発表会終わりました(^oo^)

一年近く練習を重ねてきた、初めてともいえるここまでの大曲、ショパンのバラード1番の本番、ピアノの発表会が昨日終わりました。

出番は最後の予定だったんだけど、直前になって、一つ前の出番の方が、自宅に楽譜を忘れて取りに帰られたのが、出番までに戻って来られず、急遽私が一つ出番を繰り上げることに。驚きはしたけど、逆にそれで気持が少しは楽になったかもしれない。それにその方は、いつも最後の出番をつとめることが多い、音大のピアノ科を出られた実力派だし、これでよかったんかもなーと振り返ってみても思っています(^oo^)

本番のピアノは、音楽ホールとしてはおそらく珍しくカワイのグランドピアノ。前回このホールで弾いた時は、なんか音がうまく出ないなーと思った印象があるので、心配だったんだけど、朝、5分だけのリハーサルでさわったとき、前回よりも弾きやすい気がした。ピアノが変わったわけではないのだろうけど、もしかしたら調律がうまく行っていたのかもしれないし、何よりも自分が成長したのかなとも思う。指や体が少しは強くなって、このピアノを前よりも鳴らせるようになったのかもしれない。旦那様からも、我が家のピアノにしても、会場のピアノにしても、大きな音というだけでなく、小さな音も含めて、メリハリがついていて、よくピアノが鳴っていたと言ってもらったし。

本番では、普段あまり失敗しないようなところでたくさん音も細かく外したし、逆にずっとなかなか弾けなかったことが練習が実って集中してうまく弾けるようになっていたりと、一勝一敗という感じ。でも、とにかく全体として、音楽が止まらずに流れたこと、1番目標にしていたピアノを間違わずに弾くことよりも音楽そのものの曲そのものの素晴らしさをできるだけ聴いている人たちに伝えるということ、これは自分の中ではベストを尽くせたと思うから、よしとしよう。

10分以上の長い曲、しかも難所満載。これだけの曲は、いくら練習を積んでも、演奏経験の少ない私には、まだまだばっちり弾きこなせるものではないと思う。そんな簡単に行ってしまったら、もっともっと苦労して、何年も、何十年も経験を積んでいる人たちに申し訳ない。困難だからこそ、こういう営みは尊いと思うし、これからもがんばれというメッセージとして神様からいただいた感じ。できたこととできなかったこと、とてもバランスがよかったと思うから。

最後のレッスンが火曜にあって、本番が日曜。
最後のレッスンの日の朝は、とにかく音を外したくなくて、すべての音をスタカートという短く切る音でさらってからレッスンにのぞんだ。そしたら、先生からは、全部の音を弾きすぎ。うるさいと言われた(^oo^;) 全部鳴っていなくても、大切な音がどれか、フレーズはどうか、つながりはどうか、立てるところと立てないところ、思いきって鳴らすところと、思い切ってひそやかに弾くところ、このメリハリが必要だと指導をいただいた。

難所が多いこの曲は、練習しすぎると指をいためるから、苦手なところをこれまでのように何十回もさらえないのもつらい。やり過ぎると壊してしまいそうで怖かったし。だから、一回一回の練習は逆に貴重で、回数をしぼって、大切に練習するということも学んだ。だから、実際に鍵盤で指を動かして練習する以外に、楽譜を一生懸命読んで、イメージを広げて、音楽の進め方、理想の音質、和声の進行などを、考える時間を増やした。たくさん書き込みもしたし、動画などでいろんなピアニストの演奏も聴いた。

それから、スタジオを借りて、何種類かの別のピアノで練習もした。

それからそれから、家にいたら、とにかく練習したくなりすぎるので、気分転換も大切と思い、この一週間は普段以上にお散歩をよくした。遠いスーパーまで出かけて少しだけお買い物したり、商店街をぶらぶらしたり、図書館まで行っていろんな本を眺めたり。テクテク歩いていると、頭の中にやっぱりバラードの音楽が鳴ってきて、あ、あそこはこんな風に弾いたらどうだろうとアイディアが湧いたりもした。

