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いやいやー、終わりました。とにかくっ、終わりましたさっ。
ピアノを弾く本番、しかも伴奏でなく、一人で弾くソロというのは、音楽の本番の中でも、一番緊張するんじゃないかなー。

私のピアノ歴ってのは、不安定というかええ加減というか。。。
っていうか音楽歴自身が不安定でええ加減なんだけど(^oo^;)

最初にピアノ習ったのは小学校の初めぐらいで、週に一度先生が家に来てくれるという贅沢なタイプ。そのころってまだヤマハの教室とかなかったんとちゃうかなー。母親と離れて暮らしていて、預けられていたときで、母が贅沢にもアップライトのピアノを買い与えてくれてほんの数年習ってた。発表会には2回とかぐらいしか出てないぐらいかな。で、練習しない子やった。先生が来るという5分とか10分前にするぐらいで、発表会前になっても、一生懸命やったという記憶はあまりない(^oo^;)だめだめな生徒でした。その後、育ててくれた老夫婦が相次いで亡くなり、母と一緒に住むようになって大阪市内に引っ越してきてから、確か一度は誰かに習おうとしたピアノだったけど相性が悪くて、先生から逃げ回ってばかりで、1回とかでダメになったんじゃないかな。

次にピアノのレッスンを受けたのは、もう18歳になろうかという高校3年のころで、幼児教育系の短大を受けるために、バイエルの忘れもしない60番からの再開で、忘れもしない先生の宣告「ピアノというのは小学校から中学ぐらいまでが一番筋肉が着くころで、そのころにやっていなかったらダメです。今からこの程度から始めるようでは、一生うまくなりません!」と確かこんなことを言われました。思いだしてみても、ひどい先生の言葉やなー。

まっそれがなんとか受験には受かって、その後、そこを中退して音楽系の大学にも行くことになるわけで、ソロはへたくそやったけど、音楽はたぶん好きやったから、覚えてるのは伴奏が好きだったってこと。高校の合唱部に入ったときも、自分は本番の伴奏できるほどピアノは全然弾けなかったけど家に帰って、その時歌ってた曲の伴奏を練習して遊んでたなー。音楽系の大学に行くようになってからは、声楽科にすべりこんだ(歌へたやったのに、入っってもた)けど、友達の前で歌うのは恥ずかしくて、友達の伴奏ばっかりしてた。おかげで、コンコーネとかの練習曲とかイタリア歌曲の伴奏はうまくなったもんです。

経済的な理由もあって大学を根性なく中退した後、音楽をまったくやめて、グレてた時期があったけど、最初の結婚が破たんして、たこぶが指揮してた合唱団に入った後、下手でもええからと伴奏を頼まれて、そこから伴奏人生が始まった。レベルでいうとソナチネ程度しか弾けてなかったと思うけど、指揮を見て合わせることができたのが私のたぶん唯一の取柄で、あと、そのころからちょっとだけ練習熱心な人になってたかも。大学の合唱団の伴奏になったことで、多いときは4つのステージを一人で伴奏していたから、いつもたくさんの楽譜を見なくてはいけなくて、大変やったなー。家ではあまり練習環境がよくなくて、騒音のこともあったから、大学夜間部の部室まで昼間通って練習したもんやったなー。

20代もピアノのレッスンを3-4年は受けていた記憶が。
で、今ついている先生には、20年ちょっと前だから、30代になって東大阪でたこぶと結婚して暮らしているころに隣の駅にある教室で指導されているのに出会って、やはり4-5年お世話になったのかな。で、根性なくまたまた中断。ピアノを中断した同じころに歌のレッスンも合唱活動もほぼやめたような記憶が。。。。神戸の地震の後ぐらいやったかなー。

で、またまた長い間のブランクがあって、今の先生にまたご指導いただくようになったのは、5年ほど前。アメリカでの滞在から帰って、自分がレッスン受けているわけでもないのに、歌もピアノも指導する生徒さんが増えてきて、こんなんやったら自分の栄養が枯れてしまうし、生徒さんにも申し訳ないやんってことで、勉強を再開。考えてみたら生徒さんのおかげかもしれんなー。

