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ギアチェンジ

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写真は中之島バラ園に昨日行ったときのものです。
肥後橋で歌のレッスンの帰り、テクテクと堂島川沿いをお散歩してたどりつきました。
丁寧に手入れされたバラたちは、美しい花をこぞって咲かせていました。
お天気も最高によくて、暑いぐらい。
一人でのんびり歩き、楽しませていただきました。

この日の歌のレッスンは「ギアチェンジ」の日でした。
二年前にアメリカに行き、ワークショップに参加したのだけど、その時の目的の一つは、その前の年から友人のエリオットと約束していた、シューマンのリーダークライスという作品を伴奏させてもらうというプロジェクト。一年かけて一生懸命歌とピアノを勉強して、約束どおり何度かセッションさせてもらった。その時に、次は同じシューマンの曲集「詩人の恋」をお互いに練習しよう、ということに。この話と別に、その時の訪問でアメリカの友人たち何人もに再会したのだけど、私が一年滞在した2008年の春から翌年まで以来の訪問だったので、そこから4年ぐらいたってたのかな。4年は長いぞ、次は何年後に戻ってくるんだとみんなが言ってくれて、そうやなー1年では短すぎるし、いろんな意味で、自分も成長して、進歩した姿を友人たちに見てもらいたいから、2年ぐらいかな・・・と自分の中でなんとなく思っていた。

今年は、その2年後。年明けぐらいからなんとかなく、今年の夏行くのかなー・・・とも思ってたんだけど、シューマンの勉強も続けていたんだけど、春になって、そろそろ飛行機のチケットとかとらないと・・・という時期になっても、なんとなく前に進めない感じ。2年前の自分より、ほんの少しは進歩しているとは思うんだけど、なんか、今年は、日本を離れる気持ちになれない・・・と、なんとなくそう思ってしまう。

こないだのももくり音楽会があって、生徒さんたちにコンスタントにレッスンしていきたいなーというのもある。今年の合唱団の曲がほんまにかなりの挑戦もので、別に私がどうということはないんだけど、練習で伴奏のお手伝いやパート練習のお手伝いをするようになっていて、なんとなくそっちの方もしっかり気持ちを傾けて協力したいなと、勝手に思っていることもある。事前の練習もしっかりしないととも思う。

たこぶのお父さんが亡くなったのも、その2年前、私がアメリカに行っているときだった。
思い出すなー・・・・。行く直前まで通ったホームでの時間。お父さんにピアニカ吹いて、一緒に歌ったなー。
この6月にはお父さんの三回忌。早いなー。時間がたつのって。
アメリカの友人の中にも、年配の人がたくさんいて、その中でもものすごく親しい人たちはまだ元気だけど、仲間に入れてもらっていた金曜コーラスからは、この2年の間にコアなメンバーが一人亡くなった。ワークショップ仲間で、何度か一緒に歌った人も一人亡くなった。すごく親しくしてくれていたリタ・リチャード夫妻の、リチャードは元気にはなったけど重い症状で一時入院していた。そんなことを考えると、みんなに会いたい・・・という気持ちも強くなるんだけど、それと同時に、2年前アメリカで自分が体調を崩したときのこともよみがえる。たこぶくんが一部分一緒にいてくれるといっても、大部分は一人でたとえば1か月近く、しっかり自己管理しなくてはいけない。私って、ついつい限界を超えてがんばりすぎて、勝手にやりすぎて、しんどくなってしまうところがあって、これがダメダメなのだ。そうなったときに、結局は周りに迷惑かけるのに。

今年、いろんな意味で、どうしても行きたいのか、自分に強さはあるのか、体力的にも気持ち的にも充実しているのか、色々考えて、発表会が終わったこの時期を区切りに、よし、今年はやめよう、と決めた。でも、できたら来年は行きたいな。行くぞって思って、少しずつ準備しようかなって。

私は厚かましい人なので(^oo^;)、行くとなったら、いつも友人の家に滞在させてもらっていて、でも、いつも同じ人だと申し訳ないなってこともあり、今回も、行くとしたら誰に声をかけようかな、みんな忙しいだろうな、旅行とかの予定もあるんじゃないかなって、気を使ってしまい、そのお伺いメールを書くのも、なんか気がひけるのですね。だいたいの場合、思い切って出してしまうと、向こうは、大歓迎ですー!と返事くれたりするんだけどね。ほんまにありがたいことに。こういう気を使うことがしんどいからと、ホテルとかに泊まることにすると、行ってから、なんでそんなもったいないことするのよー、うちに来ればいいのにーとか、誰かのところに泊まっていても、なんでうちに来てくれなかったのーとか、そんなうれしい言葉も。だから、やはり思い切って友達の誰かに、泊めてくれる?とお伺いする方がいいのだ。そんなことも、かなり「よいしょっ」と思わないと、できないのね。

