ケイラとの出会い(^oo^)

昨日から今日にかけて、ケイラとのメールのやりとりで、私達がどうやって出会って、友情をどんなふうに育ててきたかって話をしています。お互いの記憶がいろいろ違っていて面白い。違うというのもあるし、どの部分をハイライトとして特に印象が強く残っているかも違うのですね。

で、ケイラとの過去のメール交換の記録や、ブログに書いたことを調べてみて、読んだりしてますが、面白いですねー。過去の自分が何を考えていたのか、何を悩んでいたのか、今、読むことは大変面白い。

ケイラとの出会いは、2005年で、私がニューヨークに三ヶ月語学留学していたとき。その数年前に三週間ほど旅で訪れていた街で、その後に、ブライアンのラジオ番組が好きになり、ラジオを聞くことが毎日の日課でもあり、英語学習の核になっていった私。ラジオ番組に電話ではじめて出演できたり、ファンレターみたいなメールをホストのブライアンに出したりしていたこともあり、この三ヶ月滞在のときには、番組スタッフに毎日毎日メールを英語ブログのような気持ちで書き、日本語ではもうすでにこのエキサイトのブログで日々の出来事を記録していたのでした。ホームステイ先はブルックリンのサンセットパークという地区のロシア系とイタリア系の年配のご夫婦。ペンステーション近くの英語学校にかよっていた。

ケイラと出会ったのは、そのラジオ番組のライブイベントが2日続けてあり、前日のクイーンズであったイベントで、なんとなく色々考えさせられることがあって、自分のアイデンティティについて悩みつつ参加したのがこの翌日のイベント。その時に隣に座ったのがケイラで、その後メールを交換し、出会って話したりするように。

そのやりとりが書いてある2005年のブログ三本ほどここにリンクをあげます。
思い出しついでに。もう9年にもなるんかー。昔だー。


夜に書くといいながらまだ書くやつ(^oo^;)

イベント2日目はアジア協会で。

4/29金曜の日記(^oo^)

なんだか恥ずかしいなー、昔の自分に出会うのは。
でも、こういうのってブログを何年も書いている利点かも。
ノートとかに書いた日記なら、キーワードとかで検索するの大変だけど、ウェブにあると検索できてこうやって探せるもんね。面白い面白い。
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by butakotanaka | 2014-03-31 22:03 | 英語・学校 | Trackback | Comments(0)

大阪下見ツアー(^00^)

おさらい会が終わって、先週の金曜は本番以来はじめてのシルバーコーラスの練習でした。
新しく練習するのに選んだ曲は、ドレミの歌。よく知ってる曲だけど、これをきっかけに改めて、ドレミって何?という話しをすることに。ドレミのどこが全音でどこが半音かの音程の話し、そもそも全音とは?半音とは?という話しをピアノの鍵盤を使って。じゃあ、シャープやフラットがつくと、音程の関係はその前後でどう変化するの?とか。ちょっと難しいかなと思ったけど、みなさん興味をもってしっかり聞いてくださり、半音と全音の歌い分けの練習して、二度と三度まで音程の説明、長と短がある話し、その違いなどみんなで勉強しました。その後曲の練習に入ったら、本当に全然違っていてびっくり。とてもよくハモるし、音程がはっきりしていました。やっぱりめんどくさがらずに、ちゃんと説明して、勉強するべしやなと、実感。

さて、それと共に、四月に来日するアメリカからの友人の旅行のお手伝い。
一週間滞在される間に、関西と関東に半分ずつ滞在する予定で、関西に滞在する間は、できれば一泊だけでも普通の家庭に泊まりたいという希望で、いろいろ知り合いにあたった中で、快く引き受けてくださったのが昨年亡くなったシルバーコーラスの団長さんを最後まで面倒みてくださった長男ご夫妻。最期の日々、練習への送迎してくださったり、入院された後は私たちがお見舞いに何度か伺い、亡くなるその日も病院に呼んでいただいた臨終にも立ち会い、告別式ではコーラスのメンバーで故人の愛唱歌を演奏、そして、私たちが文化祭に出演したときはご夫妻で応援に来て下さり、と交流が深まっていました。特に長男の奥様と私はその後友人関係が深まり、昨年、たこぶのお父さんがもう長くは持たないかもしれないというときに、ニューヨークへ旅立つとき、空港へ車で送ってくださり、その行き道にお父さんがいるホームに一緒に寄って面会してくれました。今、思えばあれがお父さんとの最後になったんやったなー。

昨年知り合ったばかりだけど、とても濃いおつきあいをしていただいたそのご夫妻が、今回友人のケイラと孫娘さんを滞在させてくださることに。言葉のこともあるので、私も一緒に厚かましく泊まらせていただくことに。しかも、一泊だけでなく、関西にいる間、四泊も結局はお世話になることになり、奥様は京都と奈良の観光も一緒におつきあいして下さいます。大阪での一日は、たこぶが会社をなんとか休んで一緒にいてくれる予定。