先生のところに戻って、この5年は、今までの人生の中で、たぶん一番練習してる。教えるということが自分のメインの時間の使い方になったこともあって、練習のために時間を作れるというのもあるし、なんというか、日々、何か新発見がしたい、進歩したいと、どこか前向きともいえるし、どこか後ろから追いかけられてるような感じもあって、学び続けている気がする。

この5年は一番練習してると書いたけど、何よりも練習の時間そのものの長さよりも、その内容、時間の使い方が変わった。とにかく、基礎の練習にかける時間の割合が増えたことが一番の変化。遠回りのように見えて、そこしか道がない気がして。たぶんそれは、NYでの1年を過ごして、歌に対する考え方が変わったことも大きいのかもしれない。呼吸や姿勢、発音や発声、音色、そういう基本的なこと、それから歌の場合は何よりも言葉に対する理解、そういうめんどくさくて、すぐには効果が表れないような気がする、やってる曲そのものの練習じゃないところの、遠くに思えるようなところの練習が実は大切なのだと思うようになったのだ。

で、ハノンやら、スケールやら、そして自分で思いつくいろんな音のパターンを調を変えて毎日さらい日々少しでも気が付いたことを必ずノートに書き込むようになり、そういう基礎に一時間、多いときはもっとたくさんの時間を使う。

で、その先にやっと曲の練習。
といっても、本番前出ない限りは、基礎の練習の後は、エチュードという、曲の中でも練習曲という位置づけの曲をゆっくりとかリズム変えたりとかでさらうから、ここにも時間がかかって、次にバロックものをやって、で、その次ぐらいがやっといわゆる曲って感じ。

発表会の前1週間ぐらいは、やっと。。。。というか、基礎の指運動の後、直接、本番で弾く曲をさらうというルーティンに変更する。レッスンでも、1か月ぐらい前からは、本番の曲だけを持っていく形に。

さいごの1週間、ほぼ毎日、午前、午後、夕食後にそれぞれ2時間かそれ以上の時間をピアノの前か楽譜の前で過ごしていたかも。生徒さんのレッスンや出かける用事がある中なんとか毎日確保できてたかな。もうこれ以上は無理、もうイヤーってなりそうなぐらいに本番が来るのがちょうどいいかもね。今回もそんな感じ。

これ以上は無理といっても、これ「もう弾けてる」というのとは違う。
これ以上は今の時点では弾けるようにならない、というのに近い。

ずっと基礎に時間をかけるようになってつくづく思うのは、曲の練習を百万回してもやっぱり思うように弾けるようにならないなーってこと。指の自由度があがらなければいけないし、自分の音楽性全体が育たなければならないし、理想の音色に対するレベルをあげるために他の人の演奏もたくさん聞かなくてはならないし、心の平安を保つために自分の気持ちを前向きにコントロールできるようにもならないといけない。心技体というけど、本当にそうで、いろんな要素がからまって、演奏って成長できるんだなと、この五年は実感し続けている。

最初のころは、どんな風に「弾けてないか」さえもわかってなかった。
だんだん弾けてない加減が分かってきて、その次に弾けてる加減がわかってきて、いや、わかってきたと思ったのは大きな間違いで(・oo・;)、次の本番が来たら、あー前回のはまだまだやったなと思うことの繰り返し。

でも、そうやって、前回よりも自分が成長していると感じられることは、本当に感謝で、努力していることが少しずつは生かされているということ。そして、何よりもうれしいのは、その成長が自分だけが感じるのではなく、先生や周りの友人、生徒さんたちにも伝わっているんじゃないかなと思えることが嬉しい。

今回の本番でも、ミスタッチはいくつもあったし、あれーーー!っと思える瞬間が何度もあったけど(^oo^;)、でも、基本的なこと、出せる音の質や、音楽の流れ、やりたいことを表現できる割合は、確実に少しずつだけど向上してきている気がする。自分の演奏の質が自分でわかってくると、できていないこともちゃんと意識できてしまうこともあり、情けないなと思うこともたくさんあるけど、やはりやはり、子供のころからやめずに何十年も継続して弾き続けてきている人たちと同等になんて、なれるはずもなく。私には私なりの進歩しかできないし、私なりの、歌や指揮やいろんな人生経験がミックスされての音楽があって、その表現しかできない。

誰かと比べるのではなく、自分なりの進歩を喜ぼうと思う。
でも、そうであっても、他の人たちのたゆまない努力、素敵な演奏を良い刺激としてもらって、自分もがんばろう!というエネルギーに変えたい。