うん、とにかく、今年は行かないのだ。そう決めたのだ。

だから、歌のレッスンもギアチェンジ。この1年、シューマンの詩人の恋、16曲もあるこのドイツ語の曲集をひたすら勉強してきた。ちょっとお休みしてみようかなと。ドイツリートもすごく素敵だけど、私は他の音楽も好きだし。だから、今回のうたのレッスンは、先生にその気持ちを伝えて、違う音楽をしばらく勉強したいと話してみた。先生はちゃんとわかってくれて、この日は、木下牧子の曲と、パーセルの曲。パーセルのIf music be the food of loveは、2種類あって、短い方は前に歌ったことあるんだけど、長い方の曲はちょっと難しくて、いつか歌ってみたいなと思ってた。英語の歌詞も懐かしいー。英語だとドイツ語と違って、歌いながら意味を感じられるし。先生も、英語になると、私に対して発音の注意とかもなく、そのままでどうぞーって感じ。でも、音楽に関しては、まだまだで、たくさんやるべきことがある。ドイツリートと違って、バロックだと、好きな分、余分な感情が入って、発声が乱れたりもする。

とにかく、ピアノじゃないけど、誠実に、いろんな方面から学んで、いろんな方面から新たな気持ちで進歩すべしやな・・・と、ちょっと新鮮なレッスンになったのでした。先生は、どんな曲を持って行っても、楽しんでレッスンしてくださるし、最近は、声もだいぶ安定してきたと、そのことを一緒に喜んでくださるし、何かうまくいかないことがあっても、私の中ではこうなっています・・・と私が説明するのを辛抱強く聴いてくれて、そこから、じゃ、もうちょっとこう考えてみたら?という風に進めてくれるので、なんというか、もう10年とかもっと長いお付き合いで、先生と生徒としても交流がうまく回っていて、師弟としても、友人としても、大切な人なんだなーと、感じるようになりました。ありがたいことです、先生に恵まれるというのは。

次のピアノレッスンは来週。新しい曲の譜読み絶賛がんばり中~。エチュードやら、ベートーベンやら、ブラームスやら。ベートーベンだけは、ワルトシュタインの終楽章、途中でおいていたので、ちゃんと仕上げてみることに。発表会前と同じ曲を弾くと変化がわかって面白い。あんなに苦労していた音が鳴るようになっている・・とか、動きにくかったところで、少し自由度が増えているとか、この数か月、本番に向けて弾いていくうちに、自分の中で起きた変化が実感できるから。50代になっても、人間変わるもんですねー。素敵。

アメリカ行くのやめたーと決めたし、発表会も終わって、毎日何時間とかいう練習がmustではなくなったので、少しぐらいは息抜きしてもええんちゃうか?ということで、来月後半に、久しぶりに横浜の友人のところに遊びに行くことにしました。去年、NYのケイラが孫娘のジュリエットと日本に来たときに案内で行った関東旅行で訪れたジブリ美術館、たこぶと一緒に行きたいとずーーっと思ってたので、これを実行することに(*^oo^*)横浜の友人も一緒に行くことになり、今回のメインはこれかな。東京って、今、何がホットなのかな? どこに行きたいかなー。6月だけどお天気が悪くないといいなー。仲良しの友人家族、友人夫妻だけでなくて、娘ちゃんとも生まれたとき、いや生まれる前から知っていて、もう親戚のおばちゃん状態。彼女の成長ぶりを見るのも楽しみだなー。時間と予算の節約のため、行きは久しぶりに深夜バス、帰りはちょっと楽して新幹線にすることに。ジブリのチケットも買ったし、深夜バスの予約もしたよ。準備着々ーーーっ。

いっぱい楽しんで、リフレッシュしたら、また気持ち新たに練習しよう。

そして、いろんなことが整って、来年の夏には、また行けるといいな。
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by butakotanaka | 2015-05-14 23:10 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

発表会終わった(*^oo^*)

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終わりましたーっ!!!発表会ーーーっ!やたーやたー!
とにかく、終わってうれしいのだ。

そして、演奏の内容も、なんとか、落ち着いてできたかなというレベルかな。
もちろん家でだともっと弾けてたのにーとか、あんなに念入りに練習したラストの部分でいっぱい変な和音弾いてもたよーとか、そういうことはいろいろあるけど、でも、自分の中では、今までの発表会とくらべて、一番落ち着いて弾けたかも。そして、だんだん育ってきた自分の指、音楽、そんなことが生きてきたかもなーと感じられたのでうれしい。