いよいよ翌日が本番という前日、夕方までで練習を終えて、もう少ししたいというところで止めた。
で、ナイターをテレビで見ながら、電子書籍を読む。英語で書かれた、過去の偉大なピアニストたちの練習方法や暗譜の仕方などの本。これまでにも少しずつ読み進めていたけど、何かヒントが欲しくて、この日は集中して読んだ。そしたら、有名な偉大なピアニストたちも、練習はとても地道で、というか、そういう人たちだからこそ地道なのかもしれないけど。毎日毎日、スケールとアルペジオとオクターブの練習には一時間はかけるとか、どんな曲を弾く前にもかならずバッハを弾くとか、仕上がりのテンポで弾くのはめったになく、とりかく「クリーン」な音を求めて、ゆっくりさらうのがほとんどだとか。あー、私がやってることは間違ってなかったんだと嬉しくなった。私もどちらかというとこういう練習が主で、ゆっくりゆっくりしかできないし、曲の練習に入る前に基礎の練習でいつも時間がかかりすぎてしまう。でも、私の場合、レイトスターターなので、これまでに基礎練習の基本が圧倒的に経験不足だし、必要なことだと信じてやってきた。これでよかったんだなと思えた。

その本の中で、アマチュアの上手なピアニストと、プロのピアニストとの差は、とにかく、理想の音、音楽を求めて、どのぐらい飽きずに地道な練習を積めるのか、どのぐらいストイックに我慢強く細かい部分を1つずつ解決しながらこだわって仕上げることができるのか、その程度の差かもしれないと書かれてあった。テンポどおり、仕上がりのイメージで弾くことは、弾きこんでくるとやりたくなるし、とても気持がいいのだけど、そればかりをやってると、タッチが荒れてくる。そこをぐっと我慢して、音楽全体の進行は、楽譜を読み込んで実際は弾かないときにたくさんやって、鍵盤に向かうときは、部分部分の仕上げに時間をかけることも大切なのかもしれない。

暗譜に関しても、とにかく何度も弾きこんで、指が覚えるまでという、昔、よく先生に言われた話は、その本では否定されていた。そういう練習が1番能率が悪いと。とにかく楽譜を読んですべてを譜面の上で理解し、覚えることが先で、何度も弾いて覚えるのはよくないと。わかっていれば勝手に指がいくだろうと。これは確かに理想かもしれない。わかっていれば指が勝手に行くというのは、基本的にわかっていれば弾ける技術がすでにあるということで、アマチュアはそうはいかないし(^oo^;)私もそうはいかない(^oo^;)でも、この理論にも一理あるなというのが今回の経験で得たこと。本番が近くなり、暗譜も済んでからでも、やはり、この原理に立ち返り、何度も弾かずに楽譜を眺めて、本来この音楽はどこに行きたがっているのか、どう進むべきなのかを繰り返し、できるだけ新しい視点で見直していくという作業を繰り返すことがとても大切だと思った。

私の今ついている先生も、早く暗譜して楽譜から離れるのではなく、最後まで楽譜を読むことは大切だと思うと、常日頃おっしゃるけどその言葉の意味の深さを知った今回の経験でもあった。

で、その英語の本に書いてあったあるピアニストの練習法で
「とにかく音の鳴りはじめの瞬間に耳をすませる。よーく聴くこと。それを念頭に練習する」というのがあった。

フォルテの強い音が多い曲だったので、とにかく力強くガーンと弾くことばかりに気を取られて、タッチがつぶれるというか、そんな風になっていた私の演奏。この練習はきくかもしれないと思った。

ナイターが9時に終わり、練習リミットと決めている10時まで一時間ある。
その一時間、最後に、すべての音の始まりに気を配り、大きな音でなく、「クリーンに」というのを思いつつ、丁寧に、とにかく丁寧に、全部の音をさらった。なんかそれでだいぶ最後の整理になった気がする。