ネガティブになりそうな自分の心に打ち勝って、音楽ができることは幸せだ、これまで指導してきてくれた先生たちに感謝だ、練習に時間をとれる日々の暮らしに感謝だ、協力してくれるダーリン(^◎^)に感謝だ、世界中に悲しいことや争いが絶えないけど、音楽は素晴らしい妙薬になりうるはずだ、そんなことを考えながらステージにのりました。小さな小さな発表会の小さな小さな音楽だけど、私にとってはまた忘れられない素晴らしい経験になりました。

シューマンはやっぱりすごい。
ええ音楽書きはったわー。
ええ曲やったわー。

詩人の恋の伴奏のからこの発表会まで、シューマンとの長いお付き合いは、少しこれで一段落かな。この後は、違う作曲家の曲に少し目を向けてみよう。

本番が近づくと、もうやめたい、もう逃げたい、と思うのが毎回だけど、終わってみたら、次は何を弾こうかな、と人前で弾くかどうかは別として、また新しい曲への旅が楽しみになる、だからやめられないんだなと思う。

今回できなかったこと、もっとこうしたいと思ったこと、これから先、少しずつ実現できていけますように。そしてその学びが、指導する生徒さんたちにも生かされますように。

ものすご疲れたので、しばらくは休憩したいかも(^oo^;)
で、またがんばろう。ね。
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by butakotanaka | 2016-10-17 21:27 | 日常生活 | Comments(0)

合唱団のコンサート少し前に更新していらい、またまたさぼってしまっていました。

コンサートはとてもとても幸せな時間となりました。
お客様も予想よりもたくさん入ってくださって、ほぼ満員に見えたぐらいです。
お天気もなんとか守られたし。

大きな病気で療養中のメンバーも無事、すべてのステージに立つことができました。よかったです。

私の体調も一週間前まではフラフラ~だったことを考えると、素晴らしい回復ぶりで、万全とはいかないまでも、後悔しない演奏をするだけの体力が与えられました。感謝。本番には、点滴に通った医院の受付の方も来て下さり、めちゃ嬉しかったです。医院の方々、先生やナースやそのほかスタッフの方々全員の治療や励ましがなかったらこの日の体調には戻っていないと思うと感無量でした。

私の体調はしっかり回復していたものの、メンバーの中には、当日の朝、突然まったく声が出なくなったというソプラノさんがいて、大人数の団ではない私たちにとっては、とても痛かったですが、その穴を他のメンバーが懸命に補ってがんばってくれました。私の指揮したステージではセカンドソプラノにそのまったく声が出なくなった方がおられたのだけど、補うべく並び方を工夫したり、そして、まったく声が出ないはずのその方が、子音だけでも飛ばします!とステージ上では、まるでフルボイスで歌ってるかのような頼りがいのある表情で「歌って」くださいました。きっとしんどかったと思うのに、そんなことまでしてくださって、この団で初めて指揮する私を応援してくださるその方の試みに、胸が熱くなりました。

観客席の中には、たこぶのお父さんが亡くなるまでお世話になったグループホームの施設長さんも来てくださっていました。姿勢を正して、最初から最後までじっと歌っている私たちを見守って下さっているのがこちらからも見えていました。今回の曲は、人生、死ぬこと、生きること、自然。。。人と神の関係、そんな曲たちだったのですが、お父さんが病気になって、亡くなるまでの日々を思い出しながらうたっている時間もありました。

結婚前に所属していた合唱団で一緒に歌っていた友人が来てくれたり、そのころ働いていた職場の同僚が来てくれたり、シルバーコーラスの方々、個人レッスンの生徒さん、色々な友人たちに聴いてもらって、そして何より、メンバーの方々が、まっすぐ指揮を見て、最初から最後まで心の本当にこもった演奏をしてくださり、私には最高に幸せな時間でした。一生懸命練習で伝えようとしてきたことを、心の中心でとらえてくださり、それを体中で表現しようとしてくださる方々と一緒に演奏することができて、指揮者冥利に尽きました。そしてその演奏を大切な友人たちに見守ってもらえてうれしかったです。

