3年ぶりNY2016日記 ワークショップのこと4

帰国してから、あっという間に1週間がたちました。
記憶がどんどん薄れていきますー(^oo^;)ってことで、あの時の気持ち、書いておかなければ。


困ったこと、混乱したこと、難しかったこと、自分のことや周りのことも含めて、思い出す限り書いていきたいと思います。

・どの曲が一度きりで、どの曲が継続するのかわからない

これ、ほんまに難しかったです。
おそらく、譜読みがゆっくりなグループの場合は、譜読みした曲は、ほぼ本番でもやる、という流れになると思うのですが、私が所属したグループは譜読みが早くて、1日でできてしまうこともあるぐらいなので、とにかく読んだ曲が、これからもやり続けるのか、これで終わりーなのかが、わからないのです。

こんなことがありました。
ある日のセミナーで歌った曲、特に私に対してのアドバイスを受けました。10人で歌っていて、私のパートだけ音が動く場面、聞こえないからもう少し聞こえるように歌いなさいということでした。その日の夜、寮に戻って一生懸命曲を分析し、自分の歌い方もよく検討してみたけど、楽譜を見れば見るほど、9人対1人では、どう対応しても私ががんばるだけでは無理だと思いました。時間をかけて分析して、翌日、メンバーの一人に、「あのさ、昨日のあの私のパートが聞こえないって曲なんだけど、一生懸命曲を分析して考えてみたけど、みんなにも協力してもらって、聞こえるようになんとかできないかなー」と持ち掛けると、「あー、あの曲ね、ボクも、あそこはナオコ一人で動くところだから、他のパートがもう少し抑えた方がいいんじゃないかって提案はしたんだけど、みんなが、いや、ナオコがもっとしっかり歌えば済むことだと、とりあってくれなかったんだよ。そもそもさ、あの曲、これから先もう歌わないかもしれないよ。そのあたりもボクにもわからないんだよね」という返事。

これには二重の意味で、ガクーっと落ち込みました。一人のためにみんなが声を少し抑える聞こえるようにするという感覚がなくて、その言われた一人ががんばればいいと思ってる人が多いということ。少し冷たい世界なのかなと感じてしまいました。きっと冷たいということだけでなく、誤解もあるのかもしれないけど。それと、あんなに時間をかけて分析したり考えたりしたけど、その曲をもうこれから先やらないのかよーってこと(^oo^;)実際その曲を練習することも、コンサートにのせることも、その先はありませんでした。

何度も参加している人なら、そういうカンがきくのかもしれないけど、セミナーでアドバイスをもらって、言葉のイントネーションをもう少しがんばりなさいとか、音程に気をつけなさいとか、並び方を変えてみなさいとか、いろいろ受けて、そうしたら、これから先もやるのかなと思う人も多いと思うけど、実際はそうではない場合もあって、かけた時間、その疲労感がどどーっと増しました。こういうことは一度ではなく、数回あったので、先が予測できない、前が見えない感覚になり、言語面での遅れに加えて、空気が読めないこともつらかったです。

それから上に書いたことだけど、数年前に参加したときは、小さな声の人にもっと大きな声でというアドバイスももちろん少しはあったけど、逆にそのときは、大きすぎる人にもっと聞きあってとか、和声面でこの機能の音は大きく歌いすぎたらいけないとか、そういうバランスの整え方もあって、いつも大きな声の人に合わせるということはなかったんだけど、今回に関しては、どちらかというと、そちら側に合わせるように言われることが多くて、「もっと大きくしっかり歌って!」と言われるのはいつも私のような気がして、日程が進むにしたがって、その言葉が出てきただけで、涙がこぼれそうになるという精神的な反応になってしまいました。人間、ほんま弱いですねー。

今回、古楽コンサートでは、自分のグループからでなく他のグループから声が会いそうな人を誘ってパーセルの曲をデュエットしたのだけど、全日程の中でも一番のびのび歌えた本番だったかなと思います。なぜなら「無理する必要がなかったから」彼女と私の声は、音量的にも音質的にも共通点があって、自然に寄り添ってハモりあうことができるんですね。声が合うと自然に響きあって、音量も自然に出てくるというか、不思議な感覚で、というか、そう、こういうのが好きやねんなーって思えました。声の相性も大切だし、互いに聞きあって、音質を揃えようとする営み、発声や発音面でのいとなみって本当に大切なんやなーと改めて実感しました。