ここのところ、京都はどこに行こう、奈良はどうしよう、といろいろ予定を考える日々です。友人たちに助けてもらいながら、だいぶ候補がさだまってきたところ。ケイラたちの好みもあるので、候補がでるたびに、ケイラにもメールして、意見を聞いたり。あと、食べるものの好みとか。野菜中心の生活だけど、この旅ではいろいろな食べ物にチャレンジしてみたいというのが、ケイラたちの気持ち。しかも、高級なレストランとかではなく、街を歩き、街の人たちと一緒に時間を過ごして交流して、一緒に食事や料理も楽しめたら、という生活の視点からの旅を望んでいるということが、そうやって意見を交換しているうちにわかってきました。

こういうのって難しいなぁと途中いろいろ思わせられました。
たとえば、うちの母親の世代、つまり日本の中高年世代の海外旅行のイメージって、どうせだからいいホテルに泊まって、いい料理を食べて、ブランドものも買って、というスタイルが多くて、うちの母もそういうタイプ。海外旅行自体が贅沢で非日常だから、どうせだから、向こうに行ってからも思い切ってやりたいことをできるだけたくさんやりたいと、スケジュールも盛りだくさんに。

でも、私自身はこれまでの英語の学び方の中でも、幸せにも時間をながくとれたこともあるけど、ホームステイして英語学校に通うとか、ボランティア滞在とかで、住む感じの滞在で、長くいて、普通の暮らしとして地元の人たちと交流するような旅が好き。高級ホテルや高級なレストランはどちらかというと苦手。

ケイラには彼女のスタイルがあるし、一緒に来るお孫さんの普段の暮らしもどんなものなのかなーと探り探りで進めてきた今回の準備。
たとえば、京都の保津川川下りはどう?とか、舞妓に変身はどう?とか、すき焼きやしゃぶしゃぶは食べたいか?とか、この年代の人ならこう楽しむかもしれないというものをいろいろあげてみたけど、ことごとく違っていて、結局、判明してきたのは、少し若い世代である私の楽しみ方と、とても近いということ。

贅沢は必要なし、できるだけ住む人たちの視線で、体験がしたいと。
あー、だから私たちは友達になったんだ、だから最初にブライアンのラジオ番組のイベントで出会ってから十年近くも友情が続いてきたんだと、少しずつ迎える私の気持ちも落ち着いてきた。親しい友人を最近亡くしたそうで、そんな傷も残っているだろう今回、少しでも癒されて、楽しい時間を過ごして帰ってほしいなと思う。

私は関西だけでなく、途中で一緒に新幹線で移動して、東京の観光もお手伝いすることになった。彼らは日本風の町家のホテルに宿泊。私は近くのステーションホテルにシングルで予約をとった。東京では私も地元民ではなく、旅人。ガイドブックや地図を片手に、一緒に迷うこともあるかもしれない。でも、それも含めて、あとで笑い話、思い出話にきっとなると思うし、時間を急がず、無駄なページ、空白のページも時々はさみつつ、日数が少ない中でも、ゆったりとした旅になればいいなぁ。

で、やっとタイトルの話し。
昨日は友人夫妻に手伝ってもらって、大阪の街を下見。
ミナミ限定で。
文楽劇場の展示を見て、黒門市場へ。すっかり観光客向けになっていて、魚やさんでは、どんぶりとかをイートインできるようになっていて驚き。なんだか京都の錦市場みたいになってるよ。錦市場も最近、お刺身やだし巻きなどを串刺しで食べ歩きできるように売ってるもんね。
で、その後は、オタロードと呼ばれるようになったでんでんタウン、日本橋。アニメショップ、メイドカフェ、地域限定アイドルの養成所やライブ、すっかり様変わりしていてこれも驚き。道具屋筋を通り抜け、調理器具や食品見本のお店も外国人観光客にかなり対応していたのを見て、千日前から道頓堀へ。アメリカ村では友人が行ってみたかったという北欧の百円ショップということで有名なタイガーへ。開店当初より高くなってる気がして、なんかもひとつ。。。。ビッグステップの中にあるお気に入りの古着やさん、キンジへ。友人たちも気に入って、それぞれ掘り出し物を見つけてゲット。私もカーディガン一枚とTシャツ二枚を買いました。900円一枚と700円が二枚。安い。その後はブックオフ戎橋店。ここでいつも探すのは楽譜と映画DVD。昨日は友人が楽譜をゲット、私たちは渋い映画のDVDを一枚500円で二枚。映画館に行くより安いし、なんといっても英語の字幕があるので、日本語字幕で見た後、何度も見直して英語の勉強になるわけです。これがテレビや映画館で見るのとの大きな違い。

