あっという間に帰る時が来ました

前に更新したのが火曜の夕方。あれからあっという間に時間がたって、毎日ぐたーっと疲れて帰るので、更新することができないまま、出発のときが来ました。これを書いてる今は、もうJFK空港にいます。チェックインして、セキュリティチェックも終えて、ランチも食べて、三時40分出発の便の搭乗を待っているところです。空港では、インターネット全般は無料ではないんだけど、どうやらメールだけは無線LANが無料で使えるようです。このブログもメールからの更新です。

自分の覚え書きのためにも、火曜からの過ごしたことを書いておこうっと。
火曜に戻って。DVDを見終えた後、夕食を買いに近所のドミニカンデリに出かけました。初めて行くお店です。店の人の英語は私なみに訛りがひどくて(^00^;)向こうも私の言ってることわからなかったと思うけど、私も店の人が言ってることを理解するのに苦労しました。チキンブレストの唐揚げを頼んだつもりだったのだけど、出てきたときは、フランスパンにはさんだチキンの炒め物入りサンドイッチになっていました。何度も皿を指さして、メニュー指さして、これね!と念押ししたつもりだったんだけどなぁ(^00^;)よくわからんけど、出てきたものは食べなければということで、持ち帰り、冷蔵庫に余ってたトマトとキュウリとフルーツなどを組み合わせて夕食に。いや、これがなかなかおいしかったです。ドミニカンフード万歳!またもう一回食べたいねといいつつ、結局最後まで時間がなくて、これが一回きりの利用となったこのデリでした。デリというのはコンビニみたいな感じなんだけど、そこで料理していたり、ブッフェみたいな形になってて、二階にテーブルがたくさんあったりする大規模なのもあれば、ほんまにちょっとした売店だけという店もあって、形はさまざまです。規模が大きなデリは食事できるし、おやつも帰るし、なんでも売っててなかなか便利です。

夜になって、予報どおり激しい雨になりました。野球に出かけなくてよかったー。
テレビをつけたらヤンキースの試合をやっていたので見ていたら、シンも参加してきて、三人で試合終了まで楽しく観戦しました。

水曜日。この日はケイラのお宅にお招きを受けていてランチ。
ケイラは来年の春、お孫さんを連れて日本に初めて来る予定をしていて、日本のガイドブックも買い込んで、本気モードばりばりです。八日間の日程ならどこがマストか、絶対行くべきかと相談されたけど、好みによるからなー。お孫さんは特にアニメファンでジブリ博物館とかに行きたいらしい。きっと秋葉原とかも行きたいのかもなー。私たちはそういう方面まったく知らないので、これから来られるまでに調べなくては。関東のことも詳しくないから、そのあたり友人たちにも助けてもらわなくちゃ。今まで何度もお世話になっているし、ケイラにとっては貴重な体験になるはずだし、お孫さんの思い出もいいものを残してあげたいし、八日となると、関東と関西と、できれば一カ所でも温泉に泊まれたら・・・というぐらいかなー。我が家に泊めてあげられるといいんだけど、うちは狭いからなー。ホームステイとかもしてもらえるといいのだけど。とにかく来年春までまだ少し時間があるし、準備して、お迎えしなくちゃ。

ケイラに借りたエル・システマというベネズエラでの恵まれない子供たちへの音楽教育プロジェクトの話もたくさんした。ケイラは、ニューヨークでこれからそんなプロジェクトを始められたらと思っていてこれから、何人か仲間を集めてそんなことにとりかかるかもしれないとのこと。もし実現したら素晴らしいし、私も何かお手伝いができないかなーと心から思います。ケイラにしてもそうだけど、それからブルックリンの友人のリサも、次の仕事は、食事を満足にできない子供たちに食事を与える団体で働きたいと言っていた。引退後だったり、引退前でも仕事として、そういうボランティア団体だったり、非営利団体だったりで本気で仕事をしたい、誰かの役に立つ仕事をしたいと思っている人たちがたくさんいて、アメリカはキャリアばかりの国と思う人も多いけど、こんな人たちも多いんだなーと今回実感した。