・逆にこれは一度きりやろーっと思ってたらそうでなかった事例(^oo^;)

私のグループは強者ぞろいで、どちらかというと、たくさんのパートに分かれた曲をやることが多いのですが、ある朝、12人の私たちメンバー全員で、4パートしか分かれていない曲を、続けて3曲譜読みしました。テンポも結構速い、現代風の讃美歌みたいな曲で、リズムもノリが良くて気持ちいい曲でした。メンバーの一人が持ち込んだ楽譜で、ええ曲やねー、とはなりましたが、朝一番に読んだこの三曲、私の中では、遊びというかウォームアップ代わりというか、そんな感じなんかなと予測しました。で、私は歌えたかといえば、音は難しくないから、その点では「歌えた」んだけど、なにせ英語の歌詞が全然追いつきません。ラララーとかそんなレベルでごまかしながら、みんなにやっとついていったという感じです。でも、これをセミナーやコンサートに持っていくことはないやろ、と自分で勝手に予測していたら。。。。。

翌日になって、昨日やった中から、あの曲よかったから、もう一回練習しようとなったのですー!えーーっ!他のもっと難しい曲とか、自分が一人で1パートの曲とか前日からの休憩時間に自主練したけど、この曲は全然予測してなかったやんっ。んじゃ、本番でやるとして、もっと言葉を強調して、テンポもよくして、こんな風に、とみんながどんどん歌いすすめ、話し合いも進めるなか、私は完全に孤立、取り残されてしまいました。涙がどんどん出てきて、止まらなくなってしまい、仕方なく、トイレへ。気持ちを取り直してなんとか戻ったけど、すごく落ち込みました。落ち込んだ、と同時に、少しだけ腹が立ちました。前日の3曲からこの曲を続けるって、やるならやると事前に教えてほしかったなーと。私にとって英語の歌詞、しかもテンポが速い曲は、余分に時間をとって練習しなければできないわけで、それを誰一人としてわかってくれていないんだなって。そう、私自身がもっと主張してできないというべきなのかもしれないけど、このころになると、できないできないと主張して、みんなの貴重な時間を止めるのが、そのこと自体が情けなくて、できなくなっていたのです。

私以外のメンバーがさらさらさらーってその曲を気持ちよく歌っているのが、トイレから戻ってきたら聞こえてきて、あー、このグループって私さえいなかったら、もっといろんな曲がたくさんできて、その方がいいんちゃうのん、とかネガティブな気持ちが出てきてしまいました。このあたり、本当に気持ちの持ちようが難しかったです。

その後、この曲に関しては、コンサートでやるのだと確認し、メンバーに言葉が難しいと告白して、自主練もしたうえで、個人的に発音を見てもらったりして、本番はなんとか乗り切りました。

ある時、言葉が追いつかなくて、情けない、悲しい、もう少しどの曲をやるかわかっていたらフォーカスをその曲にあてて練習しておけるのに。。。。みたいなことをあるメンバーに話したときです。

「ナオコ、無理なときは、ハミングでもラララーでもいいのよ、そんな風にあなたが歌ってても、誰も気にしないわよ」と言ってくれました。もちろんこれは、思いやりの気持ちで、無理しなくていいのよって言ってくれているんです。でも、私にとっては、それは悲しい言葉に響きました。「もちろん私一人がラララーって歌っても誰も気にしないかもしれない。でも、私の達成感はどうなるの?自分だけ言葉がつけられない、英語を学びにきていて、音楽を学びにきていて、歌にとっての音楽は言葉ももちろん含んだもので、その大切な要素が欠けている音楽しかできない自分のままでいて、それでいいって思えない」とそう答えました。

英語がネイティブな人たちと英語の歌をうたうときが、とにかく難しかったです。
いきなり振り付けをつけて歌ってみようとなった時もありました。私にとって、譜読みして、早口の英語の歌詞をつけて、そのうえで、歩いたり回ったりの指示を耳から聞いて、という作業は、マヂで気持ちがバラバラになっておかしくなりそうでした(^oo^;)やめてーーーって叫びたくなったぐらいです。でも、他の人たちにとったら、英語が歌詞だと、言葉の問題はないわけで、すすすっと行くのは当たり前ともいえます。