もうすぐケイラたちが来たら、一週間、日本語と英語の間を行ったり来たりの生活が続くのね。うまくできるかな。電子辞書だけではのってない言葉も本当にたくさんあって、こういうときって、わからない言葉があっても、それをいかに形容して、いろいろな言い方が説明できるかがキモ。表現力、説明力が問われる。ケイラと日本の人たちとのいい架け橋になれるといいなー。

関ってくれる人たちみんなの健康が守られますように。
お天気がよくなりますように。
あー、全てがうまくいきますようにーーーーーっ!
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by butakotanaka | 2014-03-31 19:44 | Trackback | Comments(0)

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個人レッスンの生徒さんたちの小さなおさらい会、第一回ももくり音楽会が無事終了しました(^oo^)
プライバシーのこともあるので、顔がわからないぐらい小さな写真でご報告です。

この音楽会を企画し始めたのが去年の秋ごろだったかな。その時にこの「ももくり」という名前に決めました。一つは「桃栗八年・・・」で、あわてずにゆっくりみんなで成長していきましょうの意味を込めて、もうひとつは我が家の猫達の名前「もも」と「くり」にちなんで。この名前を決めたとき、音楽会の当日までにももちゃんが死んでしまうなんて、想像もしていませんでした。今年の元旦にももちゃんが天国に旅立ったこと、このももくり音楽会のことを思い出すたびに、一緒に思い出すんだろうなー。

前日は、ブックオフの出張サービスに来てもらい、この機会にと、いらなくなった本を大処分。なんとダンボール11箱にもなりましたよ。でも、買い取り価格はそれでもたった1800円ほど。まっ、いらなくなったものをタダで引き取ってもらえたと思えば、車のない私達にはありがたいですね。もう読んだ、あるいはもう読まない洋書や、昔英語学校で使ったテキスト、たこぶの文学全集(図書館に行けばいつでも読めるから)とか、かなり大量に処分しました。午後には、百円店で、椅子に置く座布団や、玄関先で上着をかけてもらうべく突っ張り棒を購入。

当日は朝から、ピアノ部屋の中を広くすべく作業開始。電子ピアノやカラーボックスや移動式書類棚など、動かせるものは、部屋の外の踊り場に大移動。本が減って、押し入れがだいぶ空いたので、ピアノの上に乗っていたものや、棚の中にあったものをたくさん入れられました。ぐっど(^oo^)掃除機をかけて、雑巾でふいて、二階の食堂からも椅子を持ってきて、家中の椅子が大集合。全員で11人ほどになるのだけど、足りない分は、生徒さんが折りたたみ椅子を持ってきてくれました。

玄関先のたたきには、カラーボックスを一つ空にして置き、物入れにして、その上に突っ張り棒とハンガーで即席コートかけ。スリッパも夏用だけどなんとか数が足りました。ピアノのカバーもとり、蓋も半開にして準備完了(^oo^)

今回、子供の生徒さんは一人だけ。プログラムは、オープニングに加えて1番から8番まで私は8番です。
その子供さんの生徒さんはお母さんと妹さんとの連弾も予定してたんだけど、前日にメールがあり、なんとその妹さんがスキースクールで骨折したんだと。ちょっとのパートだったけど、あんなに一生懸命練習していたのに!!なんとかお母さんとその生徒さんだけは・・・と思っていたら、

なんと、当日の朝、お母さんから電話があり、その生徒さんが前日から頭痛があり、熱をはかったら38度あって、お父さんがそんな体調で行かせるなと。でも、本人は行くといい、お母さんも行かせたい。そんな状況を涙ながらに電話してこられました。とにかく、医者に連れて行ったらどうかと提案し、こちらは、どうにでも対応できるし、弾いたらすぐに帰ってもいいし、出番は先にでも後にでも移動できるし、今回もし来られなくても、それは後でいい思い出になるから、次に向かってがんばればよし、とにかく結果を前向きに受け入れようと話しました。

そうは言ったものの、ここまで、本当に一生懸命がんばってくれていて、本番前の一週間は、家で本番通り入場してお辞儀して何度も練習してくれていたそうだし、かわいそうだなーと心のなかでは思っていました。

しばらくしてメールがまたあり、医者はとても混んでいたし、本人の容態が落ち着いていて、どうしても行くというので、参加することに決めましたとのこと。知恵熱というのもあったのかもしれんね。緊張もあるやろうし。人生はじめての発表会だもんね。

そんなこんなで朝からバタバタしているうちに、あっという間に開始時間が近づいてきます。

午後二時からの開始だけど、少し前から続々と生徒さんたちが集まってきました。
先に来た人たちから互いに自己紹介しあって、歓談タイム。
定時までにはしっかり全員集合です。子供の生徒さんはお母さんとお兄ちゃんもついてきてくれて、ビデオ係をしてくれました。

