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去年の秋にピアノの発表会が終わってから、更新してないやんか(^oo^;)
すっかりごぶさたしておりますー。数少ない愛読者の皆様。

こんな頻度ですが、今年も何か思いがふっと湧いてきたら書いていきたいと思います。何も書くことがなかったわけではなく、それなりに充実した日々を過ごしておりました。

昨年の12月は、毎年恒例の教会でのクリスマス礼拝の聖歌隊での賛美、本当に多くの方々が参加してくださって、しかも今回はトーンチャイムという素敵な音色の楽器とも共演することができました。聖歌隊のメンバー方々との練習だけでなく、チャイムのメンバーとも何度か練習させていただき、礼拝では指揮もさせていただいて、どの音が誰が担当とか、振るために勉強したりして、新しい経験でした。この礼拝がきっかけで、教会に常時のグループとしてチャイム隊ができるかも、という動きもありそうで、実現すると素晴らしいなーと思います。今回は、ライゼコールから3名の方々がお手伝いで加わってくださり、ハーモニーがとても豊かになりました。感謝です!

で、そのあとですー!
アメリカから友人一家が来日して、5日間京都に滞在されましてー、12月27日からなんと大晦日の31日まででしてん。来られるということは秋ぐらいにお知らせがあったのだけど、事前に少し相談にのるだけなのかなと思われた時期があったり、1日ぐらいはご案内するのかなという雰囲気の時があったり、ご飯ぐらいは一緒にするのかなと思われた時期があったり。。。。ででででで、直前になって、だんだん濃いお世話をするムードにどんどんなってきて、結局は、ほぼ張り付き状態でご一緒させていただきました。

来られたのは、子供のコーラスの指揮者である友人とそのご主人の大学教授のご夫婦、そして助産婦さんを目指して勉強中の20代後半の娘さんとその数歳下でIT関係のお仕事されてる息子さん。オトナばかり4人です。

初日に空港まで迎えに行き、そのまま京都の東山の小さなホテルまで。スタッフが夜にはいなくなるという小規模なゲストハウスのようなところだったので、早い時間にたこぶが先に入ってくれていて、夜遅くついた私たちを迎えて鍵を開けていろいろ説明もしてくれました。その日は私たちも部屋をとってお泊り。

2日目は、午前中が東山界隈の清水寺→八坂神社→ランチ→伏見稲荷というコース。夕食前に私たちはお暇して、東大阪の自宅へ。

3日目は、朝、ホテルまでお迎えに行き、バスで金閣寺と竜安寺の北山あたり。回るクラ寿司でランチして大興奮の後、午後の遅い時間から大阪に出て、ミナミでお買い物してラーメンで夕食。淀屋橋まで送り届けて私たちは東大阪に帰宅。

4日目は、また朝にホテルに迎えに行き、嵐山へ。嵐電に乗って、嵐山公園を散歩したり、モンキーパークで猿たちとたわむれたり、竹林を歩いたり。

で、最終日は、関空でお見送り。少しトラブルがあってお茶を飲む時間があったはずが、ギリギリにゲートに入ることになり、あっという間のお別れでした。

来る前は、ここまでべたーっと一緒はしないかもなーと思っていたけど、彼らにとっても、思ったより英語が通じない、思ったより自分たちだけで行動するのにはわからないことが多いと不安になったようで、まっお役に立てたのかなという感じです。

森の樹木に寄生する虫を研究する自然を愛する旦那様と、今風の文化を愛する若者たち、お買い物が好きな奥様、とみんな多様な興味を持っているオトナ4人を案内することは簡単ではなかったけど、帰るときには、みんながいい旅だったと言ってくれて本当にうれしかったです。

そんなこんなで、年末はなかったのか?というぐらい一瞬で通り過ぎ、あっという間の年明けで、完璧な寝正月でした(^oo^;)

正月明けたころまではけっこう元気で、思ったより体力あるんかなと思ったりしていました。今年最初の週末には、滋賀県まで、友人たちが出演するブラームス交響曲全曲演奏会なるものを聴きにいき、感動しましたー。

しかしそのあとぐらいにやっと疲れが出てきたのか、私とたこぶと交代で風邪ひきー!この疲労が出てくる遅さ、時間差が、年をとったということでもあるのか?(^oo^;)

高熱は出なかったものの、私の咳と痰がいつまでも続いて、なんとかやらねばならない予定だけはこなしていたものの、自分のピアノや歌の練習がうまくできなくて、なんだかあっという間に2月になってしまいました。

恒例の東大阪市の文化祭でのシルバーコーラス出演は3月3日です。
今年はいつもより一つ多く、4曲歌うのですが、ええ曲ばっかりなんは分かってるねんけど、なかなかすべての曲を磨いていくのは難しいです。私がすぐに丁寧にやりすぎてしまうこともあって、メンバーの方々にはご苦労おかけしています。それでも、1月の最終練習では、皆さんの歌いっぷりが少しずつ確信に変わっていくのを感じ、2月に2回を残すのみとなった練習も、いけるかもーと思えてきました。

毎年のステージ、まったく同じメンバーで迎えることは、実はそれほど多くないんですよね。そして聴いて下さるお客様も違うわけで。一期一会だと思って、新しい気持ちで、大切に迎えたいと思います。

