一週間前(^oo^)

今、指揮・指導しているシルバーコーラスが始まったのは2000年。
その前は障害のある人達のコーラスを何年か指揮・指導させてもらっていて、
もっとその前は、女声コーラスや混声コーラスや大学生のコーラスの、指揮ではなくて、ピアノ伴奏やヴォイストレーナーをたこぶと一緒にやっていました。

でも、個人レッスンの生徒さんを指導するようになったのは、本当にここ、どうだろう、数えれば10年とかになるのかな。でも、これって、けっこう曖昧。なんでって、始まった頃は、レッスンしているつもりじゃなかったから。

昔から、合唱団の人たちで、音取りが苦手な人が時々家に来て音取りの手伝いをしたり、大学合唱団のピアニストしてたときは、新しく学生指揮者になった人がうちに来て指揮合わせをして、その時に、その振り方だとわかりにくいから、どうしようか。。。といつの間にか指導もどきになっていたり。パソコン通信してたときは、アンサンブル会の前に時々音楽仲間が集まって、合わせ練習や秘密の特訓会して、いつの間にか自分が仕切っていたり。

でも、そういう仲間が集まっての練習はレッスンという感じでなくて、いつがきっかけだったのかなー。やっぱり、一時間千円だけど、一応謝礼をいただくというけじめをあるときからつけたことかな。

その金額は今でも変わってないんだけど、ここ数年で、ああ、個人レッスンの生徒さんも指導しているのね、と、やっと観念したというか、生活するための収入というのに正直直接結びついてる感覚はないけど、それでも、幸せな責任感というか、そんなものが芽生えてきたのかな。

在宅レッスンを目指して音楽の勉強をしてきたわけではないので、なんだか不思議です。なんど振り返っても。この人生の進み方。

2008年に一年間アメリカで滞在したとき、ボランティアで滞在だったのだけど、そのおまけ的に余暇の時間を使ってしていた音楽の勉強が、ラッキーなことに、周りの友人たちのおかげで、どんどん本格的になっていって、合唱や指揮や歌のレッスンをたくさん経験できて、その後、帰国してから、この個人レッスンに対しても、音楽は収入の額に関係なく、自分の仕事でもあるのかなと、少し腹をくくった感じなのかな。

ずっと、そうやって心の区切りがつけられなくて、なんとなくやってる、ボランティアなのかも、仕事といえるほど自分は優秀じゃないし、とか、いろいろ心のなかで言い訳しながら、真剣になるのを避けてきた気がするんだけど、そういう自分に区切りをつけるためもあるのかもしれないけど、一週間後の日曜に、初めて我が家で生徒さんたちのおさらい会を催すことに。

ほんとに小さな集まりだし、気楽な集まり。フォーマルでもなんでもない。失敗もOK、やり直しもOK。でも、自分の中では、大切な第一歩になるかもしれないなーとも感じている。そんな私の気持ちを察してくださっているのか、出演してくださる生徒さんたちが、それぞれ本当に素敵な努力を積み重ねてくれていて、最近、一回一回のレッスンで、感動の連続。日々の暮らしの中で、ピアノや歌を練習するって、肉体的にも精神的にも簡単じゃないと思う。音を出してしまうから、家族や近所に聞かれるというストレスや遠慮もあるだろうし。

全員が出るわけではなくて、自由参加なので、出ない人たちで、レッスンに通ってくる人たちももちろんいて、その人達はそれはそれで、素敵なマイペース。決してさぼってるわけではなく、自分それぞれの目標に向けて、すぐに発表の場がなくても、がんばってる。

で、出る人たち。
ここ一週間ほどは、最後の仕上げの時期に入ってきて、悲喜こもごも。
本当に胸が熱くなるぐらい、よくここまでがんばったなーって、レッスンの初期のことを思い出すと泣けてくるような演奏の人もたくさんいるし、とてもとても忙しい中で、それでも十分がんばっているんだけど、でも、多分、自分の中では、もっと練習したらもっとできるのに、というくやしさが先に立つのか、私に謝りながら大粒の涙をこぼす生徒さんも。そんな人に、どうやってその時間が足りなかったことに心の整理をつけて、その中でできるベストを尽くすところまで、気持ち的に持って行ってもらうか、このあたりの話も難しいなと思う。

こないだ一度演奏を聴いてもらった私よりもずっとピアノの先輩である友人が話してくれたけど、いつの本番でも、ある種の「くい」というのは残るのだと。どんな本番でも、あーもう少し時間があったらもう少しできたのにと。でも、残るからこそ、次こそもう少し、次はもっと早くから本気に。。。と、そんな学びがあるわけだもんね。


で、今日、今回の曲を初めて旦那様(^◎^)聴いていただきましてん。
これは、大きな区切りですねん。私にとっては。
一緒に暮らしていて、階下からの練習音はずっと聞かせているわけだけど、本番で譜めくりをしてもらうので、いつか正面で聴いてもらって、譜めくりの練習しなあかんねと言ってたんのだけど、なかなかもう聴いてもらえると、思えないまま、今日まできてしまいました。だって、本当に難しくて、まともに通らないし。