演奏タイムは、みんな緊張して、なかなか普段のレッスン通りバッチリ弾くというわけにはいかなかったけど、それがまた微笑ましくて、楽しかったです。普通の発表会って、本人のキャラが出ることもなく、お互いがあまり交流することもなく、生徒さんは家族と一緒に来て、そのまま帰っていくという感じが多いのだけど、今回、私は、あえて基本的に演奏する本人だけの集まりにして、全員が演奏する、全員が緊張する、だから互いに応援しあって、緊張を分け合う、音楽のことだけでなく、人と人としても交流しあって、これから互いに見守り合う仲間になってくれたらという思いでしたが、そう思い描いていた通りになった気がします。

みんなもれなく、緊張してかたまったり、あーあかんー!と絶叫する人、プレッシャーと泣き言いう人、あれ、わからんようになったーって言う人、ブルブル震え始める人(私も含む(^oo^;))、息があがってしまう人、色々でしたが、でも、その緊張感を互いに分けあい、許し合い、笑いあい、幸せに変えてくれていました。うちの旦那様には、プログラムのイラストを描いてもらい、当日は、進行の私の横で各曲の解説を加えてくれました。ちょっとおもしろいトリビアみたいなのお願いと頼んでおいたら、本当に素敵な解説をしてくれて、それでみんなの緊張も少しはゆるんだような気がするし、聴いている人たちの音楽への興味や理解を助けたと思います。

私の演奏は、緊張して止まったりはしてしまったけど、この日まで、生徒さんの素晴らしい練習ぶり、努力を見てきて、そんな素敵な生徒さんを指導できることに感謝を込めて演奏したいと思っていたし、その気持は込められたかなと思います。自分は教師なんだからというプレッシャーをできるだけ持たず、私もみんなと一緒に学ぶ一人だし、一緒に成長していきたいし、恐れずに自分の限界にも挑戦していく姿を見せられたら、と思って演奏しました。伝わったんじゃないかなと思います。

演奏のあとは、みんなの緊張感もほぐれ、お茶タイム(^oo^)
自己紹介をお願いしたら、本当に素晴らしい対話の時間になりました。
それぞれの方が、音楽との出会い、これまでの経験、私との出会い、レッスンに対する思いや感想、その他、家庭や育児や介護の苦労話など、初めて会った人たちのはずなのに、もう昔からの知り合いのように、自分のことをつつみ隠さず、誠実に語ってくださり、また語る人を本当にあたたかく他の方々が耳を傾けていました。

うちの旦那様にあとで感想を聴いたら、みんなの音楽に感動したとのこと。
乱暴な音がひとつもなく、丁寧な演奏で、音楽への愛が伝わってきて、つい応援している自分がいたと。それは、私がいつも心がけて指導していることだったので、旦那様にそのことが通じてとても嬉しかったです。

いつの間に用意してくださったのか、サプライズで、バラの花束と謝礼をいただき、恐縮してしまいました。
もったいないなーと思ったけど、ありだかく頂戴しました。

お茶タイムのあとは、みんなで歌を一曲歌って、そのあと写真セッション。
一人ずつピアノの前で弾いてるフリ写真と、私とのツーショット。それから外に出て、近くのお寺で咲いていた梅の木の前で全員の写真。

熱を出していた子供の生徒さんは全身写真まではいられなかったけど、花束贈呈係をしてくれたし、演奏も全部ちゃんとおとなしく聴いていてくれて、本当によかったです。子供さんの習い事と、大人とはまたひと味違うと思うんだけど、そのお子さんに、大人の人たち、つまり自分のお母さんやおばあちゃんの年齢の人たちが、努力を重ねて、緊張しながらも、一生懸命ピアノに向かう姿をぜひ見てほしいなと願っていたから。彼のこれからの音楽に対する気持ちが深まってくれるといいなと思います。

お茶タイムのときの自己紹介で、皆さんがいかにレッスンに対して、真摯に取り組んでくださっているか、私のしつこくて細かいレッスンを理解してくれて、喜んでくれて、ついてこようと一生懸命なのが伝わってきて、私にとっても大きなご褒美のような一日になりました。

今回演奏したショパンのバラードは5/4に習っている教室の発表会でもう一度弾くことになっているから、これからも練習続くわけだけど、この日の幸せを思いながら、今回たくさん失敗したところも含めて、もっともっといい演奏になるように、がんばって練習しなくちゃ。


さて・・・・・ということで、次のプロジェクトに移行です。
昨日、月曜は、新たな気持ちで、いい練習ができました。
ピアノの練習に加えて水曜にあるチェンバロのレッスンに備えての練習、それから金曜にある本番後初めてのシルバーコーラスに備えて、新しくやる曲、シンプルでわかりやすい曲と思って選びました。

これから先の大きな出来事として、NYでとてもとてもお世話になったケイラが、お孫さんを連れて4月の半ばに一週間日本に来ることになっていて、私は一週間ずっとお供して、ガイド兼通訳の役割。これまでの連絡いろいろとりあってきたけど、ここのところ日程が迫ってきて、やりとりが増えてきています。半分を関西、半分を関東で過ごすのだけど、移動の交通手段のこと、関西でホームステイを引き受けてくださるご家庭との連絡や、大阪、京都、奈良でどこに連れて行けばいいか下見のこと、関東でお世話になる友人との連絡など、忙しい日々が続いています。