対して、ロシア語やフランス語だったら、ゆっくり発音をしてみたりという時間をとってくれるわけです。あるいは、メリスマといって、同じ母音でどんどん音が動いていくバッハの音楽のような場合は、譜読みの能力だけの問題になるので、私にとってはみんなと同じでいられる数少ない機会です。今回はそういう曲はほとんどなかったけど。

ある日の朝のストレッチと発声練習の時間。
発声担当の指導メンバーが、使ったのが、なんとアメリカ国歌!
アメリカ国歌を歌いながら、発音をもっとハッキリと、声をしっかりと、と何度も何度も歌っていきます。後半のもう終わりかけで、では何か違う曲を。。。。と今度は有名なミュージカルナンバーで、やはり英語の曲(^oo^;)
発声パターンとかはナシ。みんなが楽しそうに生き生きと国歌をうたってる間、私はステージ後ろの椅子に座って、うらめしそうに眺めるのみでした。今になって思い返してみると、こんなしょうもないことで泣いたり落ち込んだりしなくても、と思うのですが、とにかく毎日忙しく、神経使いまくりで、敏感になって疲れているから、どんな小さなネガティブにも体が強く強く反応してしまって涙が出てくるんですよねー。

朝の大切な発声の時間、私は一声も出せずに終わってしまいました。声が温まらなかったということよりも、やっぱり「置き去りになった」「ついていけなかった」という気持ちの方が強くて、その日の午前中いっぱいぐらいは、立ち直るのにかかりましたねー。その指導された方に何も悪気はなかったことは確かだと思います。でも、アメリカからの参加者のみ受け付けるのではなく、こうやって外国からの参加者も受け付けるのなら、少しは配慮があってもいいんちゃうのん?と思った私は間違ってるのかなー。たとえば最低でも、前日とかに「ナオコ、明日、ウォームアップでアメリカ国歌を歌ってみようと思ってるんだ。ちょっと歌詞を見ておいてくれる?」と一言いってくれていたら、まったく違うことになっていたと思うんですね。あー、これを機会にアメリカ国歌の歌詞が覚えられてラッキー!アメリカでワークショップを受けた思い出になるわーって。

ほんと、ちょっとしたことで人間の気持ちって前向きにも後ろ向きにもなるって話ですな。
こういうことって、自分が指導する側になったときに、気を付けなければいけないことでもありますね。

言葉の問題でいうと、英語以外の言葉で歌うとき、たとえばイタリア語やフランス語ロシア語などのとき、訳を説明する場合も、もちろん英語でなわけです。しかもめちゃ早くペラペラーって。それで意味がつかめるところまで私の英語能力は高くなくて、いつも意味が曖昧なまま歌ってしまう、それを克服するには、自分で別にネットとかで意味を調べるしかないんだけど、そういう時間がなかなか持てないぐらい忙しい、これもありましたねー。

要するに、まだまだな自分を痛感したってことか(^oo^;)

涙を流していたのは、私だけでなく、他のメンバーでも泣いていた人はいました。
何がどうというのは、人のことなので、あまり詳しく書きたくないけど、パーソナリティのぶつかりあいとかそういうのが多かったかな。

ある人にとっては、曲の練習を進めるにあたって、話し合いながら、こうしていく、ああしていくというのが大切だと思い、別の人にとっては、話ばかりに時間をとるのではなく、もっと歌う時間を多くすることこそここに参加している意味があるのだと思う。

ある曲の楽譜を与えられて読んでいると、今は便利だからネット上で別の版の楽譜を探してくる人がいて、それを見比べて、ここが違う、あそこが違う、それはどう処理するのか、こちらの方が正しいと思う、歌いやすいと思うと、よかれと思って意見を述べる。でもみんなが持ってる楽譜と違うわけだから、それを採用しようとすると、みんなの楽譜を書き換えることになって、時間をとる。。。。それが一度きりだといいけど、何度もとなると、メンバーの中にイライラ感が募ってきたり。