楽譜も読めるし、音楽もわかるし、そんな旦那様がどう私の演奏を聴くのか、身内というのは、互いにずっと一緒に音楽やってきているので、別の意味の緊張がありまして。

今まで止まったことがなかった以外なところで、何をやってるのかわからなくなり止まったり、途中で仕切り直ししてひきなおさないといけなくなったり、ダメダメなところもたくさんあったけど、弾きながら、いやーよくここまで来たなとも思えたし。思ってたのの6割ぐらいの出来だったけど、それが今の自分なのかなと思いました。

それでも旦那様は、最初から最後まで飽きない演奏だった、指揮するだけあって全体をまとめる構成力があるし、歌をやってるだけあってシンプルなメロディを歌う力があると、ほめてくれました。その上で、もう少しこうすればもっといいかもとアドバイスも。ありがたいです。あと、楽譜がしっかり読める彼でも、どこやってるか見失ったところが二回。それほどややこしい譜面ってことですね(-oo-;)

まだ暗譜を自信もってできるほどじゃないんだけど、だいぶ部分部分で見なくても弾けるよにうなってきて、それで、今日分かったのは、そうすると、時々楽譜を見ることになり、今どこやってるのか、急に楽譜に戻れなくなることがあること。覚えるなら、ほとんど楽譜を見ないで弾く練習しなくてはいけないし、時々でも楽譜を見るのなら、鍵盤をあまり見ないで、楽譜だけ見て、ブライドタッチで弾けるようにやっておかないと。っていうか、両方のやり方を繰り返し交代で試すべしなのかもね。あと、目をつぶって、楽譜も鍵盤も見ないというのと三通りか。

ここ最近、少し長く練習すると、指や関節が少し痛いときがあって、弾き方が悪いのか、弾きすぎなのかと反省したり落ち込んだり。でも、難曲ではあるので、無理のある体制で弾くことも多く、そのせいもあるかと、ハノンを一曲ずつ全調で弾く練習を始めたら、弾いてる時間自体はのびたのに、手の調子はマシになった。ただ休ませるだけでもダメで、バランスのいい動きが必要なのかなと思うに至った。

でもそんなバランスのいい練習を心がけると、まだ弾けない曲の部分練習は、あまり量ができない。やり過ぎると、痛めてしまうのが怖いから。難しい部分、失敗が多い部分は、それだけ手に無理がかかる部分でもあって、短時間集中にするのは、とても難しいし、不安感も大きい。これから一週間しかない。その中でどう時間を作るか、ちゃんと考えないと。

といっても、その後、5月の初めに今度は、習ってる教室の発表会で弾くことになっているから、これで終わるわけではないのだけど。二回の本番で同じ曲を弾くことはまれなことなので、後悔をそれだけ減らすことができるといいな。


こんなに自分の能力のギリギリというか、はるかに超えているとも言える曲に取り組むのは生まれて初めてで、一つの曲を断続的ではあるけど、一年もかけるのも生まれて初めて。あー、そういえば、合唱の伴奏の仕事してたときは、音取りから始めて、半年以上は同じ曲してたなー、それと似てる感覚かな。

はじめて譜読みをしたときは、箸にも棒にもかからんってこのことか思ったぐらい歯がたたなくて、絶望的だったけど、その頃のことを思えば、奇跡的と思えるぐらい弾けるようになったし、なんというか、今回のことが、これからの自分の学びに大きな影響を与える気がする。ある程度無理と思えるぐらい大変な曲でも、時間をかけて、あきらめずにがんばり続けたら、いつか弾けるようになるんだという自信みたいなものが、少し芽生えた。これは51歳にしてすごいなと思う。

でも、それと同時に、この積み重ねの営みの中で、老眼で目が疲れて肩こりや頭痛があったり、心も折れそうになったり、そうなると、一日にそんなに何時間もできなくて、要するに一夜漬けみたいにギリギリ前になって、ものすごーく夜中とか早朝にまでがんばるという、ムチャがいかにきかないかということにも直面してきている。

30代や40代前半までとは、体力が違うなーと実感。
生徒さんの中には、その年代の人たちもいて、レッスン前にそんな大変な無理をして、練習してきているのをよく話してくれる。私やったらいっぺんに病気になってるなと思うぐらいのスケジュールで暮らしている人が世の中にはいるねんなーって、頭が下がる。

私は不器用だから、ゆっくりしかできないし、ちょっとずつしかできない。
でも、そんな自分をわかっていて、少しずつ時間をかけられることに感謝やなー。

人それぞれやり方ってあると思うし、無理してがんばるというのも、人生の中でそんな時期があっていいのかもしれないし、もっとあとの方で、あえてがんばりすぎない、でも、何年もの積み重ねで得られることを楽しむというのもありだと思う。

下は小学校に入ってすぐ、40代、50代、60代、上は70代まで、バラエティあふれる年代の生徒さんたちが、それぞれとても純粋に真摯にそれぞれが何ヶ月も取り組んできた曲達の演奏を来週の今日になったら、聴かせてもらえるんだと思うと、今から胸が熱くなるし、そんな生徒さんたちに感謝の気持ちが伝わるような自分の演奏ができればいいなと思う。あと一週間、たった一週間とも言えるし、まだ一週間もある、とも言えると信じて、最後の時間を大切に使おう。
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by butakotanaka | 2014-03-16 22:55 | 音楽・趣味