助けてくれる友人がいてくれて、幸せものだなーとここでも感じまくり(^oo^)
なんとかケイラたちに、楽しい一週間を日本で過ごしてもらいたいなと思っています。お天気もよくなるといいなー。桜も残ってるといいなー。発表会前に、まるまる一週間はピアノの練習できないことが実は少し不安なのだけど、そこはきっぱり忘れて、その一週間はおもてなしに集中しようと思います。ケイラは、私がNYに滞在していた頃、困っているとき、落ち込んでいるときに、何度も手を差し伸べてくれた、大切な友人だから。

さて、午後から歌の生徒さんが来る前に、自分の練習しなくちゃー。
また新しい日々の始まり。生徒さんたちと一緒に自分も進歩を続けていきたいのだ。
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by butakotanaka | 2014-03-25 09:48 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(2)

一週間前(^oo^)

今、指揮・指導しているシルバーコーラスが始まったのは2000年。
その前は障害のある人達のコーラスを何年か指揮・指導させてもらっていて、
もっとその前は、女声コーラスや混声コーラスや大学生のコーラスの、指揮ではなくて、ピアノ伴奏やヴォイストレーナーをたこぶと一緒にやっていました。

でも、個人レッスンの生徒さんを指導するようになったのは、本当にここ、どうだろう、数えれば10年とかになるのかな。でも、これって、けっこう曖昧。なんでって、始まった頃は、レッスンしているつもりじゃなかったから。

昔から、合唱団の人たちで、音取りが苦手な人が時々家に来て音取りの手伝いをしたり、大学合唱団のピアニストしてたときは、新しく学生指揮者になった人がうちに来て指揮合わせをして、その時に、その振り方だとわかりにくいから、どうしようか。。。といつの間にか指導もどきになっていたり。パソコン通信してたときは、アンサンブル会の前に時々音楽仲間が集まって、合わせ練習や秘密の特訓会して、いつの間にか自分が仕切っていたり。

でも、そういう仲間が集まっての練習はレッスンという感じでなくて、いつがきっかけだったのかなー。やっぱり、一時間千円だけど、一応謝礼をいただくというけじめをあるときからつけたことかな。

その金額は今でも変わってないんだけど、ここ数年で、ああ、個人レッスンの生徒さんも指導しているのね、と、やっと観念したというか、生活するための収入というのに正直直接結びついてる感覚はないけど、それでも、幸せな責任感というか、そんなものが芽生えてきたのかな。

在宅レッスンを目指して音楽の勉強をしてきたわけではないので、なんだか不思議です。なんど振り返っても。この人生の進み方。

2008年に一年間アメリカで滞在したとき、ボランティアで滞在だったのだけど、そのおまけ的に余暇の時間を使ってしていた音楽の勉強が、ラッキーなことに、周りの友人たちのおかげで、どんどん本格的になっていって、合唱や指揮や歌のレッスンをたくさん経験できて、その後、帰国してから、この個人レッスンに対しても、音楽は収入の額に関係なく、自分の仕事でもあるのかなと、少し腹をくくった感じなのかな。

ずっと、そうやって心の区切りがつけられなくて、なんとなくやってる、ボランティアなのかも、仕事といえるほど自分は優秀じゃないし、とか、いろいろ心のなかで言い訳しながら、真剣になるのを避けてきた気がするんだけど、そういう自分に区切りをつけるためもあるのかもしれないけど、一週間後の日曜に、初めて我が家で生徒さんたちのおさらい会を催すことに。

ほんとに小さな集まりだし、気楽な集まり。フォーマルでもなんでもない。失敗もOK、やり直しもOK。でも、自分の中では、大切な第一歩になるかもしれないなーとも感じている。そんな私の気持ちを察してくださっているのか、出演してくださる生徒さんたちが、それぞれ本当に素敵な努力を積み重ねてくれていて、最近、一回一回のレッスンで、感動の連続。日々の暮らしの中で、ピアノや歌を練習するって、肉体的にも精神的にも簡単じゃないと思う。音を出してしまうから、家族や近所に聞かれるというストレスや遠慮もあるだろうし。

全員が出るわけではなくて、自由参加なので、出ない人たちで、レッスンに通ってくる人たちももちろんいて、その人達はそれはそれで、素敵なマイペース。決してさぼってるわけではなく、自分それぞれの目標に向けて、すぐに発表の場がなくても、がんばってる。