私のピアノのレッスンの歴史って、いくつかに分断されていて、子供のとき、小学校入りたてぐらいで二年ぐらいかなー、ほんの数年、バイエルの途中まで習ってて、二回ぐらい発表会に出た思い出。とにかく練習が嫌い。先生は家に来てくれるんだけど、その先生が来るほんの五分前とかにパパパっと弾くだけ。そんなんでうまくなるはずないんだけど、要領はよかったみたいで、それでなんとかなってたというか、先生はあきれてたやろなー。

やめた後、次の音楽体験は中学あたりでエレクトーンを数年。これも、あまりまじめでなく。足のペダルに苦労しつつ、中途半端なままやめた。

次は、高校三年。進路を決める段になり、幼稚園の先生になりたいと、その筋の短大を受験するためにピアノのレッスン再開。バイエル60番からといわれ、指は全然動かない。こんな年齢になってからでは、育つわけもないと、見捨てられたように先生に宣言されたのを今でもトラウマのように覚えてる。子供のときにちゃんとやってなかったら、ピアノって一生うまくなれないのね、手遅れなのねって。

短大時代は、授業のいっかんでピアノレッスンがあったけど、90分の授業に10人の学生が割り当てられていて、つまり一人9分のレッスン。そんな丁寧に見てもらえるわけもなく。レベルとしては、ブルグミュラーからソナチネ程度かな。練習嫌いは相変わらず。ただ、高校時代もこの短大時代も伴奏が好きで合唱部には入っていたから、合唱の伴奏は家でちまちまと時々練習して、一人で喜んでた。ぜんぜん突き詰めるような探究心はなし。

短大を中退して、音楽系の大学を目指すことに。短大行きながら1年間レッスンにも週に一度通う。この時代はけっこう練習してたかなー。でも、先生との相性はあまりよくなくて、うまく先生の期待には応えられていなかつた気がする。先生の思うような音も出ないし、指も動かないし、伴奏は好きだけど、指は動かないから速い曲は一生無理やな・・・とコンプレックス。テンポが速い指がたくさん動く曲も苦手だけど、気持ちを入れるショパンみたいな歌い上げる曲も、どううたっていいのかわからず、やはり苦手。とにかく不器用だった・・・というのは、今も変わらないのかも。

無事音楽系の大学に受かったものの、またまた1年と半年ぐらいで中退するこになる。家の経済的な理由や母の意向もあったのだけど、今から振り返ると、そんな人のせいにするんじゃなくて、やっぱり自分にも原因はあったと思う。歌の先生もピアノの先生もちゃんと指導してくださっていたけど、私がうまく対応できなかったし、学校もおもしろくなかったし、テストもぜんぜんできなくて成績もダメだったし、歌もダメ、ピアノもダメで、なんか劣等生。落第するほどの劣等生じゃなかったけど、どこかで居心地悪いのを感じてたのかな。いや、やっぱりへたれやな。ほんまに本気では努力してなかった気がする。遊びにもせいを出していたし。それで、もひとつ楽しめなくても当たり前やな、今から考えると。

大学をやめて、就職して、ピアノから完全に遠ざかる。
その後、社会人の合唱団に入り、全然たいして弾けない私に、伴奏してくれという依頼が来るという奇跡が。ある大学の夜間部の合唱団で、のちに私と結婚することになるたこぶくんが指揮していた団。練習が(夜)の9時半から始まるし、ギャラもそんなに出せないし、弱小の団というのもあり、なかなか伴奏のなり手がなかったということもある。指が動かない私が、難しい合唱曲の伴奏をそこから10年近く、毎年1年間、必死で練習してなんとか本番をこなしていた。今から考えると恐ろしいぐらい下手くそだったと思うし、そのわりに不相応なプライドがあって、自分がへたくそだということに気が付いてなかった(^oo^;)アホやな。でも、その時代に、歌と合わせることの楽しさ、指揮を見ることの楽しさ、アンサンブルしながら自分も音楽を作ることの楽しさを教えてもらった。ねばり強くひっぱってくれた旦那様にも感謝(*^oo^*)☆ミ

その10年近くの間に、何年かピアノのレッスンに通っていた時期もあって、何回か発表会にも出てたけど、なんか、暴力的にピアノを弾いてたし、こわばった音ばかり出してたなー。でも、この時代に学んだことは多い。ショパンも弾いてたけど、表現はよくわからなくて、先生から言われる通りに遅くしたり速くしたりしてたような感じ。自分の音楽ではなかったなー。

今の先生とは結婚後、習いに行ったんだったかなー。
30歳過ぎてから。やったかな。数年間。で、神戸の地震があって、そのあたりでいったん中断。その頃、私たち、二人して音楽に疲れていて、いろんな合唱団からも離れた時期と重なる。音楽を一回全部リセットして、お散歩や図書館や、そんなことをして過ごしてみようと、人生をギアチェンジした時期。いろんなことがしんどかった。自分で勝手に人と比べたり、何かを一生懸命に考えすぎて、人と衝突したり、まっ自意識が過剰やったんやろな。そういう年代でもあるし、それも今から考えると必要な体験やったんかも。