そんなコンサートの報告もせずにここをほったらかしにしていたのは、そのあと、ぐたーーーって疲れてしまったこともあるんだけど、このコンサートを優先して後回しにしていたことが次々にやってきて、すっかり時間に追われていたからでもありますー。

まずは、ぶたこ母の怒涛の用事攻撃ーー!(^oo^;)
いえね、娘ですから、母の役に立つのはそれはもう当たり前のことなのです。はい。夏のあいだ、お互い暑いねー、忙しいねー、夏が終わってからにしようとしていたことが一気に演奏会の翌週、お願いーとなりました。

その一(^oo^) 古くなってエラーばかり出るようになったでかいコピー機がもうダメだから、新しいのを買いたい。ビックカメラで新しいのを買って、届けてもらう。古くなったものは、コンビニとかにあるでかいタイプで高かったというイメージがあるからか、今のコピー機(ふつうの家ではパソコンの印刷に使うのと同じだけど、母はそれをコピーだけに使うのです)が安いのに驚く母は、三つか四つ買うとか、わけのわからんことを言い始めるので、説得して、なんとか小さいのと大き目の二つにしてもらう。自分で仕事しているので、時々大きなサイズも必要なるから、A3まで対応してるのを一つ購入。

しかし、うちの母の家はモノがとても多く、人間が部屋の中を移動するのが大変難しい状態の住まいなので、届けてもらうのも大変でした。もちろん私の立ち合いが必要です。

で、もっと問題は、古いコピー機、ビックカメラでは大型のは引き取ってくれないのです。ということで街の引き取り業者さんに次から次へと電話。そういう業者さんでも、コピー機は不可というところが案外多かった。何軒か連絡したのち、とても感じのいい業者さんに出会って、無事引き取ってもらいました。しかし、連絡して、まずは見積もりに来てもらって、で、引き取り日にまた行ってと、この購入と引き取りで、何度も母のところに通う必要がありました。

そのほかに、家庭用エレベーターの点検のことで色々問題があって、その会社にも連絡して点検をしてもらいました。もちろん私の立ち合い要で。ぶたこ母は、だいぶ耳が遠いこともあるし、高齢になってきたこともあって、一人で来客を迎えるのが不安のようで、その用心深さは大切なことだし、大きな買い物するときや、誰か業者さんを呼ぶときは、私に連絡してくるようになって、私もそれはいいことだと思っています。

しかし、今回は、その他にも、部屋の電灯がつかなくなっているのを入れ替えたいとかもあって、それはそれで別の業者が来る日に立ち会わなければならず、こういう用事それぞれに、電話連絡があって、時間決めて、日を決めてという作業を業者側と母側と私と三者で合わせなくてはならなくて、母は電話の会話が難しいから、すべてFAXで連絡していて、その返事が時々来ないこともあって、ほんと、正直こんだけたくさんの用事があると大変でした。

一週間強の間に何度も、何時間も母の家にいなくてはならず、その間も、生徒さんが来たり、自分の練習時間もとらなくてはいけなくて、たこぶくんにはだいぶ助けてもらって、この助けがなかったら、またばてていたかも(・oo・;)

でも、ぶたこ母にとったら、困ったときは、娘夫婦が来てくれるのよ、助けてくれるのよってことで、今回でしみぢみわかったらしく、大変ごきげんでした。まっしんどかったけど、信頼関係が深まったことはよかったよかったっと。

九月の末近くになって、やっとアメリカから帰ってから一度も訪ねられてなかった、たこぶのお母さんのところにも行くことができました。みんなで千林商店街に出て、風月のお好み焼き。おいしくて、話もはずんで、何年か前に間違って入ってしまった、恐ろしくまずかったお好み焼きやさんが閉店しているのも確認して、みんなで思い出話に花が咲きました。たこぶのお母さんは、しんどいことや痛いところがまったくないわけではないけど、しっかり自立して、自分で暮らしておられて、ほんまにすごいなー。子供たちのこともいつも考えてくれて、少しでも心配かけないようにって。いろんなこと細かく気にしすぎってぐらいいい人で。こんな人と、たこぶと結婚したことで縁ができてほんまによかったなと改めて思います。