基本的に鍵盤で音をとるという作業は譜読みの中ではなくて、楽譜を見て、自分のパートを歌う。で、最初はうまく歌えない人、音がとれない人がいるとしても、基本、何度かは放置。。。というか、それぞれがしっかりした音楽家なのだからというリスペクトのもと、繰り返すうちの自己修正するやろというやり方がここの流儀。初めて参加した人にとっては、このやり方に慣れない場合も多くて、何度もうまくいかないのに、鍵盤で音をとらないのかとか、何度も繰り返すうちに声が疲れるやろとか、テンポが会わないと、私が振りましょうか?とかなってくる。で、誰かがよかれと思って振り始めると、それをまたうっとおしいと思う人も出てくるわけです。うちのグループの人たちは普段の生活では、多くの人が指揮者であったりリーダーであったりするわけで、それぞれが仕切りだすと、収拾がつかなくなる。リーダーばかりが集まるというこのグループならではの苦労かもしれないですね。

よい音楽、よい演奏というのには、いろんな要素があって、ハーモニーが美しい、声質がそろっている、あるいは逆に個性が豊かなんだけど一つの音楽になっている、リズム感が気持ちいい、その曲の時代にあったスタイルになっている、ピッチが一定であること、言葉がよく伝わること、母音の形がそろっていること、あげだすとキリがないのだけど。

メンバーそれぞれいろんな音楽背景を持った人たちが集まっているわけで、この価値観にも差が出てきます。

クラシックの世界からだけでなく、ジャズを特に好んでいる人、ポップスも好きな人、クラシックの中でも古楽系が専門で、現代曲は苦手な人、いろいろです。

うちのグループには絶対音感を持つ人が何人かいて、だから、最初の音をもらうときにも、ピッチパイプとか楽器は不要で、「Fちょうだいー!」というと、その音が聞こえてくる、という仕組み。

で、そんな人がいて、カルテットとか小アンサンブルを歌っていると、「えー、この曲の後半ぐらいになると、半音まではいかないけど、四半音下がってきているんですね。いや、別に僕はどっちでもいいんですよ。付き合って下がりますから。でも一応言っときます」みたいに言われます。別にいいんですよー、と言われても、あなたはここでこんな風に下がる、別にいいけど、と言われた時点で、気になるやんか(^oo^;)
そっからはずっと、あー私、下がるねんや、下がるねんやー、と気になって気になって、あげようあげようと無理して、さらに下がる、あるいは無理して声がだんだん傷んでくる、という悲しい末路をたどるわけです。メンタルがやられるのですな。こういうことにも、強く立ち向かうためのテクニックは、肉体的なものもだけど、気持ちとしてどうとらえるかというメンタルトレーニングも必要なのかなと思いました。とりあえず下がってる音が引きずりあげるのがいいわけはなく、ハーモニーの点で修正するのか、母音の形が暗いのか、支えが弱くて息が上昇していないのか、さまざまな要因を自分で考えて、何よりもリラックスしてベストな状態で発声できるように、自分自身をもっていってやることもすごく大切。しかし、それが難しい!

母音の形ひとつで、緊張した局面を迎えたこともありました。
誰かが、ここはもっとフォーカスされた母音の形でといったとき、それはどういう意味か?と別のメンバーが食い下がり、しばらくその二人のやり取りで練習が中断したのですね。普段なら、このアドバイスに素直に従うメンバーだけのもとで指導されているんだろうけど、違う背景をもった別のメンバーにとったら、自分はできていないと言われた、指摘されたように感じて、傷ついてしまったのかな。

私だけでなく、声量がないということが、弱点である人にとっては、もう少し大きな声でと言われるだけで、切れてしまう、こんな局面もありました。それは多分、そのことだけが原因なのではなく、日程が進んできて、疲れも進んでいて、さまざまな他の要因で気持ちが疲れていたところに、その言葉がスイッチになったのだと思います。よーわかりますー。