そこからピアノレッスン、15年以上空白があって、その期間が無駄やったかというと、そうでもなくて、その間に、いっぱい本を読んだり、旅したり、英語を特に一生懸命勉強した数年があって、海外に滞在した経験もあって、そこから、もう一回音楽に戻る方向に変わってきた。外国で、自分にとって音楽が大切であると気づかせてもらったことや、外国でできた友人たちから教わったことがたくさん。先生にも何人もであったし、私を認めてくれた教会の人たちや仲間たちにもであった。その経験から、日本でもまたやってみようかなーと、長い間の疲労感から、時間をかけて回復して、ここ過去5年ぐらいで、いろんな音楽を再開してる。歌のレッスン、ピアノのレッスン、わりとちゃんとした混声合唱団に夫婦して入ることなど。そのすべてが長い間やってなかったこと、それを全部気が付いたら再開していて、そのうえに、おととしからはチェンバロのレッスンも始めてしまって・・・・。中断する前はやってなかった指揮者ということも、これはここ10年ぐらいでやるようになってきていて・・・。

人間の人生ってほんまに面白いですねー。やめたらずっとやめてる場合もあるけど、私の場合、なんか、ほんまに、自分ではコントロールできない大きな意思がどこかにあって、導かれているような、そんな気が時々します。というか、そう思って、受け入れようって思えるようになったかも。だって、ふつうは、フルタイムで仕事して、そんなに音楽にかける時間なんてとれないし、とれたとしても、家族の理解がなかったりもするのに、私は、もちろん自分で選んだときもあるかもしれないけど、今になって気が付いてみると、私をしたって通ってきてくれる生徒さんに恵まれて、こんな未熟な私なのに音楽を指導することが生活のメインになっていて(収入のメインぢゃないけど(^oo^;)時間を使うメインね(^oo^;))、それと並行して指導するために自分自身が学ぶことも同じぐらいメインで、そこからはうれしいことながら逃げられないぐらいの割合になっていて、そして何よりも、音楽好きの音楽ができる理解ある旦那様(^◎^)に恵まれて、毎日いっぱい練習しなくちゃいけない時期、家事ができなくても、食事の準備がちゃんとできなくても、文句も言わず協力してくれて、私が上達することをいつも一緒に楽しんで喜んでくれている。これって、最高の人生じゃないのか?と、改めて思うのでした。こういうことって、日々当たり前のように受容しているけど、長く続くようでいつまで続くかわからない。人生って、何が起こるかわからないもの。自分だったり家族だったりが病気になることもあるし、自分自身のやる気がなくなることもある。いつまでも続かないかもしれないから、本当にこの環境に感謝して、続けられる日まで続けたいなーと、発表会を終えた今、改めて感じています。

発表会の日は、朝、1時間ぐらい電子ピアノでウォームアップして、10時からリハーサルでいったん会場に。5分ぐらいだけ弾かせてもらったけど、前回、2年前に一度このホールのスタインウェイを弾いたときより、弾きやすくなっていて、自分の指が育ったのかなーと思った。私の先生はまだ来ておられなくて、お嫁さん先生がおられて、数か所ペダルのことや、強調すべきことのアドバイスをくださる。ありがたい。

で、いったん帰宅して、2時間半ほどあるので、2時間の練習。本番のテンポで通すのはいっさいやらなくて、リズム変えして、ひたすらゆっくり音質やアクションの確認。ねばり強く、誠実に、最後まで。

そうそう、前日やった練習ですごく気持ちが楽になるのがありました!
雑念ってなんやろう・・と考え始めて、なんで本番になると雑念が浮かぶんやろうって。この後何食べようかなとか、誰々が来てるかなーとか、しょうもないこと。ウェブをいろいろ検索して、雑念が浮かばない方法は・・・とか調べたけど、緊張したら雑念がわくというのは、仕方がないもよう。

そうか、そしたら、雑念と仲良くなるとええんか?と思う。
よし、雑念わざと浮かべながら練習したれ・・・と思い直す。
ちょうど前夜はナイターゲーム。テレビを見るのはあきらめて、ラジオの中継をつけた状態で、ピアノの練習。ざわざわした音、試合の経過も気になるから聴いてしまう、聴きながらやる。
で、そのうえに、色々言いながらやってみたのだ。「あいうえおーかきくけこー」とか「カレーライス、ハンバーグ、エビフライー」とか、何かしょうもないことをいろいろ口に出しながらショパンのノクターンを弾くのです。で、驚くことに、それが案外大丈夫なのだ。弾けるのです。気が付いたのは、雑念って、リラックスしてるから出てくるのか?ってこと。アルファ波が出てるかもなーって。ってことは、ウェルカムなんちゃうんって。リラックスしてる証拠やから、よしよしって思えばええんかなって。もちろん、雑念が出ても、へらへらーって弾けるところまで練習を積んでいるということは必要になるけど、そのうえで、雑念が出たとき、うわっ、やばい雑念や、集中でけへんやん、間違うやんって恐怖感にさいなまれることの方がやばいんかなと思った。雑念が来たとき、よしよし、よう来たなって思えたら、本番でも大丈夫かもねと思ったのでした。