で、出る人たち。
ここ一週間ほどは、最後の仕上げの時期に入ってきて、悲喜こもごも。
本当に胸が熱くなるぐらい、よくここまでがんばったなーって、レッスンの初期のことを思い出すと泣けてくるような演奏の人もたくさんいるし、とてもとても忙しい中で、それでも十分がんばっているんだけど、でも、多分、自分の中では、もっと練習したらもっとできるのに、というくやしさが先に立つのか、私に謝りながら大粒の涙をこぼす生徒さんも。そんな人に、どうやってその時間が足りなかったことに心の整理をつけて、その中でできるベストを尽くすところまで、気持ち的に持って行ってもらうか、このあたりの話も難しいなと思う。

こないだ一度演奏を聴いてもらった私よりもずっとピアノの先輩である友人が話してくれたけど、いつの本番でも、ある種の「くい」というのは残るのだと。どんな本番でも、あーもう少し時間があったらもう少しできたのにと。でも、残るからこそ、次こそもう少し、次はもっと早くから本気に。。。と、そんな学びがあるわけだもんね。


で、今日、今回の曲を初めて旦那様(^◎^)聴いていただきましてん。
これは、大きな区切りですねん。私にとっては。
一緒に暮らしていて、階下からの練習音はずっと聞かせているわけだけど、本番で譜めくりをしてもらうので、いつか正面で聴いてもらって、譜めくりの練習しなあかんねと言ってたんのだけど、なかなかもう聴いてもらえると、思えないまま、今日まできてしまいました。だって、本当に難しくて、まともに通らないし。

楽譜も読めるし、音楽もわかるし、そんな旦那様がどう私の演奏を聴くのか、身内というのは、互いにずっと一緒に音楽やってきているので、別の意味の緊張がありまして。

今まで止まったことがなかった以外なところで、何をやってるのかわからなくなり止まったり、途中で仕切り直ししてひきなおさないといけなくなったり、ダメダメなところもたくさんあったけど、弾きながら、いやーよくここまで来たなとも思えたし。思ってたのの6割ぐらいの出来だったけど、それが今の自分なのかなと思いました。

それでも旦那様は、最初から最後まで飽きない演奏だった、指揮するだけあって全体をまとめる構成力があるし、歌をやってるだけあってシンプルなメロディを歌う力があると、ほめてくれました。その上で、もう少しこうすればもっといいかもとアドバイスも。ありがたいです。あと、楽譜がしっかり読める彼でも、どこやってるか見失ったところが二回。それほどややこしい譜面ってことですね(-oo-;)

まだ暗譜を自信もってできるほどじゃないんだけど、だいぶ部分部分で見なくても弾けるよにうなってきて、それで、今日分かったのは、そうすると、時々楽譜を見ることになり、今どこやってるのか、急に楽譜に戻れなくなることがあること。覚えるなら、ほとんど楽譜を見ないで弾く練習しなくてはいけないし、時々でも楽譜を見るのなら、鍵盤をあまり見ないで、楽譜だけ見て、ブライドタッチで弾けるようにやっておかないと。っていうか、両方のやり方を繰り返し交代で試すべしなのかもね。あと、目をつぶって、楽譜も鍵盤も見ないというのと三通りか。

ここ最近、少し長く練習すると、指や関節が少し痛いときがあって、弾き方が悪いのか、弾きすぎなのかと反省したり落ち込んだり。でも、難曲ではあるので、無理のある体制で弾くことも多く、そのせいもあるかと、ハノンを一曲ずつ全調で弾く練習を始めたら、弾いてる時間自体はのびたのに、手の調子はマシになった。ただ休ませるだけでもダメで、バランスのいい動きが必要なのかなと思うに至った。

でもそんなバランスのいい練習を心がけると、まだ弾けない曲の部分練習は、あまり量ができない。やり過ぎると、痛めてしまうのが怖いから。難しい部分、失敗が多い部分は、それだけ手に無理がかかる部分でもあって、短時間集中にするのは、とても難しいし、不安感も大きい。これから一週間しかない。その中でどう時間を作るか、ちゃんと考えないと。

といっても、その後、5月の初めに今度は、習ってる教室の発表会で弾くことになっているから、これで終わるわけではないのだけど。二回の本番で同じ曲を弾くことはまれなことなので、後悔をそれだけ減らすことができるといいな。


こんなに自分の能力のギリギリというか、はるかに超えているとも言える曲に取り組むのは生まれて初めてで、一つの曲を断続的ではあるけど、一年もかけるのも生まれて初めて。あー、そういえば、合唱の伴奏の仕事してたときは、音取りから始めて、半年以上は同じ曲してたなー、それと似てる感覚かな。

はじめて譜読みをしたときは、箸にも棒にもかからんってこのことか思ったぐらい歯がたたなくて、絶望的だったけど、その頃のことを思えば、奇跡的と思えるぐらい弾けるようになったし、なんというか、今回のことが、これからの自分の学びに大きな影響を与える気がする。ある程度無理と思えるぐらい大変な曲でも、時間をかけて、あきらめずにがんばり続けたら、いつか弾けるようになるんだという自信みたいなものが、少し芽生えた。これは51歳にしてすごいなと思う。