4月になると、ぶたこ門下の生徒さんたちの小さなおさらい会、ひとよんで「ももくり音楽会」が、また今年もあります。去年の4月が終わってから、それぞれの皆さんが少しずつ、悩みながら、苦しみながら、そして楽しみながら練習を積み重ねてこられていて、本番が楽しみです。思い切って難しい曲を選んだ人たちも多く、途中へこたれそうになり、この曲、大失敗ですー!と泣き言をいう人も何人か(^oo^;)
でも、そんな人たちも年が明けてから、どんどん光が見える演奏に変わってきて、スイッチ入ったら違うなーと感心。指導していて、生徒さんたちの成長が実感できるときほどうれしいものはないです。自分の成長以上に!本番ではそれぞれの生徒さんがベストを尽くせるよう、その日その時まで応援、サポートしまっせー。今回、私は、ももくりでは初めて歌をうたおうとしていて、その練習で、自分自身が実は苦しんでおりまするー(^oo^;)
歌、一人で歌うの苦手やねんっ。でも生徒さんも苦しみつつがんばってるねんから、私もあきらめんとがんばるっ。うん。

ドイツ語の曲ということもあり、言葉の意味を調べたり、ノート作ったり、発音の練習したり、参考にする解説本を読んだり、CD聴いたり、伴奏の譜面も読んだり、歌うっていう前にすることが山積み。どんだけやっても、うまくいかないーって思うことがたくさんあるけど、時々、ほんの時々少しの光が見えて、それを頼りにがんばってる感じ。

ほんま、勉強ってしんどい。時々楽しいけど。時々幸せやけど。
その幸せなときのことが忘れられへんから、またがんばるんやろなー。

最近はドイツ語の曲を歌うことが、レッスンでも合唱団でも多くて、ドイツ語のことを知りたい、話せるようになりたいという気持ちが強くなり、ドイツ語を習いに行くことも決意。今月からレッスンに通うのですー。長続きしたい。細くても長く続けて、自分の気持ちがドイツ語が表現できるようになりたいし、ドイツ語を話す人と交流してみたいなー。新しい夢だ。

年はどんどん重なっていくから、目も体も弱っていくばかりだけど、何かしら成長できるはずと信じて、今年もちょっとずつがんばりますー。

もうちょっとブログ、書かなあかんな。これも今年の目標やな。
読書ブログしっかり更新してる旦那様(^◎^)を見習おう!

こんなとっちらかってる私ですが、皆さま、今年もよろしくお願いいたしまするーーーーっ(^oo^)/~~~
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# by butakotanaka | 2017-02-05 23:31 | 日常生活 | Comments(0)

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いやいやー、終わりました。とにかくっ、終わりましたさっ。
ピアノを弾く本番、しかも伴奏でなく、一人で弾くソロというのは、音楽の本番の中でも、一番緊張するんじゃないかなー。

私のピアノ歴ってのは、不安定というかええ加減というか。。。
っていうか音楽歴自身が不安定でええ加減なんだけど(^oo^;)

最初にピアノ習ったのは小学校の初めぐらいで、週に一度先生が家に来てくれるという贅沢なタイプ。そのころってまだヤマハの教室とかなかったんとちゃうかなー。母親と離れて暮らしていて、預けられていたときで、母が贅沢にもアップライトのピアノを買い与えてくれてほんの数年習ってた。発表会には2回とかぐらいしか出てないぐらいかな。で、練習しない子やった。先生が来るという5分とか10分前にするぐらいで、発表会前になっても、一生懸命やったという記憶はあまりない(^oo^;)だめだめな生徒でした。その後、育ててくれた老夫婦が相次いで亡くなり、母と一緒に住むようになって大阪市内に引っ越してきてから、確か一度は誰かに習おうとしたピアノだったけど相性が悪くて、先生から逃げ回ってばかりで、1回とかでダメになったんじゃないかな。

次にピアノのレッスンを受けたのは、もう18歳になろうかという高校3年のころで、幼児教育系の短大を受けるために、バイエルの忘れもしない60番からの再開で、忘れもしない先生の宣告「ピアノというのは小学校から中学ぐらいまでが一番筋肉が着くころで、そのころにやっていなかったらダメです。今からこの程度から始めるようでは、一生うまくなりません!」と確かこんなことを言われました。思いだしてみても、ひどい先生の言葉やなー。

まっそれがなんとか受験には受かって、その後、そこを中退して音楽系の大学にも行くことになるわけで、ソロはへたくそやったけど、音楽はたぶん好きやったから、覚えてるのは伴奏が好きだったってこと。高校の合唱部に入ったときも、自分は本番の伴奏できるほどピアノは全然弾けなかったけど家に帰って、その時歌ってた曲の伴奏を練習して遊んでたなー。音楽系の大学に行くようになってからは、声楽科にすべりこんだ(歌へたやったのに、入っってもた)けど、友達の前で歌うのは恥ずかしくて、友達の伴奏ばっかりしてた。おかげで、コンコーネとかの練習曲とかイタリア歌曲の伴奏はうまくなったもんです。

経済的な理由もあって大学を根性なく中退した後、音楽をまったくやめて、グレてた時期があったけど、最初の結婚が破たんして、たこぶが指揮してた合唱団に入った後、下手でもええからと伴奏を頼まれて、そこから伴奏人生が始まった。レベルでいうとソナチネ程度しか弾けてなかったと思うけど、指揮を見て合わせることができたのが私のたぶん唯一の取柄で、あと、そのころからちょっとだけ練習熱心な人になってたかも。大学の合唱団の伴奏になったことで、多いときは4つのステージを一人で伴奏していたから、いつもたくさんの楽譜を見なくてはいけなくて、大変やったなー。家ではあまり練習環境がよくなくて、騒音のこともあったから、大学夜間部の部室まで昼間通って練習したもんやったなー。