この前夜の経験は、かなり大きかったかも。本番ってそういうもんかーって。震えるのも当たり前、雑念もウェルカム、あとはそれを受け入れたうえで、ベストを尽くすことやなって。

話は当日に戻りますが、リハのあと家でさいごに2時間さらった後、いよいよ本番に向けて出発。そうそう、旦那様もちゃんとリハにも本番にもついてきてくれて、落ち着かない私に、電車の時間調べてくれて、「ここで7分の待ち合わせでございますー(^◎^)」とかマネージャーのように世話焼いてくれました。感謝やわーっ。リハのときも、客席から聴いたらこんな感じやったでと感想くれるし、ほんまに信頼できるパートナーです。

4時ぐらいが終演予定で、私は最後から2番目。3時半より早くなることはなく、んじゃ3時に行けばいいと、ちょうど3時ごろにホールに到着。ロビーでは出番を終えた子供たちが、ドレス姿で走り回ってる。そのうち二人の女の子が、私と同じタイミングで楽屋に入ってきて、着替える私を見て、「きれいなドレスですね」と話しかけてきた。船場で安かってんでー、なんと8000円やで!と自慢したら、高い!と感想(^oo^;)子供には値段の感覚違うねんなと実感。その子たちのドレスはおばあちゃんの手作りやったり、ネットで安くかったりするねんて。「ピアノ弾くんですか?」と聴かれて、はいっと答えた。何を弾くんですか?ということで、ショパンのノクターンというと、有名なやつ?ときたので、あれとは違うやつと。で、緊張してるから、客席から応援してくれる?とお願いすると、ウンっと元気に返事してくれた。心強いのだ。

本番は思ったより進行がスムーズで、出番が早くきた。
どんどん迫ってくる出番。他の人たちの演奏はすべて素晴らしく思えて、自分のことが不安になるけど、ここまできたら、やってきたこと以上のことは出ないわけだし、あとは気合いなのだ。気持ちを込めて、一生懸命自分の音楽を届けるそれしかない。笑顔の先生に送り出されてステージへ。手術を乗り越えて、無事退院された先生。その先生が元気になられて、この舞台袖で送り出してくださることが、どのぐらい幸せなことか、神様にも感謝しなくちゃ・・・とそんなことも思った。

本番はあっという間。
途中で何度か崩れそうになったものの、なんとか切り抜けたけど、最近、あまり間違うことがなくなっていたラストの難しい和音の連続で、たくさん違う音を混ぜてしまい、自分にがっかり(^oo^;)でも、それ以外のところで、ももくりのときにできていなかったこともたくさんできたし、まっ本番はこんなもの。とにかくベストは尽くしたのだ。それでもう自分をほめてあげようと思えた。お客様からの拍手もとても温かかった。

私の後の方は、音大の大学院かな、の学生さんで、あちこちのコンクールや新人演奏会に出ているほぼプロの方で、さすがに素晴らしい演奏。もうぼーっとしてる間に、発表会の終演を迎えた。みんなで写真撮影するのに、客席で聴いてくれていたお嫁さん先生が来られて、「ぶたこさんー、よかったよー感動したわー」と声をかけてくださり、うれしかった。終演後お礼に伺ったときも、曲が私にあっていること、とてもがんばって練習したことが伝わってきたことを言ってくださり、リハーサルでのアドバイスもちゃんと反映されていたと。よかった。今回、縁があってみてもらった二人の先生。二人ともにみてあげてよかったと思っていただけたらいいなーと、そういうダブルの感謝もあったので、この先生に喜んでいただけたのもうれしかった。もちろん私に気を使ってうれしいコメントをくださったのもあると思うけど。

私の先生も、緊張はしてたわねーというコメントだったけど、がんばって弾いてたわよって。
体調を回復された先生に聴いていただけて本当によかった!