でも、それと同時に、この積み重ねの営みの中で、老眼で目が疲れて肩こりや頭痛があったり、心も折れそうになったり、そうなると、一日にそんなに何時間もできなくて、要するに一夜漬けみたいにギリギリ前になって、ものすごーく夜中とか早朝にまでがんばるという、ムチャがいかにきかないかということにも直面してきている。

30代や40代前半までとは、体力が違うなーと実感。
生徒さんの中には、その年代の人たちもいて、レッスン前にそんな大変な無理をして、練習してきているのをよく話してくれる。私やったらいっぺんに病気になってるなと思うぐらいのスケジュールで暮らしている人が世の中にはいるねんなーって、頭が下がる。

私は不器用だから、ゆっくりしかできないし、ちょっとずつしかできない。
でも、そんな自分をわかっていて、少しずつ時間をかけられることに感謝やなー。

人それぞれやり方ってあると思うし、無理してがんばるというのも、人生の中でそんな時期があっていいのかもしれないし、もっとあとの方で、あえてがんばりすぎない、でも、何年もの積み重ねで得られることを楽しむというのもありだと思う。

下は小学校に入ってすぐ、40代、50代、60代、上は70代まで、バラエティあふれる年代の生徒さんたちが、それぞれとても純粋に真摯にそれぞれが何ヶ月も取り組んできた曲達の演奏を来週の今日になったら、聴かせてもらえるんだと思うと、今から胸が熱くなるし、そんな生徒さんたちに感謝の気持ちが伝わるような自分の演奏ができればいいなと思う。あと一週間、たった一週間とも言えるし、まだ一週間もある、とも言えると信じて、最後の時間を大切に使おう。
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by butakotanaka | 2014-03-16 22:55 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

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指導しているシルバーコーラスの一年に一度の舞台、東大阪市民文化芸術祭が、先週の金曜にありました。
皆さん、素晴らしい演奏で、前で振っていて、とても幸せな気持ちになりました。

多いときは55名ぐらいが舞台にのったこともあるのだけど、今回は、体調がよくなかったり、旅行と重なったり、ご家族の不幸があったりで、今年は45名足らずが舞台にのりました。

我が団の名物、大正ガールズこと、大正生まれのお三人のうち、一人は、昨年の秋に同居しているご家族の入院があったり、ご本人の体調も安定しないことから、お休みされていて、本番ものれなかったのだけど、当日はお嫁さんが付き添って聴きに来てくれました。そして打ち上げにも来てくれて、みんなと感動の再会。これからの練習にまた復帰できるかもしれないとのこと、なによりです(^oo^)

今回は、私達関係のお客様も何人か来てくださいました。所属している森ノ宮ライゼコールからもテノールがお二人来てくださり、ピアノの生徒さんもご家族を連れて来てくれたり、それから、昨年から指導している教会聖歌隊に加わってくれた方(前にこのブログで紹介しましたね)も、来てくれました。終わった後に、楽屋を皆さん訪ねてくださり、全員を前に感想を言って下さったのだけど、私達の歌声が胸に響いたと言ってくださって、とてもとても嬉しかったです。

身内の自分がいうのもあつかましいけど、この団には、本当に不思議なパワーがあるなと思います。
今年で結成14年。創成期のメンバーは少しずつ年配になってきたり、悲しいけど亡くなってしまった人もいるし、病気になって来られなくなった人もいます。でも、その穴をうめてくれるように、60代の新しいメンバーがここのところ、次々に新しく参加してくれていて、こないだのオリンピックじゃないけど、いい感じで、ベテランと若い世代がミックスされています。それがとても素晴らしい。

シルバーコーラスというと、どちらかというと昔懐かしい唱歌なんかのよく知っている曲を、毎回たくさん歌いますーという歌声の会的な集まりをよく見かけるけど、私はそういうのは苦手なので、あえて、この世代の皆さんに若い世代の歌もいとわず選びます。今回も、三曲のうち、坂本九の「上を向いて歩こう」だけは昔なつかしのだったけど、他の二曲は、松任谷由実の「春よ来い」と岡村孝子の「夢をあきらめないで」。めちゃ新しい曲というわけではないけど、この世代の人たちには、かなり困難なシンコペーションのややこしいリズムが満載。

最初のうちは、そのリズムに歯がたたず、皆さん苦労していたし、こんなん無理ーという泣き言も聞こえてきました。いつも本番のための選曲をするときは、一種ギャンブルというか、あまり簡単なものを選びすぎても、途中で飽きたり、だれたりしてしまうし、難しすぎると、本番までに間に合わず消化不良で終わってしまいます。めちゃがんばって、最後の最後に間に合って、気持ちよく歌えたよ、まさかここまでできるとは思ってなかったなー、とこのぐらいが絶妙のバランスなんですが、そんな組み合わせで曲を選ぶのがとてもむずかしいです。

いつもいつも、本番の一ヶ月前とかになってもまだすっきり歌えてないと、あー私は選曲を間違ったのか、みんなに負担をかけすぎたのかな。。。と反省モードも出てくるのですね。

