともういなかったり。

そんな私を救ってくれたのは、友達や、近所の人たちだったり、友人の家族だったり、そして、習い事の先生や学校の先生。一人っ子だった私は、家に母がいなければ、誰もいないことになり、外にしか話し相手がいなかった。
どこかさめたところのある子で、どこか不安定なところもある子で、きっと周りの人達は扱いにくかったと思うのだけど、本当にいろんな方々に助けてもらって、こうやって、少しずつ成長できたのかなーと思う。

一緒に暮らすようになったのが遅かったこともあって、母とよくぶつかっていた。家出したいよーって思ったこともあったし、なんか人生面白くないよなーって、中高生の頃から、生意気にもそんなこと考えてた。今から思うと、ほんまに青くて甘えん坊で、その上ませていて、生意気で、顔から火が出るぐらい恥ずかしいこと、たくさんしてきたなと思う。

そんな私が落ち込んだり、もうだめだーというとき、その時々、周りにいてくださった先生方によって救われてきた。用もないのに、職員室に入り浸りということもあったし、先生のお宅にお邪魔したことさえあったなー。夜の時間に泣きながらお電話して話しを聞いてもらったり。なんという迷惑な生徒やねん(^oo^;) でも、学校に自分の居場所があり、家と違う場所に一日の半分自分がいられることが、大きな救いになったと思う。どこか、それで自分のバランスを保てていた気がする。

「先生」という存在が大好きで、大切で、いつかは先生になりたい、そんな夢を持っていた。でも、学生時代の私は、ダメダメ生徒で、大学も中退。学校の教師になることはできなかった。

「先生」が好きで、教わることが好きで、だから私は学び続けているのかな。

学ぶこと自体が好きなのもあるけど、それはきっと、学生時代にさぼりすぎなぐらいさぼっていたので(^oo^;)、何かよくわからないけど、すべてに対して申し訳なくて、今、取り戻そうとしているのかもしれないけど、それ以外にきっと、基本的に「先生」という存在と信頼関係を結んで、練習して勉強して、喜んでもらう、という、この過程が私は生来好きなんだろうなー。どこか私のもう一つの「家」というか、原点のようなものがそこにあるのかもしれないなー。


そんな私が今、学校でではないけど、指導することもさせてもらうようになって、生徒さんたちにも、そんな風に思ってもらえる指導者になれたらいいな、と願う。もちろん、人間同士のことだから相性もあるし、合わない人同士というのもいて当然だけど。

私と生徒さん一人一人が、いい信頼関係を築けて、一緒に成長を喜び、私が喜ぶことを生徒さんも喜んでくれる、喜んでほしいということがやる気にもつながる、そんな風に慕ってもらえたら最高だなと思う。

いつも万全に準備できたり、練習できたりする人は、ほぼ皆無だと思うし(^oo^;) 私も常に不完全で、常に自分にがっかりし続けているわけで、いっぱいやる中で、ほんまに時々しか喜びや成功体験はないわけなんだけど。その、たくさんの過程の中の、時々起こる「キラッ」とした輝きを、自分が生徒として、先生と共に喜んでほしいし、自分が指導するものとしても、生徒さんと共に喜びを分かち合いたい、って、そんな風に思ったのでした。

またくどくど書いてしまったけど。書いておきたかったのです(^oo^)
先生って、ええ仕事やなーと思うし、先生に指導してもらえるって、何歳になっても素敵なことだなーとも思います。世の中に、たくさんたくさん、先生と生徒の素晴らしい信頼関係が生まれていきますように!
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by butakotanaka | 2013-09-16 00:06 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)

携帯買い替え(^oo^)

スマホとかiPhoneとか、今のところ我が家には無縁です。
アンドロイド搭載のマシンはあるものの、家の中で無線LANでネットしたり、キンドルアプリを入れて、本を読んだりするくらい。

外に出てるときは、スマホの必要はなく、二人とも携帯を持ってて、料金プランはメールし放題で通話はその都度料金がかかるというもの。機種が新しいたこぶの方が安くて、千円ちょっと、私のは機種が古くて(2008年初頭から使ってる)なんやかやの細かい料金含めて1700円ぐらい支払ってます。