写真撮影が終わって、客席に降りて、聴きにきてくれていた生徒さんと旦那様に会い、記念に写真を撮ったりして、その後楽屋に戻って着替え。そこには、さっきであった二人の子供たちが。お母さんたちと一緒で、お母さんに「あっ、あのね、この人!さっき応援してって頼まれたの」って報告してる。私が「あ、応援ありがとう!おかげでとても心強かったよ!」ってお礼をいった。こういうふれあいってうれしいね。この子達にも楽しい思い出として残ってくれてたらいいなー。大人が緊張してがんばって弾いてるんだよって。

今回のドレスは、船場で8000円で買った掘り出しものなんだけど、何人もの人にほめてもらって、そのたびに値段をいうので、私はやはり関西の人間やなと実感(^oo^;)でも、ほんま安かったし、色合いもよくて、ええ買い物やったなー。

で、帰りしな、もうホールを後にしようというとき、先生方の楽屋の前を通りかかったら、先生とお嫁さん先生が二人で後片付けされていた。改めて、本当にありがとうございました!と言ったら、お嫁さん先生が最高の言葉をくださった。お母さん先生に話しかける形で、「あのね、ぶたこさんは、体のどこにも力が入ってないから、本当にきれいな音なのよ!とても誠実な音で、誠実な音楽で、人柄がそのまま表れてたわー」って。この「からだのどこにも力がはいってない音」というのは、ずっとずっと目指してきたことで、誠実な音楽という言葉も含めて、こんなにうれしいコメントはないってぐらいうれしかった。今回の曲は音の幅が広いオクターブ以上離れてる和音が満載で、ほんまに指がこわばっていい響きがなかなか出なかったから、この曲でそう言ってもらえたこと、そして、大学時代特にショパンを熱心に勉強された、いつも私の先生がほめているお嫁さん先生にそんな言葉をもらえたことが、心から嬉しかった。二人の先生に感謝。

ホールを出て、来てくれた生徒さんと旦那様と3人でミスドでまったり。
生徒さんからも、「先生の音が本当に美しくて、音楽もよくて、ももくりの時よりもずっと磨かれていて、先生の生徒でよかったと心から思いました」とこれまた最高のコメントをいただいた。うー・・・幸せだ('oo') この生徒さんはご自身が講師をされている方で、指導の苦労もよくわかっている人。生徒さんに自分のピアノを聴かれる、さらけ出すというのは、本当に怖いことで、教えてる自分が情けない演奏ではあかんなーという、いい意味でのプレッシャーもあったおかげで、私は練習に励めていたとも思う。信頼してくれる生徒さんがいることで、先生もがんばれる。やっぱり人間は一人では生きていけないし、一人だけだと喜びは何倍にもならないし、悲しみも分けられないんだなーと思う。にんげん、ばんざいっ。

ピアノを一人で弾くことは、いつも書いているけど苦手。でも、音楽を届けること、長い時間をかけて本番のために仕上げことの喜びをここ数年わかってきて、仕上げた音楽を聴いてもらうことの大切さもわかってきた。本番は緊張するけど、ここから逃げていては成長はないし、これからも1年に一度ぐらいかもしれないけど、そういう機会を大切にして、今回ほめていただいた言葉のように、誠実に音楽に向き合って、誠実に練習を積み上げていって、誠実な指導を心がけたいなーと改めておもう。

何か月も学ばせてもらったショパンとはしばしのお別れ。
またレッスンでは新しい曲と出会っていく。
ブラームスのラプソディを弾いたことがないので、弾いてみようかなと考えているところ。
休んでいたエチュードも再開しなくては。
というか、うたのレッスンが来週あるし、しばらく手抜きだったチェンバロもちゃんとやらないと。

今年誕生日が来たら53歳になる私。この年になって、まだ学生のように練習をさせてもらえる環境で、それを指導に生かすことができるこの人生に感謝して続けられるところまでは、この生活を楽しみながら、研鑽をつんでいきたい。そして、日々、少しずつでも進歩できるとうれしいな。

神様、これからもがんばります。見守っていてください(*^oo^*)
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by butakotanaka | 2015-05-10 23:01 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)

これが終わったら、しばらくは大丈夫なはず(^oo^;)

またまたごぶさたしておりまする。いうてる間に、もう 五月ですがなっ。
いよいよ、自分中では、怒濤の本番続きの最後のイベント、自分の先生の門下生発表会がこの週末に迫りましたー。追いつめられていますーっ。

4/19(日)、ぶたこ門下のピアノの生徒さんを中心にした、こじんまりしたおさらい会、名付けて「第二回ももくり音楽会」は、無事終えることができました。その時の集合写真を、顔がわからないぐらい小さくしてご紹介(*^oo^*)

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昨年、初めて開催し、とても好評だったので、今年また第二回をやりました。
私は、発表会というのが苦手。
次から次へと品評会みたいに出てきて、いろんな知らない人が聴いていて、というか、お互いの演奏はほとんど聴きあえず、聴いているのは、他の人の家族やお友達。あの人間違えたとか、あの人うまいとか、もちろんそれぞれ感想を持つのは自由なんだけど、純粋に一生懸命練習してきた音楽を楽しむのとはちょっと違う雰囲気の発表会が多いなーと思う。子供さんばかりの教室だと、きれいなドレス来て、イベント気分で、あまり練習できてなくても、とにかく人前で華やかにピアノを弾くってことだけを楽しめるかもしれないけど、大人の人たちってそう単純なものではなく、緊張感もやっぱり子供よりもたくさんある気がする。