でも、こうやって14年やっていると、みんなの根性も座ってきたように思えます。それぞれがベストを尽くして、いやそれ以上を尽くして、一生懸命がんばってくれているのがいつも伝わってきて、指導冥利に尽きるのです。昨年の12月初めに練習音源を配布して、そのあたりから音を覚えて、覚えたら本番前一ヶ月には、めちゃ大きな字で縦書に印刷された歌詞だけの用紙を配り、本番はそれを見て歌います。その頃には、歌詞さえあれば、リズムも音も浮かんでくるようになっていなくてはならず、でも、そのハードルを皆さんはしっかり毎回越えてこられるのですね。感心です。

ぎっくり腰になって落ち込んだけど、寝たきりの間、何度も何度も音源を聞いて逆に集中練習になりましたという人、肋骨にヒビが入ったのだけど絶対出たいから、痛み止め飲んで、コルセットして練習本番を乗り切った人、歌詞を覚えるのに何度も何度も紙に書きましたという人、足が不自由で歩くのも痛かったり大変だったりするけど、出るのをあきらめず、周りの人をうまく頼って(これって時々難しいですもんね)、本番に出た人、そしてその人は、みんなにお世話になったからと、全員に手焼きのクッキーをプレゼントしてくれました。

私の耳には入ってきていない、もっともっといろんなストーリーが一人一人にあるのだと思います。

シルバー世代の初めの頃は、旅を楽しんだり、自分でいろんなところに行けたりするけど、だんだんさらに年齢を重ねてくると、遠出ができなくなったり、家族の介護があったり、いろんな事情で、楽しみをたくさん持てなくなる人もいて、月に二回のコーラスの練習が、人生のとても大きな支えになっている人も、オーバーでなく、何人もおられるようです。そして、今でも元気でどこにでも出かけられる若い世代の人たちにとっても、そんなシルバーのベテラン世代の人たちが、いつまでも元気で生活し、大好きな歌を楽しんでいることが、とても素敵なシルバーライフのお手本になって、自分たちもこれから先ずっとこんな風に音楽を楽しんで生きていきたいと、希望を持って見られるようです。だから、そんなベテラン世代の人たちを喜んで助けてくれるのだと思います。

若い世代だけがベテラン世代を助けるわけではありません。
大正ガールズで今回出演したお二人は、本当にお元気で、「先生、何か持ちましょうか?」「手伝うことはありませんか?」と声をかけてくださるし、他の足が不自由な方に声をかけて、支えてくださいます。ここまで来たら、少々年上とか年下とか関係なく、たまたま不自由なところが少なく年を重ねて来た人が、たまたま不自由なところが出てきてしまった人たちを支えるという感じかなー。

心に響く演奏って、いろんな要素が組み合わさってできるもので、計算してできるものではないし、気持ちだけでも足りなくて、覚えるだけでも足りなくて、大きな声がいいのでもなくて、やっぱり、日々、地道に発声や発音や響きや呼吸など、基礎的な技術にみんなが一生懸命出来る限り取り組んで、その上でこの素晴らしい人たちのこれまで歩んできた人生経験やお人柄がスパイスとして最後に加わって、はじめて完成するのかなーと思います。

うちの旦那様(^◎^)も打ち上げで、「ここの団で歌うときに心がけることは二つで、一つは間違わない、で、もう1つは泣かないことなんです」と言っていました。それほど彼にとっても、一緒に歌っていて気持ちよく、感動を呼ぶ、魅力的な団なんだろうと思います。

そんな団体を指導させてもらえるなんて、私はなんて幸せなのでしょー(^oo^)

本番までの道のりは決して簡単なものではないけど、登る山が高いほど、超える壁が高いほど、やりがいがあるってもんですからねー。

これからもこの素敵ないとなみが、できるだけ長く続いていくといいなーと願います。

本番のステージの上では、指揮台に立ちながら、もうめっちゃ楽しかったし、
打ち上げでもみんなと美味しいもの食べて、おしゃべりを楽しんで、全員が無事にここまで来られたことに感謝しました。素晴らしい一日でした。

さすがに翌日は、魂が抜けたように疲れていて、夕方からの合唱団の練習でも半分死んでましたが(^oo^;)

日曜は気を取り直して、ピアノの練習。
そして、明日はまたピアノのレッスンです。

生徒さんのおさらい会も近づいてきて、なんかよくなっているのか、あまり変わらないのか分からないけど、よくなっていると信じて、練習してます。最後は気持ちやからね、そこんところ、自分にも言い聞かせなくては。


時々、自分が指導なんてしててええんか?と自信を失うこともあるんだけど、こうやって本番があって、指導している人たちの幸せそうな笑顔を見ると、やっててよかったな、これからも続けていいのかな、と救われる思いです。感謝。
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by butakotanaka | 2014-03-10 17:54 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)