たこぶの携帯は私よりも新しくて、2011年の年末に購入したもの。私とは4年近く違うことになり、こうなると機能とかもだいぶ違うのです。カメラの機能もかなり違って、たこぶのはキレイに映る。動きもさくさく、画面も大きめ。

で、最近、一番困るかもなーと思うのが、私の携帯はエリアメールという機能がなくて、こないだからやってる緊急の災害メールなどが来ないこと。こないだ訓練で、携帯がいっせいにビビーとなって、地震などのときに来るメールが来たとニュースになってたけど、私の携帯は鳴りませんでした(^oo^;)さすがに、これはもしかして不便なのかなーと思い始めた。

ここ数ヶ月、買い替えを考えはじめて、携帯ショップにいって見てみたりしたけど、私の中ではいくら考えてもスマホという選択肢はない。ネットを外に出ているときにする必要性を感じないから、なんといっても月々の支払いが高いのがイヤ。多分月々なんやかやで7000円近くにはなるらしくて、それって今と5000円以上違ってしまい、一年で考えると6万円以上余分に払っていくってことでしょ?そんな金額あったら、毎年新しいパソコンが買えるぢゃんって金額。なんだかもったいない。

今、携帯はメールがし放題なので、私もたこぶも、メインのgmailに来るメールをすべて携帯に転送している。そうすると、外出中も、旅行中も、すべてのメールをとりあえず携帯で受け取ることができるのです。添付ファイルがあったり、長い返信をしたい場合は、帰宅してからパソコンでゆっくり書くことにして、すぐに短く返信したい場合は、携帯から直接返信もできて、それでもう十分。ワンセグついてるからテレビも見られるし、それにはお金いらないし。通話はめったにしないし。っていうかほとんどしないし。写真はものすごく高機能なものはいらなくてとりあえずの記録で十分だし。

ってことで、普通の携帯電話で買い換えると心に決めてショップを見てまわるも、ほんまにないんですよね。らくらくフォンか、子供用が少しあり、普通の携帯はほんまにほとんどない。で、時々あっても数万円するのです。今、iPhoneの料金プランで、乗り換え派や出戻り派の人たちには、本体価格がほとんどタダというのが話題になってるけど、私はドコモなんだけど、携帯から携帯に替えたいという場合、ほとんどメリットがありません(^oo^;)なにしろ、店員さんの態度がとても冷たいです。


で、2日ほど前、ふと思いついて、ネットで調べてみました。
価格サイトで見てみたら、ネットで中古の携帯を買うこともできると初めて知りました。携帯って、ショップでしか買えないと思ってたー。だって色々ややこしい手続きとかいつもあるし。

中古の白ロムとかいうのを買って、SIMカードとかいうのを自分の携帯から入れ替えると、自分の番号の携帯として新しいのが使えるようになるんだって。中古の携帯の価格を色々見てみた。数千円のもあるけど、新しく発売された携帯はほとんどなくて、最後の機種はほとんど2011年か2012年半ばあたりまでで、ほんまに古いものが多くて、中古で出回ってるものは、大体がほんまに使い古されているらしく、傷があっても仕方ないというレベルっぽい。しかも、思ったほどは安くない。

ふと思い立って、ドコモのMydocomoという自分のページをネットで見てみる。オンラインショップというのがあるんですね、ドコモの中に。これも今まで知りませんでした(^oo^;)携帯の買い替えに興味がなかったから、意識してなかった。で、ここで買うと、ポイントが使えることも初めて知る。今まで、アンケートに答えたらポイントがたまるとか色々お知らせ来てたけど、何もほしいものないし、ポイントためてもなーと興味なかった。でもそんなんいうてる間に、ポイントは4500点ほどに。4500円ほど分使えるということ。

どんな携帯売ってるのかなーと探してみると、携帯もいくつかありまして。あんまりないけど(^oo^;)
で、そのうち、二つほどがオンラインショップ限定割引ということで、2万とか3万する製品が1万円を少し切る価格に割引になっています。これだとポイント使うと半額ぐらいになるってこと。宅配してくれるんだって。自分の番号として買えるんだって。設定とかも中古を買うよりも便利そうだし、何より新品だし。製品としては2011年の終わりごろ発売のものなんだけど、シャープとパナソニックの二つが可能性としてあった。