20代もピアノのレッスンを3-4年は受けていた記憶が。
で、今ついている先生には、20年ちょっと前だから、30代になって東大阪でたこぶと結婚して暮らしているころに隣の駅にある教室で指導されているのに出会って、やはり4-5年お世話になったのかな。で、根性なくまたまた中断。ピアノを中断した同じころに歌のレッスンも合唱活動もほぼやめたような記憶が。。。。神戸の地震の後ぐらいやったかなー。

で、またまた長い間のブランクがあって、今の先生にまたご指導いただくようになったのは、5年ほど前。アメリカでの滞在から帰って、自分がレッスン受けているわけでもないのに、歌もピアノも指導する生徒さんが増えてきて、こんなんやったら自分の栄養が枯れてしまうし、生徒さんにも申し訳ないやんってことで、勉強を再開。考えてみたら生徒さんのおかげかもしれんなー。

先生のところに戻って、この5年は、今までの人生の中で、たぶん一番練習してる。教えるということが自分のメインの時間の使い方になったこともあって、練習のために時間を作れるというのもあるし、なんというか、日々、何か新発見がしたい、進歩したいと、どこか前向きともいえるし、どこか後ろから追いかけられてるような感じもあって、学び続けている気がする。

この5年は一番練習してると書いたけど、何よりも練習の時間そのものの長さよりも、その内容、時間の使い方が変わった。とにかく、基礎の練習にかける時間の割合が増えたことが一番の変化。遠回りのように見えて、そこしか道がない気がして。たぶんそれは、NYでの1年を過ごして、歌に対する考え方が変わったことも大きいのかもしれない。呼吸や姿勢、発音や発声、音色、そういう基本的なこと、それから歌の場合は何よりも言葉に対する理解、そういうめんどくさくて、すぐには効果が表れないような気がする、やってる曲そのものの練習じゃないところの、遠くに思えるようなところの練習が実は大切なのだと思うようになったのだ。

で、ハノンやら、スケールやら、そして自分で思いつくいろんな音のパターンを調を変えて毎日さらい日々少しでも気が付いたことを必ずノートに書き込むようになり、そういう基礎に一時間、多いときはもっとたくさんの時間を使う。

で、その先にやっと曲の練習。
といっても、本番前出ない限りは、基礎の練習の後は、エチュードという、曲の中でも練習曲という位置づけの曲をゆっくりとかリズム変えたりとかでさらうから、ここにも時間がかかって、次にバロックものをやって、で、その次ぐらいがやっといわゆる曲って感じ。

発表会の前1週間ぐらいは、やっと。。。。というか、基礎の指運動の後、直接、本番で弾く曲をさらうというルーティンに変更する。レッスンでも、1か月ぐらい前からは、本番の曲だけを持っていく形に。

さいごの1週間、ほぼ毎日、午前、午後、夕食後にそれぞれ2時間かそれ以上の時間をピアノの前か楽譜の前で過ごしていたかも。生徒さんのレッスンや出かける用事がある中なんとか毎日確保できてたかな。もうこれ以上は無理、もうイヤーってなりそうなぐらいに本番が来るのがちょうどいいかもね。今回もそんな感じ。

これ以上は無理といっても、これ「もう弾けてる」というのとは違う。
これ以上は今の時点では弾けるようにならない、というのに近い。

ずっと基礎に時間をかけるようになってつくづく思うのは、曲の練習を百万回してもやっぱり思うように弾けるようにならないなーってこと。指の自由度があがらなければいけないし、自分の音楽性全体が育たなければならないし、理想の音色に対するレベルをあげるために他の人の演奏もたくさん聞かなくてはならないし、心の平安を保つために自分の気持ちを前向きにコントロールできるようにもならないといけない。心技体というけど、本当にそうで、いろんな要素がからまって、演奏って成長できるんだなと、この五年は実感し続けている。

最初のころは、どんな風に「弾けてないか」さえもわかってなかった。
だんだん弾けてない加減が分かってきて、その次に弾けてる加減がわかってきて、いや、わかってきたと思ったのは大きな間違いで(・oo・;)、次の本番が来たら、あー前回のはまだまだやったなと思うことの繰り返し。

でも、そうやって、前回よりも自分が成長していると感じられることは、本当に感謝で、努力していることが少しずつは生かされているということ。そして、何よりもうれしいのは、その成長が自分だけが感じるのではなく、先生や周りの友人、生徒さんたちにも伝わっているんじゃないかなと思えることが嬉しい。

今回の本番でも、ミスタッチはいくつもあったし、あれーーー!っと思える瞬間が何度もあったけど(^oo^;)、でも、基本的なこと、出せる音の質や、音楽の流れ、やりたいことを表現できる割合は、確実に少しずつだけど向上してきている気がする。自分の演奏の質が自分でわかってくると、できていないこともちゃんと意識できてしまうこともあり、情けないなと思うこともたくさんあるけど、やはりやはり、子供のころからやめずに何十年も継続して弾き続けてきている人たちと同等になんて、なれるはずもなく。私には私なりの進歩しかできないし、私なりの、歌や指揮やいろんな人生経験がミックスされての音楽があって、その表現しかできない。