何なのかなー、大人になると、自分もそうだけど、やっぱり、恥ずかしいとか、プライドとか、うまくやりたいとか、間違ったらどうしようとか、生きてきた分、いろんな感情が出てくるのかなー。で、余計に緊張するのね。だから、そういう緊張がしんどいのなら、発表会はやらなくていいやって思ってたのだけど、弾く人同士が互いに見守りあうならいいんじゃないかなーと思ったのです。

今年二回目となった、ももくり音楽会、去年とほとんど同じメンバー。一人だけ歌の生徒さんが昨年の人が家庭の事情で準備が十分できなくて不参加となり、代わりにって感じで別の歌の生徒さんが初めて参加された。ピアノの生徒さんは、昨年唯一の子供の生徒さんだった男の子の妹ちゃんが、デビューで新顔。後は、全員昨年と同じメンバー。

そしてほとんど全員の方々が、ほぼ一年間同じ曲をずーーっとねばり強く練習してくださった。
本番は、もちろん完璧にいかないこともあったし、止まりそうになったりもあったけど、全員に目に見える進歩がたくさんあって、それは互いにはっきりわかるもので、そして、それは「互い」だからこそわかるものでもある。音楽が流れるようになり、音が磨かれ、だれかのために音楽を届けるという意識があがっている。レベルの差は、それぞれあるのだけど、この三つが共通していた。本番に対する心構えというか、準備も昨年より手厚くなっていると感じた。そのことが、本当に素晴らしい。

講師である私が、お尻を必死でたたいた人なんて一人もいない。それぞれ自分が自分のためにがんばった成果。それもまた素晴らしい。

昨年に引き続き曲の解説を引き受けてくれた旦那様(^◎^)も、みんなの進歩に驚いてくれ、そして、喜んでくれた。こうやって、一年一年の進歩を互いに見守りあい続けられるといいなーと心から思った。

私も、二曲演奏して、全然完璧ではなかったけど、それでも、去年の自分よりは自由度が高まった気がしたし、少しだけ落ち着いて弾けたような気もした。いやー、でもやっぱり、誰かに聴いてもらうって緊張するーーっ。これ、緊張しなくなる方法はないんか?と思うけど、やっぱりないのだと思うし、少しぐらい緊張する方がいいのかもしれないし、そのいい緊張感の中で、演奏を楽しめるようになりたい。

前日、譜めくりをしてもらう旦那様に聴いてもらったのだけど、よく知ってるはずなのに、いつもは横にいない人がいるだけで「うわっなんか知らないおぢさんが横にいるぢゃんっ」と、手がブルブル面白いぐらいに震えたのでした(^oo^;) でも、去年に比べての進歩は、自分で震えてること自体があまり気にならなくなったこと。震えてるなりに弾きつづられるというか。数年前なら、震えてるよーって思うだけで、また緊張したのに。これも、かすかな進歩なのかな。

ももくりの後は、今週末にある発表会に向けての本腰。ももくりの時は、バッハとショパンの二曲だったけど、今回の発表会はショパンだけなので、ここ数週間はショパンのノクターン、一曲だけをひたすら練習している。op.48のNo.1という作品。たった五分ほどの曲。これを何時間も何時間も、毎日毎日・・・・。フィギュアスケートとかとたぶん同じで、何時間も・・・といっても、曲を通してやることはほとんどなくて、一日の始まりは、ハノンだったり、音階やアルペジオや、基本の練習ばっかりを一時間も、時には二時間も。で、曲の練習に入っても、全部の音をスタカートで・・とか、左手だけの音を全部2連打で、とか、ものすごーくゆっくりで、とか、思い切ってめちゃ早くとか、両手で同じことを弾いてみるとか、とにかくあらゆる方法を使って、あらゆる方向から弾けるようになりたい一心で練習するのです。

この曲を練習し始めた頃は、本当に弾けるようになるんか?という難しい曲で、特に分厚い和音の連続や音域が広い分散和音の連続が、ぜんぜん指がはまらなくて、汚い音しかでなくて、自分ってへたくそだーと落ち込み続けた。

でも、ここ数年で学んだことだけど、同じ曲を、ねばり強く、とにかく、コツコツと日々練習を続けていると、いつの間にか、身についてくるというか、本番が近付く頃には、最初のころには想像つかなかったぐらいには、弾けるようになっているから不思議。いや、といっても、レベルは全然高くないんですよ、でも、自分の中ではそれなりにすごいのです。