どんな感じなのか写真だけでは分からなくて、価格サイトでレビュー見たり、ウイキを調べたり。
で、本物を見てみたいねということになり、オンラインショップで売ってるということは、ドコモショップに置いてるよね、見に行ってみよう、触ってみようということになった。布施にあるショップまで二人で昨日コーラスの練習前に出かけました。

そしたらね、あーた。
いやー、その機種はだいぶ前のものでありません。店頭には置いてないんですとのこと。オンラインショップではあったんですけど、と言うと、オンラインショップのことは分からないんですよねー、うちの店からはつなぐこともできないので、買い方とかも含めて、わかりません、ネットで自分で見てください、そこに案内番号があるので、そこに電話してください。とこんな対応。ちょっと驚き。おなじドコモぢゃないの?買い方分からないけど、オンラインで買ってみたいという人には、やり方も教えてくれないのね。オンラインショップは自分でできる人限定なのね。それって不親切だなー。だって、価格とか全然違うもん。店頭で新しい携帯となると数万はするよー。

あと、ポイントのことが疑問だった。私のところには4500点ほどありますよーと送られてくるけど、たこぶのポイントも同じぐらいあるとのこと。うちは家族で一括請求となっていまして。店頭でお姉さんに、家族のポイントを譲ることはできるんですか?と聞くと、請求が一括になっていないとダメですとの返事。なっていますというと、だったらできるはずですとのこと。オンラインで買う際には、どうやってやるんでしょう?というと、それもわかりません、オンラインショップで自分で聞いて下さいとのこと。

なんだか冷たいなー、世の中スマホにしない人は、虐げられているのね、と不機嫌になりつつ帰宅。
本物をさわることは無理ってわかって、その点でも不機嫌。


ドコモのネットで、問い合わせ電話というのに電話してみる。で、ポイント、家族の分も使えますか?と電話口のお姉さんに聞いたら、使えますとの返事。では、オンラインショップで購入する際には、どのように手続すればいいんでしょうか?というと、ここは顧客の問い合わせ電話だけど、オンラインショップについては、オンラインショップの問い合わせ電話というのが別にありますとの話。では転送していただけますか?というと、電話番号が違うので、お客様の方でこれから言う番号にかけてくださいとのこと。もちろんフリーダイヤルではあるけど、こういう電話ってつながりにくいことがあるので、違う電話にかけろと言われて、またまた不機嫌になる私(^oo^;)

でも、ブツブツ言ってても仕方ないのです。その電話番号にかけました。
ポイントの話。たこぶのところにも、私のところにも4500点ぐらいのポイントがあるとメールが来ていて、合わせたらだいぶたくさんあるから、家族の分も使えたらいいねーと言っていたのだけど、実はこれは、家族みんな合わせたポイントだったことがここで初めて判明した。家族の分も使えますか?とお兄さんに聞いたら、はい、使えますとの返事。どの時点でその家族の分を足せばいいですか?と聞いたら、そもそも個人のページに表示されているポイントが家族全員を足したポイントなので、それ以上はないのです、と言われたのです。このこと、ショップの人も、顧客電話の人も、誰も教えてくれなかったよ。それぞれ別だと思ってたよ。そうなのかー。自分のページの画面見てるだけでは、全員の分を足したポイントだと表示では分からない。これってややこしいね。

ってことで、疑問には納得して、オンラインで購入手続き。
二日後、つまり月曜には宅配されます。クレジットカードも使えるけど、代引きもいけるのでこっちにした。半額強を現金で。大体、中古とかで買うような価格で新品が買えたし、今まで見てきた中ではやすかったしこれでよしとしよう。2011年発売は古いのかと思うけど、ネットでレビューとか見てると、普通の携帯電話はこの頃のものが完成形というか、それ以降たいしたた発展はしていないみたい。うちはGPSとかも必要ないし、携帯でネットしないし、メールと、ごくたまにする通話のみだけだから、まったく問題なし。カメラの性能が格段によくなるし、microSDカードも使えるからたくさん保存できるし、WMAファイルにすれば音楽も聴けるみたいでその性能も悪く無いようで。いいんじゃないのと思う。これでまた数年いけるかな。

明日来てみて、うまく設定とかデータ移行ができるかどうか。すんなりいきますように。
久々にわくわく(^oo^)
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by butakotanaka | 2013-09-15 10:09 | MONO | Trackback | Comments(6)