誰かと比べるのではなく、自分なりの進歩を喜ぼうと思う。
でも、そうであっても、他の人たちのたゆまない努力、素敵な演奏を良い刺激としてもらって、自分もがんばろう!というエネルギーに変えたい。

ネガティブになりそうな自分の心に打ち勝って、音楽ができることは幸せだ、これまで指導してきてくれた先生たちに感謝だ、練習に時間をとれる日々の暮らしに感謝だ、協力してくれるダーリン(^◎^)に感謝だ、世界中に悲しいことや争いが絶えないけど、音楽は素晴らしい妙薬になりうるはずだ、そんなことを考えながらステージにのりました。小さな小さな発表会の小さな小さな音楽だけど、私にとってはまた忘れられない素晴らしい経験になりました。

シューマンはやっぱりすごい。
ええ音楽書きはったわー。
ええ曲やったわー。

詩人の恋の伴奏のからこの発表会まで、シューマンとの長いお付き合いは、少しこれで一段落かな。この後は、違う作曲家の曲に少し目を向けてみよう。

本番が近づくと、もうやめたい、もう逃げたい、と思うのが毎回だけど、終わってみたら、次は何を弾こうかな、と人前で弾くかどうかは別として、また新しい曲への旅が楽しみになる、だからやめられないんだなと思う。

今回できなかったこと、もっとこうしたいと思ったこと、これから先、少しずつ実現できていけますように。そしてその学びが、指導する生徒さんたちにも生かされますように。

ものすご疲れたので、しばらくは休憩したいかも(^oo^;)
で、またがんばろう。ね。
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# by butakotanaka | 2016-10-17 21:27 | 日常生活 | Comments(0)

合唱団のコンサート少し前に更新していらい、またまたさぼってしまっていました。

コンサートはとてもとても幸せな時間となりました。
お客様も予想よりもたくさん入ってくださって、ほぼ満員に見えたぐらいです。
お天気もなんとか守られたし。

大きな病気で療養中のメンバーも無事、すべてのステージに立つことができました。よかったです。

私の体調も一週間前まではフラフラ~だったことを考えると、素晴らしい回復ぶりで、万全とはいかないまでも、後悔しない演奏をするだけの体力が与えられました。感謝。本番には、点滴に通った医院の受付の方も来て下さり、めちゃ嬉しかったです。医院の方々、先生やナースやそのほかスタッフの方々全員の治療や励ましがなかったらこの日の体調には戻っていないと思うと感無量でした。

私の体調はしっかり回復していたものの、メンバーの中には、当日の朝、突然まったく声が出なくなったというソプラノさんがいて、大人数の団ではない私たちにとっては、とても痛かったですが、その穴を他のメンバーが懸命に補ってがんばってくれました。私の指揮したステージではセカンドソプラノにそのまったく声が出なくなった方がおられたのだけど、補うべく並び方を工夫したり、そして、まったく声が出ないはずのその方が、子音だけでも飛ばします!とステージ上では、まるでフルボイスで歌ってるかのような頼りがいのある表情で「歌って」くださいました。きっとしんどかったと思うのに、そんなことまでしてくださって、この団で初めて指揮する私を応援してくださるその方の試みに、胸が熱くなりました。

観客席の中には、たこぶのお父さんが亡くなるまでお世話になったグループホームの施設長さんも来てくださっていました。姿勢を正して、最初から最後までじっと歌っている私たちを見守って下さっているのがこちらからも見えていました。今回の曲は、人生、死ぬこと、生きること、自然。。。人と神の関係、そんな曲たちだったのですが、お父さんが病気になって、亡くなるまでの日々を思い出しながらうたっている時間もありました。

結婚前に所属していた合唱団で一緒に歌っていた友人が来てくれたり、そのころ働いていた職場の同僚が来てくれたり、シルバーコーラスの方々、個人レッスンの生徒さん、色々な友人たちに聴いてもらって、そして何より、メンバーの方々が、まっすぐ指揮を見て、最初から最後まで心の本当にこもった演奏をしてくださり、私には最高に幸せな時間でした。一生懸命練習で伝えようとしてきたことを、心の中心でとらえてくださり、それを体中で表現しようとしてくださる方々と一緒に演奏することができて、指揮者冥利に尽きました。そしてその演奏を大切な友人たちに見守ってもらえてうれしかったです。

そんなコンサートの報告もせずにここをほったらかしにしていたのは、そのあと、ぐたーーーって疲れてしまったこともあるんだけど、このコンサートを優先して後回しにしていたことが次々にやってきて、すっかり時間に追われていたからでもありますー。

まずは、ぶたこ母の怒涛の用事攻撃ーー!(^oo^;)
いえね、娘ですから、母の役に立つのはそれはもう当たり前のことなのです。はい。夏のあいだ、お互い暑いねー、忙しいねー、夏が終わってからにしようとしていたことが一気に演奏会の翌週、お願いーとなりました。