ランチの後、三人でリバーサイドパークを歩いた。ケイラの住む80丁目あたりから少し南の70丁目あたりまで歩いたかな。このリバーサイドパークは五年前にいたときはまだ全部つながっていなかったんだけど、今は一番南のバッテリパークから、アッパーマンハッタンまで、つまり100丁目以上まで完全につながって、川沿いをずーーーーっと歩くことができるようになったんだって。で、今、マンハッタン東側にも川沿いを歩ける公園を作るプロジェクトが進んでいるらしいです。この公園を作る情熱すごいなと思った。ふと上をみあげると高速道路みたいな高架が途中で切れていて、あれは何?と聞いたら、ハイラインというのがあって、これがまたすごいのです。もともと高架鉄道だったのが何十年もそのままになっていたところ、そこを公園にしていってるんだって。今はロウアーマンハッタンから34丁目あたりまで来ていて、これをどんどん北に延ばしていってるらしい。ところどこに上る階段があって、もと線路があったところを通路にしたり、花壇にしたり、ベンチをおいたりしているんだって。一度ぜひ歩いてみてほしいと推薦されたよ。その後、他の友人たちに聞いたら、みんなおもしろいから行くべきだって。新しい見所なのですね。結果、最終日の金曜に、少しだけ歩くことができたので、また帰国したら写真をここにあげたいと思いますー。

水曜、ケイラと別れて、少しだけ靴やさんに寄って、たこぶくんの靴を一足購入。自分サイズの小さいのがちゃんとあると感動してました。この国って、服にしても靴にしても、大きいのだけでなく、小さいのまで、特別サイズの店が別にあるのではなくて、普通の店に幅広いサイズが売られているのです。移民の国でもあって、いろんな国から人が集まっているので、とても大きな人から小柄な人までその差が大きいので、日本みたいに大きい人や小さい人は別の売場似行くのではなく、同じ店の同じ商品を買うことができて、その点は女としては大柄な私にも、男としては小柄なたこぶくんにもありがたいです。

その後のお楽しみは野球観戦。メッツの試合を見に行きました。クイーンズにある野球場、シティフィールドといいます。今年のオールスターがここで開催されたということで、売店にもオールスターグッズがたくさん売られていました。チケットは一番安いので20ドル。といっても日本のように安いのは外野というわけではなくて、外野には比較的席が少なくて、内野の上の方、六階レベルの席をゲットしました。売場のおぢさんに、日本から初めてきたんだけど、特に誰のファンというのではなくて、とにかく野球を楽しみたいから、20ドルの中で一番いい席をお願い!といったら、よっしゃと選んでくれたのが、高い位置だけど、ホームベースに近くて、フィールドを見下ろすような席。すごく見やすかった。球場内では、水も食べ物も持ち込みできなくて、中でハンバーガーとポテトフライのセットを買って夕食。どの店で買ってトッピングは共通していて、タマネギとか、トマトとか、ピクルスとかは、どれだけとってもいい仕組み。サラダがわりに野菜をたくさんとって、食べ物自体は高かったけど、まあ元はとったかなという感じ。試合はメッツがぼろ負け(^00^;)三本もホームラン打たれたし。しかも、途中で走塁のときにカバーに入った相手の名投手をけがさせて、車で運び出され、どうやら骨を折って手術でシーズン復帰は無理らしいという、いやーなおまけつき(^00^;)でもそういうシーンで相手投手が運ばれて行くとき、メッツファンが立ち上がって拍手をしていたのが、独特のムードだった。日本なら黙って見送るところだと思うのだけど、文化が違うなーと思いました。

試合が終わって駅に着いたら、やはり甲子園と同じく、試合がある日は臨時便というのがでていました。案外早くクイーンズからマンハッタンに戻れました。といっても、シンのアパートについたのは真夜中だったけどね(^00^;)

はい、木曜です。
木曜は、昼に老人ホーム近くの駅でイェバと待ち合わせ。スパニッシュのお店で、チキンスープ食べながら礼拝の打ち合わせ。前回故障していたマイクが新しくなって利用できるということで、声が小さなイェバにはいい情報。ホーム長に直接連絡して確認したと言ってました。

しかし(^00^;)行ってみると、実際はマイクは使えなかったのです。新しいマイクシステムは来ていたのだけど、使うところまでいってなくて、倉庫に入ったままでした。新しい何かを買ったら、すべてそれ用の箱を用意してしっかり鍵を閉めるという慣習になっていて、そうしないと誰かが持って行くからということになっていて、それ用の箱や鍵がまだ用意できていないというのが理由。なんだかなー(^00^;)

