お久しぶりとばかり・・・

毎回、「お久しぶり」と言ってしまう、最近の更新頻度です(^oo^;)

今朝は、えらい雨でしたね。雷もすごくて、早起きが苦手な私も、さすがに六時には起きてしまいました。ミクシーを開くと、マイミクさんたちも、雷の音がすごくて目が覚めたよーという人たちのつぶやきでいっぱい。なんか毎年「今年はいつもと違うなー」と言ってる気がするけど、やっぱり今年も、今までと違う気象な気がする。熱帯風というか、スコール的な雷雨が多いよね。予測がつかなかったり、予報が当たらなかったり。

さて、いつも久しぶり・・・という更新なので、いつもダイジェストで近況を書いているのですが、今回も。


ピアノは・・・。自分のレッスン再開したのが、一昨年の年末。
この春に人生で初めて弾いたリストという発表会を終えて、そのあとの大きな変化というと、あまりこれまでやったことがなかった印象派と呼ばれるドビュッシーの曲を弾いています。前奏曲を1曲やったあとは、有名どころの「月の光」やって、その後、今はこれまた有名なアラベスク一曲目。あんなやさしい音はどうやったら出るんだろう、あんなハープみたいな音色はどうやったら出るんやろと、これまで全く自分の守備範囲外だったんだけど、最近、少しずつ分かってきた気がする。やさしい音って、しっかり鍛えた上で、体力がついた上でできるのかなと。ふにゃふにゃの指だから、やさしい音がでるのでなく、たとえば、オリンピックの体操を見ていても、あんなに筋肉隆々で、めちゃ力がありそうなんだけど、時々解説で「今、少し力を使いましたねー」と、よくない意味での表現があるように、筋肉いっぱいつけて、力持ちになった上で、「力を使わないで」、自然な重心移動による軽やかな演技が要求されるのかなと思った。これは、ピアノも同じやねんなーって。

毎日(できない日もあるけど)、練習時間の半分以上は、基礎練習に使っているけど、それが少しずつ効果を生み出している気がする。先生にも「意外と、ドビュッシーが向いてるわねー」と言われた。ちょっと嬉しかった。ドビュッシーやラベルを弾けるというのは、子供の頃からの憧れだったから・・・。いぇい!


歌。
去年の夏、何年も空いていたプランクを経て再開したんだけど、目標にしていたシューマンのリーダークライスは、一応全曲(12曲)終えて、次は何を持ってきてもいいわよーってことに。イタリア語の曲やラテン語の曲など、その都度、やってみたい曲を持っていっている。今年に入って、発声面で大きな進歩があった気がする。先生にも「もう大丈夫よ」という言葉をもらった。もちろん大丈夫じゃない日もあるんだけど、若いころから、自分の声が嫌いだったり、自分を下手くそだとしか思えなかったんだけど、最近は、少しずつ自分の歌を楽しめるようになってきているのかなーと、この年になってやっと・・・・。あかん日の方が多いけど、それでも楽しめる日が来るなんて、嬉しい。


歌にしても、ピアノにしても、自分の趣味だけでやっていたら、きっとどこかでやめていた気がするし、ましてレッスンなんて、再開していなかった気がする。生徒さんを受けるようになって、いいレッスンがしたいなー、いい指導がしたいなーと、その存在に励まされて、続けているんだなと実感。本当に、人は「生かされている」と思う今日このごろ。


で、英語のこと。
NYに1年滞在して帰国したのが、2009年の春。あー、あれからもう三年以上が経つのか(^oo^;) 前回滞在していた間に、北京オリンピックがあって、オバマさんが黒人として初の大統領になった。今年、またオリンピックがあって、大統領選が。4年たったんだーってわかりやすい。

帰国してからは、英語の学校に通うわけでもなく、英語を声にだして話す機会はほとんど皆無。facebookでの外国の友人たちとの交流と、時々かわすメールで書いたり読んだりがあるくらい。

普通、そのままだったら、どんどん能力も落ちていくし、忘れていくはず。
それでも、よくしたもんで、忘れかけた頃に、ちょっとずつ刺激がやってくるのですね。アメリカの友人が何泊かで来るから観光案内とか、友達の友達が来るから、1日相手してねーとか、ちょっと翻訳の仕事お願いーとか。

で、最近では、時々だけど、外国の会社に商品をオーダーするときの注文・発送までのメールのやり取りを、和訳・英訳の両方を頼まれたりする。たいした収入になるわけではないけど、そのたびに知らない表現を学んで、ある程度の責任もあるし、英語を忘れないでねって、神様からの贈り物なのかな、こんな仕事も。