その一(^oo^) 古くなってエラーばかり出るようになったでかいコピー機がもうダメだから、新しいのを買いたい。ビックカメラで新しいのを買って、届けてもらう。古くなったものは、コンビニとかにあるでかいタイプで高かったというイメージがあるからか、今のコピー機(ふつうの家ではパソコンの印刷に使うのと同じだけど、母はそれをコピーだけに使うのです)が安いのに驚く母は、三つか四つ買うとか、わけのわからんことを言い始めるので、説得して、なんとか小さいのと大き目の二つにしてもらう。自分で仕事しているので、時々大きなサイズも必要なるから、A3まで対応してるのを一つ購入。

しかし、うちの母の家はモノがとても多く、人間が部屋の中を移動するのが大変難しい状態の住まいなので、届けてもらうのも大変でした。もちろん私の立ち合いが必要です。

で、もっと問題は、古いコピー機、ビックカメラでは大型のは引き取ってくれないのです。ということで街の引き取り業者さんに次から次へと電話。そういう業者さんでも、コピー機は不可というところが案外多かった。何軒か連絡したのち、とても感じのいい業者さんに出会って、無事引き取ってもらいました。しかし、連絡して、まずは見積もりに来てもらって、で、引き取り日にまた行ってと、この購入と引き取りで、何度も母のところに通う必要がありました。

そのほかに、家庭用エレベーターの点検のことで色々問題があって、その会社にも連絡して点検をしてもらいました。もちろん私の立ち合い要で。ぶたこ母は、だいぶ耳が遠いこともあるし、高齢になってきたこともあって、一人で来客を迎えるのが不安のようで、その用心深さは大切なことだし、大きな買い物するときや、誰か業者さんを呼ぶときは、私に連絡してくるようになって、私もそれはいいことだと思っています。

しかし、今回は、その他にも、部屋の電灯がつかなくなっているのを入れ替えたいとかもあって、それはそれで別の業者が来る日に立ち会わなければならず、こういう用事それぞれに、電話連絡があって、時間決めて、日を決めてという作業を業者側と母側と私と三者で合わせなくてはならなくて、母は電話の会話が難しいから、すべてFAXで連絡していて、その返事が時々来ないこともあって、ほんと、正直こんだけたくさんの用事があると大変でした。

一週間強の間に何度も、何時間も母の家にいなくてはならず、その間も、生徒さんが来たり、自分の練習時間もとらなくてはいけなくて、たこぶくんにはだいぶ助けてもらって、この助けがなかったら、またばてていたかも(・oo・;)

でも、ぶたこ母にとったら、困ったときは、娘夫婦が来てくれるのよ、助けてくれるのよってことで、今回でしみぢみわかったらしく、大変ごきげんでした。まっしんどかったけど、信頼関係が深まったことはよかったよかったっと。

九月の末近くになって、やっとアメリカから帰ってから一度も訪ねられてなかった、たこぶのお母さんのところにも行くことができました。みんなで千林商店街に出て、風月のお好み焼き。おいしくて、話もはずんで、何年か前に間違って入ってしまった、恐ろしくまずかったお好み焼きやさんが閉店しているのも確認して、みんなで思い出話に花が咲きました。たこぶのお母さんは、しんどいことや痛いところがまったくないわけではないけど、しっかり自立して、自分で暮らしておられて、ほんまにすごいなー。子供たちのこともいつも考えてくれて、少しでも心配かけないようにって。いろんなこと細かく気にしすぎってぐらいいい人で。こんな人と、たこぶと結婚したことで縁ができてほんまによかったなと改めて思います。

九月が終わる前に、シルバーコーラスの一年に一度の晴れ舞台、来年三月の市の文化祭で演奏する曲を決めました。毎年、この作業はほんまに大変で、家にある楽譜を片っ端から開いて歌ってみたり、それで足りなければ、楽譜やさんに足を運んで新しいええ楽譜が出ていないか探したり。今回も一冊新しい楽譜を購入して、そこから選んだのと、家にもともとあった中からと含めて、四曲選曲。たこぶくんが歌のパートだけをみんなに見やすいように楽譜をコンピュータで作ってくれて、先週、すべての曲の配布も終わりいよいよ、その本番に向けてこれからの半年近くは、その四曲に集中して練習していきます。

今月、出演が正式に決まったら申し込み用紙を提出したり、来月になると、みんなに自宅で練習してもらうために、練習音源をたこぶくんと二人で歌って録音します。

そんなこんなでコンサートの後バタバタしていたわけですが、なんといっても、一番時間をとって、コツコツ、コツコツ、コツコツ、コツコツ(百万回続く。。。)、練習を続けてきたピアノ、発表会がいよいよ今週末に迫っているのですーーーー(/oo;)(;oo;)涙、涙、また涙。なんで涙かって?いや、難しい曲ですねんっ。全然思うように弾けないのだーーーっ。自分で選んでおいて、泣き言いうのではない!と自分自身に言い聞かせつつ、最後まであきらめずに、今できるベストを尽くすのだとばかり、毎日練習に励んでおりまする。

シューマンのソナタ第二番という曲があって、その一楽章を数年前に発表会で弾いたのだけど、今年は、シューマンの歌曲も伴奏したことだし、いっそのことシューマンの年にしようということで、そのソナタの終楽章を弾くのです。テンポが速い部分が多くて、そういうのが苦手な私にとっては大きな挑戦なのはわかって選んだのだけど、やはりほんまに難物で、オクターブのトレモロの連続で、ええ音が出ない!楽譜を見たり、音源を聴いたりすると、ええ曲なのにぃ。