ここ1か月で、実は予想もしていなかったハプニングもありました。
ピアノの先生が体調を崩され、入院・手術が急に決まったのです。で、3週間ぐらいはレッスンできない時期があり、私は普段2週間に一度なんだけど、一回のレッスンを代理で、先生のご長男の奥様、つまりお嫁さんにしていただいたのでした。まったくみていただいたことがない先生に、しかも本番かなり直前にみていただくのって、ほんまに緊張です。で、音楽的にもテクニック的にも、かなり未熟な私に、できると信じてくださり、たくさんのアドバイスを丁寧に、そのお嫁さん先生がくださいました。あれもこれも、まったくできていなかったんだと、指摘を受けたときは、かなり落ち込んで、こんなんで本番間に合うんかー?と思ったけど、いや、できるところまで、やるしかないし・・・と開き直り、前向きに無理やりもっていって、そこからまたお尻に新しい火をつけて、コツコツとがんばってます。

今週の火曜、退院された先生と久しぶりのレッスン。「いい音が出るようになったわねー」と笑顔で言ってくださり、そのコツコツ練習が報われました。「とにかく本番では、自分の音楽を表現しなさい。あなたは、どんな風にしても、おかしなことにはならないんだから、自信を持って、あわてないで、自分がやりたいように弾いていいのよ」と、そんな言葉もいただきました。歌をしているからか、音楽的な流れは先生もたくさんいつもほめてくださるのだけど、最近は、「音」のことをたくさんほめてもらえるようになってきた。音が変わるというのは、短い時間では無理だし、少し努力したぐらいでは成果が出ないので、本当にすごいことだと。先生って、ほめ上手だなーって改めて実感。で、そのほめ言葉にのせられて、楽しく弾ける自分は幸せだなーって。

最後のレッスンでは、いい音が出るようになったから、逆にいい音を出そうとして無理しすぎないように言われた。「抜く」ことを覚えるというか、休憩するところも必要だし、がんばりすぎないことも必要だと。前の私は、ずっとがんばっていないと、深い音、いい音がでなかったけど、ふわっとのせるだけ、もよもよって動かすだけでも、指が育ってきているので、それでいいところがたくさんあると。で、もっと流れが出るように、その末にはテンポもあがるといいって。

その刺激をもらってまた、昨日から本番までの数日の追い込みをかけているんだけど、うまく抜くこと、休憩する場所を作ること、流れをつくって、フレーズごとにアクションをまとめて、テンポをあげていくと、なんか別の曲みたいに感じられてきた。よくなった部分もあるけど、弾き抜かして、ぐちゃぐちゃにならないのかー?と心配になったり。で、また超ゆっくりに戻ったり、リズム変えしたり、で、また流れを持って・・・・この繰り返し。

確かに、本当に着実に、日々、自分の音楽が、音が変わっていると感じられるし、毎日新しい発見がある、このことがすごくうれしい。ここまで何か月も同じ曲を練習して、やっとここまで。だから、あと3日やそこらで、そんなに劇的に変わるとは思わないけど、とにかく、その日までにできたところまでをお客様に聴いていただくしかないのだ。

発表会だけど、音楽会だと思って、大好きなこの曲を、ずっと練習してきた曲を、大切なものを、そこにいる人の心に丁寧に届けるつもりで、落ち着いて弾けたらいいなー。

奈良の学園前にあるホールなんだけど、本番のピアノはスタインウェイ。家のヤマハとはタッチが違うはずで、それも不安のタネ。そして、私の場合、ここで前回弾いたのが2年前で、その時の自分と今の自分は、まったく違う指に、手になっている気がする。だから、これもまた不安のタネ。当日のリハは、行ったとして一人3分とか5分とかそのぐらいしかさわれないらしいし、来なくてもいいんじゃない?と先生はおっしゃったけど、短時間でもやっぱり行っておこうかなー・・・・。疲れちゃうかなー・・・。考え中。


あーーーーっ、タイトルに戻りますがっ。
これが終わったら、しばらくは緊張するしんどい本番はないのだ。のびのびするのだ。
練習は大好きな私だけど、本番はやっぱり、しんどいっ、緊張するっ。特にピアノの本番は、楽しいって思って弾けたことって、今までないかもなー。今回がその始まりになるといいなー。

木曜と金曜、2日練習して、土曜が本番。
それが終わったら、また新しい曲との出会いが待っている。
本番は、これまで何か月も学ばせてもらった曲との感謝を込めたお別れの日でもあるのだ。
誠実に丁寧に演奏して、いいお別れのときにしたい。

あと、2日がんばるっ(*^oo^*)
そして、本番も、がんばるっ(*^oo^*)
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by butakotanaka | 2015-05-06 23:45 | 音楽・趣味 | Trackback | Comments(0)


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