チューニングが恐ろしい(^00^;)ピアノを弾くと覚悟していったら、二週間ほど前に寄付された新しい電子オルガンというのがありました。で、これまで、現在の牧師先生以外、誰にもさわらせてことがなかったというそのオルガン、牧師以外ではじめて私が弾かせてもらいました。これはすごいことらしいです。とにかく、現在の牧師先生は、なんというのか、とてもセキュリティ意識が強くて、すべてに鍵をかけるというのも、この牧師先生の意識がそうさせている部分もあるみたい。入居者のみんなと前みたいに写真を撮りたかったし、礼拝の様子も写真におさめておきたいと、たこぶに撮影を頼んでいたのだけど、写真を撮ったら入居者の家族から訴えられるから、写真は撮らないでときつく止められてしまいました。後でイェバにその話をしたら、そんなことはないはずだ、個人で楽しむ分には大丈夫なはずだと言ってたけど、とにかくかなり用心深い今の牧師先生の考えに逆らうこともできないので、とりあえず従ったのでした。

礼拝は、いつものように(^00^;)というか、適度に楽しく、適度にアドリブが多く、適度に大変でしたが(^00^;)なんとか適応して乗り切りました。前奏も何も関係なく、思いついた賛美歌を歌い始めるし、賛美歌の本に載っているのとは調がまったく違っていて、適当に自分で移調しなくてはいけなかったり、いや、そういえばこんなんやったなと、ひさしぶりに思い出しました。

礼拝が終わって、入居者の人たちとの交流。イェバとその後の牧師になったユージニアと私たちの四人にダイナも加えた五人で各部屋を回りました。私を覚えてくれている人もたくさんいて、嬉しかったです。でも前にいた人はこの五年でかなり病状が進んでいる人もいて、やせてしまっていたり、四肢が曲がってしまっていたり、精神的にかなり参っていたりと、悲喜こもごもではありました。五年という月日は短くないなと感じました。多くの人が亡くなってもいたし。でも、それでも、久しぶりの再会、交流は本当に嬉しいものでした。今度はいつ・・・?とどこに行っても聞かれるのだけど、できるだけ早くまた戻ってきたいですと答えるしかできなかったです。五年よりは早く戻ってこられるといいなー。

礼拝が終わり、スタッフたちにも挨拶して、日本からのおみやげも渡して、イェバと三人でマンハッタンへ。ニューヨーク大学の図書館で働いているイェバの旦那さんトーグも加えて四人でディナー。その後は、前日に引き続きリバーサイドパークをお散歩しました。この日は。西4丁目あたりだったので、かなり南の方。夜にもなっていて、夜景がとてもとてもきれいでした。昼間歩いた前日とはまったく違うムードでした。

そして最終日の金曜です。
朝からやりたいことがたくさんでなかなか充実した一日になりました。
まずは、荷物の整理もぼちぼち考えつつ、おやつのお土産を買いに、アパート近くのドラッグストア「ライト・エイド」へ。袋入りのチョコやスナックを会社やコーラスの方へのお土産に買い込みました。いかにもアメリカーって感じのしつこく甘いものばかり(^00^;)たまにはいいよね。いったんアパートに帰り、改めて身支度して、ロウアーマンハッタンへ地下鉄で出かけました。

最初に向かったのが。911のメモリアルサイト。まだ新しい建物は工事中なのだけど、元トレードセンターがあったところに、大きな大きな池というか噴水というか、そういう水のアートができていて、元の塔のシルエットそのままの枠が池の枠になっていました。北プールと南プールの二つがあって、それぞれが元の建物の場所なんだと思います。周りには亡くなった方々の名前が刻まれていて、これはアルファベット順とかではなくて、考えに考えて、家族だったり親しかったりした人たち同士が近くに彫られているのだそうです。そして、コンピューターで検索できるところもあって、名前を入れたら、その名前がどこに彫られているかすぐにわかるようになっているのだそうです。メモリアルに入るまでには一時間以上は並ばなくてはならず、入場料は基本無料とあるけど、寄付として5-10ドルが推奨されていました。私たちは考えて一人2ドルだけ寄付しました。セキュリティチェックも空港みたいに厳しくて、そのあたりかなり時間がかかりました。

終わって出てきたらお腹がぺこぺこ。近くのピザやさんに飛び込んで、ピザとコーラでアメリカのランチだー。釜で暖めてくれたので、ぱりっとして、ほんとにおいしかったです。