昨日は、本番前最後のレッスン。
先生からは、「この曲は感動的な曲、とてもいい曲なんだから、自信をもって!この数年でほんとにいい音になってきたわよ。人生の後半になってこんなに坂道をのぼるみたいに成長できなんてすごいこと!やさしい音というだけでなく、芯がある音になってきているし、普段の基礎練習の積み重ねが生きてるのよ。音がいいと聴いていても気持がいいものだし、そういうあなたらしさを出して演奏すればいいのよ!」と大きな励ましをいただきました。とてもとてもありがたかったです。

先生ご自身、昨年は大きな手術もされて、もしかして、もう指導していただけないのかも、と不安になったのを思い出すと、こうやってまた元気になられて、指導していただけているのが嬉しいし、幸せだし、そういう感謝の気持ちも込めて、精いっぱいの演奏にしたい、そんな思いで、最後の追い込みの四日間がんばっています。月曜も昨日のレッスンの日も今日も、朝、昼、晩って感じで、五時間とか六時間とか弾いてるかも。生徒さんが来たり、出かけたりしつつも、二時間を三回すれば六時間になるわけで、フルタイムで働かない私は、こうやって飛び飛びでもなんとか時間がとれて練習できるから、恵まれているし、こんだけ練習した分、きっと神様は応えてくださるはず、シューマンさまもきっと演奏のときには傍にいてくれるはずと信じて、がんばるのだーっ。

今日と明日、入っていた生徒さんが一人ずつキャンセルになり、そのおかげもあって、練習時間を増やすことができた。これもまた神様からの応援なのかな。間に合ってないから、余分に時間あげるよって。

色々演奏の機会に恵まれた今年。
この発表会を終えたら、あとはクリスマスの礼拝で聖歌隊の指揮をするのが残っているのみ。

いやー、でも、なんといっても、何よりもたくさん時間が必要なのがピアノで、やってもやってもできた気がしないのもピアノで一番緊張するのもピアノで、なんでやってるんだろう、なんでやめないんだろうって思うのもピアノだったりします(^oo^;)家で弾いてる分や、教えている分には楽しいんだけど、人前で演奏するの、怖いよーーーっっっっっ。逃げ出したいけど、逃げられない。

やるしかないのだ。
そうなのだ。

わけのわからん決意表明ですんまそん(ーooー;)
ここを読んでる、あなた!どうぞ応援してください、ヨロシクオネガイシマス!
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# by butakotanaka | 2016-10-12 23:48 | 日常生活 | Comments(0)

健康大切(^oo^)

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今年の1月から練習を重ねてきた森の宮ライゼコールの演奏会がいよいよ今週末、日曜に迫りました。

この団に入れてもらったのがもう5年ぐらい前になるでしょうか。
それでも今回の演奏会が30回記念となっているこの団の歴史からすると、私たちはまだまだ新参者です。とても優秀な歌い手さんが多く、最初は入れていただくだけで光栄だと思いました。主にバロック音楽を演奏するこの団体、演奏会のときは、古楽器奏者の方々との共演も楽しみです。一緒に歌わせていただくだけで幸せだと思っていた私に、この団の指揮者は、色々な可能性を与えてくださいました。練習伴奏をさせていただいたり、パート練習を受け持たせてもらったり、英語を詳しく学ぶ中で苦労して得てきた私なりの発音のコツみたいなものも皆さんにシェアする機会を歌えていただいたり。そんな機会ごとに、優秀な歌い手さんたちと学ぶのだからと、その前に準備を重ねる時間が、自分自身の学びになりました。

こんな経験だけでも十分にありがたいことだと思っていた私に、今度は一つのステージを指揮してみないかと、声をかけられたのが今年の1月でした。本当に驚いたし、正直、すごく不安が先に立ちました。こんな未熟な自分が、こんな優秀な歌い手の皆さんの指揮なんて、務まるのかなって。でも、何度も考えて、54歳というこの年齢で、こんな貴重な新しい挑戦の機会を与えられて、断ってしまったら自分の成長はない!って思いました。これまでも、エリオットとのシューマンの演奏やNYでの数々の経験も、たいていはそんなん無理!から始まって、それでもあきらめずにやり続けたら、きっとできる!という体験をしてきたんだから、今回もきっといろんな助けを得ながら、そうなれる!そうできる!と信じて、勇気を持ってお受けしました。

そして、この8か月間のいとなみは、私の予想をはるかに超える幸せな時間の積み重ねとなりました。
演奏するにあたって、解説を書くのを手伝ってくれたメンバー、練習の中で適格な質問をしてくださることで前に進むきっかけを与えてくれたメンバー、練習の後に必ず来てくださってアドバイスを下さるメンバー、練習に対するコメントを直接伝えてくれたり、メールをくれたりして、私を励まし続けてくれたメンバー、ただただ一生懸命歌ってくれる人たち、私が提案することをまずはやってみようと思ってくれた人たち、他のパートの試みも興味を持って聴いてくれていた人たち、そして、何よりも最初にお話しを下さったときから一貫して、ずっとフォローし、守り続けてくださった指揮者の中安さん。

昔から大好きだったラッススの音楽を、自分が指揮して演奏できる日が来るなんて思ってもみなかったけど、指揮するからこそ、もっと知りたい、分かりたい、分かったことをみんなに伝えて一緒に楽しみたい、幸せを感じたい、その思いで、1回1回の練習に備えてきたことが、少しずつ少しずつ実を結んできました。みんなの心が一つになり、声も一つになり、素晴らしいポリフォニーの世界が紡がれているのが、最近の練習では感じられるようになってきました。