それから、この夏は、教会関係で、一週間という期間、アメリカからのお客様と一緒に行動して、ほぼ全ての場面で通訳という大役があった。こんな私でできるんかいな・・・と自信はなかったんだけど、そして、実際、バッチリというわけにはいかなかったけど、なんとかかんとか、つとめを果たすことができた。聖書についての討論の場や、お祈り、礼拝の中での通訳なんかは、とても大きな挑戦だった。事前準備はしたものの、分からないことだらけで、たくさん学びました。


この大きな山を越えて思うのは、「もっと勉強しなければ」ということ。
なんとかなった、けど、なんとかなっただけ。もっと勉強していれば、もっとできたはず。
次の機会があるかどうかは分からないし、英語を本職にするということは、ないかもしれないけど、でも、やってくるかもしれない次の機会のために、もっと磨きたいと心から思っているところ。

どこかまた学校に通ってみようかと、ここ数週間動いてみているのだけど、なかなか難しい。
正直、英語が初級だった頃は、気楽にいろんな学校を選べたのだけど、中級以上になると(それでも自分としては、まだまだアカンやんってレベルなんだけど)、ええ学校はなかなかなくて、いくつか申し込んだクラスも、定員に達しなくてキャンセルになったり。

1つの問題は、ある程度のレベルになると、私が都合がいい平日の昼のクラスがなくなって、平日夜か、土日のクラスになるということ。やはり、ビジネスの現場で活躍している人たちの方が、英語学習に本気でお金をかけようという割合が多いのかな。あと、会社からの資金援助などの後押しもあるのかもしれないですね。

それから、ある程度のレベルの学校になると、学費が高い(^oo^;)(^oo^;)
会話となると、まだマシなんだけど、翻訳・通訳のクラスになると、ほんまに高い。

常時ではないけど、時々、翻訳や通訳のような仕事が入ってくる私には、この両方をちゃんと学びたいなと思うのだけど、仕事で得られる収入は高くなくて、ボランティアだったりする場合も多いから、勉強するのにそんなにお金かけていいのか・・・と自問して、いつもメゲてしまう(^oo^;) 

もう1つは、やはり自分の年齢のこと。
今年50歳になったんだけど、これからそれだけのお金をかけて学校に通って、これから先の人生で英語が仕事になっていく可能性って、実際あるんですか?と、これまた自問してしまう。自己満足なんぢゃないのー?って。まだ若くて、これから先、何年もその学んだことを生かしていくのなら、お金もかけがいがあるんだけどなーってそう思うのは、年寄りのひがみか(^oo^;)(^oo^;)

いつも書いてしまうことだけど、全てにおいて中途半端やねんなー。
逆にいうと、どれも、「ある程度は」一生懸命やっているつもりなんだけど、どれか1つにはまとまらないというか、定まらないというか。

そういう自分を変えようと思うのか、そういう自分を受け入れて、これからも続けてきたこの2つの方向を守る続けるのか。と、考えていくと、音楽でも英語でも、今のところ、時々にしても、自分が必要とされる機会があるわけだから、どちらか一本にしぼる必要は多分なくて、できる範囲で両方続ければいいのかなと、そこに落ち着きます。


色々考えて、高額な翻訳・通訳などのクラスは少し先に考えることにして、ちょっとしっかり英語でディスカッションするクラスに、週に一度くらい通ってみようかなという結論に。この土曜にレベルチェックに行ってきまする。実は、以前通ったことのある学校のクラスもこないだ問い合わせたのだけど、希望クラスが開講してなかったので、今回は、今まで通ったことのない新しい学校に行ってみることに。先生も知らないし学校の方針も違うだろうから、そこで自分の実力はどの程度通用するのか、どのぐらい自分の英語を磨けるのか、不安も多いけど、ちょっと楽しみ。うまくいいクラスが見つかりますように。


今年は、たこぶも人生で初めて入院したりして、改めて、健康で生かされていることに感謝を覚えた年。
やる前に消極的になるよりは、やってみてダメだったら、やめればいいし、また他のことをやったっていい、失敗を重ねるから学べるわけだもんね、と自分にいいきかせております(^oo^)

ここ最近、あんまり旅に出てないなー。少し涼しくなったり、たこぶと二人で、どこか近場でも旅したいな。
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by butakotanaka | 2012-08-14 10:56 | 日常生活