本番。実は曲が始まった瞬間に、なんと「鼻水がたれそうに(^oo^;)」なったのです。普段からアレルギーでよくくしゃみや鼻水が出るのだけど、前日、なぜかそれがひどくて、風邪ひいたかと思うぐらい鼻水がずっと止まらなかった。風邪薬とかを飲んで、当日鼻水は止まっていたと思ったのに、舞台に上がり曲を引き始めた瞬間に、ほんまに右の鼻の穴の中で一筋だけすーっと流れてきたのですー。指でぬぐいたいよー、一筋ぽたって落ちてきそうだよーって思いつつ、いつのタイミングで、すするのか、ぬぐうのか、しばらくはそればっかり考えていたのでした(^oo^;)最初、静かな部分も多く、大きな音ですすれないので、いつぽたっとたれるか気が気でなかったです(^oo^;)本番ってこんなこともおきるのねーって。


まっ色々あった本番までの日々と本番そのものでした。
舞台裏では、他の出演者の人たちと色々話もできたし、お互いの演奏を聴きあえたし、指導してもらっている以外の他の先生たちからも、よかったよー、うまくなったねーと言ってもらえたし、中には、三年前にこの教室に復活する前15年のブランクがあったんだけど、その18年前の私の演奏を知っている先生もいて、その先生から「これがあのぶたこさんなの?と思ったぐらいよー」との言葉。50代に入り、この年になっても、本番ごとに、少しずつだけど成長できている自分が実感できること、こんなに素晴らしいことはないと思う。

今回の本番、自分の中で1番大きな変化は、意識。
これまでは、私はピアノはダメ、専門じゃないから、キャリアも少ないし、ソロは苦手だから、と逃げ言葉ばかりを使っていた。だからできなくて当たり前とか、だから緊張するとか、だからどうせダメなんだとか。

でも、今回、その甘えた意識を持たないと決めた。
私も曲がりなりに、ピアノの指導をしているんだ。私にもたくさんの生徒さんがいる。私も指導者として、しっかりしなくちゃと。それから、ソロのピアノの勉強としては経験は短いかもしれないけど、伴奏の経験もあるし、指揮や歌で、ずっと音楽を勉強してきたわけで、プロじゃないとかアマチュアだからとか、そんな境界や限界を作らず、私は音楽をする人なんだ、音楽を表現する人なんだ、レベルがどうとか経験がどうとかでなく、これからの人生でも音楽をしていきたいし、できれば、このずっとやってきた音楽で誰かに喜んでもらえたり、幸せな気持になってもらえるような、そんな音楽をもたらすことができる自分になりたい、そのために経験を積んでいるんだと、観念したというか、そんな感じ。これから先、自分の音楽活動がどうなっていくかは、自分が決めることだけではないと思うけど、流れに任せるしかないと思うけど、習っているだけとか、そういう受け身に逃げるような言い訳はやめようと思えた。これはピアノの演奏の上では初めてかもしれない感覚。だから、本番でブルブル震えるぐらい緊張していたんだけど、集中力もしょっちゅうなくなりかけたんだけど、最後までたどりつけたのだと思う。

これだけの大曲に挑戦して仕上げたからこそ、ここまでの境地にたどりつけたと思う。
またここまでの境地にたどりつけるぐらいのエネルギーや時間をもらえたこと、演奏する機会を得られたこと、生徒さんや先生たちが期待してくださったこと、全部が合わさったからこそだと思う。

これからもできれば逃げないで、怖がらないで、自覚を持って、精進を続けていきたい。
どこまで続けられるるかはわからないし、人生で何が待ち受けているかもわからないけど。

さっ、次のレッスンでは、歌で勉強しているシューマンの詩人の恋の伴奏を見てもらうのだ。
それから中断していたバッハのパルティータも再開。エチュードもベレンスの40番を継続して。
日々の小さな営みが、あとで振り返ったときの未来への大きな進歩につながると信じて。何歳になっても進歩は続けられると信じて、これからもがんばりますー。
応援してくださった皆様、ありがとうございました(^oo^)/~~~
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by butakotanaka | 2014-05-05 17:28 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)