私の指揮はへなちょこだけど、私が少々間違って振っても、皆さんの方がしっかり歌ってくださるように。
なんてありがたい、なんて幸せなことなのでしょう!
そのコンサートがいよいよ次の日曜に迫ってきました。

指揮するステージはもちろんだけど、今回は他にも魅力的な曲がたくさん。
ブラームスのモテット、アカペラで歌うロマン派の醍醐味を感じさせてくれる名曲で、第2ステージの水のいのちは、高校時代から歌ってきた日本の合唱組曲の永遠の定番といえる曲。若いときに歌うのとは違って、命とは、生きるとは、ということをこの年になるまで、みんな、いろんな経験をしてきているから、心の濃さみたいなものが違っていて、時々その思いがあふれて歌いながら胸がいっぱいになることも。今回のメイン曲、バッハのカンカータも、命や生きること、死ぬことが歌われています。きっといいコンサートになるはず。きっとまた特別な思い出ができるはず。

準備不足はどんなときでも感じることで、もっとやっておけばよかったと直前になるといつも思うもの。そう思わなくていいように時間を積み上げたつもりでも、やっぱり今回も、もっとやれたのにーという思いは確かにあって。。。。
なぜかというと、今日のタイトルの話。

確かに今年は、アメリカ行きもあってシューマンプロジェクトもあって、心も体もたくさんエネルギーを使っている年になっているから、やっぱり疲れがどこかでたまっていたんでしょうね。先週1週間、体調を崩して医者通いが続いていました。
最初はあれ、風邪かなという症状、で、いつもと違うのはすぐに熱があがった。しんどくて最初の2日は外出もできず、うーんうーんと39度ぐらいの熱にうなされ、3日目に近くのクリニックに。喉がかなり腫れていて、ひどい風邪でしょうと薬をもらうも、熱をさげたり炎症抑えたりする薬を飲んでも高熱が下がらず、翌日もう一度医者を訪ねると、ここでやっとレントゲン、血液検査となり、炎症を示す血液検査の値が肺炎レベルまで高くなっていて、即抗生物質点滴通いが決まる。熱がある中、毎朝、自分を必死で起こして着替えて、医者に通う日々。

合唱団の1週間前の練習は、土日の両日あって、私も両日一時間ずつ担当することになっていて、そのほかの自分が歌で参加する時間帯もぜったいしっかり出なくちゃと思っていた。しかーし、その心に反して症状はなかなかよくならない。とにかく薬を飲むためにとにかく何かを口に入れる食事のときとトイレ以外は、ほんまにずーーーっとダラーと寝てるしかできない情けない自分。どんどん体力が落ちていくのもわかるし、こんなんで間に合うんかなと、悲しくなる日々。

それでも医院の皆さんがナースや受付の方も含めて、コンサートの話をしたら、絶対間に合わせないと!点滴も腕に跡を残さないようにしないと!とすごくすごく励ましてくれて、前向きな気持ちにしてくれた。本番前の大切な体なんだから!と言ってくださって一緒にたたかってくださっている気がして、本当にうれしかった。そして、そんな人たちに励まされていると、自分もがんばらなくちゃって思えて。

もしかしたらこういうとき短期入院という選択肢もあったのかもしれないけど、通院したことで、そのあとなんとか自分でコンビニまで足を延ばして、口に入れたいものをその都度買うことができて、結果的にはよかったのかなとも思う。

結局、こないだの土曜の練習にはまだ体調が戻らなくて参加できず、日曜に少し長い時間をもらって自分の指揮するステージの練習をさせてもらった。医者以外の外出はその時が寝込んで以来初めてで、足はふらつくし、目の前はちかちかするしで、大きい声も出ないし、こんなんで大丈夫かいなって思ったけど、歌い手の皆さんがたくさん助けてくれて、いい練習をさせてもらえてまたまた感謝。でもまだ体調が十分でなく、くやしかったけど他のステージの練習には出られず、あとで録音を聴いたのみ。

熱は土曜ぐらいから下がりはじめ、月曜の点滴の後の検査で数値が「通常の風邪レベル」まで炎症が下がったということで通院は卒業。先生も含めて医院中が、間に合ったね!と喜んでくださった。

すぐにバリバリに活動、と思ったけどそうもいかず、食欲も少しずつ回復、目の前チカチカも火曜ぐらいまではあって、生徒さんとのレッスンもまだ最小限にとどめている状態。ピアノの自分の練習も来月に発表会があるという中なんだけど、レッスンは一度お休みしたし、なんと10日ぐらいまったく弾いてなかったという危機状態。昨日やっとまともに数時間練習して、筋肉は弱っているけど、ピアノが弾けるという喜びを改めて取り戻したいいお休みだったのかなとも思えたいい時間になった。私、やっぱり音楽を愛しているんだなと、実感。そして、その音楽をやらせてもらえているこの人生に、改めて感謝。

歌う方はまだ全力では試していなくて、まだ夜になると咳や痰が出て、その都度、それに見合った薬を飲まなくてはいけなかったり、服用する抗生剤も今朝まではあったり。

明日は前日練習。歌う方も指揮する方も、今の自分にできるベストを尽くすしかない。がんばりすぎてまた体調を崩してもいけない。自分の体と相談しながら、でも後悔しないように準備する、このバランスを考えながら時間を過ごしています。

明日の練習とあさっての本番、また一つ、一生の思い出に残るような素敵な時間になりそうです。
今回の演奏会を最後に引っ越ししてしまうメンバーがいたり、闘病中の人がいたり、介護が大変な人がいたり、仕事でしんどい思いをしている人がいたり。。。。いろんな人生の過渡期にさしかかっている人たちが、この日に向かって積み重ねてきた時間を大切に心にとめて、演奏したいです。

がんばってきます!
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# by butakotanaka | 2016-09-02 10:44 | 日常生活 | Comments(2)

軽い燃え尽き状態?