九月が終わる前に、シルバーコーラスの一年に一度の晴れ舞台、来年三月の市の文化祭で演奏する曲を決めました。毎年、この作業はほんまに大変で、家にある楽譜を片っ端から開いて歌ってみたり、それで足りなければ、楽譜やさんに足を運んで新しいええ楽譜が出ていないか探したり。今回も一冊新しい楽譜を購入して、そこから選んだのと、家にもともとあった中からと含めて、四曲選曲。たこぶくんが歌のパートだけをみんなに見やすいように楽譜をコンピュータで作ってくれて、先週、すべての曲の配布も終わりいよいよ、その本番に向けてこれからの半年近くは、その四曲に集中して練習していきます。

今月、出演が正式に決まったら申し込み用紙を提出したり、来月になると、みんなに自宅で練習してもらうために、練習音源をたこぶくんと二人で歌って録音します。

そんなこんなでコンサートの後バタバタしていたわけですが、なんといっても、一番時間をとって、コツコツ、コツコツ、コツコツ、コツコツ(百万回続く。。。)、練習を続けてきたピアノ、発表会がいよいよ今週末に迫っているのですーーーー(/oo;)(;oo;)涙、涙、また涙。なんで涙かって?いや、難しい曲ですねんっ。全然思うように弾けないのだーーーっ。自分で選んでおいて、泣き言いうのではない!と自分自身に言い聞かせつつ、最後まであきらめずに、今できるベストを尽くすのだとばかり、毎日練習に励んでおりまする。

シューマンのソナタ第二番という曲があって、その一楽章を数年前に発表会で弾いたのだけど、今年は、シューマンの歌曲も伴奏したことだし、いっそのことシューマンの年にしようということで、そのソナタの終楽章を弾くのです。テンポが速い部分が多くて、そういうのが苦手な私にとっては大きな挑戦なのはわかって選んだのだけど、やはりほんまに難物で、オクターブのトレモロの連続で、ええ音が出ない!楽譜を見たり、音源を聴いたりすると、ええ曲なのにぃ。

昨日は、本番前最後のレッスン。
先生からは、「この曲は感動的な曲、とてもいい曲なんだから、自信をもって!この数年でほんとにいい音になってきたわよ。人生の後半になってこんなに坂道をのぼるみたいに成長できなんてすごいこと!やさしい音というだけでなく、芯がある音になってきているし、普段の基礎練習の積み重ねが生きてるのよ。音がいいと聴いていても気持がいいものだし、そういうあなたらしさを出して演奏すればいいのよ!」と大きな励ましをいただきました。とてもとてもありがたかったです。

先生ご自身、昨年は大きな手術もされて、もしかして、もう指導していただけないのかも、と不安になったのを思い出すと、こうやってまた元気になられて、指導していただけているのが嬉しいし、幸せだし、そういう感謝の気持ちも込めて、精いっぱいの演奏にしたい、そんな思いで、最後の追い込みの四日間がんばっています。月曜も昨日のレッスンの日も今日も、朝、昼、晩って感じで、五時間とか六時間とか弾いてるかも。生徒さんが来たり、出かけたりしつつも、二時間を三回すれば六時間になるわけで、フルタイムで働かない私は、こうやって飛び飛びでもなんとか時間がとれて練習できるから、恵まれているし、こんだけ練習した分、きっと神様は応えてくださるはず、シューマンさまもきっと演奏のときには傍にいてくれるはずと信じて、がんばるのだーっ。

今日と明日、入っていた生徒さんが一人ずつキャンセルになり、そのおかげもあって、練習時間を増やすことができた。これもまた神様からの応援なのかな。間に合ってないから、余分に時間あげるよって。

色々演奏の機会に恵まれた今年。
この発表会を終えたら、あとはクリスマスの礼拝で聖歌隊の指揮をするのが残っているのみ。

いやー、でも、なんといっても、何よりもたくさん時間が必要なのがピアノで、やってもやってもできた気がしないのもピアノで一番緊張するのもピアノで、なんでやってるんだろう、なんでやめないんだろうって思うのもピアノだったりします(^oo^;)家で弾いてる分や、教えている分には楽しいんだけど、人前で演奏するの、怖いよーーーっっっっっ。逃げ出したいけど、逃げられない。

やるしかないのだ。
そうなのだ。

わけのわからん決意表明ですんまそん(ーooー;)
ここを読んでる、あなた!どうぞ応援してください、ヨロシクオネガイシマス!
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by butakotanaka | 2016-10-12 23:48 | 日常生活 | Comments(0)