今から思い出してみると、今回が五回目の参加だったんだけど、初めて参加した八年前は、この全日程の間に、どんどん眠れなくなって食べられなくなったんやったなー。夜になって寝ようとしても、今日やった音楽が頭の中をぐるぐる回って、毎日が本番って感じで、脳みそが興奮状態からさめなくて、とにかく寝ようとしてもカッカとして眠れない。考えること、感じることが多すぎて、次はこうしようああしようと思い続けていると、食事を落ち着いて楽しむことができなくて、お腹は空いてるはずなのに、食事が進まない、で、どんどん体力が奪われる、この図式です。

今回、少しは進歩したのは、ある程度眠れたことと、ある程度食べられたこと。これも回数を重ねたからなのかな。少しはサバイバルできたってことかな。

自信満々で歌ってるように見えたあるメンバーがある日の昼休み、涙を流して座り込んでいて、ゆっくり話を聞いてみると、自分の声が逆に大きすぎてみんなを邪魔しているように思われてるんじゃないか、攻撃性があると思われているんじゃないか、自分はそういうつもりはないのに。。。。と批判を一身に背負って苦しんでいた。こんなに優秀な人なのに、こんな苦しみ方もあるんやなって、少し親しみを覚えたし、彼女の苦しみが伝わってきて私もつらくなった。

軽い素敵な声を持ったあるメンバーが、ラフマニノフの曲を歌っていくなかで、ロシアの深い響きを要求されて、無理をしてしまい、少し声を痛めてしまった。日程が進んでいく中で、丸一日歌わずに見学しているだけのときもあって、たぶんだんだん気持ちの面でも落ちていったと思うんだけど、なんとか最終日には間に合って、一緒にコンサートで歌うことができた。気持ちの持って行き方が難しかったと思うけど、私たち他のメンバーにとっても、みんなで歌って終われたことは大きかったので、コンディションを持ち直してくれたことに感謝。

8日間の間に、そんなこんなの大波小波があって、途中で泣きながら出ていく人、怒って出ていく人、声が出なくて歌わない人、議論が伯仲してしまうこと、やる気が失われること、何度練習しても、その曲のその音になると必ず音を外してしまうという悪夢のようなことが続いて、プログラム以外にもそのカルテットのメンバーが集まって何度も練習を重ねたこと。。。。。
食事のとき、ふとすれ違ったメンバーに「私たちのグループ、大丈夫かな?演奏のことはもちろん心配ないけど、グループとして、一つの集まりとして、大丈夫かな?」と持ち掛け、30分ぐらいそのまま話し込んだこと、そして、そんな小さな営み一つ一つが、たぶん機能して、実って、ファイナルコンサートでは、12人のメンバーがまっすぐ互いの顔を見つめあって、指揮者がいない、さんはいっ!とかいうきっかけも何もない中、すーーっと息を一緒に吸うことで、曲を始めるあのゾクゾクとする瞬間を共有できたこと、曲のクライマックスに向かって、みんなのブレスがどんどん深くなって、みんなの声が響きあって、ホールの天井に響いて返ってくるのを感じたこと。。。。。

ファイナルコンサートのあと、そのままステージ上に残ったメンバーが、互いにハグしあい、涙を流しあって、互いをたたえあうのだけど、何人かのメンバーと「きっとこの期間私たちが体験した、葛藤や苦しみは、必要だったこと、用意されたことなのかもしれないね。だからこそ、最後の演奏が意味深く、心に深く刻まれるものになったんだよね」と言い合いました。

すごくすごく苦しかったり、悲しかったり、落ち込んだりしたことはあるけど、それと同じぐらい、楽しかったり、幸せだったり、多くを学んだり、自分の進歩も感じた、大切な大切なワークショップの体験になりました。

次回またいつ参加できるかはわからないけど、次回があったら、もっと技術的にも肉体的にも精神的にも、成熟した進歩した自分でありたい、だから、次にいけるまでの間、しっかり自分で学び続けなければ、と決意を新たにしているぶたこなのでありますー。

ワークショップに関しては、プログラム内での活動以外に、銭湯みたいなお風呂に有志女性何人かで出かけたり、他にもいろんなことがあったから、また追々書くかもしれないけど、一応、今回で一区切りとしますー。

NYでの思い出はまだまだ続くかもしれないけど。
そうや、ダイナのこと、また書きたいな。
また時間があるときに(*^oo^*)
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by butakotanaka | 2016-07-18 08:00 | 日常生活