なんだか悲しい事件があって、暗い気持ちで更新したまま滞っていましたが、元気でやっておりますー(^oo^)

しかし、なんとなく、たぶん、軽い燃え尽き状態?になっていたのかも。
毎日、続けて練習しなくちゃ、やるべきことはやらなくちゃ、と思いつつ、アメリカでの一か月の修行旅のようなことが終わってそこはなんとかがんばれて、そのあと、唱歌の集いがすぐにあってそれもなんとかがんばれて、合唱団の九月にある本番のための練習も本腰入れなくちゃと勉強するんだけど、こっちはなかなかこれだーと思うほどには勉強が進まなくて、それでも本番の日はやってくるからやっぱりやらなくちゃと自分をプッシュする日々。

あー、しんど。ちょっと頭を休めたいーって感じにここ二週間ぐらいなっていた気がします。で、実際、少々だれてました(^oo^;)

そんなん言うてる間にオリンピックが始まりました。
やはり刺激されますねー。このために何年もたゆまず練習、努力を続けてきた選手たち。メダルに届く種目もあれば、日本の歴史の中で入賞するだけですごいという種目もあり、それぞれの種目ごとにここまでいったらすごいというレベルが違う。逆に金メダルでも当たり前という種目だと銅メダルをとってもくやしがる「べき」だったり。どんな人の努力もかけがえのないもので、どの選手も全力を尽くしてきたのだし、その後ろには、来られなかった他の選手たちがいたり、支えてくれた指導陣や家族や友達やふるさとの人々かいて。そんな選ばれた人としての人生の積み重ねで、その人の人間をしっかりと作っているから、そこから発せられる言葉もとても味わいがあったり深かったりします。

毎日暑いから、がんばりすぎは禁物だけど、まあ、この大阪のすみっこで、自分の人生の中で自分にできる範囲で、コツコツやっていくしかないのだなーと改めて思わせてくれます。だってやりたいことがあって、それを教えてくれる先生がいて、学んだことをシェアできる生徒さんがいて、学びの喜びが人と人との間に伝わっていくなんて、こんな素敵なことはないのだから。

合唱団の本番は九月の初め。もうすぐですー。
緊張しますー。でも、やれたことしかできないのだし、急に「すごく」はなれないのだから、最後の最後までベストを尽くして、そこまでのところをお客様に届けるしかないのだ。がんばるっ。

歌のレッスンの再開はその九月の演奏会が終わってから。
次のエリオットとのプロジェクト、シューベルトの冬の旅のスタートです。楽譜も購入して、図書館で借りてきた解説本を読んで資料を作ったり、少しずつ準備。24曲からなる壮大な旅の始まり。一つずつ大切に育てていこう。

お休みしているチェンバロのレッスンも再開したいと思いながらまだ先生に連絡できていないなー。アメリカで出逢った素敵なチェンバロの先生のことや、古楽器と歌で共演したことを報告して喜んでいただきたい。連絡しなくちゃ。

ピアノは、10月に発表会だから、これも本気モードにならなくちゃという状況。
シューマンソナタ二番の終楽章を弾く予定なんだけど、まだ全然通らない。間違い間違いつつしか通らない。やばいです。音程間隔がオクターブより広いところも多く、乱暴に練習をやってしまうと指をいためるので、丁寧に誠実に、でも時々は思い切って、このバランスが難しい。あせらず少しずつ、間に合うと信じて。

この発表会では連弾にも挑戦する予定。ピアノの発表会で連弾するのって生まれて初めてかも。友達と小さな集まりで連弾することはあるし、本番でいうとすごく昔、合唱の伴奏で連弾だったことがあったけど。ドボルザークのスラブ舞曲。レッスンで何回か先生に合わせてもらって練習してきたけど、昨日初めてパートナーの方との合わせがあった。楽しかったー!私は低音部なんだけど、その方の指がとてもいい音を出す丸い指先で、たっぷりしかドボルザークらしい音楽になっていて、合わせていて幸せ気分。これから月に2回ぐらいセッションを重ねて本番まで仕上げていくことに。合わせの日は自分のレッスンが昼間で、合わせが夜と1日に2回教室に通うことになるけど、お隣の駅近くにあるのでいいウォーキング。本番の日まで楽しんでいこう。

これを書いている今も水泳で銀メダル!坂井選手すごい!

燃え尽きている場合じゃない。
がんばりすぎないけど、がんばり続ける。
やめないこと、心をそむけないこと、思い続けること、そうすれば進歩が必ずあると信じること。大切なこと。
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# by butakotanaka | 2016-08-10 10:41 | 日常生活 | Comments(0)