そこから北へ向かってブロードウェイをテクテク。靴やさんや服やさんに途中寄って、買い物しながらのテクテクです。といってもそんなにたくさん買ったわけじゃないけど、私がサンダルを、たこぶはもう一足靴を買いました。お互い靴の買い物には日本で苦労しているので、履きやすい靴が買えたのは、かなりハッピーです(^00^)

途中マクドでアイスクリームを食べたりしつつ、20丁目にきて、西に折れ、キャロリーのアパートに寄りました。こないだリーダークライスの楽譜を忘れていたので取りにいったのでした。冷たい水をごちそうしてもらい、トイレも借りてもすこしお話もできて、これから行きたかったハイラインの詳しい地図も見せてもらって、行き方も教えてもらいました。エネルギーを補給したところで、ハイラインに向かいました。いやーこれがなかなかほんまにおもしろかったです。また写真がアップできたら詳しく(^00^)

34丁目にあるメイシーズを目指してまた歩きます。メイシーズのビジターインフォで、ウェスタンウィンドの歌い手の一人、トッドが働いているのです。音楽だけでは食べていけなくて、そのほかにも仕事を持ちながら音楽の仕事をするというのも、アメリカではよくある話です。しかし、運悪くトッドはいなくて、会うのはあきらめました。

六時半にコロンビア大学近くのアジア料理店でシンと最後の夕食を一緒にしようと待ち合わせていたので、一番線の地下鉄にのって、116丁目駅へ。シンは先に来ていて待ってくれていました。三人で食事を始めたあたりで、斜め向こうのテーブルにこの後行く金曜コーラスのメンバー、シグとドリー夫婦が偶然来ていました。早速テーブルをくっつけて、五人での夕食となりました。

楽しく夕食を一緒したあと、みんなで金曜コーラスへ。
八時から始まったこの日のコーラス、いつもより余分に12時過ぎまでみんなと歌いました。名残を惜しむように、いつもなら早めに帰る人たちも残ってくれて、15人ぐらいはいたかな。うまく歌えなかった曲もあったけど、たくさんのルネサンス、バロック時代の作品を楽しみました。マレンツィオ、フェアファクス、ラッソ、バッハ、ガブリエリぐらいが覚えている作曲家だけどその他にもいっぱい歌ったなー。
終わったあとは、ハグハグハグハグの嵐。早くまた戻ってきて一緒に歌ってくれと、繰り返し言われて、なんと答えていいのか(^00^;)歓迎してもらえるのは、本当にありがたいことだと思います。はい。

帰りはシグ夫婦が車で送ってくれて、シンのアパートに着いたのは、午前1時。そこからたこぶくんはシャワー。私は荷物のまとめです。たこぶくんには先に寝てもらって、私が寝たのは結局三時ごろかな、まっ飛行機で寝られるから大丈夫なのだ。

荷物も無事なんとかまとまり、今日朝もちゃんと起きられて、順調に地下鉄Aラインとエアトレインを乗り継いで空港まで来ました。

ひーはー(^00^;)ここまで書いて、ただいまの時間は二時半過ぎというところ。あと一時間弱で搭乗ですね。何時間もどうやって過ごそうかと思ったけど、これを書いて、いい時間つぶしになったのでした。

いやーもう帰国するなんて信じられません。
しばらくまじめにピアノや歌の練習してないから、大丈夫かな、私(^00^;)
帰ったらまたレッスン、指導も学びもがんばりたいな。
それから英語も、向こうに行って、私だめだーと思うことの連続だったし、もっと話すということの上達ができればなーと心から思いました。発音もだめだめだし、ほめてくれる人もいるけど、それでも自分でだめなところはよくわかるので改善していきたいです。努力しかないですね。もっと大人としての英語をはなせるように、落ち着いて、筋道の通った話を英語でできるように、なりたいです。マイペースでこれからもがんばろう。

日本では大雨が続いているということで、ピアノの部屋が湿ってるのがここ数日気になっています。カビや錆びは大丈夫かなー。除湿かけっぱなしにしてもらえばよかったと後悔。ここまで毎日雨だと知らなかったから。まっ仕方ないですね。何日かケアすればたぶん大丈夫なはず。またこれからも練習させてもらいたい大切なピアノだから大切にしなくちゃ。

これから14時間ほどのフライトを終えたら、日本に着いてるなんて、信じられないです。日本のみなさん、また帰ったらよろしくお願いしまーす(^00^)
ではでは、ニューヨークからの更新最終回でした!
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by butakotanaka | 2013-07-28 03:39 | NY・留学